その12
「ねえ、あそこに寄っていい?」
食事を終えてレストランから出たあと、ビルの中をエスカレーターで降りつつ各階の店舗を軽く眺めながら歩き回っていると、伯楽さんがフロアの一角にある店を指さした。
そこは携帯電話のアクセサリーショップだった。店の棚には携帯のケース、裏面に取り付けるリング、レンズカバー、画面の保護フィルムが陳列されている。
「そろそろカバーを新しいのにしたかったんだよね」
伯楽さんは自分の携帯を出すと、それを僕に見せた。
携帯には透明なプラスチックに星やハートなどのアイコンのシルエットがプリントされたケースが装着されていた。
裏側には猫を模したキャラクターのステッカーが携帯の本体とケースの間に挟まるように入れてあったが、ケースのところどころに小さいヒビのようなものが走っているようだった。
「せっかくだからここで買っちゃおうかな。今まで使ってたタイプからガラッと変えて、定期とかを入れられるやつもいいかも」
伯楽さんは自分が使っている機種に対応したカバーがある棚を眺めた。プラスチック製やシリコン製、合成皮革のもの。絵柄など一切ない飾り気のないシンプルな作りのケースもあれば、キャラクターのイラストをふんだんに使用した派手な見栄えのケースなど、選り取り見取りだ。
「こっちはスタンドにできるリングが付いてて、こっちは猫ちゃんの絵がいいんだけどなあ。どっちにしようかなあ」
伯楽さんが商品を手に取っている横で、僕も同じように目の前にある棚の商品を見つめた。
iPhoneユーザーの伯楽さんと違って僕はアンドロイドの端末を使っていて、自分の携帯に合ったケースが並んでいるのは全く別の棚だったけれど、伯楽さんと一緒に行動しているのに彼女の横から離れるのも変だと思って、同じ棚を眺めていた。
伯楽さんが手に取った二つのケースを交互に見較べている横で、僕も目に留まったケースを手に取ってみた。
定期入れと、画面を覆って閉じることができるカバーのついた合成皮革の手帳型のケースだ。ベースのカラーがネイビーで、カバーの表面にはオオカミの顔の絵が大きくプリントされていた。
正面からふたつの眼でこちらを見つめるその姿が妙に惹きつけられて、僕はケースの入った箱をしげしげと眺めた。
「オオカミの絵? へえ、かっこいいね。棲絡くんも新しいケース買う?」
僕が自分と同じように棚に並ぶケースを見ていたことに気がついた伯楽さんが言った。
「いや、僕が使っている携帯は違うし、そういうわけじゃないけど……」
自分が手に取ったケースを見ていた伯楽さんに向かってそう言うと、僕はまた自分の手もとにあるオオカミの絵に目をやった。
そしてもう一度伯楽さんの顔を見ると、僕は少しだけ思いを巡らせて口を開いた。
「その……伯楽さんがこのケースを使ってみるってのは、どう?」
「えっ? あたしが? これを?」
僕が手に持っていたものを渡すと、伯楽さんは渡されたケースのオオカミのオオカミの絵と向き合った。
「ガラッと変えてみたいって言ってたから、こんなのいいかなって。それにこれなら定期入れもついてるし」
じっとケースを眺めている伯楽さんに僕が横から言葉を挟んだ。すると伯楽さんはケースを見つめたまま「うーん」と唸った。
「あんまりこういうの、自分からは行かないなあ。こいつの顔、結構いかついし」
伯楽さんが自分を睨みつけてくるオオカミの顔を見ながら言った。
「……だよね。伯楽さんのガラじゃなかったよね」
余計なことしたな、と思って僕は伯楽さんからケースの入った箱を受け取ろうとすると、伯楽さんはくるっと踵を返して、そのままレジのある方に向かって行こうとした。
「でも、普段はやらない冒険ってのも、たまにいいかもね」
さっきまで買おうかと悩んでいたケースを棚に戻すと、伯楽さんは僕に背を向けたまま手のひらの上にあるオオカミの顔に向かって小さく笑った。
「このニラみつけてくる顔も、じーっと見てれば可愛げも感じてきたし」
会計を終えると、伯楽さんは満足そうな顔で買ったケースを鞄の中に入れて店から出た。
「あーあ、これであたしも、付き合ってる男の趣味に染まる女になっちゃったなあ」
冗談めかしてそう言う伯楽さんに、僕は呆れながら返した。
「単なる浮気相手だろ、僕は」
「彼氏だろうがなかろうが、今はあたしのパートナーだよ。ムードがないなあ、棲絡くんは」
軽い調子で僕を咎めてくる伯楽さんだけど、僕のほうはなんでこんなことで注意されなきゃいけないんだろう……となんだか釈然としないものを感じた。




