止まった時計塔 その4
次の瞬間、塔の壁が音もなく溶けた。
視界の端に、無数の光の粒子が流れ星のように尾を引いて過ぎていくのが見えた。その一つ一つが、まるで誰かの記憶の断片のように、様々な景色を一瞬だけ映し出しては消えていく。知らない街並み、知らない人々の顔、戦火に包まれる城、涙を流す誰か、そして、見覚えのある祖父の工房――。それらは脈絡なく、しかし確かな重みを持って、湊の意識の中を通り過ぎていった。
「これは、一体……」
声を出そうとしても、音にならなかった。ただ、光の奔流の中で、湊は自分という存在が、少しずつ薄れていくような感覚に襲われていた。
どれくらいの時間が経ったのか、湊にはまるでわからなかった。一秒だったのかもしれないし、何時間、あるいは何年もの時間が、その白い奔流の中に流れていたのかもしれない。時間の感覚そのものが意味を失った空間で、湊はただ、自分という存在の輪郭だけを、必死に保とうとしていた。
光の奔流の中で、湊はふと、自分がこれまで直してきたすべての機械たちのことを思い出した。目覚まし時計、ラジオ、自転車の変速機――その一つ一つが、今、自分をどこか遠い場所へと導いているのかもしれない。そんな埒もない想像さえ、この非現実的な体験の中では、妙に説得力を持って感じられた。
白い光に包まれながら、湊は自分の身体の輪郭が曖昧になっていくような、不思議な浮遊感を覚えていた。
押し寄せる光の奔流の中で、湊はただ、自分の名前だけを心の中で繰り返し呼び続けた。
視界が白く染まっていく中で、湊は不思議と恐怖を感じなかった。




