第1話 空気値12の俺
「レン、お前また空気値下がってるぞ」
朝、教室に入った瞬間だった。
クラスの誰かが笑う。
壁の大型モニターには、今日の空気適応ランキングが表示されていた。
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【3年B組 空気適応平均値:82】
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その下。
赤色で表示された最下位。
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【黒瀬レン:12】
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「12って逆に才能だろ」
「AIから嫌われすぎ」
「また面談じゃね?」
教室に笑いが広がる。
誰かを下に置くと、人は安心する。
この世界は、そういう仕組みでできている。
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俺は何も言わず席についた。
机の端末が自動起動する。
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【警告】
あなたの空気適応値は基準を大きく下回っています。
周囲への心理的不快を避けるため、発言に注意してください。
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毎日同じ警告。
もう慣れた。
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今の社会では、人間は「空気値」で管理されている。
- 協調性
- 共感性
- 空気読解能力
- 集団適応力
それらをAIが数値化する。
高い人間ほど、生きやすい。
低い人間ほど、排除される。
ただそれだけだ。
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教師が教室へ入ってきた。
「はい、おはようございます」
クラス全員が綺麗に揃えて返す。
「おはようございます!」
その瞬間、俺の視界にログが浮かんだ。
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【教師】
【ストレス:81%】
【保身意識:92%】
【査定不安:89%】
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……まただ。
俺には昔から、人の“表面の下”が見える。
感情なのか、本音なのか、自分でも分からない。
でも、だいたい当たる。
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「最近、空気値の低下傾向が問題になっています」
教師が言う。
だが、本音ログは別だった。
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【問題を起こさないでくれ】
【今月の評価が危ない】
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教室の誰も気づかない。
いや。
気づかないふりをしているのかもしれない。
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教師はモニターを操作した。
表示されたテーマ。
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【“正しさ”と“協調性”について】
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嫌な予感がした。
「正しいことでも、場の空気を壊す発言は避けるべきです」
クラスの多くが頷く。
俺は気づけば口を開いていた。
「それって、“正しいか”じゃなくて、“嫌われないか”を優先してるだけじゃないですか?」
教室が静まり返った。
しまった。
またやった。
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モニターが黄色点滅を始める。
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【空気不安定】
【感情波形乱れ検出】
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教師は笑顔を崩さない。
だがログは違った。
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【否定された】
【面倒な生徒】
【空気を壊すな】
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周囲の感情も一斉に流れ込む。
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【怖い】
【また始まった】
【少し分かる】
【黙れよ】
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頭痛がする。
人間は、本音と建前がズレている。
なのに、みんな建前だけで会話している。
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その時だった。
教室の後ろ。
一人の少女と目が合った。
白瀬ユイ。
空気値98。
教師にも、生徒にも、AIにも愛される完璧人間。
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だが。
その瞬間。
初めて彼女のログが見えた。
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【息苦しい】
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俺は固まった。
彼女は微笑んでいた。
完璧な笑顔。
でも、その裏には。
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【助けて】
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という感情が見えていた。




