18【魔導師フレデリックの精察①】
文中に残酷な描写があります。
苦手な方はお控えくださいませ。
「 フレデリック様、もうお昼を回っております。ご昼食をお持ち致しました」
侍女のカーラはテーブル上の全く手を付けていない朝食を見てため息をついた
「 フレデリック様、何か食べられないとお身体に触ります。もしここにジャスパー様がいらっしゃったら…」
「 そこに置いて下がってくれませんか」
分厚い資料から目を離さずにそう告げると、カーラは早足で部屋から出て行った
部屋の中に香ばしい匂いが立ち込める
昨日は召喚式を行い異世界から勇者を連れてくることに成功した
思ったより人数は少なかったが、身体の一部が欠けたりすることなく、五体満足でこちらに転移でき心の底から安堵した
式には予想してた以上の魔力を要したが、回復薬で体力を戻し、引き続き『石』についての文献を読みあさっていた
「 この城の資料だけでは不明なことが多すぎる」
500年の月日が経っているとはいえ、もう少し明確に史実が遺されてても良さそうだが、やはり他の国の文献にも手を伸ばすべきかもしれない
ふと顔を上げ眼鏡を外し目元を押さえる
正直他人とはあまり関わりたくないのが本音だ。今はひたすら魔術の研究に没頭していたかった
この国の宮廷魔導師として誘いを受けたときも、最初は断った。だが自国の街にある図書館と、この国の管理下にある城の文献や資料では比較にならないほどクオリティが異なった。それで私は餌につられるようにここへ来てしまった
もう一度深く息をつき眼鏡を戻すと資料を閉じた
宮廷魔導師団に属し、魔導師として「長」と呼ばれるほどの功績を上げ、今ではこの国で私より魔力も技術も勝る者はいないのではないかと思う
ではなぜここに居続けなければならない? そう考え始めた矢先に、世界に石が散らばった
事の起こりは預言者の予言だった
他国にいる占い師がこの世界の滅亡を予言し、この国にもその報せが届いた
至急近隣諸国のトップが集まり、確認を取るためにラグドールの魔導師と騎士で調査隊を編成し、彼の地であるバーミーズマウンテンの塔へと向かった
異変はすぐにあった
魔物達が明らかに普段より強くなっていたのだ
塔の頂上に辿り着いた時には、回復薬は底を尽き、メンバーの体力も魔力もわずかしか残されていなかった
そして祭壇上の台座には小さな石のカケラのみが残されていた
解決策の糸口を探るべく、部屋の中や台座を捜索しようとした時、部屋の奥からごそりと何かが蠢いた
途端に部屋の空気が一変し、調査隊の間に緊張感が走った
ずるずると重い身体を引きずるような不快な音とともに、辺りをねっとりと濃い霧が覆い始めた
「 酸の霧だッ!! 吸い込まないよう気をつけろッ!!」
そう叫んだのはグレンだったか
確かに空気に触れている部分の肌がピリピリする。私はローブの袖で口元を隠した
奥から来た何かに、騎士の一人が剣を構え向かって行った
その後のことはあまり覚えていない
いや思い出したくないだけかもしれない
部屋の中には立ち向かった騎士の、人とは思えないような断末魔が響き渡り紅い閃光が走った。それと同時に私の前にジャスパーが立ちはだかった
ジャスパーは振り向いて自分達へ何か言っていた
目の端でグレンが剣を振り回しながら何かを叫んでいる
彼の片腕はなくなり、片方の目からは血が流れていた
唯一の退路である部屋の出入口からは、続々と魔物がやって来る
階下で待機していた者達は一体どうなっている?
私達は退路を断たれ、周囲を囲まれたことを悟った
ここまではほんの数秒だったのかもしれない。私は咄嗟に台座に手を伸ばし、部屋の仲間達に向けて転移の呪文を唱えた
淡い光に包まれ、瞬時に皆がラグドール城のエントランスホールに移動した
その中には友であり同じ魔導師のジャスパーの姿はなかった
私は魔力も体力も全てが枯渇し、意識は暗闇に沈んだ
黒い手袋の中で石のカケラを握りしめて
「 ジャスパー …」
塔に残された親友はどうなったのであろう?
本当は分かっている。ジャスパーが私の前に立ちはだかった時、残酷にも彼の身体は二つに引き裂かれていた。あの時点で彼の魔力が既になかったのは、私だって知っている
万に一つでも彼が生き延びている可能性はない
「逃げろ」それが私に向けて言った彼の最期の言葉だった
階下で待機していた騎士や魔導師達は何人いただろう
怪我をしている者も複数いた。薬草を使うからと残った者もいた
すべて私が見殺しにした …
両手の手の平を見ると小刻みに震えている
その両手に顔を埋めてうなだれた
頭の中で何度も何度も同じことを繰り返す
すみません ……
すまない、ジャスパー ……
薄暗い部屋に午後の光が差し込み、それと共に窓の外から明るい笑い声が聞こえてくる。私は顔を上げるとふらふらと立ち上がって窓際へと近寄り、窓下の庭園を眺めた
女性たちが東屋で食事をしているのか
その中には異世界から来た少女達もいるようだ
それらをなんとなしに眺めながら、やはり首をひねった
やはり髪の長い女性に見覚えがあるような気がする
彼女は召喚したときとは異なり、落ち着いた雰囲気の服装で、眼鏡もなく髪を下ろしている
視力は問題なく、眼鏡は飾りだったのか。しかしそうすると、ますます彼女に見覚えがあるように感じた。だがあの女性は自分が異世界から召喚したのだ、そんなはずなどない。
おそらく自分の勘違いだろう
だいぶ疲れているのかもしれない
長老の話だと、異世界人があの石に触れるとたちまち本来の姿に戻ったそうだ。石が何処にあるかも分かるようだと言っていたが、本当だろうか?
庭ではキャッキャと賑やかな声がしている
私はそれを眩しそうに眺めると
再び机に戻り資料を広げた




