その10
「こちら、本日のお礼の品になります」
そう言うと、献血ルームの受付の男性は待合室の席に座る僕と伯楽さんにそれぞれ、アイドルグループの写真が使われたクリアファイルと、カップ麺をひとつずつ渡した。献血に参加した高校生が対象のプレゼントらしい。
「ありがとうございます! 家に帰って夜食にいただきますね」
伯楽さんは渡されたカップ麺の”激辛タンタン麺"の文字を眺めながら、満面の笑みを浮かべて言った。
「……やっぱり凄いな。伯楽さんは」
僕は自販機から持ってきたアイスコーヒーに口をつけた。伯楽さんはさっきと同じようにレモネードの入ったカップをテーブルの上に置いている。
「凄いって、何の話?」
「初対面の人が相手でもそうやってちゃんと話すことができるって話」
「ええ?」
伯楽さんは戸惑いながら僕に苦笑した。
「普通にしてるだけだけどなあ」
「そういうところだよ」
採血室でベッドに横になっている間、看護師さんが呼びかけてきたり話しかけてきた時に気恥ずかしくなって軽く一言二言だけの返事で済ませようとした僕と違って、伯楽さんはずっと看護師さんと楽しげに話をしていた。
それを見ているだけで、やっぱりこの人は自分とは全く異なるたぐいの人なんだと感じずにはいられなかった。
「今日、献血に一緒に来たのが伯楽さんで良かったかもしれない。僕は受付の人とか看護師さんとか知らない人と話すのは気後れするけど、伯楽さんがカバーしてくれたから」
「それを言うならあたしも同じかな」
伯楽さんはそう言うと、自分のレモネードを口に含んだ。
「最初に献血に行こうって誘ってくれたのは棲絡くんだし、それが無かったらここには来なかったからね。おかげでかわいいファイルにラーメンも貰えたし」
伯楽さんは貰ったばかりのクリアファイルとカップ麺に目をやってにやりと笑った。
「てか棲絡くん、いつもそんな感じでお店とかコンビニに買い物行ってる時大丈夫なの? 毎回それじゃレジ行く時とか店員さんに顔合わせるのキツくない?」
「別に全然人話せないってわけじゃないよ……できればやりたくないってだけで、お店でレジに行く時に、セルフレジがあったらそっちに行っちゃうってくらいだよ」
「ならいいけど。でも、知らない係の人に会うのが嫌とか思うんなら、なんで行ったこともない献血ルームに行こうとか言い出したわけ?」
「……確かに」
僕は我ながら自分のやってきたことにはっとした。
「もしかして棲絡くんって、意外と後先考えないで動いちゃうタイプ? 最初駅であたしに一緒に出かけようって言って、すぐ取りやめにした時もそうだけどさ」
伯楽さんにそう言い放たれて、僕は「がーん」となった。他人に自分の知らなかった短所を指摘されるとは思わなかったのだ。
「まあ、あたしだって人のことは言えないけど。でなきゃこうやって棲絡くんに”浮気”なんかしてないし」
「……だろうね」
肩を落としていた僕は、伯楽さんの顔を見て言った。
「でなきゃ僕のこと『彼氏』なんて呼んで、看護師さんに触れ回ったりしないからね」
「あははは! あれはごめんって!」
採血中に看護師さんにその話題を出されて気まずい思いをした僕に、伯楽さんは悪びれた様子もなく笑い声をあげた。
「でも良かったよ。あたしが彼女かって看護師さんに訊かれた時に、恥ずかしがりながら『そうです……』って答えたの!」
そう言われて呆れる僕を前に、伯楽さんは紙カップの飲み物を一気に飲み干すと「ふう」と一息ついた。
「じゃあこれからどうしよっか。そろそろ休憩も終わりでいいよね」
伯楽さんは自分の携帯電話を出すと、現在の時刻の表示を見た。
献血を終えた後、看護師さんからは十分な水分補給と休憩を取るように言われた。血を何百mlも取られた後にすぐに動いたりすると、身体に吐き気や立ちくらみなどの悪い影響が出てしまうかららしい。
「いい時間だし、晩ご飯食べに行かない? どこにしよっか」
「晩ご飯?」
僕は伯楽さんの言った言葉をそのまま返した。
「いや、晩ご飯は家で食べるよ。家族全員そのつもりだろうし、勝手に外で食べてきたりしたら困るだろうしさ」
「えーっ? 別にラインでちゃんと知らせておけば良くない?」
伯楽さんは僕の言っていることが理解できないというような口ぶりで反論した。
「棲絡くん、友だちと帰りにご飯食べに行ったこと無いの?」
「無いよ……そもそも一緒にご飯を食べに行くような友だちがいないんだから」
「いいから、家族に連絡入れてみなよ。ダメだったらダメだったで諦めればいいだけなんだからさ、ほら」
乗り気にはなれなかったけれど、伯楽さんにせっつかれて観念した僕は、彼女の言う通りにしぶしぶメッセージアプリで母親に「外で友だちと晩ご飯を食べるから、今日は家では晩ご飯はいらない」という旨の文章を送信した。僕の母は会社勤めだけど、ちょうど終業の時間になる頃合いだった。
「どうだった?」
数分後、母親から携帯に返信が送られてきた僕に伯楽さんが尋ねた。
「……あっさりオーケーした」
僕は携帯の画面の眺めながら言った。
「それに、帰ったら夕食代を渡すって」
僕がそう答えると、伯楽さんは「ほらね?」とでも言わんばかりの得意げな笑みをこちらに向けた。




