止まった時計塔 その2
塔の内部は、巨大な歯車の森だった。
錆びた真鍮の輪が幾重にも噛み合い、天井まで届くほどの高さで積み重なっている。その中心に、ひときわ大きな振り子が垂れていた。夕暮れの残光が高窓から差し込み、埃の粒子を金色に染めている。床には長年積もった塵が層をなし、誰かの足跡はどこにも見当たらなかった。ここに、本当に人が入ったことがあるのだろうか――そんな疑問が、湊の頭をよぎった。
彼は懐中電灯を取り出し、歯車の一つ一つを照らして回った。技術者の目で見ると、その機構は驚くほど精巧だった。単なる装飾用の時計塔ではなく、本来はもっと複雑な仕組みを持っていたはずだ。ただ時を刻むだけの機構にしては、あまりにも歯車の数が多すぎる。まるで、時間そのものを操作するための、何か特別な目的を持った装置のようだった。
よく見ると、歯車の軸には見慣れない紋様が刻まれている。渦を巻くような、幾何学模様とも文字とも取れる不思議な意匠だった。学内の資料には、この塔の建造年すら記されていなかった。大学の創立よりも古いとも、逆に最近になって突然現れたとも言われており、正確なことは誰も知らないのだという。
彼は吸い寄せられるように振り子に手を伸ばした。冷たい金属の感触が、指先から伝わってくる。奇妙なことに、その冷たさの奥に、微かな温もりのようなものを感じた気がした。まるで、長い眠りについている何かが、僅かに息をしているかのような。
「まさか、な」
自分に言い聞かせるように呟き、それでも湊は手を離さなかった。理由のない確信めいたものが、彼の中に芽生えていた。
湊はふと、この紋様を以前どこかで見たことがあるような、奇妙な既視感に襲われた。祖父の遺品の中にあった古い設計図の隅に、似たような渦巻き模様が描かれていた気がする。だが、はっきりと思い出すことはできなかった。記憶の糸を手繰り寄せようとするほど、それは霧の向こうへと遠ざかっていく。今はただ、目の前の機構に集中するしかなかった。
部屋の奥、埃を被った古い作業台の上に、使いかけの油差しが置かれていることに湊は気づいた。誰かが、この機構を最後まで整備しようとして、途中で諦めたのだろうか。それとも、何か別の理由で、作業を中断せざるを得なかったのだろうか。答えの出ない疑問だけが、静かに湊の胸に積もっていった。
埃の匂いが鼻をつく中、湊はもう一度、部屋全体をゆっくりと見渡した。長い年月の沈黙が、この空間全体に染み付いているようだった。
祖父の工房で嗅いだ油の匂いが、今この瞬間、なぜか鮮明に蘇ってきた。
祖父ならきっと、この状況を面白がっただろうと、湊はふと思った。




