103【異世界は想像以上に美しい】
ここのところ更新が滞りすみません。
ようやくぶりのお休みで何とか投稿できました。
今回のお話は、96話と合わせて読むとグレンとの温度差をお楽しみいただけます。
どうぞご覧ください!
「 それでギルとあのお店のシェフは、ターニャと一緒に地元へ帰ったの?」
「 ええ、そのようですわね。ターニャがあんなにアグレッシブに行動するとは思いませんでしたわ。」
蟹のお店ではリュカとターニャがギルをよそに散々言い合いになり、渋々リュカが折れる形で幕を閉じた。
お腹が満たされた私達は城へと戻り、話の纏まったギルとターニャ、そしてお店のシェフはすぐにシャルトリュー王国へと転移した。
グレンとリュカはダンジョンの取調べ(?)で、再び考古学財団から呼び出しを受けていてそちらへと参加し、私とサラは部屋のテラスでのんびりと寛いでいた。
どうやらギルとターニャは故郷が同じで、ターニャの王族が治める国の一画をギルの家が統治しているらしい。…… 一緒にいると忘れがちだけど、ここってつくづく王や貴族の蔓延る世界なのよねー。
「 お噂ですが、ギルバート様のお家は先代様が何か不祥事を起こしたらしく、貴族という地位の剥奪までには至りませんでしたが、シャルトリュー国内の僻地へと左遷されたと聞いたことがございます。」
あららそんな事が? ギル自身は気さくな男の子だけど色々事情があるのね。んでその左遷先が港町だったってわけね。彼は他の騎士達とは毛色が違うなとは思ったけど、その分親しみやすい感じの良さはあった。
「 ねぇサラ? さっきリュカに私がギルって呼んでることを注意されたのはどうして? なんかめっちゃ怒ってたんだけど。 」
「 あぁそれはリュカ様が正しいですわ! 貴族であるギルバート様のお名前を、異性であるセナ様が愛称で呼ぶのは …… 周囲の方々から恋人と勘違いされてもおかしくないのです。この場合セナ様がギルバート様とお呼びするのもお立場上違いますから『ギルバート』が正しく正解ですわね。」
ヘッ!? そうなの!? もともと他の隊員達がギルって呼んでたから、それが名前だと思ってたんだけど。彼の本名が『ギルバート』だって事もさっき知ったくらいだ。
あぁでも納得、だからギルもあんな顔をしたのね。その時に言ってくれれば良いのに。
てことは元の世界の感覚でいうと、例えば『渡辺さん』を急に『ナベちゃん』て呼んじゃってるみたいな?…… 何か違うわね、これは恋人感より図々しさが出ちゃってる。でもそうか …… 難しぃなぁ、うっかりしてるとチャラい奴だと思われてしまう。
「 ふふっ、ギルバート様は割と人気の騎士様なので、お気をつけくださいませ。」
そう言ってサラはにっこりと微笑んだ。そのさらりとした笑みの中には色々複雑な意味も含んでいるのだろう。噂話や色恋沙汰って怖いからね。
はい、以後気をつけます。
「 ギルいぇギルバートは人気なの? 貴族で左遷されてたりすると、何となく …… その ……。」
玉の輿狙いとかの観点から、ギルバートは外されそうなものではないのだろうか? サラはその質問に首を傾げて少し考え、やはりにっこりと笑った。
「 たとえギルバート様のお屋敷にご資産が無かったとしても、女性側のお家経済力があればそれは問題ございませんわ。」
おぉ、何かかっこいいセリフね。あくまで本人の資質主義ってこと?
前から疑問に思ってたことを尋ねると、この世界の貴族には侯爵や伯爵のような『爵位』はなくて、分けられるとするなら『王族』『貴族』『平民』の三種類らしい。貴族は貴族で大きな仕事を担うため、あまりにも面倒であれば貴族を捨てて平民になっても良いらしい。
逆に平民も家柄や資産が大きくなってきた場合、申請して国に認められれば貴族になることも出来ると言っていた。
いたってシンプルで良いわよね?
のし上がろうと思えば頑張れば良いのだ。
「 …… 何だか下の庭園が騒がしいわね?」
テラスから身を乗り出すと、遥か眼下の先のほうでガヤガヤと声がする。サラは手摺りに触れると、悩ましげに顔を曇らせた。
「 どうしたの?」
サラは不機嫌そうにテーブルへと戻り、温かい紅茶のカップを両手で持ち上げた。
「 不審な事件がございましたの。下のお庭のバラが大量に折られていたそうですわ。」
「 バラが!? うわぁそれは酷いことするわね。誰がそんな事をしたの?」
「 それはまだ分からないようですが、噂では昨日の宴で女性に誘いを断られた者がしたのでは?と囁かれてますの。」
そこでサラはまた深々とため息をつく。
「 サラ、もしかして誰か心当たりがあるの?」
「 いえそうではありませんが …… その …… まぁ …… 」
サラはごにょごにょと言葉を濁しはっきりと言葉にしない。私はテラスから離れて椅子に座ると、サラの顔を覗き込んだ。彼女は顔を赤らめながら少しずつ話し出す。
昨日の宴でサラは、フレデリックにエスコートされて会場へと入った。
簡単に言うと、それを見たサラ親衛隊が絶世の美男子であるフレデリックには勝てないと嘆き、全員で庭でヤケ酒を飲んだ挙句「 スキ …… キライ …… スキ …… 」とバラの花びらを一枚ずつちぎったのではないかと噂になっているらしい。
そ、その占いってこの世界にもあるのね?
「 あはは!モテるのも大変ねー!」
そんな変な事件で自分の名前が出るのは、気分の良い事ではないだろう。同じ女性としては少し羨ましいが思わず笑い飛ばしてしまった。そんな私をサラはジロリと睨む。
「 あら、セナ様だって他人事ではございませんのよ? 一説ではグレン様への恋心を儚んだ女性達の仕業ではないかとも言われてますもの!昨夜グレン様にエスコートされましたのはどなた??」
うぇ!? そんなことも言われてんの? 女性が夜にバラの花びらを一枚ずつちぎる姿はかなり怖い。
「 えー、たかだか会場に一緒に入っただけじゃない!」
「 それもありますが、注目すべきはその後ですわ? グレン様はセナ様のお側を片時も離れず、セナ様に近寄る男性を全てはね退け …… それはそれはお熱い視線で …… 」
もういいわ、胸焼けしちゃう。私はサラの言葉の続きを手で制した。
確かにあのグレンの態度は …… うん …… ちょっと ……。私は昨夜のことを思い出して顔が熱くなるのを感じた。
まず大前提にタキシードにおめかししたグレンは、息を飲むほど王子様だった。
普段の騎士の姿も素敵と言えばそうなのだろうけど、どこか物語めいてるというか、コスプレというか現実味がないのだ。それが突然のタキシード姿。元の世界のお仕事でも新郎に何度もコーディネートしているけど、いやぁ着こなし度も完成度もレベルが桁違いだったわ。
この際だからぶっちゃけるけど、手をね? 私をエスコートする為に、グレンは私の手を取ったんだけど、その仕草にはゾックゾク鳥肌が立ったわ。
だって映画のワンシーンみたいじゃない?
なんかもう感極まって「苦しゅうない」とか言いそうになったわ。えっ? 言葉のチョイス間違ってる?? もちろん死ぬ気でその言葉は飲み込んだけどね。
それにね、また声もすんごいいいのよ!
前からイイ声してんなーっては思ってたけど、いつもの何割り増しかの姿で聞くと、ほんとクラクラするほど低音ボイス。
私の世界では男性がタキシードを着たり、女性がドレスを着るなんて、一般的にそんなに頻繁にあることではない。
だけどこの世界は『宴』と称して年がら年中ドレスアップする機会がある。だからなのかグレンの所作はとても自然で違和感がなかった。
………… いいなぁ。
私はこの世界の人々の生き方も、服装だけでなく建物や調度品、そして生活スタイル、それを取り巻く自然など、その全てが自分の好みにドンピシャで嵌っている。
結婚式場で働いてたのだって、そういった物に触れる機会が、他の職種より多かったからかもしれない。新しいドレスや調度品を海外から取り寄せる度に、私はそれを手に取りうっとりと眺めたものだ。
でもそれはやはりどこか偽物で、おままごとだった。この世界で本物を一度目にしてしまうと、自分は何て上っ面だけを好んでいたのだろうと悲しくなってしまう。
前にグレンから、私が元の世界に帰ろうとしたときに「この世界に残ろうとは思わなかったか?」と聞かれたのを思い出す。
グレンは会場に入る直前に、私の頬に手を添えた。何だろう?と思って彼を見つめ返したとき、何か自分の中で警鐘が鳴るのを感じた。
この世界は麻薬のよう。
どっぷりと浸ってしまえば、二度と元の世界へは戻れなくなる。
…… コノセカイニノコル?
そんなこと出来るわけがない。私がここに居続ける理由がない。
無理よ、諦めて。
私がそう呟くと、聞こえてしまったのかグレンは訝しげに振り返った。
眩しいほどに王子様な彼を見上げて、私の悲しさは広がるばかりだった。貴方は私なんかが気安く触れて良い人ではないわ。
でも、今だけ …… 。
いまこのひと時だけでも、お姫さま気分に浸りたいと願うのは、愚かな考えなのだろうか?
私は彼と私を繋ぐ手に力を込めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 少々風が冷たくなって来ましたわね、お部屋の中へ戻りましょうか?」
いつの間にか快晴だった空も曇り空へと変わっている。
お天気が崩れるのだろうか?
明日からは花音ちゃんの救助へ行く予定となっている。奏太達の隊が考古学財団に離してもらえないため、一足先に私達が出立することになりそうだ。
それに向けてフレデリックは溜まっているお仕事を猛スピードでさばいている。加えて彼は、ダンジョンでの階下へと降りる方法やタイミングも、別の魔導師へと伝授しないといけないらしく、こちらへは全く顔を出さなかった。
「 ねぇサラ? お風呂入りに行こっか! 」
朝昼と食べ過ぎたこともあるし、まさか城中をジム代わりに走り回るわけにはいかない。夕食を美味しくいただくためには少し運動が必要だ。てゆうか私って城にいる間、食べ物の事しか考えてなくない?
私の提案にサラも異議はなく、私達は部屋のお風呂ではなく城の大浴場へと向かった。
前に入ったミューズ・スパも良かったけど、この大浴場も厳かな造りで落ち着いた雰囲気だった。
何といっても素晴らしいのは、円形の大浴場の壁一面に張り巡らされたステンドグラス。
外から差し込む光が、ゆらゆらと水面に反射すると、エメラルドやルビーのような宝石のように輝くのだ。
「 この壁って物語になってるのね ……。」
一枚のステンドグラスには可愛らしい女の子が描かれている。その隣は少女が男の子と出逢い、そのまた隣の絵は二人が成人していく姿だった。
中央まで進むと他の絵より大きな枠となっていて、二人は沢山の人々に祝福され式を挙げている。その後は仲睦まじい二人の姿があり、次の絵では赤ちゃんが産まれていた。
産まれた赤ちゃんは男の子で、すくすくと成長し、一人の女の子と出逢う。
そこで物語は振り出しに戻っていた。
「 素敵ですわね、言い伝えではこの浴室は昔のラグドール王が、王妃様のために造られたものらしく、当時のお二人のご様子が描かれてるそうですわ。」
サラのその言葉に頷きながら、私はもう一度壁画を眺めた。
ステンドグラスって、どうしてこんなに切ない風景に見えるのだろう? 全てがとても幸せなお話なのにどこか物悲しい。当時の王妃様はどんな想いでこれを眺めたのだろう?
きっと …… それはそれは幸せな気持ちで ……
「 セナ様!? 」
サラの声で私は我に返った。
いやもう、なんか壮大過ぎて軽く目眩がする。
歴代の王妃様が入った浴室に、まさか自分が入るとは思いもしないから、思わずトリップしちゃってたわ。
その後もサラと他愛もない話をしながら入浴を楽しみ、部屋へと戻るとターニャが戻っていた。
ターニャは地元へと戻ると、すぐに両親と共にシャルトリュー城へと転移し、蟹のことを国王様へ説明した。
最初は半信半疑だったターニャの両親も国王様も、時間差で呼び寄せたギルとシェフに実際に蟹を調理してもらい、それを食べた途端に手のひらを返すような態度になったようだ。
緊急会議の結果、蟹は今後国内からは出来るだけ出さないようにして、国外で食べることができるのは『食いしん坊』のギルのお店のみ、と言いたいところだったけど、その他に各国の王宮にだけ流通させることが許可され、その流通ルートとしてローゼンタール家とギルの実家のウッド家が契約を結ぶこととなった。
「 あら、それじゃやっぱりリュカのお家も関わることになったのね?」
その言葉にターニャは苦笑いしながらグッタリと椅子に座り込んだ。
「 お城でバタバタと話し合いをしていたら、リュカ様のお父様が突然おいでになりましたの ……。無下にもできず一緒に話し合ううちに、いつの間にかそうなってしまいましたの。経営利益や無駄のない生産効率なんて私には分かりませんもの。」
リュカのお父様 …… 恐るべき手腕。ってかリュカってば、あの後速攻動いてたのね。
「 やり方は多少強引でしたけど、契約の内容はウッド家に有利なものばかりでしたし、シャルトリュー王国にとっても悪い話ではございませんの。ローゼンタールとは初めて契約を結ばせていただきましたが、経営戦術のプロであることは間違いありませんわね。」
へぇ、ベタ褒めね。リュカのお父様にお会いしてみたい!
「 そうそう! 近々ローゼンタールの会計士がセナ様にも会いに来ると思いますわ。」
「 私に? 何でそんな人が私に会いに来るの?」
「 この蟹フィーバーの発起人はセナ様ですもの。わたくしも細かくは理解してませんが、総利益の何%かを受け取る権利がセナ様にもございますの。」
何でかわからないけど私は血の気が引いた。いやいや、困るわ。そんなのいらないし。…… あっ!でも蟹を優先的に食べれる権利くらいは提案してみようかしら?
ターニャはその後も話し合いの詳細を話してくれた。なんでも初めは国王様ご夫妻やターニャのご両親はは「 蟹が美味しく食べれることが分かって良かったね!」程度だったらしい。
国内でしか食べられないことや、全世界の王宮のみでしか食べられないようにと提案したのはリュカのお父様であり、そうする事でプレミア感を出して、蟹の価格を上げるようにすることが狙いのようだ。だけどターニャはそれが面白くない。
「 あんなに美味しいのですもの!わたくしはもっと手軽に世界中のいろんな人に食べてもらいたかったのに、これではお金持ちの一部の人しか食べることができませんわ。…… もちろん私の国ではどの民も通常の価格で食べることができますけど。」
ターニャの気持ちも理解はできる。だけど結果リュカのお父様のやり方のほうが、シャルトリュー王国にもギルの家にも利益を生む。とても賢い選択だと思う。
これから先シャルトリュー国内には観光に訪れる人が増え、国は活気と潤いに満ちる。ギルの実家に入る収入は恐ろしいことになるだろう。
なるほどね。
ローゼンタール家が世間に良いように言われないというのはこういうことなのか。私の世界ではごく当たり前の『商売』の在り方が、この世界ではあまり浸透していないのだ。
何というか …… この世界の人達って、心がキレイなのよね。生きていく上で自然と身に付くしたたかさがないというか、誰でも持ってるようなあざとさがない。
私は溜飲が下がる思いを感じた。
そうなのだ、この世界に来てずっと感じていた違和感はこれだ。同時に私がリュカといて気持ちが楽なのも頷けた。
あの子はよく「貸し」「借り」を口にする。お商売をしている家柄だからというわけではなく、考え方が私たちの世界の人間に近いのだ。
そっか、だとするとダンジョンの入口で、聖獣に対する私の態度は他の者にはどう映ったのだろう。相当底意地の悪い女だと思われたのかもしれない。だからあの聖獣も私に興味を持ったのだろうか?
こんなことでは、無自覚に周りの人を傷つけてしまうかもしれない。
この美しい世界に私という人間はそぐわない。
私の行動や言動は、ふとしたことで相手に嫌な思いをさせてしまうのかも。
大浴場で温められた身体が急速に冷えていく。
目の前ではサラとターニャが楽しそうに笑っていた。
私は急に怖くなった。
根本的に生まれも育ちも価値観も違うのだ。やはりここに私の居場所はないのだと、改めて痛感する。
気をつけよう、せめてここにいる間は大切な人を傷つけないように細心の注意を払おう。
だって …… 大切な仲間を失いたくないもの。
「 ねぇ、セナ様だってそう思うでしょう?? 世界中のみんなが幸せであるべきですわよね? 」
あぁターニャ、私はその質問に苦笑いすることしか出来ないの。
自分以外の人を大切だと思うのも、それを失いたくないと思うのも、人生初の感情にただただ戸惑っていて、もうどうしたら良いのか分からないの。




