#55 家臣と旧友
王都に戻って3週間ほどで、シロツグがグレイス邸にやってきた。
正式に軍属から外れてグレイス侯爵家の家臣となったわけだが、名目上は王都邸宅付きの家臣として執事の部下という扱いになる。
まだ転属したばかりだし、俺も子供だからそれは仕方ないのだが、専属の護衛従者として実質的には俺直属の家臣だ。
3ヵ月のあいだ、苦楽を共にして気心も知れているし、将来の構想や社会的思想なども語り合い、護衛任務だけでなく信頼できる同性の話し相手ができたというのは、非常に嬉しい。
使用人からシロツグが到着して、シロツグのために用意してあった部屋に案内したとの報告を受けたので、さっそくシロツグの部屋に向かった。
本来、従者や使用人が新しく入った場合、こちらから会いに行くのではなく、執事が連れてきて紹介を受けたり、先輩の家人がなにかのついでに紹介してくれるのだが、シロツグの場合は俺のために転属して王都まで来てくれたのだから、自分から挨拶をしたかった。
「お久しぶりです、シロツグ!よく来てくれました!」
「ええ!?トーマス様から来て頂かなくても、自分から挨拶しに伺ったのに」
「細かいことは気にせずに。ここでは私も暇なんですよ。シロツグも、グレイス領と違って王都は静かですので退屈してしまうかもしれませんが、私としてはとても心強いです」
「またトーマス様のお傍で働けるのが、自分の誇りです。どんな脅威や危険からも必ずお守りしますので、よろしくお願いします」
「貴族の邸宅での生活は色々と慣れないことも多いでしょうが、なにか困ったことや不都合があったら、遠慮なく言ってください。執事には言いにくかったら、私にでも大丈夫ですので」
「はい!それにしてもこんなに立派な一人部屋を用意してもらっちゃって、ビックリしてますよ!軍の兵舎とは大違いで贅沢すぎて、こんなにふかふかなベッドだとちょっと落ち着かないっすよ」
「ベッドだけでなく、装備や馬などもシロツグ用に用意しますので、特に装備品で必要な物や要望などあったら、執事に申し出てください。あと、さっそくですが、一週間後にアブルダリル聖教会のエドバド枢機卿と会談がありますので、護衛をお願いしますね」
「え?聖教会と?またなにか危ないことでもやろうとしてるのですか?」
「いえいえ、向こうから会いたいって書簡が来たのですよ。父上は会う必要がないと言っているのですが、少し会って話を聞くくらいなら大丈夫でしょう」
「まぁ、そういう時のための専属護衛ですからね。了解しました」
「ちなみに枢機卿という階級は、王国で言ったら王族クラスらしいので、そのつもりで」
「ええ!?王族クラス!?なんでそんな偉い人と???」
「さぁ?私にも分かりません」
「分からないって・・・」
「それと、夕刻になったら家族に紹介しますので、4の刻の鐘が鳴ったら、一度私の部屋に来てください」
「了解です。これからもよろしくお願いします!」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
こういう素直で切り替えの早いところが、シロツグの美点だ。
だからこそ、信頼できるし好感が持てる。
◇
同性の話し相手といえばもう一人、ゾーイ伯爵家のアベルがいるが、1年ほど前に、アベルの父であるゾーイ伯爵が、外交官としてトランベル王国と友好関係にある各国へ外遊に出ており、夫人や子息たちも連れて行ったので、しばらく会ってはいなかった。
それが、1週間ほど前に外遊から帰国したらしく、ゾーイ夫人がうちの母上に挨拶に来て、その時にアベルも俺に会いに来てくれた。
「トーマス!久しぶり!元気にしていたかい?」
「ああ、元気にしてるさ。君こそすっかり日焼けして、元気そうだね」
「トーマスも日焼けしてるじゃないか。どこかに出かけていたのかい?」
アベルはクリスティーナ嬢と同じ7歳で俺の1つ下だが、昔からこんな感じで人懐っこく、親たちが居ない場所ではお互いに気安く会話をする仲だった。
特にアベルは物知りのお喋り好きで、一度話し始めると止まらなくなる彼のマシンガントークを聞くのが好きだった。
「3ヵ月ほどクリスティーナ嬢を連れてグレイス領に帰還していてね。あっちでは色々と視察に回っていたから、すっかり日焼けしてしまったよ。君も各国を回っていたんだろ?国外の話を聞かせてくれよ」
「そうそう!トーマスに聞かせたい話がたくさんあるんだけど、なにから聞きたい?魔法の国ルルーシア?情熱の南国パルシアート?東洋の神秘ヤマタイカ?それとも、学術都市ズドーン?芸術と音楽の都ククルスなんていうのもあるよ?」
「5ヵ国も?そんなに回ったのか。1年でよく回れたね」
「ほとんどが移動だったけどね。それが移動の馬車も大変でさ、脱輪したり馬が逃げ出したりして、大騒ぎの連続だったよ」
移動の話だけでも面白そうだな。本当にネタの宝庫だ。
「どれも興味がそそられるな・・・うーん、全部だね。全部聞かせてくれよ」
「トーマスならそういうと思ってたよ!でも、今日一日で全部は無理だから、1日1つかな。五日も通えば全部話せそうだね。しばらく通うか?」
「そうしよう。クリスティーナ嬢にも聞かせたいから、次回から彼女も呼ぼう」
「え・・・それはちょっと・・・クリスティーナ嬢、僕にはキツイんだよね。目が笑っていないというか、無言の圧力というか」
「ああ、確かに、君にはそうだったね」
クリスティーナ嬢は静かで落ち着いた性格だからなのか、アベルのようなお喋りで落ち着きのない同世代に対して、口には出さないが厳しい目で見ることがよくあった。
本人に確かめたわけではないが、同世代だからこそ、「貴族らしい振る舞いをしなさい」と言いたくなるのかもしれない。
特に最近の彼女は、四者会談で大人たちを相手に一刀両断したり、婚約者の俺に対しても手厳しい言葉を投げかけてくることが増えてきた。そんな彼女にアベルのマシンガントークを聞かせたら、どんな反応をするか想像に難くない。
「では、クリスティーナ嬢は抜きで話を聞かせてくれよ。いっそうのこと、僕のほうから君の家に伺おうか?」
「いや、それはやめてほしい。ウチだと母上や世話係の目があるからな。見つかったら「アベル!あまりお喋りばかりしていると、お口を縫いますよ!」って怒られるんだよね」
「ふふふ、君は家でもそんな感じなのか。では、ウチに来てくれるかい?弟のヤリスや妹のエリカなら同席してもいいだろ?」
「あ、妹のエリカって、産まれていたのか。僕にも会わせてくれよ」
「ああ、もちろんさ。赤子はいいぞ。どれだけの刻を眺めていても、全く飽きないんだ。可愛くて仕方ないんだよ」
「へぇ、ウチでは姉上が3人もいて、兄上も僕も肩身が狭いからな。妹がいるなんて、羨ましいよ」
その後、アベルをエリカの寝室に案内すると、いつものマシンガントークはなりを潜め、エリカに向かってニコニコと静かに語り掛けていた。少し心配だったが、赤子の前では騒がずに、きちんと弁えている。俺とのお喋りでマシンガントークなのは相変わらずだったが、アベルも1年の外遊で、成長したのだろう。
俺やクリスティーナ嬢だって、グレイス領で3ヵ月お役目に奔走して随分と成長したのだから、1年も諸国を回れば、成長するのは当たり前の話なんだよな。




