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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第六章 変革の息吹
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#59 未来を担う若者たち


 エドバド枢機卿が自信ありげに語った戦略は、ツメが甘いと言わざるを得ないが、10年後20年後を見据えていた。馬鈴薯も、その価値を分かった上で『これを上手に使って』と俺に託してくれた。

 破天荒で常識の通じない人だが、それでも16歳という年齢でアブルダリル聖教会という巨大組織で枢機卿になり、教皇から特命を受けるほどの人物だ。決して侮ってはいけないということが、よく分かった。

 そして、この人の最も注目するべき美点は、平和主義者であること。

 強引な布教活動には否定的で、聖教会への悪感情が強いトランベル王国に対しても、反発して敵意を抱くのではなく、友好的な姿勢を見せている。そしてなによりも、血の歴史を繰り返すべきではないというスタンス。

 こういう人物が聖教会でさらに実権を握り体制が変われば、聖教会そのものへの悪感情も薄れていくかもしれないし、俺が目標に掲げている、女性の社会進出の参考になりうる。

 今回の会談、本当に受けて良かった。俺にとってもグレイス領にとっても、計り知れないほどの収穫があった。


「本日は、素晴らしいお茶会へご招待いただき、ありがとうございました。今度は、私が食事の席へご招待させてください」


「あら、トーマス君がお食事に誘ってくださるの?やっぱり、殿方はそうでなくては。うふふ」


 いや、デートのお誘いじゃないぞ。接待だからな。


「それで、友好の証として、私も贈り物を用意しましたので、お納めください」


「あら、なにかしら?」


 シロツグに目配せして、出してくれた桐の箱を受け取る。

 それをテーブルに置いてフタを外し、中身を見せる。

 中には、ゴードン親方の鋳物工房にて特注で作ってもらったベルが入っており、両手で慎重に取り出して、エドバド枢機卿に手渡した。

 グレイス家の家紋である胡蝶蘭の意匠が施されており、これを渡すということは、今後、そのベルがグレイス家と友好関係であるという証明にもなる。

 今回の会談を前に、目的が全く分からないながらもいくつもの想定をした中で、友好的な結論に達することも考慮して、念のために用意しておいたものだ。

 そもそも俺は、最初から『聖教会とは敵対するべきではない』という考えだったからな。望んでいた以上の結果に着地できたと見て、問題ないだろう。


「まぁ!素敵なベルですわね!この意匠は胡蝶蘭かしら?」


「はい。我がグレイス領が誇る鋳物工房で作らせた品で、この胡蝶蘭は、グレイス家の家紋です。友好の証として、ぜひ受け取ってください」


「これはこれはご丁寧に。謹んで、ちょうだいいたしますわ。お友達ですからね!うふふ」


 笑顔でそう言うと、エドバド枢機卿はベルを耳元に持っていき、チリーンと鳴らした。


 ◇


 エドバド枢機卿との会談の翌日。

 持ち帰った馬鈴薯を、さっそく植えることにした。

 芽が出ており、エドバド枢機卿は処理すれば食べられると言っていたが、まずは食べるよりも増やすことに。なにせ、王国内の農業革命となりうる種だ。この芋一つ一つに計り知れないほどの価値がある。そうやすやすと公にできるものでもない。慎重かつ確実に種芋を増やし、少しずつでも理解者や協力者を増やして、時期を見計らって領内に広く浸透させたい。


 その第一歩として、まずは誰にも知られないように自分で栽培することに。グレイス邸の庭師に相談して庭園でスペースを用意してもらい、シロツグと二人で植えることにした。

 シロツグは農家出身でも馬鈴薯の育て方までは知らなかったので、50代中年の記憶にあった、小学生理科の知識を参考にした。

 世話係の目を盗んで作業着に着替え、鍬やスコップを自分たちで運び、土を耕して1ライドの等間隔で穴を掘り、半分にカットしたものを埋めて土を被せる。あとは水を撒いて完了。

 庭師には、「誰も近づけないでください」と厳命し、俺とシロツグで定期的に足を運んで、経過を観察することにした。

 確か3カ月ほどで収穫できたと記憶しているので、上手くいけば秋ごろには成果が出るだろう。

 ささやかな家庭菜園で慣れない農作業だったが、シロツグも張り切って手伝ってくれたし、これはこれで楽しいな。


 そんな時に、アベルが外遊の話を聞かせてくれるために、遊びに来てくれた。

 約束していた5ヵ国の話は今日で五日目で、最後だった。

 魔法の国ルルーシア、情熱の南国パルシアート、学術都市ズドーン、芸術と音楽の都ククルスと続き、今日は東洋の神秘ヤマタイカの話を聞かせてもらう予定だ。


「ようこそ、アベル。よく来てくれたね。着替えてくるから、少し待っててくれるかい」


「ああ、了解。でも、そんな恰好をして、なにをしてたんだい?」


「庭で土いじりを少しね」


「土?へー、またなにか始めようとしてるのかい?」


「ただの家庭菜園だよ」


 庭園から戻ったタイミングだったので、少し待って貰おうとしたら、使用人がやってきて、「クリスティーナ様もいらっしゃいましたが、お通ししてもよろしいですか?」と確認があった。


「おや?今日は来る予定ではなかったはずですが」


「それが、『昨日の会談のお話を伺いに参りましたと、お伝えください』とおっしゃられてまして」


「なるほど。クリスティーナ嬢も会談の行方が気になっていたのか。分かりました。クリスティーナ嬢も通してください」


「えぇ・・・そんなぁ・・・」


「まぁいいじゃないか。ヤマタイカの話はまた今度でいいから、彼女も同席させてくれよ。代わりに、今日は僕から面白い話を聞かせよう。君の外遊話に負けないほど貴重な話だ」


「うーん、分かったよ。今日は大人しくしてるさ」


「では、僕は大急ぎで着替えてくる」


 着替えて戻り、いつもと同じように挨拶をすませると、クリスティーナ嬢が「久しぶりに、エリカさんとお会いしたいです」と言うので、エリカの寝室に移動して、話をすることにした。

 メンバーは、会いに来てくれたクリスティーナ嬢とアベル。着替えてきたばかりの俺とシロツグ。そして、すやすやと寝ている赤ん坊のエリカ。

 ヤリスにも声をかけてみたが、家庭教師の許可が出なかったようだ。どうやら、覚えがよろしくないからと授業が延長しているらしい。

 俺としては、父上にとってのコーデン叔父上のように、将来、ヤリスにもグレイス領の行政に携わって欲しいと考えていたので、クリスティーナ嬢と同じように家庭教師の授業以外にも色々と学ばせたいと考えているが、なかなか進まず頭が痛いところだ。

 どうしても、クリスティーナ嬢と比べてしまいがちだが、非常に優秀な頭脳を持っているクリスティーナ嬢と比べるのは酷というものか。しかし、グレイス家の次男である以上は、頑張ってほしいところだ。


 ぞろぞろと人が集まってきたのに気付いたのか、エリカが起きてしまったので、クリスティーナ嬢が抱き上げてあやして、それを横からアベルが変な顔をして、エリカを笑わせようと奮闘していた。シロツグは、喉が渇いたのか、使用人が淹れてくれたお茶を飲んでいる。


「さて、昨日のアブルダリル聖教会のエドバド枢機卿との会談の報告を、始めましょうか」


 俺が話し始めると、エリカ以外の3人は俺に注目した。


「会談は、混乱と驚きの連続でしたが、結果としては得る物の多い、非常に有意義な会談になったと思います。まず驚いたのは、枢機卿が女性だったこと。しかも、約束の時刻に遅れてきたのですが、その理由が『パイを焼いていたから』だったんです」


「へ?パイを焼いていた?会談だよな?」


 アベルが驚くのは当然だろう。

 貴族社会だったら、重大な失点になるような問題だからな。


「うん。庭で採れたベリーを使ったパイを僕に食べさせたかったらしく、会談前に焼いていたそうだ」


「それで、トーマス様はそのパイを召し上がったのですか?」


「ええ、食べましたよ。シロツグには警戒するように注意を受けましたが、枢機卿の期待するような眼差しから逃れることができず、食べるしかなかったのです」


「毒などは入っていなかったのですか?」


「ええ、毒は入っていませんでした。けど、毒のほうがマシだと思えるほど、甘いのです」


 俺の話を聞いたクリスティーナ嬢は、首をかしげて理解が追い付いていない様子。

 俺も昨日はそうだったからな。その気持ちが手に取るように分かる。

 アベルは、キョトンとしている。頭の中で、会談、枢機卿、女性、パイ、甘いというワードが結びつかないのだろう。

 そしてシロツグは、妙に納得した表情で頷いている。

 同席していたシロツグは、破天荒で自由人のエドバド枢機卿のことを思い出しているのだろう。


「なにより困惑したのが、枢機卿の目的が、『お友達になってくださいまし』だったこと」


「え!?おともだち、ですか?」


 クリスティーナ嬢が珍しく驚きの声をあげた。

 そうだよな。普通の人なら驚くよな。

 エドバド枢機卿、常人の常識全てひっくり返すほどの破天荒さだったからな。

 いずれ、クリスティーナ嬢にもエドバド枢機卿を紹介することになるだろうけど、その時に、お互いにどんな反応をするのだろうか。

 それは、楽しみでもあり、恐ろしくもある。



 第六章、完。





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