19【ミューズ・スパ】
オルゴールガーデンで15時くらいまで喋り通し、そろそろ行こうかと浴場へ向かった
長い廊下を歩いていると、同じく召喚されてこの世界に来た奏太が前から歩いて来た。彼はかなりの二日酔いでヘロヘロになっていて、軽くシャワーを浴びたら夜の飲み会に備えて再び寝るそうだ
「 今夜も絶対負けないから!」と息巻いていてるけど彼も石探しはどうなってるんだろう? まぁ人のことは言えないけど。 先ずはこの世界の環境に慣れる事が大事よね?
「 こちらがラグドール城! ミューズ・スパでございますわッ!!」
サラが張り切って振り返る
入り口の左右には大きな大理石の像が私達を出迎えた
薄衣をまとった美しい美女の像は二対あり、その両手を高く上げ水瓶を傾けている。 そこから水が流れ出ている様子の像で、私たちはその間をくぐって中へと入った
衣類を脱いで浴室への扉を開けるとそこには…
「 すごい …」
もう昨日から何度目の感嘆だろう
大浴場というよりもはやこれはアミューズメントパークだ
大浴場の手前の両サイドには更に別の部屋があり、片方がミストサウナで、もう片方が布張りのシングルベッドやソファーがいくつか置いてある
近くの棚には飲み物が用意できるような、キッチンも備えられていた
奥に進むと、直径三メートルほどの貝の形をした乳白色の浴槽があり、その隣にはたくさんのフルーツが入った浴槽
中央には薄緑の石造りの大きな丸い浴槽があり、水面は大量の花々で埋め尽くされていた
浴場の奥には、天井から二重三重に滝のベールのようなお湯が流れ落ちていて、その下部は20センチほどの深さの浴槽があるので、打たせ湯や寝そべったりと楽しむことができる
脇にある大きな螺旋状の階段を上ると、径がニメートルほどの浴槽があり、入ると肌にプクプクと泡ができて面白い。「この浴槽は発泡石をくり抜いて造られておりますので、炭酸泉なのですわ!」とロゼッタが絶賛していた
その他にも趣向を凝らした浴槽があれど、一度で全てを堪能しきるのは今回は諦めて、皆でキャッキャと手近な浴槽でおしゃべりを楽しんだ
「 ねぇ、何か冷たいお飲み物でもお飲みになりません?」
大きな声がして炭酸泉を楽しんでいた私とロゼッタが浴槽から階下を見下ろすと、下の階で貝のお風呂の中からターニャが元気よく叫んでいた
その提案に皆が集まり、それぞれが好きな飲み物を楽しんだ。なんて幸せな時間なんだろう、つい昨日まで仕事に忙殺されていたことが、まるで遠い世界の出来事のようだった。…いや本当に遠い世界の出来事なのかしら?
しみじみとそんなことを考えていると、イルーゼが目の前に七色に光るガラスの容器をかざした
「 それでは皆様、 続きましてはマッサージのお時間ですわ!」
なんてこと!一度はやってみたいと思っていたオイルマッサージ!
なぜか私が一番手で、部屋にあるベッドに横にされると、イルーゼは容器の中身をすくい私の体にそれを丁寧に塗り全身をマッサージ始めた
彼女の腕は確かで、痛いようでとても気持ちが良い
全身くまなく終えた時には体がとても軽くなっていた
花音ちゃんはくすぐったいとキャッキャ笑っていて、更にターニャにくすぐられてた
「 セナ様は脚の筋肉の張りが気になりますわ。それに目の下の隈にはこちらのオイルが効果的かと思います」
それぞれがマッサージを終え、皆で花々の湯に集まりまったりとしているとイルーゼが私にそう言った
普段パンプスを履いているから、足がパンパンになっているたかもしれない。隈については普段はメイクで上手くごまかしていたのにバレてしまった。ガラスの小瓶に入ったラベンダー色のオイルを塗ると、じんわりと温かく血行が良くなるのが実感できた
「 ボディバランスは素晴らしいので、時々ちゃんと休ませてあげた方が、よろしいかと思います」
ほんとそれ。私は素直にうんうんと頷く
本格的な整体やエステサロンなんて体験したことない。何だかお得な気分だった
「 ほんとセナさんてスタイル良いですよね! 羨ましいです。細いのにお胸も大きいし」
花音ちゃんが自分の胸の方を見ながら不平をもらす
「 えー? でも私も高校生の時は花音ちゃん位だったから全然大丈夫よ」
「 本当ですか!? じゃあ頑張ります!!」
何を頑張るのか分からないけど、花音ちゃんは「ウシッ!」と気合を入れた。彼女はお庭で食事をしている時から「こんなに楽しいのは初めて!!」と何度も繰り返しはしゃいでいる
そうよね、まだ高校生なんだもん
きっと何もかもが楽しい頃なのだろう
ターニャの頭に次々と花を乗せていると、ロゼッタが恐る恐る尋ねてきた
「 あの …失礼ですがセナ様はおいくつなのでございますか?」
そのことは実は私も気になっていて、良いタイミングなのでお互いの年齢を言い合った
自分から皆の年齢を聞いていいものか、特に歳上っぽい女性に年齢を尋ねるのは異世界でもまごつくようだ
サラは19歳、ターニャは13歳
これはすでに聞いていたけど、ロゼッタは26歳、イルーゼは25歳
二人はいとこ同志で、15歳からこのラグドールで侍女生活をしているようだ
なるほど!本当に侍女歴が10年くらいね
その間にステキな男性と出会わなかったのかとサラに聞かれている
彼女らはお互いにチラリと顔を合わせると、実は既にお付き合いしている殿方はいて、どちらの彼も騎士団員であり、結婚すると場合によっては彼の生家に嫁ぐことになるため、今より会える時間が少なくなる …… なので現状維持でいるそうだ
その話しを聞いて納得した。これほど綺麗で人格も良くお家柄も整った女性が、何年も相手がいないはずがない
イルーゼは指を唇にあてて「内緒ね」と呟いた
そして花音ちゃんは18歳。この物語の中では標準語っぽく翻訳されてるけど、方言訛りとお家柄から察するに京都の名家じゃないかと思う。高校生三年生、小中高エスカレーター式の一貫校
男性にあまり免疫がないようだけど、苦手なわけではないらしい
単に本当に縁がなかっただけのようだ
そして私は24歳。生家は北陸の田舎で大学生から一人暮らしになり、アルバイトで結婚式場を選んだらこれが天職。 22歳で大学を卒業し、そのままバイト先に就職したから社会人生活は2年目だけど、会社では6年目の扱いを受けていた
ふと会社の同僚の顔が浮かぶ
高杉たちは元気でやってるだろうか?
そう思うと、なんだか急に元の世界に戻りたい衝動に駆られた
それでもまだ、もう少しだけこの異世界を満喫したい
楽しい入浴タイムも終了して、夕食の時間までそれぞれにお部屋で休もうか、という流れになり私は一人で部屋へと向かった
石段を上がり、長い長い廊下を歩きながら貝の中に入ったターニャを思い出す
あの姿は天使が貝から産まれたようで本当にかわいかった!そうニヤニヤしながら角を曲がると、そこで一気に気分が落ちた
部屋の前には騎士が立っていた
彼は私の顔を見てとても驚いていた




