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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第六章 変革の息吹
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#56 湖畔のお茶会


 アブルダリル聖教会のエドバド枢機卿とは、王都の外れにあるスワニー湖の湖畔にて会談することになった。

 警備任務のために事前に下見に行ってきたシロツグの話では、のどかな田園が広がる景色で、見晴らしがよく、近くに伏兵などを隠せるような森なども無いとのことだった。

 社会学のランドルフ先生の話では、王家が海外からの来賓などを招いて、狩りや野外パーティーなども行われたことがあるそうで、由緒正しい観光地でもあるらしい。


 それで今回は、名目上はエドバド枢機卿が主催するお茶会に、俺が招待されたということになる。

 その話を聞いたクリスティーナ嬢は、自分も同伴すると言い出したが、聖教会側にクリスティーナ嬢の存在そのものを認知させたくなかったので、どんなに頑固虫を発症しようと、今回だけは我慢してもらった。

 グレイス家の宝は、安くない。宝刀は、こんなところで抜くべきではないからな。


 当日は、約束の時刻の2刻前には着くようにグレイス邸を出立した。

 階級的には、侯爵家の子息と聖教会の枢機卿では、あちらのほうが上だろう。待たせるわけにはいかないが、あまり早すぎて、へりくだり過ぎてると思われるのもよろしくないとの判断だ。


 天候は快晴で、少し暑いくらい。もうひと月もすれば、夏になる。

 トッテム河の雪解け水は収まり、被災地の復興が順調だそうだ。

 アデ村とカロー村は地図から消えてしまったが、住民たちのほとんどは、ラッカ村とモスコ村に定住を決めたそうだ。結果的には吸収合併した形になった。


 そういえば、グスタフの教会から逃げてきたのを俺たちが保護した三姉妹のスーから、お礼の書簡が届いたのだけど、モスコ寺院で働き始めたそうだ。

 俺に手紙を書くために、寺院の僧侶から読み書きを習っているそうで、お礼の言葉と妹たちの様子、俺やクリスティーナ嬢の体への気遣いなど、農村の娘とは思えないほど丁寧な文面の手紙で、その手紙をシロツグにも見せたら、なぜか涙ぐんでいた。


 ◇


 スワニー湖に到着して2刻。

 約束の時刻を過ぎたが、エドバド枢機卿がまだ来ない。

 水色の布を被った信者が数名いるだけで、彼らも枢機卿が来なくて来賓を待たせてしまっていることに、相当焦っているようだ。


 待たされるのはかまわないが、そのせいでシロツグや他の護衛従者たちが気が立っているので、いざ会談が始まってから荒れないか心配していたら、ようやく馬車が一台やってきた。


 出迎えると、馬車から降りてきたのは、聖教会信者のシンボルである水色の布を被った女性が一人。なぜか、パイを大事そうに手に持って。

 この甘い香りはなんだろう・・・そうだ、ベリーだ。


「遅れまして、申し訳ございません!」


 甘い匂いが漂うなか、平常心で「わたくしも先ほど来たばかりですので、お気になさらずに。本日はお招きいただき、ありがとうございます」と挨拶だけはしたが、状況を把握するのに時間がかかった。


 他にはそれらしい人物は居ないし、他の信者の様子から、この女性がエドバド枢機卿で間違いないようだ。

 男性だと思い込んでいたので驚いたが、それにしても若い。20歳のシャントットよりも若く見える。


 そして、ベリーのパイだ。

 確かに、今日はお茶会という名目での会談だが、本当にお茶を楽しむためにお茶菓子を用意してきたということか?しかも、枢機卿自ら?それが、アブルダリル聖教会流のお茶会なのだろうか。事前の情報収集では、そんな情報は全くなかったぞ。


 湖が一望できる丘に用意されたお茶会の席に移動し、改めて挨拶を交わす。


「お初にお目にかかります。フェアリー・エドバドと申します。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 エドバド枢機卿は、大事そうに持っていたパイをテーブルに置くと、水色の布の裾を右手で摘まみ、右脚と左手を後ろに回して、目を伏せて挨拶してくれた。どうやら、聖教会式の挨拶のようだ。


「改めまして、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。グレイス侯爵の嫡男、トーマス・グレイスと申します。なにぶん、アブルダリル聖教会の作法は不勉強ですので、不手際などございましたら、ご容赦ください」


 俺も、貴族の儀礼にならって、丁寧に挨拶をした。


「うふふ。やっぱり、お噂通りの方ですのね」


「噂ですか?」


「ええ。子供とは思えないほど凛々しくて勇敢で、そして心のお広い方だと聞き及んでおりました。約束のお時間に遅れたわたくしを責めもせず、笑顔で出迎えてくださったのですから、お噂は本当のことでしたわ」


「いえ、私のような若輩者が聖教会の枢機卿を叱るなどと、滅相もありません。それで、あの、そのパイは?」


 気になったのだから、聞いてしまうのは仕方ないだろう。

 だって、あんなに大事そうに持ってきたのだから、この会談の行方を左右するような、なにか重要な意味があるに違いない。


「やっぱり気になります?今朝お庭で採れたてのベリーを焼いたパイですの。グレイス殿にぜひ食べていただこうと焼いたのですが、暖炉の火力が少し足りなくて時間がかかってしまいましたの。それでお約束のお時間に遅れてしまいまして・・・でも、美味しいですからね!わたくし、パイだけは自信がありますの!」


 冗談だよな?

 まさか本気で、大事な会談前にパイを焼いていたから遅刻したとか言わないよな?


「そうですか・・・それは美味しそうですね。楽しみです」


 ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。

 動揺を悟られては、相手の思うつぼだ。


「ささ、お座りになってくださいな!今、切り分けますからね!」


 お付きの信者が皿を並べると、エドバド枢機卿はそう言ってケーキ用のナイフを受け取り、自ら切り分け始めた。


「うーん、こっちのほうが大きいかしら?グレイス殿は、どちらが大きいと思います?」


 ベリーのパイは十字にカットされて、四等分になっていた。そのうちの2つを比べて、どちらが大きいか気になるようだ。


「右のほうが、微妙に大きい気がします」


「そうかしら?うーん、やっぱりこっちのほうが大きいわね!では大きいほうをグレイス殿に!」


 俺の意見に反して左のほうが大きいと思いなおしたのか、そちらを先に皿に移すと俺の前に置いてくれて、右のほうも皿に移すと、自分の席に置いた。

 何がしたいのか、全く理解が追い付かない。自由すぎる。

 50代中年の記憶でも、このような相手との交渉は未経験だ。

 

 お付きの信者がそれぞれのティーカップにお茶を注ぐと、お茶会という名の会談がスタートだ。いや、本当にお茶会なのかも。自信が無くなってきた。


 こういう場合、用意した側が先に口を付けて、安全であることを証明するのが一般的な作法だ。いわゆる毒見だな。

 なので、エドバド枢機卿が口を付けるのを待っていると、枢機卿も俺の様子を見ている。しかも、なんだか楽しそうで、わくわくしている子供のようだ。


 ん?なんだ?と思ったら、どうやら、食べた俺がどのような反応をするのか楽しみにしているようだ。そうか。聖教会には、毒見の作法はないんだな。


 仕方ないので、ナイフとフォークを手に取って食べようとすると、背後に立っていたシロツグに、「トーマス様」と小声で呼ばれた。

 そりゃそうだよな。得体の知れない相手が用意したものを口にするのは、危険だよな。

 でも、めちゃくちゃ期待の目で見てるんだよ。

 この目で見られて、食べないわけにはいかないでしょ。

 なにせ、『パイだけは自信がありますの!』と言ってたくらいだからな。


 クリスティーナ嬢が焼いたパイなら、一切躊躇することなく口にするんだけどな。

 さすがに毒なんて入れてないと思うが、なにかあったとしても、せいぜい生焼けで腹を壊すくらいだろ。その程度で済んでくれ。頼む。


 頭の中で様々な思いが駆け巡る中、エドバド枢機卿の期待する眼差しから逃れることができずに、ナイフでひと口分切り分けると、フォークで口に運んだ。

 ベリーの風味が口に広がり、甘い。激甘だ。50代中年なら、確実に胃もたれを起こすだろう。8歳の体で良かった。






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