ーキノコの山盛りー
その日のシチューには、マシュルームが入っていた。
マリーは、スプーンの上の丸いきのこを見つめた。
こちらの世界には、前世の地球で見たものと、よく似たものが多い。
果物や動物の名前にも、聞き覚えのあるものがある。特に野菜類は、ほとんど同じだった。
このマシュルームも、名前は少し違うけれど、姿も味も、前世で知っているマッシュルームと変わらない。
お肉は、ベガとティスが狩ってきた猪。
野菜は、農園で採れたものだ。
では、このきのこは。
「クレメンタイン。こちらのマシュルームも、農園で採れるのですか?」
「草原の向こうにある森で採れますよ」
「森、ですか?」
「はい。いろいろなきのこを植えております」
マリーは、草原の奥へ目を向けた。
森があることは知っていた。
けれど、まだ中まで入ったことはない。
「食事が終わったら、案内していただけますか?」
「かしこまりました」
「森まで行くなら、ニゲルたちに乗っていこう。歩くと結構あるぞ」
ベガが言った。
「では、私はパリカールに乗って行きますね。ベガはクレメンタインを乗せてあげてください」
*
マリーは毛布を二つ折りにして、パリカールの背中に掛けた。
その上へ腰を下ろす。
「今日は、森までお願いしますね」
声をかけると、パリカールの長い耳が動いた。
その頭の上には、マトリスが座っている。
左右の耳の間に収まり、すっかり落ち着いた様子だった。
「マトリスも、ご一緒するのですね」
「コッ」
隣では、ニゲルに乗ったベガが手綱を整えていた。
後ろには、籠を持ったクレメンタインが座っている。
「準備はいいか?」
「はい」
「では、ご案内いたします」
クレメンタインの声で、みんなで草原を進み始めた。
ティスは、さっそく先へ走っていった。
少し離れたところで振り返り、みんながついてくるのを確かめると、また走り出す。
しばらくすると戻ってきて、今度はパリカールの隣を走った。
「忙しそうですね、ティス」
マリーが声をかけると、小さな顔がこちらを向いた。
耳を弾ませ、尻尾を振りながら走っている。
パリカールの頭の上では、マトリスが風に羽をふくらませていた。
「落ちないでくださいね」
「コッ」
心配はいらないらしい。
マリーは揺れる背中に身を任せ、近づいてくる森を眺めた。
みんなで、きのこ狩り。
なかなか、楽しそうですね。
*
森の入り口で馬とロバから下りると、空気が少しひんやりとした。
葉の間から光が差し込み、足元には柔らかな落ち葉が積もっている。
土と木の匂いがした。
パリカールとニゲルも、ゆっくりとあとをついてくる。
マトリスはパリカールの頭から下り、落ち葉をつつき始めた。
ティスは鼻先を地面へ近づけ、何かを確かめている。
皆様、それぞれにお楽しみのようですね。
クレメンタインは木々の間を歩き、倒木のそばで足を止めた。
「こちらは、シータでございます」
朽ちかけた木の幹から、茶色い傘が顔を出している。
マリーは立ち止まった。
見覚えがある。
大変、見覚えがある。
……椎茸ですね。
倒木へ近づき、腰をかがめる。
茶色い傘。
短い軸。
傘の裏には、細かなひだが並んでいる。
名前は少し違うけれど、姿は前世で知っているものと同じだった。
「お嫌いでしたか?」
「いいえ。好きです」
即答すると、クレメンタインが嬉しそうに微笑んだ。
「では、こちらもお持ちしましょう」
マリーは、クレメンタインから差し出された籠を受け取った。
大きく弧を描く持ち手のついた、手提げ籠だった。
ベガとクレメンタインも、それぞれ自分の籠を腕に掛けた。
マリーは持ち手を腕に掛け、手の届くところからシータをひとつ摘んだ。
思ったよりも肉厚だった。
焼いて、お塩だけでもよさそうですね。
バターも、合いそうです。
それから、干し椎茸。
乾燥させてから水で戻せば、出汁が取れる。
戻した椎茸も、お料理に使える。
これは、少し多めにいただきたいですね。
籠の中へそっと置くと、ティスが鼻先を近づけた。
「こちらは、採れたままでは食べませんよ」
ティスはきのこの匂いをかぎ、マリーを見上げた。
「お料理してからですね」
納得したのかどうか、ティスは籠から顔を離し、今度はベガを見上げた。
「俺を見ても、まだ食べられないぞ」
ティスは二人の間に座った。
マリーは隣のシータにも手を伸ばした。
クレメンタインとベガも、それぞれの籠へきのこを摘み入れていく。
しばらくすると、ベガがいっぱいになった籠を持ってきた。
「マリー、こっちを頼む」
「はい」
マリーは籠の中のきのこを収納ボックスへ移した。
ベガは空になった籠を受け取り、また木々の間へ戻っていく。
クレメンタインも、いっぱいになるとマリーのところへ持ってきた。
その中身を収納し、自分の籠も空にすると、マリーは再び持ち手を腕に掛けた。
森を進むと、落ち葉の間や木の根元、朽ちた切り株にも、きのこが生えていた。
「こちらがマイータ。あちらの太い軸のものは、エリンギーでございます」
クレメンタインが、木の根元にひらひらと傘を重ねたきのこから、少し先へと指を移した。
舞茸に、エリンギですね。
説明を聞きながら、マリーは籠へきのこを入れていった。
舞茸は、天ぷらに。
エリンギは、焼いてもおいしいですね。
前世で読んだ本や、目にした料理の記憶が、次々に浮かんでくる。
「倒木に生えているのはヒラー。黄色いものはタモーギでございます」
倒木には平たい傘が重なり、その先には鮮やかな黄色のきのこが顔を出していた。
ひらたけと、タモギ茸。
こちらも、おいしそうですね。
その陰には、小さな茶色い傘が寄り集まっていた。
「こちらは、エノーキですね」
なるほど。えのきたけも、あるのですね。
マリーが腰をかがめていると、ベガが木の幹を指さした。
「これ、何だ?」
白いふさふさした塊が、木の幹から生えている。
小さな毛玉のように見えた。
「ヤマブッシーでございます」
……山伏茸ですね。
マリーは、足元のティスと見比べた。
少し、似ていますね。
ティスも白い塊を見上げ、首をかしげた。
クレメンタインが手を伸ばし、丁寧に採って自分の籠へ入れた。
「いろいろなお料理に使えそうですね、マリー様」
「はい。楽しみです」
少し離れたところで、マトリスが落ち葉を蹴った。
何かを見つけたらしく、熱心につついている。
「マトリスにも、収穫があったようですね」
パリカールは、そのそばで静かに待っていた。
さらに木々の間を歩いていたマリーは、ふと足を止めた。
落ち葉の間に、見覚えのある形がのぞいている。
「マーツもございますね」
クレメンタインの声を聞きながら、マリーは静かにしゃがみ込んだ。
そっと顔を近づけると、懐かしい香りがした。
松茸まで、いらっしゃいましたか。
「これも採るのか?」
「はい。ぜひ」
マリーはマーツを丁寧に採り、腕に掛けた籠へそっと収めた。
立ち上がると、今度はクレメンタインが別の木陰を指さしている。
「あちらにも、まだございますよ」
……ここは、素晴らしい森ですね。
マリーはそちらへ向かい、落ち葉の間からマーツを採った。
籠の中に、茶色い傘が並んでいく。
シータに、マイータ。
エリンギー、ヒラー、タモーギ。
エノーキに、ヤマブッシー。それから、マーツ。
きのこが、たくさんですね。
マリーは、ふと口を開いた。
「きのこの山……盛りですね」
「ん? ああ、たくさん採れたな」
ベガが、マリーの籠をのぞいた。
その後も、籠がいっぱいになると、二人はマリーのところへ持ってきた。
マリーは中身を収納ボックスへ移し、空になった籠を返す。
自分の籠も空にして、また持ち手を腕に掛けた。
マリーはもうひとつマイータを摘みながら、料理のことを考えた。
「天ぷらにしたら、おいしそうですね」
ベガとクレメンタインは、少し先の木陰できのこを探していた。
マリーは籠へマイータを入れ、独り言を続けた。
「でも、こちらの小麦粉は強力粉ばかりですし……薄力粉があればいいのですけれどね」
どさり。
目の前に、一キログラム入りの袋が落ちてきた。
見覚えのある、薄力粉だった。
マリーは手を止め、袋を見つめた。
……ミルクだけでは、なかったのですか?
二人は、こちらに気づいていない。
「では、ついでにサラダ油もお願いします」
小さな声で言ってみた。
どん。
今度は、一リットル入りのサラダ油が現れた。
マリーは、しばらく黙っていた。
それから、もう一度お願いしてみた。
「白身魚も、出てきてください」
何も出てこない。
少し待ってみた。
やはり、何も出てこなかった。
……何でも出していただけるわけでは、ないのですね。
今のところ、牛乳とサラダ油と薄力粉は、お願いすると出てくるらしい。
マリーは薄力粉とサラダ油を収納ボックスにしまった。
「マリー、こっちにもあったぞ」
ベガが、木陰から手を振っている。
クレメンタインも、見つけたきのこのそばでこちらを見ていた。
そのそばで、ティスが楽しそうに尻尾を振っていた。
「今、参ります」
マリーは籠の持ち手を腕に掛け直し、みんなのいる木陰へ向かった。
天ぷらの材料には、困らずに済みそうですね。




