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ー不思議なアップルパイー

マリーは、草原ダイニングのテーブルについて、元気に走り回る二頭を眺めていた。


 クレメンタインが、皿を手にやってくる。


「りんごをお持ちしました」


 皿の上には、食べやすく切り分けられたりんごが並んでいる。


 マリーが礼を言っている間に、パリカールとニゲルも近づいてきた。ティスまで加わり、りんごを囲むように落ち着く。


 二人と三匹の、デザートの時間になった。


 りんごをひと切れつまんだところで、マリーは館へ目を向けた。


「クレメンタイン。お勉強中のベガにも、持っていってくれますか?」


「ベガ様にも、ですね」


「ええ。勉強中は、甘いものの補給がとても大切です」


「わかりました。行ってきますね」


 クレメンタインは軽く一礼すると、颯爽と館へ走っていった。


 その後ろ姿を見送り、マリーはりんごをかじった。

 しゃくりと歯切れのよい音がして、甘酸っぱい果汁が口に広がる。


「生のりんごもよいですが、アップルパイが食べたいですね」


 温かく、やわらかく煮たりんご。

 それを包む、幾重にも重なった香ばしいパイ生地。

 なめらかなカスタードも入っていたら、申し分ない。


 材料はある。

 ただ、道具がそれほど揃っていなかった。


 どうしましょうか、と考えたところで、ふと思い出す。


 アイスクリームを出したときには、スプーンも一緒に出てきた。


 食べる道具が出るのなら、作る道具も出るのでしょうか。


 マリーは手元に視線を落とした。


「パイ皿、出てください」


 目の前に、銀色の皿が現れた。

 浅い皿の縁が、ぐるりと波を打っている。


 直径三十センチの、立派なパイ型だった。


「……出てきましたね」


 パリカールの耳がぴんと立った。

 ニゲルは草を食べるのをやめ、ティスも目を丸くして銀色の皿を見つめている。


「では、泡立て器も」


 かしゃん。


 金属の泡立て器が現れた。


「こちらもよいのですが……」


 マリーはそれを手に取り、持ち手を確かめた。


「ハンドルを回すものだと、生クリームを泡立てるのに便利なんですよね。そちらも、出てきてください」


 がしゃん。


 今度は少し重い音がした。

 ハンドルのついた手回し式の泡立て器が、先ほどの道具の隣に転がっている。


 マリーは拾い上げ、試しにハンドルを回してみた。

 連動して動く金属の羽を見て、満足そうにうなずく。


「金属製のボウルも、二つほどあると便利なのですが」


 この世界で目にしたボウルは、木製のものばかりだった。

 生地を作ったり、クリームを冷やしながら泡立てたりするなら、金属製のものが欲しい。


 そう思っていると、目の前に銀色のボウルが現れた。


 重なった内側を持ち上げると、もう一つある。


「二つ、ありますね」


 注文どおりだった。


「それから、麺棒。出てください」


 ごとん。


 少し太く、ずっしりと重そうな麺棒が現れた。


 マリーは両手で持ち上げた。


 ……武器にもよさそうですね。


 少し不穏なことを考えながら、麺棒をボウルの隣へ置く。


 パイ皿に泡立て器、ボウルが二つ、それから麺棒。

 並んだ道具をひとつずつ確かめ、すべて収納庫へ収めた。


 これで、取りかかれそうです。


 顔を上げると、三匹が揃ってこちらを見ていた。


 パリカールも、ニゲルも、ティスも。

 きょとんとした顔で、同じ方向へ首をかしげている。


 かわいいですね。


 マリーはすました顔のまま、三匹へ言い聞かせた。


「今からお料理をするので、みんなはここで遊んでいてくださいね。危ないですから、キッチンには入ってはいけませんよ」


 三匹の顔を順に見てから、館へ向き直る。


 幼い子供に言い聞かせるようなことを、四歳の自分が言っている。


 ……少し、おかしな光景ですね。


 自分でもそう思いながら、マリーはキッチンへ向かうのだった。


     *


 キッチンへ入ったマリーは、収納庫から道具を取り出した。


 作業台に銀色のパイ皿を置き、その隣にボウルを二つ並べる。

 泡立て器と麺棒も出したところへ、クレメンタインが戻ってきた。


「ベガ様に、りんごをお届けしてきました」


「ありがとうございます。お勉強は進んでいましたか?」


「本を開いたまま、お召し上がりになっていましたよ」


 熱心なのは、よいことです。

 でも、本に果汁を落とさないでくださいね。


 その場にいないベガへ、心の中で注意しておく。


 クレメンタインは作業台を見て、足を止めた。


「こちらの道具は……?」


「出してみたら、出ました」


 マリーは銀色のパイ皿へ手を添えた。


「これで、アップルパイを作ろうと思います」


「アップルパイ、ですか?」


「りんごを甘く煮て、薄い層になる生地で包んで焼くお菓子です。中にカスタードソースも入れたいですね」


 クレメンタインは、空のパイ皿を興味深そうに眺めた。


「どのようなものになるのでしょう」


「焼けると、生地がさくさくになるんです。手伝っていただけますか?」


「ええ。作り方を教えてくださいませ」


 クレメンタインは袖口を整え、手を洗った。


 マリーも手を洗い、料理に使う踏み台へ上がる。

 これで、ようやく作業台の上がよく見えた。


「まず、生地から作りましょう。バターは、冷たいものをお願いします」


     *


 ボウルへ小麦粉を入れ、塩を少し加える。


 クレメンタインに小さく切ってもらった冷たいバターを、その中へ落とした。

 白い粉の上に、淡い黄色の角がいくつも転がる。


「混ぜてしまってよいのですか?」


「はい。でも、練らずにお願いします。バターを全部なじませないように」


 マリーは粉をまぶしたバターを指先で押し、薄くつぶして見せた。


 クレメンタインも同じように手を動かす。

 けれど、ところどころに残るバターを見て、指を止めた。


「まだ、ずいぶん残っていますが……」


「残っていてよいんです」


 マリーは、きっぱりとうなずいた。


「きれいに混ぜたくなりますね」


「今日は、我慢してください」


 クレメンタインは手元を見下ろし、つぶしかけていたバターから指を離した。


 冷たい水を少しずつ加え、へらで底から返す。

 押せばまとまるようになったところで、水を加えるのをやめた。


 ひとまとめにして平たくし、包んで冷蔵庫へ入れる。


「これで、生地は少しお休みです」


「休ませるのですね」


「ええ。その間に、りんごを煮ましょう」


 クレメンタインがりんごを洗い、するすると皮をむいていく。


 赤い皮が細い帯になって、手元から垂れた。

 くるり、くるりとりんごが回り、白い実が現れる。


「皮は、捨てずに取っておいてくださいね」


「こちらも使うのですか?」


「ええ。煮出すと、りんごの香りのお茶になるんです」


 クレメンタインは、むいた赤い皮を別の器へ取り分けた。


 マリーは切り分けられたりんごを受け取り、薄く切っていった。


 脇に置いたパイ皿と、切ったりんごの量を見比べる。


「もう少し必要ですね。煮ると、かさが減りますから」


「あと二つほど、むきましょうか」


「お願いします」


 鍋の中へ、りんごが次々と重なっていく。


 砂糖を振りかけ、レモンの汁を少し。

 バターも加えて火にかけると、やがて鍋底で小さく音がした。


 クレメンタインが木べらを差し込み、底からそっと返す。

 りんごから出た水分に砂糖が溶け、表面につやが生まれていった。


 甘い香りが立ちのぼる。


 マリーは鍋をのぞき込み、上がってきた湯気から少し顔を引いた。


「煮崩さないように、水分を飛ばしましょう」


「はい」


 木べらが鍋底を通るたび、煮汁の間に道ができる。

 初めはすぐに埋まっていたその跡が、だんだん残るようになった。


 りんごは薄い金色に透き通っている。


 小皿に取ったひと切れを冷まし、マリーは口へ運んだ。


 やわらかい。

 けれど、噛むとりんごの歯触りが少し残る。


「よいと思います」


 もうひと切れへ伸びかけた手を止め、何事もなかったように小皿を置く。


 これは、中に詰める分ですからね。


 煮たりんごは浅い器へ広げ、冷ますことにした。


     *


「次は、カスタードソースです」


 マリーはもう一つのボウルへ卵黄を入れ、砂糖を加えた。


 泡立て器を動かすと、濃い黄色が少しずつ淡くなっていく。

 そこへ小麦粉を加え、粉が見えなくなるまで混ぜ合わせた。


 クレメンタインには、小鍋で牛乳を温めてもらう。


「沸かさずに、温まれば大丈夫です」


「このくらいでしょうか」


「ええ。少しずつ入れてください」


 細く注がれる牛乳を、マリーが混ぜ込んでいく。

 初めは重かった泡立て器が、次第に軽く動くようになった。


 なめらかになったものを鍋へ戻し、弱めの火にかける。


「ここからは、混ぜ続けてくださいね。底が焦げやすいので」


 クレメンタインがへらを持ち、鍋底を丁寧になぞった。


 さらさらと流れていた黄色い液体に、少しずつとろみがつく。

 鍋の隅まで混ぜ返すうちに、へらの跡が残るようになった。


「ずいぶん変わりましたね」


「パイに入れるので、少しかために仕上げます」


 火から下ろし、バターを少し加えて混ぜる。


 卵と牛乳の甘い香りが、りんごの香りに重なった。


 マリーは小さなスプーンに取り、息を吹きかけて冷ました。


 口に含むと、なめらかな甘さが舌に広がる。


「クレメンタインも、どうぞ」


 差し出された分を味見したクレメンタインが、鍋へ目を戻した。


「これを、りんごと一緒に?」


「はい。よく合うんですよ」


 カスタードも浅い器へ移し、表面を覆って冷ます。


 作業台には、金色のりんごと、淡い黄色のカスタードが並んだ。


     *


 りんごを煮終え、カスタードも冷ましたところで、生地を取り出した。


 作業台へ粉を振り、マリーが麺棒を動かす。


 中央から向こうへ。

 持ち上げて、今度は手前へ。


 少しずつ広がっていくが、その端を追うように腕を伸ばすうち、踏み台の上でかかとが浮いた。


 ……届きませんね。


 マリーは静かにかかとを下ろし、麺棒を置いた。


「ここから、お願いできますか」


「はい」


 クレメンタインへ渡すと、麺棒は台の上を長く滑った。


 やはり、手の長さは大切です。


 マリーは何事もなかったように、生地の端を整えた。


「三つに折ってください。手紙のように」


 片側を中央へ折り、その上へ反対側を重ねる。

 向きを変え、また伸ばす。


「先ほど伸ばしたものを、また厚くするのですか?」


「ええ。そして、また伸ばします」


 クレメンタインは折った生地と、マリーの顔を交互に見た。


「不思議な作り方ですね」


「焼けると、この重なったところが薄い層になるんです」


 マリーは生地の端を指さした。


「食べるときに、確かめてみてください」


 クレメンタインは端をのぞき込み、それから丁寧に麺棒を当て直した。


 生地がやわらかくなれば、冷蔵庫へ戻す。

 冷やし、伸ばし、折る。


 その作業を繰り返してから、底へ敷く分と、上へかぶせる分に分けた。


 クレメンタインが大きく伸ばした生地を、麺棒へゆるく巻きつける。

 持ち上げ、パイ皿の上でそっとほどいた。


 マリーは中央から外へ、指の腹でなじませていく。

 角を引っ張らないように押さえ、底にはフォークで小さな穴を開けた。


「次は、カスタードを敷きましょう」


 マリーは冷めたカスタードをへらですくった。


 ひとすくい落とすと、淡い黄色がゆっくりと広がる。


 クレメンタインがその様子を見つめていた。


「このままでも、おいしかったですね」


「ええ」


 マリーのへらが、一瞬止まった。


 味見したときの甘さを思い出す。

 あれをもう一度、ひと口くらい。


 ……いけません。


「りんごと一緒に食べる分ですからね」


 誰に言い聞かせるでもなくつぶやき、残りも型へ移した。


 クレメンタインが器を傾けてくれる。

 マリーは内側に残った分まで、丁寧に集めた。


 端には封をするための場所を残し、カスタードの厚みを揃える。

 その上へ煮たりんごを重ね、もう一枚の生地をかぶせた。


 縁を留め、切り込みを入れ、残った生地で葉を飾る。


「中が、見えなくなってしまいましたね」


「切ったときのお楽しみです」


 マリーは刷毛で卵液を塗り、全体を確かめた。


 クレメンタインが、温めておいたオーブンの扉を開ける。

 熱気がふわりと押し寄せた。


「では、焼きましょう」


 クレメンタインが両手でパイ皿を持ち上げる。

 マリーは踏み台の上から、オーブンへ収まっていくパイを見送った。


     *


 使った道具を洗い、作業台の粉を拭き取る。


 それでも、ときどきオーブンの方を見てしまう。


 初めは、ほのかだった。

 やがてバターの香りがはっきりと漂い始め、甘いりんごの香りも重なってくる。


 マリーは手を拭きながら、扉の前へ行った。


 まだでしょうか。


「マリー様。先ほどから、何度もご覧になっていますね」


「焼き具合の確認です」


 もっともらしく答えたが、扉は開けない。


 せっかく温まった中を、冷ましてしまってはいけませんからね。


 待つ間に、取っておいたりんごの皮を小鍋へ入れ、水を注いだ。


 火にかけ、ふつふつと小さな泡が上がり始めたところで弱める。

 皮が湯の中でゆっくりと揺れた。


 やがて湯にほんのりと色が移り、甘い香りが立ちのぼってくる。


「皮からも、こんなによい香りがするのですね」


 クレメンタインが鍋をのぞき込んだ。


「このお湯で、紅茶をいれるんです。今日は、お茶もりんごにしましょう」


 マリーは香りを確かめ、鍋にふたをして火を止めた。


 その間にクレメンタインがオーブンを確認すると、生地はふっくらと持ち上がっていた。

 表面には焼き色がつき始めている。


「本当に、層になっていますね」


 縁をのぞき込むクレメンタインの隣で、マリーもうなずいた。


「もう少し焼きましょう。まだ、色の薄いところがあります」


 再び扉を閉じ、お茶の道具を用意する。


 ポットとカップ。

 取り皿に、フォーク。

 みんなの分の皿も、忘れずに並べた。


 入口の外では、ティスが鼻を動かしている。


「もう少し、待ってくださいね」


 声をかけると、ティスはその場に腰を下ろした。


 やがて、オーブンから、じゅう、と小さな音が聞こえた。


 クレメンタインが扉を開ける。


 パイは、すっかり黄金色になっていた。

 縁では薄い生地が幾重にも持ち上がり、飾りの葉にも、こんがりと色がついている。


「焼けましたね」


 マリーの声が、少しだけ弾んだ。


 クレメンタインが皿を取り出し、台の上へ置く。

 焼けたバターの香りが、一度に広がった。


 表面の切り込みからは、まだ細い湯気が上がっている。


 すぐに切りたい。

 けれど、今切れば、中身が落ち着いていない。


 マリーはパイへ伸ばしかけた手を引っ込め、りんごの皮を煮出した鍋へ向かった。


 香りの移った湯をこし、もう一度温める。

 温めておいたポットへ紅茶の茶葉を入れ、熱い湯を注いだ。


 ふたをして、しばらく蒸らす。


 今度は紅茶の香りが、りんごの香りに重なった。


 十分に蒸らしたところで、茶葉をこして別の温めたポットへ移す。


 パイも少し冷めたところで、皿ごと収納庫へ収めた。

 アップルティーの入ったポットや、カップ、取り皿も一緒にしまう。


「クレメンタイン。ベガを呼んできていただけますか? 草原ダイニングで、お茶にしましょう」


「わかりました。お呼びしてきますね」


 館の奥へ向かうクレメンタインを見送り、マリーは草原ダイニングへ向かった。


     *


 テーブルの中央へ、収納庫から取り出したアップルパイを置く。

 ポットとカップを並べ、みんなの分の皿も用意した。


 ティスが椅子に座り、パリカールとニゲルも、椅子のない側へ並んでやってくる。


 テーブルの横には、ベガがマトリスのために作った止まり木が立っていた。

 そこへとまると、ちょうど胸のあたりから上が、テーブルをのぞける高さになる。


 マトリスは足の位置を決め、首を伸ばした。

 テーブルの縁から、小さな頭がのぞく。


「マトリスの分も、ありますからね」


 声をかけると、マトリスは羽をふくらませた。


 そこへ、クレメンタインがベガを連れて戻ってきた。


 ベガはテーブルの中央を見て、足を止める。


「これは?」


「アップルパイです。りんごのお菓子ですよ」


「りんごが入っているのか?」


「はい。切るので、座ってください」


 ベガが椅子に座ったところで、クレメンタインがナイフを入れた。


 さくり。


 表面が割れ、薄い生地のかけらが落ちる。

 切り分けた一片を持ち上げると、中からりんごとカスタードが現れた。


「こんなふうになっているのか」


「私も、いただくのは初めてです」


 クレメンタインが皿へ取り分けながら言った。


 ティスの分、マトリスの分。

 ニゲルとパリカールの分も、別の皿へ取り分ける。


 マリーはみんなの分を食べやすく分け、中が熱すぎないことを確かめた。


 マトリスの皿は、止まり木から無理なく届くよう、テーブルの縁へ寄せる。

 パリカールとニゲルの皿も、二頭の前のテーブルへ置いた。


 ベガが、目の前のパイをじっと見つめている。


 隣の椅子ではティスも。

 向かい側ではパリカールとニゲルも、それぞれの皿へ顔を近づけていた。


 そして、四つの頭が、同じ方へこてんと傾いた。


 マリーはフォークを並べる手を止めた。


 ベガ。

 パリカール。

 ニゲル。

 ティス。


 同じ角度で、同じ顔をしている。


 ……みんな、そっくりですね。


 かわいいと思いながら順に眺めていると、ベガが顔を上げた。


「どうした?」


「いいえ。何でもありません」


 マリーはすました顔で、最後のフォークを置いた。


 三人と四匹の、お茶の時間になった。


 クレメンタインがポットを傾けると、カップへ琥珀色のお茶が注がれた。

 湯気とともに、りんごの甘い香りがふわりと広がる。


 ベガはカップを持ち上げ、鼻先で止めた。


「……お茶からも、りんごの匂いがする」


「アップルティーです。りんごの皮を煮出したお湯で、紅茶をいれました」


「皮で?」


 ベガはカップの中を見つめ、それから慎重にひと口飲んだ。


 目が、少し大きくなる。


「匂いは甘いのに、飲むとちゃんとお茶なんだな」


「パイが甘いので、お茶にはお砂糖を入れていません」


 クレメンタインもカップへ口をつけた。

 ひと口飲み、手元のお茶を見下ろす。


「煮出しているときにもよい香りでしたが……紅茶と合わせると、このようになるのですね」


 もう一度、ゆっくりと口へ運ぶ。


「りんごの皮から、こんなお茶ができるなんて」


「よい香りがしますからね。捨ててしまうのは、もったいないです」


 マリーもひと口飲んでから、カップを置いた。


「では、パイもいただきましょう」


 フォークで先端を小さく崩す。


 さくり。


 薄い生地がほどけ、その下から、まだ温かいりんごとカスタードが現れる。


 一緒にすくい、口へ運んだ。


 バターの香ばしさ。

 りんごの甘酸っぱさ。

 それを包む、卵と牛乳のやさしい甘さ。


 ……これです。


 フォークを持ったまま、マリーは小さくうなずいた。


 隣でも、さくりと音がした。


 ベガがひと口食べ、もう一度、皿の断面を見る。


「外は軽いのに、中はやわらかいんだな」


「りんごだけのものもありますが、今日はカスタードも入れました」


「うまい」


 そう言って、ベガは次のひと口を切り取った。


 クレメンタインも、自分の皿からパイを口へ運ぶ。


「作っているときには、こんな食感になるとは思いませんでした」


 フォークの先で、薄くはがれた生地を確かめている。


「何度も折ったのは、このためだったのですね」


「ええ。手伝っていただけて、助かりました」


 隣の椅子では、ティスが皿へ顔を寄せていた。

 ひと口食べると、鼻先についた生地のかけらを舌でさらい、また次へ向かう。


 マトリスも小さく分けられたパイをついばみ、くちばしの先にカスタードをつけていた。


「マトリス、ついていますよ」


 マリーが布を差し出すと、マトリスは止まり木にとまったまま、顔を寄せた。


 そっと拭ってもらうと、再び皿へ首を伸ばす。


 足元は止まり木。

 食べるものは、テーブルの上。


 きちんと自分の席で食べている姿を見て、マリーはうなずいた。


 お行儀がよいですね。


 向かいではパリカールとニゲルも、テーブルに置かれた皿からパイを食べている。

 パリカールの耳がゆっくりと動き、ニゲルの鼻先からは、薄い生地のかけらが落ちた。


 みんな、気に入ったようですね。


 マリーはカップを両手で持ち、お茶をひと口飲んだ。


 紅茶の香りに、りんごのやわらかな香りが重なる。

 甘さの残った口に、ほどよい渋みが心地よかった。


 隣ではベガもパイを食べ、またお茶を飲んでいる。


「これ、一緒に食べるとうまいな」


「ええ。そのために、いれました」


 マリーはすました顔で答えた。


 風が吹くたび、草がさらさらと鳴る。


 ベガの手は、今日は本のページではなく、パイへ伸びている。

 クレメンタインも、ときどき断面を眺めながら食べ進めていた。


 マリーはテーブルの中央へ目を向けた。


 七つに取り分けても、まだおかわりが残っている。


 よい型が出てきましたね。


 カップを置き、もうひと口、パイを食べる。

 それから銀色の型を眺め、マリーはつぶやいた。


「次はピーチパイを焼きましょうか」

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