10【多忙な日々】
騎士の足音が遠ざかったのを確認すると、扉によりかかり「 ハァ〜 」と全身の力を抜いた
それでもなんとか体を起こし、ベッドへとヨタヨタと向かうと、そのままうつ伏せに倒れ込んだ
身体がだるおもだ
ほんっとうにツカレタ
私も映画を観たり本を読むことは好きだから、こういう冒険物の話は嫌いじゃない
でもまさか自分がそれに巻き込まれる事になるなんて想像もしなかった
物語の中ではもっとサクーッと話が進むでしょう? 現実はこんなにいろいろ細かいことが面倒なんだなぁと心底くたびれてしまった
それはそうよね …
何事にも順序はあり、その一つ一つが相手にとっても自分にとっても大切なことであり、いい加減に決めて良いことは一つもない
いや、ときには適当に気分で選ぶ事があっても、それでもそこには必ず『選択する』という行為がついてくる
思えば私はここ数年、仕事で他人の選択のお手伝いはしても、自分で何かを選んだことはあったのだろうか?
油断するとうっかり眠ってしまいそう
ムンッ!と寝返りをうって天井を見上げた
自分のマンションの簡素な天井とは大きく異なり
何時間でも眺めてられそうな天使達の絵画が目に入り
本当にとんでもない部屋だとクスリと笑った
いろいろ考えなくてはいけない事は分かってるけど、少しだけ…… と思いながら目を閉じる
思えばこの数ヶ月は本当に慌しい毎日だった
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 世那さん、いまごろお昼ご飯ですか!?」
後輩の高杉が驚いた顔で聞いてくる
「 お昼休みにも打ち合わせが入っちゃって、なかなかね。」
そう言いながら野菜ジュースでパンを無理やり流し込んだ
「 でももう3時ですよ? いいかげん休まないと倒れちゃいますよ!?」
「 大丈夫! 5分で食べるから!」
いまいちお互い噛み合ってない会話をしながら腕時計を見ると、時計の針は2時50分を回っている。3時からは料理長とメニューの最終確認がある、早く食べて現場に行かなくてはならない。私は残りの飲み物も一気に飲み干すと、急いで脱いでいたパンプスに足を入れ、黒のジャケットに袖を通した。そこはかとなく黒一色で地味だけど、私達の職業は主役より目立ってはいけないからこれでいい。
資料を抱えて高杉に「じゃあ」と手をあげると、彼女が私を引き止めて、ジャケットのポケットに何かを入れた
料理長との打ち合わせも滞りなく終わり、仕事山積みのデスクへと戻ろうと、急ぎ足でエレベーターのボタンを押すと背後から「名取さん…」とか細い声がした
振り返ると知った顔の女性が所在なげに佇んでいる。
「 斉藤様!? …… 今日は打ち合わせでした!?」
そうじゃないのは分かってる。斉藤様との打ち合わせは私の連休明けだから、まだまだ先のはずだ。彼女からの予定の変更も聞いていない
結婚間近になると、不安になったり迷いだしたりと、こうして予約なしに急に来られるお客様はよくある事だ。 だからといって「何しに来ました?」とは言えない
「式場の近くをたまたま通ったから…」
斉藤様はもじもじと歯切れ悪い。たまたま通りかかったと言うのは本当だろうか? もしかすると、私に何か伝えたい事があるんじゃないかしら?
「 そうですか、あー!斉藤様、今ってお時間ございます? さっき美味しいお紅茶をいただいて、飲んでみたいなって思ってたのですが一人で飲んでも寂しいので、よろしければ…」
斉藤様はホッとした様子で「ぜひご一緒します!」と明るい笑顔になる。私もにっこり微笑むと、応接室へと彼女をご案内した
彼女は結婚式に、両方の肩が出るオフショルダーのウェディングドレスを着たいようだ。だけど新郎のお母様が露出の多いドレスをあまり好まない。
だから次の打ち合わせの時にこちらからお勧めして欲しいということだった。
結婚後の余計な亀裂を作らないためにも、斉藤様としては式場のスタッフに強引に勧められた感を出したいのだろうけど、私たちはそんな押売りみたいな接客はしない。どうしようか。一番いいのは新郎の母親から、新婦にオフショルダードレスを勧めさせることよね …
私はエレベーターの中で目を閉じて考え込む
誰も嫌な思いも我慢もしない方法は?
「チン」と指定した階に到着、それと同時に私はある事を閃いた
OK!これならいける
ていっ!とエレベーターから出るととてもスッキリした気持ちになっていた
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は明日から2週間の休暇に入る
ウエディング業界でこんなに長く休むなんて
本来ならあり得ない話だけど、仕事仕事で全く休みを取らない私を、心配した周りのスタッフが社長にそれを漏らした
すると社長は「それはお前たちが名取に頼りっきりだからだ!」と言い放ち「名取を二週間休ませる。その間に少しでも式場の質を落としたら、お前たち全員減給だ!!」となったらしい
この無茶で無理やりな突然の休暇に、一番慌てたのは私自身で、この一週間はいつも以上に忙殺された。むしろこんな事なら今まで通りで良かったのにと、思わず愚痴の一つも出そうになっけど、うちの社長の決定事項は覆せない、大袈裟ではなく不眠不休でスケジュールを詰めた。
給湯室で先ほどの紅茶の後始末をしていると、やはり心のどこかでお休みが嬉しいのか自然と鼻歌が出てしまう
「 その歌、よく歌ってますよね? 何の歌ですか??」
別の部屋で接客をしていた高杉が、食器をトレイにのせて給湯室へと入ってくる
「 何だったかな? なんか地元のわらべ唄みたいなの? 小さい頃よく歌わなかった?っていうか! 私そんなに歌ってる?」
高杉はクスクスと笑いながら洗いかけのスポンジを私から奪い取る。
「 世那さんがその鼻歌を歌ってるときは機嫌のいいときですよ? いいですねー! 明日からの休暇!!ここは私がやっときますから、もう上がっていいですよ〜!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私はそっと目を開け、ジャケットのポケットに手を入れた。中には沢山の飴が入っていて思わずクスクスと笑ってしまった。
あの時高杉が私のポケットに入れたのはコレだったのね
『コンコン』
扉を叩く音がする
私は飴を再びポケットにしまうと、音のする扉を睨んだ
誰も来ないでって言ったのに…




