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異世界ライフは美しい!  作者: 清水悠


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101【だって蟹よ?】

「 ギ、ギル落ち着いて!? みんなが見てるから! 」


 彼は私の言葉に我に返り、肩の力を落とすと再びベンチへ座り込んだ。すみませんと項垂れながら深く息を漏らす。


「 …… 教えて下さい、なぜセナ様はあの店がこの『食いしん坊』に似つかわしくないと感じたのでしょうか? 異世界の方にまでそう言われてしまうと、私はもうどうしたら良いのか分かりません。」


 そうか、ギルがいきなり怒り出した理由は、私があの蟹料理のお店の名を口にしたからなのか。何か事情がありそうだ。


「 似つかわしくないっていうか、ここって割とリーズナブルに食べられる軽食が多いでしょう? でも蟹は高級食材じゃない? だから何だか他のお店と毛色が違うなって思ったの。…… 何か気を悪くさせたならごめんなさい。」


 私は思ったことを素直に述べた。あのお店はギルの知り合いのお店なのだろうか? 決して非難したつもりはないと言い訳をしても彼は眉をひそめたままだった。


「 待って下さい? 今なんと言いました? …… 蟹が高級食材ですって?? 」


 今度は私の方が眉を上げた。

 ギルの口ぶりでは「そんなわけない」みたいに自嘲気味だ。この世界ではそうじゃないのだろうか?


「 だって蟹だもの …… 違うの? 私達の世界では高級食材の部類に入るから、てっきりこちらもそうなのかと思って。」


 もしくは蟹の種類が違うのだろうか?

 さっきお店の前を通り過ぎたとき、店の前の水槽にいた蟹は、私の生まれ育った故郷で採れる蟹そのものだったように見えたんどけどな。


 ギルは「 高級食材 ……。」と呟いて、また立ち上がった。


「セナ様! すみませんが店まで一緒に来てもらえませんか?」


 もう食べられない!と心の奥で悲鳴はあがるけど、ギルの目は真剣そのものだ。

 ここまできたら私も少なからず気になるし、頷いて立ち上がった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「 どうですか? この蟹はセナ様の世界の物とは違いますか?」


 目の前のテーブルに出された蟹は、まごう事なきずわい蟹であり、色も形も大きさも申し分なく、むしろタグを付けても良さようなくらいの立派な代物だ。


 そしてメニューを見て驚いた。

 このお店は蟹を材料にパスタやスープとして提供しているみたいだけど、その価格が異常に安い。

 感覚でいうとワンコインで食べれちゃう感じ。確かにこのお値段なら、マルシェみたいなこの通りでも違和感はないけど。


「 ねぇ、この世界では蟹ってそこら中で採れるものなの?」


 それならば低価格でも肯けるかなぁ?


「 いえ、この種の蟹は私の地元の海岸が主だと思います。」


 答えたのは厨房から出てきたギルと肩を並べているこのお店のシェフではなく、ギル本人だ。

 シェフの紹介だけで二人の関係性が分からない。

 それにお店にはいい時間帯にも関わらず、お客様が一人もいない。人気のないお店だということは理解できたけど、どうして私をここへ連れてきたのかその説明もなかった。


「 それで、あなたは私に何をさせたいの? 私はこの蟹を見せられただけで全ての事情を理解出来るような賢者じゃないのよ?」


 私のはっきりとした物言いに、ギルとシェフは顔を見合わす。最初は言いにくそうにしていたが、やがてギルは諦めたように少しずつ話しを始めた。私はシェフの出してくれたアイスティーを頂きながら耳を傾ける。


 お腹いっぱいでもこうやってテーブルに座ると、飲み物を口にしてしまうのは何故なのだろう? そんな疑問をかすめながら、私は大あらすじでお店の内情を把握することができた。


 このお店はギルの実家が統治する領内が経営するお店で、彼がラグドールの騎士としてこの国に来た時に、城下町でお店を出す権利を貰えたようだ。

 他のどのお店も似たようなものらしく、それぞれが地元で多く食べられる食材を使用して、世界中の料理を食べることができるという仕組みだ。


 あぁそれでシェフは「ギル坊ちゃん」と呼んでいるのね。


 インターネットのない世界だもの、そうやって地元の特産品を知ってもらい、観光客を誘い込む玄関口にするのだろうか? お城のお抱え騎士や魔導師となると、そんな特典まで保証されるなんて、かなり美味しい話だ。そりゃあ憧れの職種になるわよね。だけど店舗を持続させるには割と厳しい条件もあるらしい。


「 ですがラグドール城下町は人気観光地なので、他にも出店したい店は山ほどあります。このまま赤字続きだと店の権利を取り消されてしまいます。どうしたら良いのか私達にはもう打つ手がなくて困り果てていました。異世界の方なら何か違う発想があるかとセナ様をお連れした次第です。」


 ギルは説明しながらだんだんと声が小さくなり、最後はまた「すみません」と項垂れてしまった。


 なるほどね、大体の事情はわかったわ。

 いやいや無理よ、当てにされても困るし。

 私は料理人でもなければ、経営コンサルタントとしての知識もない。そんなすがるような目で見られても困るから。


 ただギルも言っている通りここは観光地だ。

 数多くの人々が訪れている。いくら人気のないお店でも、これだけ客が入らないのはおかしい。

 この店の味を知らない一見さんだっているはずなのにと私は不思議に思った。


「 それは、蟹自体があまり好まれてないからでしょうか。」


「 蟹が!? アレルギーとかじゃなくて??」


 驚いた ……。聞けばこの世界では蟹の知名度が低い上に、味の評価もかなり低いようだ。蟹そのものが不人気なのに、観光地に来てまでわざわざ食べる者はいない。


 でもどうして蟹が不人気なんだろう? 最大の疑問はそこだ。単純に国民性に合わないのだろうか?

 以前聞いた話だけど、炊きたての米の香りは外国では「よい香り」とは認識されない事もある。だから文化の違いで万人受けしないことがあるのは私だって承知してる。


 私は目の前の蟹を見つめた。

 丸っとゆで上げられたそれは、一本の足も欠けることなく鮮やかな朱色に輝いている。どの角度から見ても高級料亭で取り扱ってもいい蟹よね?


 こう眺めていても拉致があかない、私は思い切って提案した。


「 ね、これ食べてみていい?? 」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 …… うぅ、なるほどね。


 私はバラバラに解体された蟹の足をお皿に戻すと、腕を組んで考え込んだ。


 テーブルの向かいにはギルとシェフが座って沈黙を守っている。まるで試験の結果を聞かされるかのように背筋を伸ばして。こういうのは遠回しに言葉を濁すより、ストレートに言ったほうがいいかもしれない。


「 はっきり言うわね? …… 美味しくない。」


 蟹は足も本体も半分以上残してある。

 私が蟹を食べ始めると、シェフは急いで厨房へと戻り、実際にお店で出しているパスタとスープもテーブルへと運んできた。そのどれも一口でフォークを下ろしてしまった。蟹好きな私としては怒りを覚えるほどの不味さだった。


「 この蟹ってどうやって茹でたのか聞いてもいいかしら??」


 見た感じでは蟹の身の詰まり方は一級品と言える。だけどその身はボソボソと口当たりが悪く、生臭みも最悪、そして蟹味噌は量が少なく味がうっすい。というか下味として重要な塩味すらしない。

 こうなってくると問題は茹で方だ。


 私は浜育ちだから、近所では蟹の水揚げが解禁になると、続々と店の軒先で蟹を茹でる光景が見られる。

 足が取れていたり、蟹に傷が付いているものは市場に出すことが出来なくて、その家々で処理される事になる。それでもそれが毎日だとかなりの量になっちゃう、それで漁師の家で処理しきれないものはご近所へと配られるのだ。

 そんなわけで私の生家は漁師ではなかったけど、毎年冬になると食卓に豪華な蟹が並ぶことがしばしばだった。


 そう、社会人になり都会の居酒屋で蟹を食べたときに、あまりの酷さに衝撃を受けた。あまりの不味さにこんなの蟹じゃないと。

 それで皆が冬になるとわざわざ北陸まで足を延ばして蟹を食べに来る理由を漸く理解できた。


 どの食材だって同じだろうけど蟹だって鮮度が命。それは茹でた後も同じで、時間が経つにつれどんどん味が落ちていく。もちろん地元の食卓で食べる蟹よりも、漁師の友達の家のお店で茹でたての方が数倍おいしい。


 しかしこのお店の蟹は都会以下だ。


「 茹で方ですか? 地元で採れてすぐに茹で、一旦凍らせてからここへ運び、毎朝ちゃんと茹でてから調理しています。」


「 えぇ!? じゃあ三回も火を通してるってこと!? 」


「 三回?…… あぁ調理も入れればそうなりますか。」


「 二回茹でるのはどうして?食中毒を気にしてるとか?」


「 食中毒とは何でしょう??」


 驚いたことにこの世界には食中毒という概念がないようだ。万が一体調を崩しても回復魔法をかければ良いからかしら? それとも寄生虫がいないという事? じゃあなんでそんなに茹でちゃうの?


「 凍ったままでは殻から外せませんから。」


 そんな理由? …… 自然解凍っぽい魔法は無いのかしら??


 私はお店の前をチラリと見た。

 楕円形の薄い気泡の入ったお洒落な水槽に、五匹のずわい蟹が所狭しと動き回っている。


「 あの …… あれ …… 茹でてみていい??」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「「 …………………………。」」


 私の茹でた蟹を食べて、二人は完全に黙り込んでしまった。


 試しに私も食べたけど、うん美味しい。地元で食べている味に近い。ちゃんと火は通してるけど半生みたいなギリギリのライン。

 そりゃ大釜で大量に茹でるほうがもっと美味しいし、漁師のおっちゃん達に比べたらまだまだだろうけど、それでもかなり美味しく茹でられたと思う。


「 マジか …… 信じられないな、茹で方一つでこれ程までに味が変わるものか?」


 いやあなた達の茹で方は酷いよ? 茹で汁に塩入れないとかありえないし。だいたい一時間茹でるってどうゆうことよ? 旨味が全部出ちゃって出涸らししか残らないじゃない。しかもそのあと流水にさらすって、身離れは良くなるけど味ボケるはずだわ。


「 ほら、蟹味噌もしっかりあるからね。」


 二人がスプーンを使って蟹味噌を口へ運ぶと、お互いが衝撃で顔を合わせる。


「 坊ちゃん …… 私めは鳥肌のゾワゾワが止まりません。私達が今まで食べていた物は何だったのです?」


「 参ったな、なんてうまいんだ。この蟹が特別味噌が多く入ってるとかじゃないのか?」


 いやいや、茹でる時は味噌が落ちないように蟹の甲羅を下にして、落し蓋で固定するのは基本です。茹でた後も冷水に浸したりすると味噌は水分でぐずぐずになっちゃうから、蟹の汚れや雑味は茹でる前に処理するのが肝心。この蟹は見せる用に水槽にあったから、濾過されて体の中まで綺麗なのだろう。


 この蟹の味噌は量も多いし味も濃厚、どこへ出しても恥ずかしくない最高レベルだ。

 私は次々に足の身を取り出し、二人が食べやすいよう皿へと移した。


「 先ほども思いましたが、セナ様は本当に蟹の扱いに慣れてますね。私達の地元でもそのような剥き方をする者は見たことがありません。」


 それは元の世界でも言われたことがある。会社の忘年会の席で速くてキレイと。まさか異世界で披露する事になるとは夢にも思わなかった。


「 蟹の構造を理解すれば子供でも簡単にバラせるようになるわ。慣れれば一杯の蟹を一〜二分で解体できるようになるわよ?」


「 なるほど!セナ様は魔物だけでなく蟹の構造まで熟知してるのですね!」


 私が魔物を解体してるっての? ギルの問題発言は軽く無視して、私はシェフに元々茹でてある在庫の茹で蟹を使って徹底的に解体を教えた。


「 セナ様それは何をしているのです?」


 私が手のひらにレモンを搾っているのをみて、ギルが目をパチパチしている。


「 蟹を素手で触ると生臭みがつくでしょう?これで手を擦ってから濡れ布巾で拭うと、気にならなくなるの。」


 少し手がヒリヒリするけど、海鮮の匂いより全然我慢できる。


「 さてと、次はメニューよね? さっきのパスタはミートソース系の味付けで、お肉の代わりに蟹を使っていたわよね。」


 味も旨味も無いパサパサの蟹にあの味付けはパスタとして成り立っていたかもしれない。でも『蟹料理』と謳っているお店のメニューとしてはどうだろう? もっと蟹の繊細な味を引き出し、蟹自身を感じられるソースのほうが良いような気がする。


「 ちょっと厨房借りるわね?」


 んーと、材料は …… ある。

 うん、なんとかなりそうね!


 シェフにスパゲティを茹でて貰って、その間に私はソースを作る。ついでにギルには近くのお店でバゲットを買ってきて貰った。


「 …… 出来た!あんまり味に自信はないけど試食してみてくれる?」


 作ったのはトマトクリームパスタ。

 ベースはニンニクオイルで湯むきしたトマトと生クリームを入れ、コンソメで味付けする。

 本当ならここで蟹の身も入れるんだけど、あんまり火を通したくないのと、食中毒の心配がないということなので、さっき茹でた蟹身をオリーブオイルとレモン、塩で味付けしたものを盛り付け後に乗せた。

 最後にブラックペッパーとパルメザンチーズを振りかけてテーブルへと運ぶ。


 直ぐにギルが口に入れる。作り立ての熱さにむせそうになりながらシェフを見上げ、何度も頷き何度も首を振る。


 えっ? 美味しいの? そうじゃないの?

 その反応はどっちなの??


 シェフも待てなくなり、ギルの感想を聞く前にパスタを口に含む。まずトマトクリームソースの部分を確認して、次は蟹も一緒にからめて食べている。


 お、お願い何か言ってよ。

 ギルは無言のままガツガツと男食いしてるし、シェフは一口ごとに噛みしめるように食べている。


 あっ!そうだ、アレを用意するのを忘れてた。


 感想を聞かせてもらえない私は居た堪れなくなり、厨房に戻ってもう一品作ってからお客様フロアへと戻った。見るとちょうど二人はパスタを食べ終える頃だった。


「 これは何ですか?? 見た目はガーリックトーストのようですが。 」


 テーブルに置かれた皿にはスライスして焼いたバゲットが数枚ある。これは私が高校の時に作り出した贅沢メニューだ。


「 バゲットに塗ってあるのは蟹味噌を使ったバターなの。ガーリックバターよりコクがあるのにマイルドな味になってるから、このパスタには合うと思う。食べてみて?」


 言い終わる前に二人ともパンに手を伸ばしていた。これは自信持って美味しいと言えるのよねー。


 私は勝手に厨房からアイスティーを取ってきて、自分用にグラスに注ぐ。空いている椅子に座り足を組むと、満足気に二人を眺めた。


 彼らはバゲットを手に恍惚の表情でぐったりとしている。私は口元からフッと笑みがこぼれた。


 さぁどうなの? 美味しいでしょう? ほらほらヤバイくらい美味しいわよね? 蟹が好まれないですって?…… ふざけないで、本当の蟹様の味を知らないで評価しようなんて百年早いわよ。

 これが蟹の底力よッ!!

 あの子達はただ海底をカサカサ歩いてるだけじゃないの、蟹様のポテンシャルは半端ないのよ!


「 …… なかなか面白そうな事をしてますね。」


 背中に氷のような冷たい声がして、私は振り返った。そこにはニッコリと素敵な笑みを浮かべたリュカが立っている。


「 外出許可も取らずに、あなた方は何をやっているのです?」


 あっ、やばい。この顔は怒ってる。

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