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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第六章 変革の息吹
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#57 枢機卿


「どうかしら?お口にあいましたかしら?」


「ええ、ベリーの風味と酸味が口に広がり、あとからくる甘さの激流が、まるでこのパイを作った方の情熱を丸呑みするような激しさです」


「え!?そんなに気に入っていただけましたの!?これほど褒めていただけたのは、初めてのことですわ!教皇様に献上したときは、「甘すぎて、私にはちょっと・・・」と、微妙な顔をされたのですのよ?失礼だと思いませんか?」


 教皇にもコレを食べさせたのか。

 なにをやっているんだ、この枢機卿は。

 というか、やはり他の人でもこの甘さはキツイんだ。

 俺だけじゃなくて、少し安心した。


「いえ、この甘さこそが、このパイを焼いたあなたの真心そのものではありませんか」


「うふふ。やっぱり、グレイス殿はお心が広いのですね」


 ここまでおだてておきながら残すわけにはいかないので、食べきってナプキンで口を拭い、甘さに侵された口内をティーカップのお茶で洗浄し、本日の目的を探るための会話に入ろうとすると、「もう一切れ、どうぞ」と言って、残りの一切れを皿に乗せられた。

 やはり、その表情は楽しそうだ。


「ありがとうございます。ですが、お腹がいっぱいになってしまったので、あとでいただきますね。それで、本日は、どのようなご用件でしたか?」


 こういう思考が読めないタイプは、小細工や遠回しに尋ねるより、ストレートに聞いたほうがいいだろう。


「ご用件?うーん、グレイス殿とお話、かしら?」


「私とお話?」


 だからその、なんの話をしたいのかを聞いているつもりなのだが。

 この人と話していると、頭がおかしくなりそうだ。


「ええ。グスタフでの話を聞いて、わたくし、『この人だわ!この人しかいませんわ!』と感じましたの」


 やはり、グスタフか。

 でも、クレームというわけではなさそうだな。


「わたくしのお話、聞いてくださいますか?」


「ええ、もちろんです」


「わたくしね、昨年の春に枢機卿になったばかりなのですけど、その拝命式で教皇様が「トランベル王国へ行って、地盤作りと国交の足掛かりを作ってきなさい」とおっしゃるんですよ。生まれてこの歳になるまでクルバルカンから出たことのないか弱き乙女に、ひどいと思いませんか?だからその場で教皇様に「無理です」と申し上げましたら「ダメです」とおっしゃられて、周りの枢機卿や司教も怖い顔して「大人しく行ってきなさい」って言うんですよ?もうそうなったら行くしかないじゃないですか、トランベル王国に。でもわたくし、トランベル語なんて話せませんから、それから必死にトランベル語を勉強しましたわ。ええ、勉強しました。朝も昼も勉強漬けで、夜だけしか寝られないほど勉強をしましたの。でも、そこで終わりませんのよ?お引越しがありますからね。長い旅路をお供のササリーと二人きりなの。長かったですわ・・・クルバルカンからトランベル王国までふた月なのですよ?ふた月もずっと二人きりなんですの。ササリーったら、「だらしない恰好をなさってはなりません」ってすぐに怒るから、このあいだなんてわたくしも我慢できなくなって「ササリーだって、わたくしが見ていないと思って肘ついてお尻ポリポリしてましたわ!」と言い返してやりましたわ。そこからはもう大喧嘩。わたくし、これでも一応は枢機卿なのですよ?なのにササリーったら、絶対にわたくしのこと枢機卿だとは思っていないのですわ。あ、ササリーというのは、この給仕をしております信者なの、うふふ」


 紹介されたお供のササリー殿は、エドバド枢機卿より少し歳が上に見える女性だが、全くの無表情だ。エドバド枢機卿とはまた別の意味で、思考が読めない。


「ササリー殿、お初にお目にかかります。本日のお茶、大変美味しくいただいております」


 このお茶が無ければ、俺の口の中はずっとベリー一色のままだったろう。

 俺が挨拶すると、言葉を発しないで会釈だけで応えた。この人もなかなかのメンタルの持ち主のようだ。この破天荒な枢機卿のお供を務めるには、相当な胆力がなければ務まらないのだろう。


 いや、そんなことよりも、なんの話をしていたんだっけ。

 ものすごく重要な情報を口にしたはずだが、後半の苦労話とササリー殿と喧嘩した話で、情報の整理が追い付いていない。

 夜しか寝ないのは俺も一緒だが、えっと・・・そうだ!教皇がエドバド枢機卿に命じた内容だ。

 やはり、聖教会は本格的にトランベル王国での勢力拡大に動き出したということか。

 しかし、だったら、なぜ俺なのだ?


「ご用向きは理解できました。ですが、なぜ私をご指名になられたのですか?」


「それはさきほど申しましたわ。わたくし、グレイス殿に興味深々ですの」


「私は貴族とはいえ8歳の子供ですよ?聖教会の枢機卿ともあろう高位の方に、興味をもたれるような身分ではございません」


「トランベル王国の方って皆さん、二言目には身分だの貴族としてだの言いますわね。だからですの。わたくしは、トランベル王国とお友達になりたいのです。でも、どなたもわたくしとは会ってくださらないの。ええ、分かっていますわ。血の歴史がありますからね。アブルダリルがどのような目で見られているかも重々存じておりますわ。ですから、まだ若い子息子女に目をつけたのです。そのなかでもグレイス殿は、容姿!家柄!そして勇気!三拍子揃って圧倒的ですわ!今日こうしてお会いしましても、わたくしの目に狂いはなかったと確信しましたもの!」


 ああ、理解できた。

 枢機卿が言うように、王国内では聖教会に対する風当たりは非常に強い。国政に関わるような貴族なら、このようなプライベートでの会談など、まず応じはしないだろう。

 しかし、聖教会に対する悪感情をまだ持たない子供なら会ってくれるかもしれないと考えたということだろう。しかも、俺の場合はグスタフでのトラブルの関係者だ。会談の申し入れを無下にしないと思われたのかもしれない。


「話は飲み込めました。しかし、こうして実際にお会いしましたが、私は王国の外交に関われるような立場ではありませんし、せいぜい、パイの感想を述べるだけの若輩です」


「ですから、それで充分なのですわ。わたくしは、グレイス殿とお友達になりたいのです。手作りのパイを振る舞い、綺麗な景色を眺めながら友と語り合う。素敵な時間だと思いませんか?」


 確かにそれは素敵な時間だと思うが、その素敵な時間を台無しにしているのも枢機卿本人だと思う。


「そうですか・・・では、私の話も聞いていただけますか?」


「ええ、もちろんですわ!お友達ですもの!」


 エドバド枢機卿の中では、すでに俺は友達認定されているのか。


「私は今日、苦情やお叱りを受けると考えておりました。グスタフにて名乗った上で信者の少女を保護し匿ったのですから、聖教会にしてみれば、私は明確な敵対行動をとっております。ですが、私にも言い分や正義があります。そのことをお伝えして、敵対しない道を探るのが、今日の私の目的でした。ですが、エドバド枢機卿はまだ会ったばかりの私をお友達とおっしゃる。私の未熟な頭では、あなたの言葉を理解することに追い付かないのです」


「うーん、ごめんなさい。わたくし、少し張り切りすぎましたわね。もっと順序だてて、ゆっくり話しませんといけませんでしたわね。教皇様や他の枢機卿からも「あなたはすぐに興奮して支離滅裂になりますから、もっと落ち着いて、ゆっくり話しなさい」と何度も注意されていましたわ。では改めて。トーマス・グレイス殿、わたくしと、お友達になってくださいませ」


「ええ、私でよろしければ」


「よかったですわ!これでもうわたくしとグレイス殿はお友達ですわね!これからはわたくしのことを、フェアリーと呼んでくださいまし!グレイス殿のことも、トーマス君とお呼びしますわね!」


 もう少し、距離感・・・

 いかんいかん。動揺してはダメだ。





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