102【ギルバートのリバイバルストーリー②】
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「 リュカッ!! 」
セナ様の驚く声で俺は我に返った。
リュカは店の外へ出ると、通り沿いに何やら声をかけている。どうやら一人じゃないらしい。
ってか、いま何時だよ!? 店の事に気を取られて、城へ戻らなければならない事をすっかり忘れていた。
12時10分 ……。
あっちゃ〜 やっちまった、遅くても昼前には戻るつもりだったのに。
リュカは店の中に戻って来ると、そのままツカツカと俺の方へと向かって来た。心なしか薄っすらと口元に笑みを浮かべて、しかし目元は全く笑っていない。
「 ギルバート!ラグドールの国賓を無許可で連れ回した罪の重さをお解りですか?」
ヤバい、背中に嫌な汗が流れるんだけど。お前ってそんな狂気な顔できちゃうの? しかもめっちゃ嬉しそう。
えっ? 俺ってどーなるの? 国賓てセナ様のことだろ?
つ、罪? 騎士団クビってこと? もしかして詐欺事件起こした爺さんより重い刑罰だったりしないよね?
「 死刑です。」
あっ、ダメだ。
目の前が真っ暗。
グッバイ俺の人生。
「 そう虐めるなリュカ。大丈夫だギル、セナ様の外出許可は取ってあるから心配しなくても良い。」
グレン様が苦笑しながら店へと入って来る。
「 どうせセナが無理やり連れ出したんだろ? お前に責任はないよ。」
グレンさまぁ〜!流石よく分かってらっしゃるー!!そうなんすよ〜!セナ様ってば止めてもぜぇーんぜんきかなくってさぁ。僕困っちゃいましたぁ〜。
「 ごめんなさい、もっと早く戻ろうと思ってたんだけど …… 。」
セナ様もここは素直に謝っている。グレン様は軽く頷くと、それから首をかしげてセナ様の顔をジッと見つめる。
「 …… なに?」
「 お前はセナかッ!? 」
気づいてなかったんかーいッ!!
そういえばセナ様は変装してるんだった。それにうちの店のヒラヒラのエプロンまで着ちゃってるからな。いつもの上品で凛とした雰囲気と比べると、今日のセナ様は小さな子供の先生みたいな柔らかさがあった。
俺はこっちの方が断然タイプ。ま、俺の好みはいいか。
さてセナ様だけを悪者にするわけにはいかないからな。俺はグレン様に今まで学んだ処世術の全てを駆使して、自分の店の事情によりセナ様を引き留めてしまったことを謝罪した。
「 魔物討伐時なら厳重注意ものだが、今回は気にするな。それにしても蟹か。私はまだ食べたことがないが、この店はそれほどまでに厳しい状況なのか?」
「 えぇ、ですがセナ様にお力添えいただき一筋の光明が差してきました! 今後はなんとかなるかもしれません。」
なんとかなるどころか確実に持ち直す!セナ様が惜し気もなく披露してくれたこの料理があれば店はもう大丈夫だ!
蟹料理の基本は、濃い目の味付けで挽肉がわりに使用するのが定石だったのに、茹で方次第で味が変わるなんてそんな旨い話があるか? 文字通り美味いしな(笑)! それに蟹味噌ってあんな使い方あるの? すぅっっげぇ美味かったんだけど。
初めてパンを肴に酒を飲みてーって思ったよ!
よく冷えた白ワインなんかめちゃめちゃ合いそうだ ……。
「 居ましたわ〜!セナ様こちらでしたのね!! 」
騒がしく店に入って来たのは、セナ様の侍女を務めるサラ殿とターニャ殿だ。二人はセナ様の格好を見てきゃあきゃあと騒いでいる。途端に店内が華やかな雰囲気となった。
「 セナ様ー! 僕もお腹すきました、何か食べさせて下さい。」
俺とシェフの空になった皿を見て、リュカがセナ様に甘えてる。
いやここ …… 俺の店なんだけど。っつーか、自分だって国賓に何させようとしてんの? セナ様は勇者様なんだぜ?
「 ちょうど良かったわ!じゃあみんなにも試食してもらったらいいんじゃない?」
セナ様の気の利いた提案にリュカは露骨に顔をしかめた。
「 え〜!? 蟹をですか!? 前に一度食べたことありますが、私はそんなに好きな味じゃありませんでした。」
お前は言いにくいことをズバッと言うね、逆に清々しいくらいだよ。
「 セ、セナ様がお作りした料理は、私達の概念を覆すものでした。是非一度お試し下さい。」
そうなのだ、よくよく考えてみると新メニューができたところで、蟹の知名度が今一つなのは変わらない。貴族であるグレン様やリュカ、そして侍女達が評判を広めてくれれば棚ぼただ!特に女性の噂話の広がりようは、書簡より速いのではないかと疑うくらいだ。
「 まぁとりあえず何か作るから座っててよ。」
セナ様はそう言ってシェフと厨房へ向かった。
しばらくしてヒョッコリと顔を出すと「ギル!あなたも手伝って!」と声を掛けられ慌てる。そうだよな、ここは俺の店だよな。
厨房へ行くとセナ様はもの凄いスピードで動き回っていて、改めて料理が出来る人なのだと実感する。
人数分の皿にサラダを盛り付け、そこにさっきの絶品蟹と生ハム、パルメザンチーズの塊を薄くスライスして乗せる。
バゲットをカットして、深鍋をかき回し、玉ねぎを薄くスライス ……。
呼ばれたのはいいけど、シェフとセナ様の動きに無駄が無くて、俺は何をすれば良いのか分からなかった。
「 セナ様!ジャガイモが茹で上がりました!」
「 ありがとう!皮を剥いたら1.5センチ角にしてくれる?それから油鍋に火を着けて!五分でこっちは仕上げるわね!オーブンの余熱はまだかしら!?」
「 あと二分ですッ!蟹の下処理は済ませましたのでこちらに。ソースはこれくらいの配合で宜しかったでしょうか?」
へぇ、魔物を掻っ捌く姿も美しかったけど、俺はこっちの方が良いかもなぁ……。そうやって目尻を下げてボウっと眺めてたら、突然怒鳴られた。あーびびった、見た目はキュートなお姉さんでも中身は鬼神のままだった。
どうやら出来あがった料理を次々にフロアへと運ぶのが俺の役目らしい。
フロアへ料理を運んでいると、侍女達が外から買ってきた料理をテーブルに出している。そこにセナ様の料理を並べると、ちょっとしたパーティみたいになってきた。
作られた料理はさっきとは違う料理ばかり。
凄え、短時間でこれ程の料理が作れるなんて、あの人はやっぱり勇者様なんだなと改めて目を見張る。
剣の扱いにも慣れていて、武術や弓の心得もある。いったい彼女はどんな人生を歩んで来たのか。
次々とテーブルに置かれる料理を楽しそうに眺めるグレン様に、セナ様は元の世界で何をされてたのですか?と尋ねると「 結婚式場で働いてたっていってたかな?」と面白くも何ともない返事が返ってきた。
ハハ …… いやいや、それは嘘だよ。
グレン様に面白さのセンスがない事は周知の事実だが、よりによって結婚式場って。まだ葬儀場のほうが笑えるよ。
セナ様の生まれ育った世界ってどんな感じなのか見てみたいな。あんな暗殺者のエリート部隊みたいなのばっかりいたら怖いけど、俺達の世界ほど平和ではなさそうだ。
「 はーい!お待たせ!これで最後ね〜!!」
テーブルの中央に置かれた料理は、楕円形の大皿にグツグツに焼かれたグラタンだった。焼け焦げたチーズの香りがたまらない!
っていうか、俺って朝からずっと食べっぱなしなんだけど。まぁさっきと違う料理は意地でも食べるけどね? みんな忘れがちだけどここは俺の店だから。
グレン様の「それではいただこう」の合図で、皆がそれぞれに料理を口へと運ぶ。
さぁ!どうだい?うちの蟹の味は!?
私の記憶が確かなら、リュカくん、君は先程あまり好きではないとか言ってたかね?
「「「「「「 !!!! 」」」」」」
「 信じられません、これが蟹ですの!? 」
「 うまッ!!前に食べた物とは全く別物です!」
「 ふわぁ!…… しっとりとして旨味がギュッと凝縮されてますわね!」
「 噂に聞いてた物と違うな?…… 蟹とはこんなに旨い物なのか?」
ワハハ!そーだろ!そーだろ!!
ヤバイよな!? それってヤバイよね!?
俺もチョ〜驚いちゃったもん!!
「 あっ!グラタンにはそのオイルドレッシングを和えたルッコラを乗せて食べたり、蟹味噌バターのバゲットですくって食べてみて!」
えっ?そんな食べ方もあるの?
うっわ!これ好きー!めちゃくちゃ合いますね!
ん?こっちのは何?? デザートなのか小さいガラスの容器にプリンのような物が入っている。
「 あぁそれは洋風茶碗蒸し。下の卵部分には蟹の外子を混ぜてあって、上にはほぐした蟹身と香草を餡掛けにしてあるの。温かくても冷たくても美味しく食べれるわよ!」
本当だ!ちゃんと塩味だ。おぉ…とろっとろだな。…… 少ない、こんな小さい容器じゃなくてもっと食べたい。これは何だろう? 見た目は揚げ物のようだがこれにも蟹が入ってるのかな?
「 それは蟹マヨ春巻き。蟹身と薄切りした玉ねぎをマヨネーズで和えて大葉で巻く。さらに春巻きの皮で包んで高温で揚げる。中まで火を通さず表面の皮だけパリパリにしたつもりだけど、どう?」
うっま!有り有り!いやもうコレ頭がパニック起こしてますわ。蟹とマヨネーズってこんなに合うの? 大葉がサッパリと油っぽさを打ち消しちゃうからいくらでも食える。
「 あぁ!ターニャとリュカはこれは食べちゃダメ!ソースにお酒が入ってるの! …… えっ?この世界って二十歳になってなくても飲んでいいの? …… ならいいけど、ちょっとにしといてね?」
へぇ、コレって酒が入ってんの? サラダっぽい感じだけど、どれどれ ……。おぉ… やだぁ新感覚!?けっこう酒感強いのね、でも俺好きだわ〜この味。…… 何なのこれ??
「 コレはねぇ、蟹とジャガイモのカクテルサラダよ。ホクホクに茹でたジャガイモの角切りと蟹身を、マヨネーズ・ケチャップ・ブランデーのソースで和えただけ。前に海老で同じ様なの食べたことあってアレンジしちゃった。」
そんな簡単な調理法? なんだ俺でも作れそうじゃん。でも蟹料理つっても色々あるんだな。しかもどの料理も蟹が主役でしっかりと存在感がある。
セナ様は俺達とは別のテーブルで、シェフと話しながらバゲットをかじっている。俺も混ぜてよ、だってこの店俺の店だし。
「 春巻きとカクテルサラダ、茶碗蒸しはテイクアウト用にして、トマトクリームパスタとグラタンはどちらもバゲットを付けて店内用にすると良いんじゃないかしら?」
それは名案だ!『食いしん坊』と言えば食べ歩き。以前からテイクアウトできる店舗を羨ましく思っていたんだ。両方で売り上げが取れるなら願ったりだ!
「 当分は店頭で試食してもらって誘い込むしかないわね。本来なら蟹の試食なんて勿体無くて出来ないんだけど。」
全然問題ないっす! セナ様の世界では蟹漁って厳しい制限があるみたいだけど、うちの地元は湧くほどいるから試食くらいガンガン出せばいい。
…… ん? なんだリュカ? そんなに睨んで。お代わりが欲しいなら90度でお辞儀しろ。
「 ギルバート、この蟹は …… どの蟹も同じ様な味を保証できるのですか?」
そりゃ …… できると思う …… けど、どうだろう?
俺はセナ様を見た。どうなの? そこんとこどうなの?
「 同じ味って …… それは保証できないかも。どうして?」
えぇッ!? なんで出来ないのさッ!?
どの蟹も正しい茹で方をすればこの味なんじゃないの!?
俺の絶望的な顔を見て、セナ様はクスリと笑った。
「 あのね、蟹は成長するにつれ脱皮をするの。その直前は栄養を蓄えてるから味がいつも以上に美味しくて、脱皮後は身もスカスカで水っぽくなっちゃう。この時は蟹味噌も殆ど入ってないんじゃないかしら。これはこれで好きな人はいるみたいだけどね。」
「「「「「「 って更に美味しくなるの !? 」」」」」」
マジで言ってる? コレより旨いなんて想像できないし。
「 それはもしや、甲羅が二枚に重なってるものでしょうか?」
「そうそう! 食べたことある?」
おずおずとシェフが口を挟んできた。流石うちのお抱えシェフだぜ!その美味い蟹を知ってんの?? 食べてみたいから出して?
「 我々の地元では二枚甲羅があるものは『まがいもの』と呼ばれて捨てられています ……。」
てめぇ!なんて事してくれてんだ!!
「 そうですか。それでは少なくともこれ以上レベルの低い蟹には殆どならないというわけですね。」
脱皮後は殻が柔らかいから、割と簡単に見分けられるとセナ様はリュカに説明している。だけどリュカはなんでそんな事聞くんだ?
ふむ、とリュカは何か考え込んでいる。綺麗な所作で再び蟹を口へ運ぶと、何かを決心したように頷き、俺を真っ直ぐに見る。
「 ギルバート、この蟹でうちと取り引きしませんか? 商圏も値段もそちらが決めても構いません。」
「 うちと? …… うちってどのうち?」
「 しっかりして下さい、もちろんローゼンタールです。」
「 なッ!!? 」
当然といった感じでサラリと言うけどさ、あのローゼンタールだよ? そのネームバリューだけでも蟹の値段が上がりそうだ。咄嗟にシェフを見るとコクコクと首を縦に振っている。
だよなッ!? そうだよな!!…… 返事はもちろんOKだッ!! ローゼンタールとの取引が出来るなんて夢みたいな話だぜ? 断る理由なんて一つもない。
「 その代わりこのラグドールの店舗は仕方ないとして、その他の取引はこちらで制限させてもらうかもしれませんが ……。」
その他の取引なんてどことしてるって言うんだ?
そんな所皆無だ! 細々と地元で商売してるくらいだ。いやローゼンタールと取引できるなら他を切ってもいい。なんならこの店だって辞めちゃいまーす!
「 問題なければ明日にでもギルバートのお父上の元へ、ローゼンタールの者を伺わせますが如何でしょう?」
なんだ?この降って湧いたようなうまい話は?
シンデレラボーイって俺のこと?っていうか、むしろうちの父上からお伺いを立てるべきじゃないのか!? ああもう頭が混乱してるけどこれだけはわかる! リュカくん、私は君を誤解していたようだ、本当は良い子だったんだね?
俺はリュカと握手をする為に立ち上がった。
「 ダ、ダメよッ!!そんな事はさせませんわッ!!リュカ様!!この蟹は我がシャルトリューの宝でございます!ローゼンタールに独占はさせません!」
なーになーに? どーしたのお嬢ちゃん? 急に大きな声出しちゃって!!
『シャルトリューの宝』ってこの蟹のこと? 嬉しいこと言ってくれるけど、うちの国はなぁんにもしてくれないよ? そりゃ毎年国王様に献上品としてお贈りしてはいるけど、全然喜んじゃいないのは俺だって知ってる。
そんな国よりローゼンタール様よ? お家復興の邪魔しないでくれるかな、お兄さんはリュカくんと話がしたいんだ。
「 ターニャ様、恐れ入りますが私達は大人の会話をしております。申し訳ございませんが余計な口出しは差し控えていただけませんか?」
えっ? リュカってば、何でそんなにへりくだってんの?って、目が全然笑ってないし。お前って女の子相手でも割と態度はでかかったはずなのに、このお嬢ちゃんにはめちゃめちゃ下手に出てるのね? 何で? ねぇ何で??
「 いーえ、リュカ様!ここは引き下がりませんわよ?…… わたくしだってこの蟹がこれからどうなるかくらい想像がつきます!ローゼンタールが独占して売り捌く中、本家のシャルトリュー王国でお店が一軒もないなんて、赤っ恥もいいとこですわ!まずは我が国内から!ローゼンタールは引っ込んでて下さいましッ!! 」
あら ──ッ!? なんか全然意味分かんない!! 分かんないけどこの娘も凄い剣幕ね? ちびっ子二人がちっちゃい店ん中でバッチバチに火花散らしちゃってる。急にモテ期が来て俺を取り合ってる感じ? でも天下のローゼンタールに「 引っ込んでろ 」なんてよく言えたねー、若いっていいね、怖いもの知らずだわ〜。
「 国家権力を振りかざすのは如何なものでしょうか。ローゼンタールはそんな事は致しません、商売はいつだって売手の自由であるべきです。決めるのはギルバート、貴方です。さぁどうしますか?」
「 自由とおっしゃっても、どうせ売買ルートはローゼンタールが舵を取るのでしょう? 百戦錬磨の契約のプロに気の優しいウッド家が操られるのが目に浮かびますわ!! 」
オオゥ!このお嬢ちゃんはなかなかキツイことを言う、だけど案外的を得ている事を言っているかもしんない。うちは俺も父上も商才なんか無いし、ローゼンタールと契約が結べるならホイホイ印を押すだろう。
そりゃもうポンポンポーン!ってね。
しかしこの娘、…… ターニャって名前だっけ?
シャルトリュー王国や我がウッド家の事にやたらと詳しいような口ぶりだ。はぁ? シャルトリューのターニャ ……。
はっ? ターニャ?…… シャルトリュー !?
んぁあッ!?
「 ターニャ・マナリ・シャルトリュー ……様 !? 」
俺は背筋を伸ばして大きく叫んだ!ちっこい女の子は「何ですの?」と呟きながら返事を返す。
……… まっじ? 王族じゃん!おったまげ〜 !!!
視界の隅でリュカが舌打ちした。
「 チッ!気づいたか。」
おーまーえーッ!?
シャルトリューの国内で王族に逆らったら、ウッド家は破滅じゃねーか!!
俺は危機一髪で、悪魔に魂と御家を売らずに済んだのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回でギルバート編は終わりかな。
良かったらブクマや評価していただけると嬉しいです!




