104【ニ長調カノンの旋律① 前編】
「 アーシャ!! ……… アーシャ!!」
ダメ、どれだけ呼んでも全然目を覚さない。
ロゼッタとイルーゼも同じだ。さっきから大声で揺さぶっても起きる気配は全くなかった。
どう考えてもおかしい、呼吸は普通だし怪我もしてないんだから、コレってきっと何かの魔法で眠らされてるのよね? みんなそうなの? 私の他に誰か起きてる人はいないの??
私は絶望的な気持ちで周りを見渡した。ラグドール王国から一緒に旅に出たみんなは、建物の床に倒れ込んでピクリとも動かない。
「 お願いだから …… 誰か …… 起きて ………。」
誰ともなくそう呟いた、けれど静まり返った部屋には私の声が虚しく響くだけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラグドール王国を後にして、私はアーシャの率いる騎士団と、小柄な女性であるココが率いる魔導師団、そしてグレンさんの隊員が三名とイルーゼとロゼッタの二人が加わり、総勢二十三名で石探しの旅に出ていた。
イルーゼとロゼッタの二人は貴族のお嬢様ということもあり、本来なら勇者と共に旅に出るなどありえない話だったみたい。
でも実際は王様が『 世界を救え 』とお願いするほど、この世界に天変地異が訪れてるわけでもなく、魔王が出現して人々を苦しめてもいないから、そんなに危険な旅にはならないわよね 〜 と二人は話していて、私は内心ホッとしていた。
運動神経に乏しいうえに、とてもじゃないが活動的とは呼べない私が、そんな大冒険を乗り越えれるはずがないと尻込みをしていたのだ。
この世界に召喚されたとき元の世界に戻っても良いと選択を迫られた。ぶっちゃけ学校に未練はないけど、ここまで大切に育ててくれた両親の事を考えると帰らないわけにはいかない。
いっそどちらかなんて選べなかったら良かったのに ……。
帰ろう、そう答えようとしたときに騎士団の中の一人の男性と目が合った。その視線はすぐに逸らされたけど、私には分かった。
『 あぁこの人は、私の運命の人なんだ 』って。
あっ!あなたねー今こいつ痛い奴だって思ったでしょ?
分かる分かる、その気持ち。私もクラスの子達がそういう話しをしてると、ハイハイって思ってたわ? そういう子に限って「今度こそ運命の人を見つけた!」って何度も相手が変わるもんね。
でもこれは間違いないの。私はこの人と結ばれるためにこの世界に来たのかもしれない。
それならばと、この世界に残ることを決心した。
運命の人アーシャは知れば知るほど、正に聖人君子のような真面目な男性で、礼儀正しくとても紳士だった。
私はこの世界に来た最初の夜を思い出す。
生まれ育った環境が古都ということもあり、やたらと着物を着る機会は多かったけど、ドレスで着飾るのは初めてだった。淡いピンクのフワッフワなドレスに身を包み、髪もメイクも侍女さん達が可愛く仕上げてくれたのがとても嬉しかった。
それではパーティ会場へと移動しようとしたときに、部屋の扉がノックされアーシャが入ってきた。
彼は私の姿を見て少し眉を上げ、それからゆっくりと片膝をつく。私を穏やかな眼差しで見上げると、片手を取り静かに口を開いた。
「 これから先、私は何があろうと必ずや貴女様を御守り致します。」
呼吸が止まったかと思った、そしてその一瞬で恋に落ちた。
えっ? 最初見たときじゃないの?って??
違う違う。最初は「運命の人だ」って分かっただけ。それと私が彼を好きになるかは別問題。まぁ運命には逆らえないし、私の気持ちとは関係なく、彼とは結ばれることになるんだろうけど、できればお互いが相思相愛になれれば理想だと思うの。
…… こいつ本格的にやばい奴だって思ったでしょ? もういいの、あなたに細かく説明する義務もないし。私の言うことが正しいかどうかは、今後の展開にご期待くださいね!
そんなこんなで私達は旅に出る事になった。
ロゼッタの彼であるルドラは、もともとアーシャの隊にいるから問題なかったけど、イルーゼの彼のロッシュはグレンさんの隊員さんだから、アーシャを上手く言いくるめて、こちらのグループに引き入れた。
最初の五日間は平原だったり小さな町だったり、石も私の示した場所でちゃんと見つかり、旅は順調に進んだ。
アーシャは私にとても優しく、それはもう過保護と呼べるくらいに守ってくれる。はたから見れば私達は絶対に恋人同士に見えたと思うわ?
ロゼッタとイルーゼは、数日間はこっそりと彼に会っていたのに、途中から割と大胆にイチャつき始めて、私を含めて皆を羨ましがらせた。
先に旅に出た世那さんのグループの情報通り、石を宝石に変えると、ごっそりと体力が奪われる。
感覚的にはマラソン完走直後っぽい感じで、普通に立ってるのも厳しいくらい。
石の恐ろしさというか魅力というか、同日に二つの石が見つかったとき、片方の石を戻すのは翌日にしよう決めていても、戻したくて仕方なくなる。それはもう大切なオモチャを取り上げられた子供のように、石を求めてしまう。
アーシャは世那さんが昏睡状態になったのを知ってるから絶対に一つしか渡してくれない。たとえ二つ以上戻せば命に危険が及ぶと分かっていても、我慢するのが難しいくらい石の影響は大きかった。
運命の人に守られ、美味しいものを食べ、見たことない景色を自由に巡る旅は本当に楽しかった。
……… そう、あの森に入るまでは ………。
旅に出て六日目、いよいよみんなが恐れる森へと入ることになった。前夜からピリピリとした空気がグループ全体を包んでいて、とうとうイルーゼとロッシュが大声で喧嘩を始めた。原因はロッシュがイルーゼをラグドール城へ戻そうとしたから。
最初からロッシュはイルーゼを森に入れるつもりは無かったらしい。それどころか私やロゼッタについても森へ入らなくても良い方法はないかと模索していたみたいで、毎晩の会議の一番の議題だったらしい。
通常八人の警備隊であるこの森を、二十三人で進むのだ。安全性にそれほど問題はないと判断され、最終的にはロッシュが折れる形になったけど、この濃い緑に覆われた巨大な森をよく知るロッシュが、本気で彼女を心配する姿は、イルーゼが彼に心から愛されてる証明と同時に、ガチンコで恐ろしい場所なのだと胸の奥に不安が広がった。
……… 足を踏み入れた森の中は、想像以上に危険な場所だった。
危険なんてもんじゃない。
今まで遭遇した魔物とは見た目も強さも段違いで、進むたびにグループの誰かが怪我をした。
今までの旅との格差に、これで比較的安全なルートなの? とロッシュを疑いたくなるほどだった。…… いえ、ロッシュ自身も魔物が以前より強くなって増えていると青ざめていた。
森は予想を遥かに超えて広大であり、その中に求める石はいくつも点在している。大人数で慎重に慎重を重ねながら進んでるから、一つ目の石を見つけるのに三日の日数を要した。
次の石の気配を地図から推測すると、湧き水がある場所ではないかと誰かが言った。鬱蒼と生茂る樹木を抜けて水辺に出れることに安堵したのも束の間、そこは恐ろしい魔物の巣窟となっていた。
攻略するのに五日もかかってしまい、そしてその代償も大きかった。
今思えばその時点で一度お城へと引き返すべきだったのかもしれない。実際にそう提案した者もいた。口には出さなかったけど、私もお城に戻りたい気持ちで一杯だった。
だけど魔導師のリーダーを務めるココが転移を得意とすることもあり、ギリギリまで進んで本当に危なくなったら転移すれば良いと判断した。
彼女のせいではない、だってあの時はその提案が最良だと誰もが思っていたもの。ココの転移能力は魔導師の中でもピカイチで、ヤバイと判断した瞬間に安全圏に移動出来るのだ。それも全員を一気になんて、心強いにも程がある。
だけど魔物にも高知能の者がいることを、私は知らなかった。
回復薬が底を尽きかけたとき、一瞬の隙を突いてココが攻撃された。偶然ではなくそれは意図的で、意識を失ったココは森の奥へと連れ去られ、私達は無我夢中でそれを追った。
ココを追っていたのか、背後から執拗に追いかけてくる不気味な蜘蛛の魔物達から必死に逃げていたのか、最後の方はもう訳がわからなくなっていた。
急に太陽の光が届く開けた場所に出ると、目の前には古い建物があり、隊員の一人がその扉を開けたことがきっかけで、全員が建物の中へとなだれ込んだ。
扉に鍵をかけひと息つく間もなく、今度は建物の中の魔物と激戦になり、そこら中に怒号や悲鳴が響き渡った。ようやくココを取り戻したときには、全員が床へと座り込んだ。
前からずっと護身用として短剣が欲しいとアーシャに頼んでいるのに、彼は決して私に武器を持たせてくれない。そしてこれだけの魔物に襲われても、私はかすり傷一つ負っていなかった。
そんなに筋肉質の男性には見えないのに、彼はがっしりと安定した腕で、私を軽々と抱き上げ、残る片腕で巧みに剣と魔法を操り次々と魔物を倒していった。
「 カノン様 …… もう目を開けても大丈夫です。」
足に床の感覚が伝わり、私は閉じていた目をそっと開いた。目の前には心配そうに私を覗き込む、アーシャがいる。
「 魔物は全て片付けましたが、皆の姿を見るのが怖ければ …… 」
「 へ、平気ですッ!私のことはいいからみんなの手当てをしてあげて下さい!! 」
アーシャの優しい声を遮ぎってまでそう強がったくせに、ブワッと溢れ出る涙を止められなかった。
怖くて体の震えが止まらない、ここまでずっと目を閉じていても、耳は聞こえていたから大体の状況は分かっている。だけど実際に辺りを見回すと、こんなにみんなが傷を負っているとは思わなかった。
アーシャは数分置きに私を気遣いに戻って来る。私がみんなの傷の手当を手伝いたいとお願いしても、絶対に手出しをさせない。私に汚れた物は一切触れさせたくないのだ。
「 蜘蛛の魔物には毒を持つ者もおります。私達に触れないようにカノン様は下がっていてください。」
こんなに甘やかされたままで良いのだろうか? みんなあんなに頑張って恐怖に立ち向かっているのに、私はただただアーシャにすがりつくだけ。もっと自分の出来そうな事をやるべきとは思っても、私は今までの人生を取り戻すかのように、この蜂蜜みたいなぬるま湯にずっと浸かっていたかった。
部屋の中央で震えてると、ロゼッタとイルーゼがやって来る。彼女達の表情も固く蒼白で、きっと私も同じような顔をしているのだろう。
「 イルーゼ!ロッシュは大丈夫!?」
私の絞り出した声にイルーゼは目を伏せた。
この森のことをよく知る隊員は常に隊の前線を進み、即ちそれは敵との遭遇や奇襲を一番負いやすい。グループの中で一番怪我を負っていたのはロッシュだった。
怪我は魔法で回復できるけど、受けた傷の痛みや恐怖は記憶として残る。ロッシュは日増しに明るい笑顔に影が差していった。
私がイルーゼを抱きしめると、彼女は堰を切ったようにポロポロと涙を流した。このグループに彼を引き入れたいと提案したのは彼女だ。口には出さないけど後悔していることが、私にも伝わった。
「 それでも私達が今生きていられるのは、ロッシュがいてくれたからです。彼なしでは今頃こうして涙を流すことすら出来なかったかもしれませんわ。」
ロゼッタは穏やかな口調でそう呟き、私とイルーゼの頭を優しく撫でた。
……… 家に帰りたい。
もうこんな怖い思いをするのは嫌。私が今まで体験してきた『 怖さ 』とは次元が違う。
「 カノン様!」
アーシャがこちらに走って来る。私は立ち上がり彼へと駆け寄りその胸へ飛び込んだ。
「 危ない所でしたが全員無事のようです。魔導師が結界を張りましたので、魔物が城の中へ入ることはありません。ココの意識が戻り次第、城へと転移します。……… もう大丈夫です。」
本当に??
見上げる彼の表情はいつもの爽やかな顔だ。両腕でしっかりと私を包み、耳元で小さく囁いた。
「 怖い思いをさせてしまい申し訳ない、カノン様にお怪我がなくて本当に良かった。」
それは貴方が私を守ってくれたから。貴方がいなかったら私はとっくに帰りたいと叫んでいたかもしれない。
その記憶が最後。
私は意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どれだけの時間眠っていたのかな。
この建物へ入ったとき、外は朝日が昇り始めた頃だったはず。だけど今は日が沈み外は真っ暗闇に覆われていた。
私は窓から離れみんなを見渡した。起き上がったとき体がバキバキに痛かったから、もしかするとかなり長い時間意識を失っていたのかもしれない。
私は不自然な体位で眠っている人や、硬い床にいる人を、分厚い絨毯の敷かれているほうへとズルズルと移動させた。
ヨシ!これで目覚めたとき少しは楽だろう。何となくロッシュとイルーゼを隣同士に並べて、今度はロゼッタの隣に ………。
そこで私は部屋の中にルドラがいないことに気がついた。
「 い、いち …… に … い …… さん …… 」
いないのはルドラだけではない、落ち着いて数えると部屋の中には六人の隊員が消えていた。
どうしよう、建物の外へ出て行ったのかな? それなら彼らが戻って来るまで待てばいいだけだ。でも万が一建物の外で倒れてたらどうする? 手遅れになる前に確認だけでもした方が良いだろう。
なんとなく不安になり、もう一度アーシャを揺すってみるけど何の反応も返ってこない。怖いとか言ってる場合じゃないのは分かってる、みんなを助けなきゃいけない。
私は思いきって外への扉を震える手で押した。だけど私の勇気も虚しく扉は鍵を外しても開かなかった。
そういえばアーシャが結界を張ったとか言っていた。それを解かないかぎりは、ここから出ることも出来ないんだわ。
しばらくはウロウロと歩き回り、やがてソファに座り身体を縮めた。それからはただただみんなの眠る姿を見つめるばかりだった。
これからどうすればいいのかなぁ。
「 あ …… 戻ってきてる。」
意識を集中すると、数日前にこの世界から消えた『勇者』の一人がまたこの世界に戻っている。世那さんか奏太さんかそこまでは判断出来ないけど、これは一体どういうことだろう? 元の世界とこの世界を行き来することができるのだろうか?そしてあの二人は今も楽しい旅を続けてるのだろうか?
「 …… いいなぁ。」
無事でいるなら助けに来て欲しい。世那さんはさっさと旅に出ちゃったからしょうがないけど、こんな事になるなら、せめて奏太さんとは一緒に旅に出ればよかった。
「 な、なにっ!?」
何か声がする? 私は身を固くして辺りを見回した。
『 カンカンッ!!! 』
甲高い音が部屋に響いて私は跳び上がった。慌てて眠っているアーシャの元へと駆け寄る。
振り返ってたった今いたソファへと目をやると喉の奥から悲鳴が漏れた。
や、やだ …… 何あれ!! …… く、蜘蛛ッ!?
ソファの上には体長1メートルほどの巨大な蜘蛛がいる。頭らしき部分にある眼は大きい物が二つ、その両端に小さい物が二つ、燃えるように赤く真っ直ぐに私を捉えている。
天井から音もなく降りてきたのか、あのままソファに座っていたら確実に襲われていた。
「 ……… あッ ……… あぁッ ……… 」
声にならない悲鳴を上げてズルズルと後ずさると、大蜘蛛も節のある毛の生えた脚を一歩ずつ進める。立って逃げたくても恐ろしさで足が思うように動かない。そんな中でもあの魔物が完全に私に狙いを定めてはことだけは理解できた。
い、いや …… こんなのムリ ……。
頬に涙が伝う。
アーシャの嘘つき、守るって言ったじゃない。
こんな …… こんな死に方は嫌だ。
こんな世界 ……… 残るんじゃなかった ………。




