その17
『みんな聞いてよ! 衣織、あいつのこと好きなんだって!』
『あいつ女子のことが好きなんだって!』
『あいつエロだ!』
『変態なんだ!』
……小学四年生の時だよ。
その時の僕には好きな女の子がいた。同じ委員会に入っているクラスメイトの女の子で、音楽委員をやってた。音楽の授業があるときに、みんなより先に音楽室に行って使う楽器を準備室から用意したり、授業の準備をする役回りだった。
だからその子とはふたりで仕事をすることが多くて、そこで一緒に話したりするうちに、いつの間にか僕はその子が好きになっていた。
その時から僕は人見知りがひどくて、少しでもこちらに接してきてくれるような女子がいたら、僕なんかに構ってくれるその子のことをあっさり好きになってしまっていたんだ。
で、新学期になって別々の委員会に分かれてしまう前に僕はその子に告白した。
返事はこう。
「お友だちでいさせてね」
まあ、お決まりのパターンだ。
とはいえその時の僕は恋愛に対してまるで無知で、女性の心の機微や恋の駆け引きなんて判るわけなかったから、これは好意的なメッセージだと思ってしばらく浮かれていたんだ。
だけどその淡い期待は程なくして消え去ることになった。
僕が女子に告白したことを知った同じクラスの男子が、それをネタにして僕をからかい始めるようになったんだ。それもひとりだけじゃなくて、何人も寄ってたかってだった。
女子を好きになることがいかにみっともなくて恥ずかしいことか、みんな僕をせせら笑って、そのうち掃除の時間に雑巾を投げつけられたりホースで水をかけられたりするようないじめになっていった。
なんでその男子たちが、僕が同じクラスの女子に告白したことを知ったかって?
理由は簡単。話を漏らしたのが、僕が告白したその女子だったからだ。
彼女はみんなの僕に対するいじめを止めるどころか逆に加担した。あの子は僕のことを、自分に告白なんかしてきた気持ちの悪いやつだって笑いものにして、そのせいでいじめの規模はクラス全体まで広がっていった。抵抗すればすればするほど、みんなはさらに僕を攻撃した。
幸い取り返しのつかないことになる前に、担任の先生が僕を取り巻くクラスの不穏な動きを突き止めて、いじめを止めてくれた。先生からほうぼうの親に連絡が渡って、事態はなんとか収まることができた。
だけどそれで僕自身の全てが元通りになんてなるわけがなかった。
あの一連の出来事で、女子を好きになったり告白することは悪いことなんだという意識が僕の深層心理に刻みつけられたんだ。
そして僕はそれから人に関わることが前にも増して億劫になり、もちろんあの子に関することもすべて、辛い思い出になってしまった。
だけど本当の問題はここからだった。
中学に入ってみんなの姿格好や生活や趣味やらが変化していくなかで、いつの間にかこういう概念が出来上がってきていたんだ。
「恋人がいる奴は勝ち組」
誰かがそう言ったわけじゃないけど、日が経つにつれ、明らかにそういう共通意識が出来上がっているようだった。
僕はそれを感じて、どうしようにもない怒りを抱いた。
散々僕を変態だの何だの馬鹿にしてきたのに、自分が幸せになったら僕に今までやってきたこと全部忘れて、楽しい青春を送ってやろうとでも思っているのか?
そう思いはじめたが最後、僕の感情は日増しに膨らみ続けた。
だから僕は嫌いだった。他の人たちが集まって、仲間や恋人同士で楽しくやっている様を眺めるのは。
笑いながら僕から何かを奪っておいて、その何かで楽しんでいる人たちのことが許せなかったんだ。
そうやって僕は……いつの間にか高校二年生になっていた。
今度はもう、自分のことが許せなくなった。
なぜなら、自分がその恋愛とやらを楽しむような人間に成り下がってしまったからだった。




