5話:ハレ
幸斗は壇上に上がる
今からする剣舞の演目は竹刀で行うもので、まだ成人していない人たちがその集合運動の美しさを見せる
「あの子、腰に別の刀つけてるわよ」
観客の一人は腰につけた自分の祖父の刀について聞く
だがそれも集中状態の幸斗には範囲の外にある大衆の雑音になる
舞が終わり竹刀を床に置く
次は先生が二本の刀で舞をする
「あの刀、どっちも選ばれた人にしか使えないって話よ」
今度は幸斗にも内容が聞こえる声だった
先生は慣れた動きで剣舞をしていく
そして、刀の内一本を床に置き、マイクを手に取る
「今年の剣舞はいかがだったでしょうか、私といたしましてはまた門下生が増えて嬉しい限りです」
長々しい話を幸斗はなんとか正座のまま聞く
「我々はこの島の人と文化を守るために活動しております、引き続きの理解とご支援をよろしくお願いします」
マイクを持ったまま先生は壇上を降りようとする
「先生、刀…」
幸斗は置いたままの刀を拾い上げる
(重い!)
持ち手の部分が異様に重たく感じ、片手で持った鞘が傾いてしまう
そのまま、銀色の刀身が剥き出しになり、床に落ちる
カランッと小さな音を立てる
壇上にいた有段者は目を見開く
「おっと、これは申し訳ない…大丈夫かい?」
先生は勝手に刀を持った幸斗を叱ることなく、心配の言葉をかける
「大丈夫…です…」
鞘から出た刀をもとに戻し、腰につける
「君たちも下がりなさい」
一瞬の間隙があったものの、無事に剣舞の演目が終わる
本殿からは二人の男女の人影がある
「あれは…剣を抜いたと言えるのでしょうか」
「鞘から出ている時点で間違いないわ、そういえば昔あの子と会っていたわね、まさかこんなところで価値が出るとは思わなかったわ」
また、御守りの受付から壇上を見ていた者の一人が呟く
「こーくん?」
その夜、幸斗は夢の世にたどり着く
「もう一度会ったね」
目の前に現れたそれはオレンジ色の髪をした少女だ
それこそ自分よりも身長が低く、昔見た姿と変わっていない
ある時、神社の床下に潜っていた時に出会った少女だ
確かある男の子を探していた時だ
「小さな繋がりだけど、夢の中で会うには十分だ」
見た目に似合わない話し方をする
「君の…名前は?」
「ん~と、それは教えられないかな、私のことをはっきりと覚えていないだろうから意味がない」
確かに自分の記憶は薄っすらとしか残っていない
「まぁ言っておけば神だよ、朱音神社のね」
名前よりも重要な事実を先に言ってくる
「私はいつでも君に会えるわけじゃない…また忘れられちゃうよ」
少女は少し寂しそうな顔をする
幸斗が忘れてしまっているからだろう
髪色は舞にそっくりだが今も記憶の中も薄く少女の周りが光っていて実体がありそうにない
幸斗が考えているうちに意識が離れていく
「よかったよ、少しだけでも話せて」
その後、目を覚ましても見えたのは自分の家の天井だった
「どうして楓恋とお母さんは私のことをここまで信用してるんですか?」
朝食中に浮かんだ疑問を投げかける
過去の記憶がないため、信用自体の根拠も、信用の程度の根拠も分からない
「どうしてって言われてもよく知ってるからとしか言えないかな~」
楓恋は明確な答えを用意できていない
「昔は隣人同士だったからね、貴方が記憶を失っても悪い子じゃないのは変わらないわ」
性善説、性悪説があるが、どちらも基礎には教育が必要とされる
教育の記憶もない自分にそのような確証はないだろう
「僕はどこに住んでたんですか?」
せめて、自分の過去についての手がかりになるものが欲しいと思って聞く
「それが思い出せないのよ、住んでた場所も貴方のお母さんの名前も」
楓恋の母は思い出すことができない
「…」
一方楓恋は何も言わない
「それじゃあ、信じろって言われても無理ですよ…」
陸空は未来がある程度見えるため、この先のことに対する恐れはさほどない
むしろ陸空にとっては、わからない過去は恐怖の対象となってしまう
「それならあの写真を持ってくるわ」
楓恋の母が朝食を食べ終わるとリビングにある棚を開ける
中のアルバムの内一つを取り出してこちらに持ってくる
「これは…」
見るうちに陸空の顔が赤くなる
小さい頃の陸空と楓恋の姿がある
写真には裸のままプールに入っている
たしかにこの年であれば一緒に入れても異性として意識しないかもしれない
そうはいってもここで見せるのはあまりにも刺激が強すぎる
「これで信じてくれたかしら?」
楓恋の母が微笑みながら聞く
おそらく頑固な自分をからかう意味もあったのだろう
その言葉に対して陸空は口に出すのではなく、首をぶんぶんと縦に振る
「それならよかったわ」
からかい好きな女性はアルバムを元の場所に戻す
写真は楓恋も初めてか久しぶりに見たようだ
もう一人の当事者も顔を真っ赤にしてうつむいていた
「どうですか?思い出せました?」
あの日、本殿にいた男性がもう一人に話しかける
「たぶん大体は思い出したわ」
対面している女は目を瞑っている
名前、過去の記録を手がかりに、剣を抜いた少年との会話を想起する
「あのような男でよろしいのですか?」
男は再確認する
どうしても頼りないという評価を下したようだ
「別に利用するだけです、結婚相手は私に金を流す方と決めています、あれは私が巫女の地位に立つために使います」
うまく利用する方法
それを模索している時点で冷たい感情しかない
「いくら滑り落ちたといっても抜いたことに含まれるのは間違いありませんからね、貴方の守護者とすることができれば、長になるのも間違いないでしょう」
舞台の上での現象が夢でも不具合でもないことは分かっているようだ
「彼の祖父の血は完全に受け継がれていたようですね、死んでから力が衰え私たちに必要なくなった一家に関わる価値はないかと思っていましたが」
どこまでも冷たく、使えるか使えないかでしか思考の決定はされない
ある意味合理的であると言えるだろう
「では彼をお呼びいたします」
男はその場から退出する




