春を持たずに 間違えて削除しました。すいません修正版です。
二人の旅立ち
秋も深まり、木々の葉が色づき始めた頃だった。
その日、ノンナはいつになく疲れた様子で椅子に腰掛けていた。
「マリー、旅に出ないかい」
突然の言葉に、マリーは顔を上げた。
「小さな幌馬車を買ってね。ゆっくり、ゆっくり王都を目指すんだよ。途中で綺麗な景色を見たり、美味しいものを食べたりしてね」
マリーは小さく頷いた。
「でも、何をしに行くの?」
「それは……」
ノンナは答えられなかった。
このところ、すっかり体が弱っていた。
長年、産婆として数え切れないほどの命を取り上げてきた。
生まれてくる命も、消えていく命も、嫌というほど見てきた。
だからこそ、自分に残された時間がそう長くないこともわかっていた。
「春になったら、一緒に行こうね」
「うん」
マリーは素直に頷いた。
ノンナはその小さな頭を、しばらく撫でていた。
しかし、冬が訪れる頃には、ノンナはほとんど寝床から起き上がれなくなっていた。
どこかが痛むわけでもない。
熱があるわけでもない。
ただ、少しずつ、少しずつ体から力が失われていく。
食事の量が減り、起きている時間が短くなり、やがて一日のほとんどを眠って過ごすようになった。
マリーは毎日、ノンナの世話をした。
水を飲ませ、食べられそうなものを用意し、体を拭き、寝具を整えた。
ノンナは時折、申し訳なさそうに笑った。
「すまないねぇ。小さなお前に、こんなことまでさせて」
「大丈夫」
マリーは短く答えた。
人はいつか死ぬ。
それは病気であっても、老衰であっても変わらない。
マリーはそのことを知っていた。
知っていたはずだった。
冬のある晴れた朝。
窓の外には、昨夜降った雪が白く積もっていた。
「マリー……おいで」
ノンナが枕元から呼んだ。
マリーが近づくと、ノンナは枕の下から小さな革のポーチを取り出した。
「これを、お前に渡しておくよ」
中には一通の手紙とブローチ、それから金貨の入った小袋があった。
「よくお聞き」
ノンナの声は、かすれていた。
「これは、お前の大切なものだからね。もし私が死んでも、絶対に誰にも渡してはいけないよ。見せてもいけない」
マリーの顔から、さっと血の気が引いた。
その顔を知っている。
その声を知っている。
何度も、何度も見てきた。
命の灯火が消えようとしている人の顔だった。
「……おばあちゃん」
「中の手紙とブローチを、公爵様に届けるんだよ。必ず、公爵様ご本人にね。他の人に見せてはいけない。覚えておいて」
マリーは答えなかった。
「お金は、お前が大人になるためのお金だよ。大切に持っておくんだ」
ノンナは力の入らない手を伸ばし、マリーの小さな手を握った。
ぎゅっと。
残された力を振り絞るように。
「……いい子だね、マリー」
マリーは、その手を握り返した。
何も言えなかった。
その夜、ノンナは静かに息を引き取った。
長年、ノンナに寄り添ってきたタルドは、寝台のそばに静かに横たわっていた。
ノンナの呼吸が止まると、ゆっくりと頭を上げた。
しばらく主人の顔を見つめ、それから、もう動かなくなった手にそっと鼻先を寄せた。
返事はなかった。
タルドはその手に頭をすり寄せた。
まるで、最後にもう一度撫でてもらおうとするかのように。
そして、小さくため息をついた。
そのままノンナの手に頭を寄せ、静かに目を閉じた。
とうに寿命を迎えていてもおかしくないほど、長く生きたタルド。
最後まで主人のそばを離れることなく、まるでその後を追いかけていくように、静かに生涯を終えた。




