#58 外交戦略と隠し玉
「ふっ、ふっ、ふっ、コレでわたくしの戦略も、第一歩が達成されましたわ!」
「戦略ですか?」
「そうですの、戦略ですわ!」
「どのような?」
「トランベル建国功臣十家門の1つ、そして中央政界最大派閥の重鎮、グレイス侯爵家の跡継ぎのトーマス君とお友達になれたのですからね。10年後20年後には、トランベル王国との国交が開かれたも同然ですわ」
なんだ、その雑な戦略は。
なんで俺が聖教会との国交の橋渡しをする前提になっているのだ。
しかも、駆け引きするわけでもなく、その戦略を自ら全部漏らしておいて悪気が一切ないとか、そんな外交は聞いたことないぞ。
「だから、トーマス君。わたくしのために、出世してくださいませ!お友達からのお願いですからね!」
「あ、はい」
なんだか俺は、取り返しのつかない危険地帯へ足を一歩踏み入れてしまったのではないのだろうか。先が全く読めないこのような交渉など、50代中年にも経験がないものだ。
だいたい、これを会談だとか交渉と呼んでよいのだろうか。俺の価値観が音を立てて崩れ去るような不安が襲ってきているぞ。
不安を隠そうとしたのか、目の前に置かれたままのパイを無意識にひと口食べた。
やはり、激甘だ。
ササリー殿がお茶のお代わりを淹れてくれたので、一気に流し込む。
お友達と言うのなら、こちらもそのお友達を利用するべきだろう。
聖教会に関して、聞きたいことなら山ほどある。
しかも、この口の軽さだ。普通なら聞きにくいことでも、容易に話してくれそうだ。
「お友達として、私からもエドバド枢機卿にお聞きしたいのですが」
「エドバドではございませんわ。フェアリーですわ」
「あ、えーっと、フェアリー様は、これからしばらくは、王国内に留まるご予定なのですか?」
「そうなのです。ここから馬車で1刻ほどの距離にありますお屋敷を借り上げまして、そこを拠点に王国内での活動をしていく予定ですの。あ、トーマス君はお友達ですから教えましたが、他の方に話してはいけませんわよ?この国の方たちは、聖教会と聞いただけで、「壺売りは出ていけー!」だの、「血の歴史を繰り返すのかー!」だの、皆さま怖いんですもの。夜は安心してゆっくり眠りたいですからね」
父上のような上級貴族や中央政界の政治家たちが毛嫌いしているというのは理解しているが、王都では聖教会排斥の声を上げる市民が多いのだろうか。その辺りは、俺もよく分かっていない。
「畏まりました。エドバド枢機卿が王都に居を構えていることは、秘密なのですね」
「ですから、フェアリーですわ。あと1回間違えましたら、許しませんわよ?」
「あ、はい」
イエローカード方式なのだろうか。いや、どちらかというと、シューティングゲームの残機制か。
しかし、許さないって、どう許さないつもりなのだろう。あえて3回間違えて、どんなことになるのか見てみたい気も・・・いや、止めておこう。この人の言葉は軽い冗談のようで、全て本気で言っているように聞こえる。
「それでフェアリー様は、トランベル王国で布教活動を展開されるのですか?」
「うーん、教皇様からは、地盤を作れと言われましたけど、わたくし、そういうのはあまり興味ないのですよね。だって、今時壺を売ってお布施を集めるなんて、古臭いと思いませんか?って、イタタタタタ!ササリー!どうしてツネるんですの!?いまはトーマス君と大事なお話の最中ですのよ!?」
「エドバド様。枢機卿ともあろうお方が布教活動に興味が無いなどと、人前で言うものではございません。いまの発言、聖都の教皇様へ報告いたしますよ?」
「それだけはやめてちょうだい!もう分かったわよ!布教はぼちぼち頑張りますわ。これでいいですわね!」
ああ、分かったぞ。このササリー殿は、お供というよりもお目付け役なんだ。
俺もお世話係から「領主の跡継ぎが、そのようなはしたないことを言ってはなりません!」と、よく叱られたものだ。今日初めてエドバド枢機卿に共感した。ああ、共感してしまった。
「えーっと、つまり、フェアリー様は、トランベル王国における聖教会の最高責任者ということでしょうか?それとも、最高責任者はまた別の方がいらして、あくまで教皇から特命を受けた外交官なのでしょうか?」
「一応、最高責任者ということになるのかしら?でも、責任者と言いましても、組織的な動きはありませんし、布教活動も「信者さんたちにお任せしますので、どうぞがんばってくださいな」というスタンスなので、お飾りの責任者ですわね」
「なるほど・・・ちなみに、フェアリー様は、おいくつなのですか?」
「花の17歳ですわよ。あ、そうですわ!トーマス君よりも年上ですからね、『フェアリーお姉様』と呼んでくださってもよいのですよ?」
「いえ、それは遠慮させていただきます」
思わず、即答で拒否してしまった。
「もう、トーマス君ったら、真面目なんだから。でも、上級貴族のご子息って、そういうところが素敵なのですよね。あと5~6年もしたら、もっと素敵な殿方になるのでしょうね。とても楽しみですわね。うふふ」
「それで、他にも質問してよいですか?」
「ええ、なんでも聞いてくださいな。教皇様のカツラ事情でもササリーの寝言集でも、なんでもお話しますわよ。って、イタタタタ!だからどうしてすぐにツネるんですの!?」
なんだか、お笑い芸人のコントを見せられている気分になってきた。
けど、エドバド枢機卿はどこまで本気でどこから冗談なのか分からないし、ササリー殿は目が怖いから、笑いたくても笑えない。
「あの、それで聞きたいのは、塩に関する噂なのですが。聖教会が、塩の計量に興味を示されていると噂で聞いたのですが、実際のところはどうなのでしょうか?」
「あー、そのお話ですか。わたくしも小耳に挟みましたけど、本気でそんなことができると思っているのでしょうかね。もし今そんなことをしたら、大陸全土で血の歴史が繰り返されてしまうのではないのでしょうか?わたくしは、反対ですわね」
「なるほど。噂の一部は事実でありつつ、聖教会の内部でも懐疑的に見られているということですか」
「むしろわたくしは、馬鈴薯の普及のほうに興味がありますわね。って、そうでした!大事なことを忘れるところでしたわ!ササリー、例のあれを出してくださいまし」
指示を受けたササリー殿と他の信者の二人がかりで、1つの壺を運んできた。
二人係でないと運べないほどの重さなのだろう。俺に見せたいのは壺ではなく、その中身ということか。
「トーマス君は、馬鈴薯をご存知かしら?」
「ええ、知ってはいます。たしか、毒性の強い根菜で、山地などに群生していると。シロツグ、私の認識であっていますか?」
「はい。トーマス様がおっしゃる通り、ウチの田舎でも、食べたらお腹を壊したり、死ぬ場合もあると教わりました」
近代日本ではジャガイモと呼ばれて、イモ類のなかでも最も多く食されているだろう。しかし、元々は毒性が強いために食物として扱われてはおらず、品種改良により食べられるようになって、普及して食料問題の解決へ導いた結果、ヨーロッパでは人口の爆発的増加の大きな要因となった。
しかし、シロツグも言っている通り、俺の知る限りでもこの世界では食料として扱われていなかったので、品種改良による毒性の改善は実現していないという判断をしていた。
「やっぱり、トランベル王国では、まだそこまでの認識なのですわね」
「と言いますと?」
「今日、持ってきましたのは、毒性の弱い馬鈴薯ですわ。日が経って芽が出てますのでこのままでは危険ですけど、芽の処理さえ気を付ければ、食べられますの」
壺の中を覗き込むと、ゴロゴロとイモが大量に入っていたが、どれも芽が出始めていた。
「なんと!?つまり・・・」
「ええ、クルバルカンではすでに食料として認知されておりまして、食料不足の改善に繋がったという実績がございますの。これをトーマス君に差し上げますので、お役に立ててくださいまし」
「え!?よろしいのですか???」
「もちろんですわ。お友達ですからね。でも、これを上手に使って、必ず出世してくださいまし。わたくしは、トーマス君の将来性に賭けておりますからね」
会談なのかただのお茶会なのか分からなくて混乱ばかりしていたが、とんでもない物が出てきたぞ。
正直に言えば、『将来、グレイス領内でも馬鈴薯の品種改良ができないだろうか?』と考えたことがあった。しかし、それを実現するための知見が全くないので、確実性がないことは優先順位を下げていた。ぶっちゃけ馬鈴薯の普及は、ほぼ諦めていたと言ってもいい。
しかし、トランベル王国にこれが持ち込まれたことで、食料事情の歴史的な変革をもたらす可能性がでてきたということだ。




