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その6


「あたし、ずっと君みたいな人を探してたんだ」


 そう言うと、伯楽さんは大きく息を吐いた。


「学校が終わったら彼氏はサッカー。友だちはみんな部活。だからあたし、学校から帰る時はいつもひとりだったんだ」


「伯楽さんはどうして部活に入ってないの? やってそうな感じなのに」


 僕は素朴な疑問を投げかけた。


 いま僕が言ったやってそうな感じとは、伯楽さんみたいにクラスのなかでも目立つタイプで、いかにも活動的な人が運動部とかみたいな、「いけてる感じ」の集まりに入っていないのは意外だって意味だ。


「一年の時だけ、中学の時もやってたソフトテニス部に入ってたんだけどね。だけどそこの先輩と揉めちゃってさ、あたしと先輩のどっちが出ていくかってなって、あたしのほうが抜けることになったってわけ」


 部活で先輩と揉め事を起こして退部? 今僕と話している人は、思いのほか破天荒な人だったみたいだ。


「そんなことがあったから、別の部活にも移りづらくてさ。どこに行こうにも腫れ物扱いされちゃって……ってこの話、けっこう広まっちゃってた気がするんだけど、知らなかった?」


「他の人に興味なかったから」


 僕は肩をすくめた。


「で、おかげで今は帰宅部の青春を謳歌してるとこ。だけど他に誰かいてくれたらいいなって思ってた。みんなが別のところで集まって楽しくやっている時に、あたしみたいにひとりでいて、せめて学校から駅に着くまでの間でいいから、話し相手になってくれる人がいたらって」


 そう言って、伯楽さんは目を伏せて寂しそうな表情を浮かべた。


 学校にいる間、友だちや彼氏に囲まれて過ごしている伯楽さんでも、いまはひとりでいて、自分はひとりぼっちだって感じている。


 もしかしたら普段一緒にいる人がいるぶん、いつも周りから孤立している僕よりももっとひどい疎外感を感じているかもしれない。


 そしてそれを伯楽さんの友だちや彼氏は知らないんだ。


「……その相手が僕でいいの?」


 僕は伯楽さんに問いかけた。


「それを知るために今一緒にいるんだよ。安心して、今のところは結構いい感じだから」


「そう。ならいいけど」


 いいけど、だって? 今、どうして僕はほっとしたんだ? 伯楽さんが僕を受け入れてくれて嬉しいと思っているのか?


 他人に興味がないとか言っていたくせに、ほんの少し誰かが歩み寄ってくれただけで、その人に心を許したっていうのか?


 ……なんて単純なんだ。


 黙りこくってきまりが悪くなると、僕は何となしに電光掲示板を見上げた。


「あ……もうすぐ電車が来そう」


 次に来るのは伯楽さんが乗る二番線の上小田井かみおだい行きの電車だった。


「本当だ。そろそろ行かなきゃね」


 伯楽さんも僕と同じように到着時刻の表示を見ると、鞄の肩紐をかけ直した。


「これからもタイミングが合ったらまた一緒に帰ろうよ。それじゃあね、また明日」


 そう言うと、伯楽さんは僕に背を向けて二番線のホームへと下っていく階段に足を向けた。


 タイミングが合ったらまた一緒に──伯楽さんはそう言うけれど、本当にそんな時は来るんだろうか?


 それにまた明日という言葉。たとえ嘘で言っているわけでなかったとしても、明日の朝学校の教室に来た僕が目にするのは、友だちや彼氏に囲まれて僕とは違ういつも通りの朝を迎える伯楽さんの姿なんだ。


 僕の目に映る伯楽さんの姿が遠ざかって小さくなっていく。もしこのまま伯楽さんを見送ったら、伯楽さんとはまた別々の世界に分かれてしまうような気がした。


 そして僕は、それを惜しいと思ってしまったんだ。


「ねえ、ちょっと待って!」


 伯楽さんが下り階段のステップに足をかけようとした瞬間、僕は彼女を呼び止めた。


 伯楽さんは僕の声に気がついて、足を止めて僕に振り向いた。目を丸くして、不意に自分を読んだ僕を見つめている。


 僕は深呼吸をすると、意を決して口を開いた。


「……あのさ。さっき、今日はもともと豊田市駅のほうまで遊びに行くはずだったって言ってたよね」


 僕は一番線のホームに続く階段に目をやった。ふだん帰る時に使っている路線だ。


 行き先は豊田市駅。本来なら伯楽さんも今日、ここから出る電車に乗るはずだったんだ。


「もし……もしだよ。もし僕が帰りに市駅で寄り道をするとしたら、伯楽さんも一緒にどうかな」


 そんなつもりはなかったのに、無意味にくどい言い回しで僕は伯楽さんに言った。


 僕が言葉を投げかけると、伯楽さんはその場に立ったまま呆気に取られた顔をした。


「それって、棲絡くんと一緒にお出かけするってこと?」


「そう! そういうことだよ!」


 僕は思わず大声をあげて言うと、さらに言葉を続けようとした。 


「彼氏と出来なかったことをやるんだよ。彼氏の代わりに僕と一緒に街に──」



『みんな聞いてよ! 衣織、あいつのこと好きなんだって!』



 突然、耳の奥に何かが響いた。


 その瞬間、僕ははっとなって息を呑み、言葉を失った。



『あいつ女子のことが好きなんだって!』


『あいつエロだ!』


『変態なんだ!』



 さっき聞こえた声に続いて、また別の声が頭の中にこだまする。


 どれも子どもの声だ。純粋で、他人を思いやったり、邪気を包み隠す方法やそうしなきゃいけない理由を全く知らない、混じり気のない悪意を露わにした甲高い声。


 いつか遠い昔に聞いた言葉だ。それも全て、僕に向かって放たれた言葉だ。


 僕が他人への興味を無くして、そればかりか他人を恐れて避けるようになった全てのきっかけの一部始終が、記憶の彼方から今の僕に襲いかかってくる。


 全身が急速に冷たくなっていくのを感じる。全身の力が一気に緩んで、すべての血が凍えるような冷たさになる。だけど心臓の高鳴りは大きくなっていくだけだった。


「棲絡くん? 棲絡くん、どうしたの?」


 前触れもなく急に口を閉ざした僕のもとへ、伯楽さんが戻って歩み寄る。


「ねえ、本当にどうしちゃったの?」


「……忘れて」


「はあ?」


 僕が吐いた言葉に伯楽さんは困惑した。


「全部忘れて。今僕が言ったことも、さっき図書館で僕と会ってからの全部も」


 さよなら、とだけ言うと僕は伯楽さんに背を向けて、そのまま目の前にある階段を降りていった。


 後ろから何かが聞こえたけれど、その時の僕は脳の奥底から湧き上がってくる記憶を押さえつけて消し去るのに必死で、気にしてなんかいられなかった。


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