第2話 正しいだけじゃ嫌われる
昼休み。
俺は一人で屋上へ向かっていた。
教室にいると、さっきの空気がまだ肌に残っている気がした。
あの一瞬で、クラス全員が俺を“空気を乱す側”として見た。
別に慣れている。
……慣れているはずなのに、少しだけ胸が重かった。
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階段を上がっている途中、後ろから声が聞こえる。
「黒瀬」
振り返る。
白瀬ユイだった。
空気値98。
誰からも好かれる完璧人間。
そのはずなのに。
昨日見えた【助けて】という感情が頭から離れなかった。
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「……何か用?」
「昨日の発言、少し気になって」
彼女は静かに言った。
周囲に人がいないことを確認してから。
まるで、誰かに聞かれたくないみたいに。
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「みんな、ああいうの嫌うから」
「正しいこと言っても?」
「うん」
即答だった。
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その瞬間、彼女のログが見える。
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【本当は間違ってないと思ってる】
【でも怖い】
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「じゃあ、なんで誰も言わないんだ?」
「嫌われたくないから」
ユイは少しだけ目を逸らした。
その横顔は、教室で見せる完璧な笑顔とは違っていた。
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「この世界って、“正しい人”より、“空気を壊さない人”の方が評価されるの」
風が吹く。
ユイの長い髪が揺れた。
遠くで校内放送が流れている。
平和で、静かな昼休み。
でも俺には、この学校全体が巨大な監視空間みたいに思えた。
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「レンは変わってるよ」
「悪い意味で?」
「……たぶん、良い意味で」
少しだけ笑うユイ。
だが、そのログには別の感情が浮かんでいた。
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【羨ましい】
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俺は一瞬、言葉を失った。
空気値98の人間が、俺を?
意味が分からなかった。
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その時だった。
突然、校内端末が一斉に警報を鳴らした。
耳障りな電子音が校舎中に響く。
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【警告】
【空気値異常低下個体を検知】
【対象:2年C組 佐藤カイト】
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屋上のモニターに映像が映る。
廊下で、一人の男子生徒が取り囲まれていた。
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「空気読めよ」
「マジ無理なんだけど」
「一緒にいると評価下がる」
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だが誰も怒鳴っていない。
全員、笑顔だった。
その笑顔が逆に怖い。
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男子生徒のログが見える。
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【助けて】
【怖い】
【消えたい】
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胸の奥がざわつく。
なのに周囲の生徒達は、まるで当然みたいな顔をしていた。
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その光景を見た瞬間。
俺の口から言葉が漏れる。
「……これ、ただの排除じゃないか」
ユイは黙っていた。
風の音だけが屋上を通り抜ける。
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だが、彼女のログには。
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【止めたい】
【でも関わりたくない】
【怖い】
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と浮かんでいた。
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多分。
この世界の人間はみんな、何かを恐れている。




