ー真夜中の背徳の味ー
真夜中の背徳の味
きのこの森から帰った、その夜。
主寝室のベッドの上で、マリーはティスと一緒に、今日わかった不思議なことを振り返っていた。
「私のシステムは、どうも転生特典のようですね」
「クゥ?」
隣でくつろいでいたティスが顔を上げ、首をかしげた。
「今日、きのこの森で少しわかったことがあるのですよ。見ていてくださいね」
マリーは、何もない掛け布団の上に目を向けた。
「お米、出てください」
どさっ。
十キロ入りの米袋が現れ、掛け布団が大きく沈んだ。
「ワゥ」
ティスは揺れた布団の上で体勢を立て直すと、米袋に鼻を近づけた。
「今日、きのこの森で出したものと同じですね」
マリーは米袋に手を添えた。
「収納庫に入ってください」
米袋が消えると、ティスはマリーを見上げた。
「今日は、ほかに何が出せるのか、少し実験してみようと思います」
ティスはマリーの隣に座り、次に出てくるものを待った。
「まずは調味料です。お砂糖、出てください」
ぽすん。
砂糖の袋が現れた。
「……頭の中に思い浮かべたお砂糖が出てきましたね。いろいろな種類があるのに」
マリーは袋を手に取り、表と裏を確かめた。
「では、粉砂糖。出てきてください」
今度は、小さな袋が落ちてきた。
それも、頭に思い浮かべたとおりのものだった。
「こちらは、お菓子の仕上げに使えますね」
ティスが鼻を寄せたが、袋に包まれているせいか、すぐにマリーへ視線を戻した。
ふたつの袋を収納庫へ移し、次を試す。
「お塩、出てください」
現れた袋も、思い浮かべたものと同じだった。
「これで、味つけに困りませんね」
ティスは座ったまま、マリーが袋をしまう様子を眺めている。
「お酢、出てください」
ことり、と瓶が現れた。
「酢の物も作れますね」
倒れないように瓶を支え、収納庫へ移す。
「お醤油、出てください」
マリーは現れた瓶のラベルを眺めた。
「こちらも、思い浮かべたものですね。いろいろなメーカーがあるのに……」
容器も、ラベルも、頭に浮かんだものと同じだった。
「不思議です」
それだけで済ませると、マリーは醤油も収納庫へしまった。
「お味噌、出てください」
ぽすん。
「これで、お味噌汁が作れますね」
容器を手に取ったマリーの隣で、ティスが前足を伸ばした。伏せた姿勢になり、顔だけをマリーの手元へ向けている。
「次は、みりんです。出てください」
今度も、思い浮かべた瓶が現れた。
「煮物にも使えますし、甘い卵焼きもいいですね」
マリーは瓶をしまい、次に出すものを考えた。
お酒。
そう考えると、一本の日本酒が頭に浮かんだ。
「お酒、出てください」
ごとり。
立派な日本酒の瓶が現れた。
マリーは両手で支え、しげしげと眺める。
「……ずいぶん、高級そうですね」
料理に使うつもりだったのだけれど、出てきたのは、確かに頭に思い浮かべた日本酒だった。
「お料理に使うには、少しもったいないでしょうか」
少し考えてから、瓶を収納庫へ移す。
「おいしくできるのでしたら、それでいいですね」
マリーは揃った調味料を指折り数えた。
「お砂糖、お塩、お酢、お醤油、お味噌。さしすせそが揃いましたね。これで、出汁の素が出たら完璧ですね」
ぽすん。
軽い音を立てて、小さな袋が落ちた。
「……こちらも出ましたね」
手に取ると、よく使っていた出汁の素だった。
「昆布やしいたけ、鰹節がブレンドされていて、とてもおいしいのですよ」
マリーが袋を見せると、ティスは顔を上げ、鼻をひくひくさせた。
先ほどの砂糖よりも、念入りに匂いを確かめている。
「これがあれば、明日のお味噌汁も安心ですね」
出汁の素もしまい、マリーは次の食材を考えた。
「明日、使える食材も出せるといいですね。ちくわ、出てください」
何も起こらなかった。
マリーは少し待ってから、何もない掛け布団の上を見下ろした。
「……磯辺揚げが食べたかったのに、残念ですね」
ティスがマリーを見上げた。
「では、わかめ。出てください」
こちらも出ない。
「わかめも駄目ですか」
マリーは小さく首をかしげた。
「天ぷらといえば……炭酸水でしょうか。出てください」
ごとり。
炭酸水が現れた。
「出ましたね」
ちくわとわかめは出ないのに、炭酸水は出る。
「基準が、全然わかりません」
マリーの声に、ティスも首をかしげた。
「では、生クリーム。出てください」
ぽすん。
「……出ました。天ぷらには関係ありませんね」
マリーは生クリームを収納庫へ移した。
「バター、出てください」
今度も出た。
「こちらがあれば、きのこを炒めてもおいしいですね」
ティスが体を起こし、鼻を近づける。
マリーがバターを持ち上げると、その鼻先も一緒についてきた。
「まだ包まれていますよ」
バターが収納庫へ消えると、ティスはマリーの手を見つめた。
「チーズ、出てください」
ぽすん。
「こちらも出ましたね。天ぷらから、だんだん離れてしまいました」
ティスがそっと身を乗り出し、鼻を近づけた。
「気になりますか? では、ティスの食べるものも試してみましょう」
チーズを収納庫へしまい、マリーは掛け布団の上に目を向けた。
「ドッグフード、出てください」
何も起こらなかった。
ティスはしばらく待ってから、マリーを見上げた。
「……出ません。残念ですね」
その顔を見ながら、マリーは少し考えた。
「そういえば、夜中の甘いものといえば、あれしかないですね」
小さな手を合わせる。
今度は、どうか出ますように。
お願いするように、マリーはそっとつぶやいた。
「アイスクリーム、出てください」
ぽすん。
掛け布団の上に、高級そうな小さなカップのアイスクリームが現れた。
マリーはそれを両手で持ち上げた。指先に、ひんやりとした冷たさが伝わってくる。
「……バニラ味ですね。一番食べたかったものです」
いろいろな味があるのに、やはり頭に思い浮かべたものが出てきた。
ティスが、マリーの手元をのぞき込む。
カップに鼻先が触れると、その冷たさに一度顔を引いた。それでも気になるらしく、すぐにまた近づいてくる。
「ティスの分も。アイスクリーム、出てください」
ぽすん。
同じ小さなカップが、もうひとつ現れた。
「これで、一緒に食べられますね」
ティスのしっぽが、掛け布団の上をぱたぱたと動いた。
ふたつのカップを並べたところで、マリーは目をこすった。
いつの間にか、まぶたが重くなっている。
「少し……だいぶ、眠くなりました」
実験は、ここまでにしたほうがよさそうだった。
けれど、目の前にはアイスクリームがふたつある。
マリーがカップに手を伸ばすと、ティスは期待するように背筋を伸ばした。
「食べたいですけれど……キッチンまで行くのは……」
ベッドから下りて、スプーンを取りに行く。
今は、それがずいぶん大変なことに思えた。
「スプーンも出てくればいいのに」
ぽとり。
掛け布団の上に、小さなスプーンが落ちた。
「……出てきましたね」
「クゥ?」
ティスがスプーンを見て、マリーを見る。
マリーもしばらく、それを見つめていた。
食材だけではなかったのだろうか。
わからないことが、また増えてしまった。
けれど今は、それよりも。
「……いただきましょうか」
マリーはカップの蓋を開けた。
白いアイスクリームから、甘いバニラの香りがする。
ティスの鼻がひくひくと動いた。もう、カップから目が離れない。
マリーはスプーンですくい、ひと口食べた。
冷たさのあとから、まろやかな甘さが舌の上に広がっていく。
「……おいしいですね」
隣から、待ちきれないような小さな声がした。
「はい。ティスの分も開けましょうね」
もうひとつの蓋を開け、そっと差し出す。
ティスは慎重に鼻を近づけ、白い表面をひと舐めした。
ぴくりと耳が動く。
一度口を離し、それからもう一度。
今度は、しっぽを揺らしながら夢中で舐め始めた。
「ゆっくりですよ。冷たいですからね」
そう言いながら、マリーも次のひと口をすくった。
寝る前に、ベッドの上でアイスクリーム。
マリーは扉のほうをちらりと見て、声を落とした。
「ふたりだけの秘密ですよ」
ティスは顔を上げたものの、すぐにまたカップへ鼻を戻した。
そのしっぽは、まだ楽しそうに揺れている。
マリーも自分のカップに目を戻すと、もうひと口。
ふたりでこっそりといただく真夜中のアイスクリームは、とても甘かった。




