2話:水音(みなおと)、水色(すいしょく)
何か柔らかいものに包まれる感覚があって、少年はゆっくりと目を開いた
自分は白いベッドの上に横たわっており、隣には髪色が青色からピンク色のグラデーションになっている少女が座ったまま寝ていた
その少女の名前は知らない…いや、今この瞬間に知ったのだと気づいた
「水戸…楓恋」
名前を口にしたその瞬間、少女のまぶたがぴくりと動いた
「陸空くん?」
「それは誰だ?」
「え…」
自分の口から滑り出た言葉を聞いたのか、楓恋と名のある少女は息をのんで固まった
頭の中でその名前を巡らせると、また脳の中に大量の映像が流れ込んできた
たくさんの映像の全てで、その名前は自分に向けられていた
「俺の…名前か」
陸空の言葉を聞くと、楓恋は少し困惑した様子で、それでも首を縦に小さく振った
楓恋が困惑している間に、見た映像にあった年と部屋にあったデジタル時計のズレを調べる
(見えているのが未来なのか…)
「私のこと覚えてる?」
あまりに怪訝な顔をしていたために自分に対する最大の質問を口にした
「覚えていない…君のことだけじゃなくて、自分のことも」
陸空が記憶を持っていないことを伝えると、楓恋は悲しげな表情をして部屋を出ていってしまう
そして、入れ違いで別の女性が入ってくる
姿が似ていることからすれば母親なのだろう
「まさか、何も覚えていないなんてねぇ…あの子が陸空くんを見つけて抱えてきたときはびっくりしたけど」
どうやら意識のなかった自分を拾ってきたのは楓恋だったようだ
「申し訳ありません」
「いいのよ、覚えていなかったとしてもあなたにもう一度会えたことがあの子の幸せにつながると思うから」
自分が何者なのかさえわからない陸空には、言葉の意味をまったく理解できなかった
「私は水戸優子、あの子の母よ、今あなたのお母さんに電話をしてみたんだけど繋がらないのよねぇ」
「私の母を知っているんですか?」
「もちろんよ、前のお隣さんだもの、とりあえず連絡が取れるまではここにいてほしいわ」
それを聞いて、陸空はやがて家に帰れるのだと思っていた
雨の中、ぬかるんだ土の葉を歩いている
少女の足は疲れによってもはや震えていて、緑色の目の焦点は合っていない
突然少女の知らない外の世界に放り出された
本来、夜中であっても目立つような金髪も豪雨の視界の悪さでは闇の中である
木々の奥から高い人影が現れる
「なるほど、これなら我らが主神が依り先を見失わないで済みそうだ」
背の高い男は少女を観察しながら近づいてくる
まるで自分がここに来ることを知っていたかのようだ
「お告げというのは信じてみるものですね」
「あっ…あぁっ…」
「いいでしょう、あなたをここで拾い上げてあげましょう、そしてあなたは最高の神の奴隷になるのです」
男の目には信仰心と少しの邪悪さが映っていた
陸空は視えたある未来を調べに行くために家を出る
結局、それ以降も自分の母とは一切連絡が取れないようで、家の場所を思い出そうにも誰も覚えていなかった
そのため、楓恋という少女の家に居候させてもらうことになった
すっかり日は落ち、楓恋とその母親は眠ってしまった
誰にも気づかれずにある島へ行く
雨が流れる
涙が降る
雲は少女の光を覆い、水は声を空にする
少女の膝の上には、血を広げた少年が寝ている
道のそばには赤い水が張り付いたトラックが倒れ込んでいる
陸空が雨簾の裏で地獄のような惨状を見ていると、突然少年が自分のいる方向に手を伸ばす
なぜ見えない距離の自分に手を伸ばしたのかが気になり、二人の下へ出ようと水をかき分ける
途端に少女の絶叫が空気の隙間を裂き流れ込んでくる
陸空は耳を抑えながらも少年の元へ進んでいく
ぷつりと少女の意識の糸が外れ、倒れ込む
「ようやく来てくれたね、ここまでいろんな手段を尽くして君を呼んでいたんだよ」
少年が細く途切れそうな声で話しかけてくる
「僕はお姉ちゃんを助けるのにかなり身体の寿命を使ったみたいだ、この力がなくなったらすぐにこの世界とサヨナラだよ…」
諦めの音をこぼすがその音もどんどんと小さくなっていく
「どうして僕を呼んだ!過去を知らない僕を!」
彼は陸空がここに来ることがわかっていた
未来のすべてを知っているからこそ陸空は知らないものへの問いかけに全力になる
「僕は過去に戻ることができる、その分身体は消耗するけどね…だから君を何度も見た」
陸空の腕を掴む
「ただ、頼みたいんだ…お姉ちゃんの幸せを…僕は、君がそれをできると信じているから…」
急に見知らぬ少年に頼まれる
陸空は次に呼びかけの声を出そうとするが、その前に少年の音は途切れる
身体から光の球体が現れる
「メシッ」
少年の身体から聞いたこともないような音が聞こえる
身体が負荷に耐えられなくなった音だろう
その光は陸空の中に入っていく
「D.S.」
陸空は手に入れると、その光の持っている力が脳に流れ込む
新たな音が鳴り始める
赤色灯を光らせた車がこちらにやって来る
託された少年は足早に血水の場所から離れていった




