#52 若君が描く未来図
サリサリ河近くの鋳物工房から領都に戻ると、その日の夜から自室に篭り、50代中年の記憶から火縄銃に役立ちそうな知識を絞り出して、情報の整理をする作業を始めた。
現時点での火縄銃の実用化に向けた開発の中で、シャントットやカリム将軍から聞いている性能的な問題点が、暴発事故の多さ、火薬や弾丸の装填の手間、火薬が貴重なことだった。それらの解決につながるヒントや、今後想定される問題点なども先手を打っておけば、実用化の前倒しに繋がるはず。
ただし、それらの知識やアイデアを子供の俺がいきなり出しては、怪しいことこの上ないので、秘策を練っていた。
それは、1つ1つのアイデアやヒントなどを分けて書簡に残してシャントットに託し、タイミングを見計らってその書簡を開封させる。あくまで俺の言葉ではなく、シャントットの思い付きや独学という形にするのだ。それに軍所属の人間のアイデアなら、開発に携わっている技師たちも警戒せずに聞き入れやすいだろう。
また、シャントットが出したアイデアとしてそれらが評価されれば、軍部内での彼女の評価も上がり、俺の代行として動きやすくなるだろうし、軍部内での女性の地位向上にも繋がるかもしれない。つまり、俺はゴーストライターみたいなものかな。
まずは、火薬の量産に関しては、高校の授業だったかなにかの小説で読んだ知識があった。硝石と硫黄と木炭を混合して生成するのだが、硝石が希少なために量産が難しいと。シャントットに確認すると、やはりその通りで、天然の硝石が入手困難との話。
そこで俺からのヒントとして、人口硝石の生成法。いわゆる硝石丘法と呼ばれるもの。家畜や人の糞などを積み上げて数年かけて発酵させる方法で、江戸時代の日本ではメジャーな生成法だった。それを書き記した書簡を用意した。
次に、火薬や弾丸の装填に関する問題。粉末の火薬は適量の調整が難しく、零すなどのミスも多いために、戦場での運用には大きな課題になっている。
この対策アイデアとしてまず1つは、火薬を適量で固めて固形にしてしまう。そうすれば、兵士でも細かい計量などが不要で、簡単に装填が可能になるだろう。さらに可能なら、弾丸に固形の火薬を接着させてしまうというアイデアも。
あとは、銃口から装填しなくてもいいように、近代ライフルのように横から装填する構造の工夫や、銃身を鋳物製にすることでの量産化と熱処理による耐久性の強化、グリップは木製にすることで軽量化のアイデアも。
他にも、湿気対策や着火を火縄の代わりに火打ち石での代用なども1つ1つ書き残した。
また、連射が出来ない対策としても、長篠の戦で有名な織田信長の用兵術に関する解説も用意したが、これに関しては実用化してからの話なので、出番はないかもしれない。
ひと通り書き終えると、書簡は全部で10通に及んだ。1つ1つ封をした書簡には「~の時にこれを開封せよ」と書き記して、鍵付きの木箱に全て納め、箱と鍵をシャントットに託すことにする。
現時点では、シャントットにも具体的な内容は教えず、その時が来るまでは、本人も含めて誰にも見せないように厳命しておく。
ちなみに、シャントットにすら俺が50代中年の知識を持っていることは秘密にしているので、書簡の内容を読んだ時に子供の知識として不自然だと思われてしまうだろうが、彼女はそれも含めて俺という人間を主君として忠誠を誓ったという経緯があるので、今更取り繕う必要はないと判断している。
そんなことを気にするよりも、そこに書かれた知識や情報を、いかに自分のものとして火縄銃開発に活かせるかに集中してほしいし、シャントットならその使命を理解してくれるだろう。
王都に戻る日の前日、 シャントットとシロツグを自室に招き入れると、クリスティーナ嬢が用意してくれたお茶を進め、4人でテーブルに着いて話を始めた。
滞在期間中の護衛任務を労い、護衛だけではなく様々な面でサポートしてくれたことへのお礼と、今後もよろしくという話から始め、改めて、グレイス領だけでなく俺やクリスティーナ嬢の将来について話すことにした。
「私は、父上の跡継ぎとして侯爵の爵位を継ぐことになるでしょう。ですが、父上のように中央政界に重点を置くつもりはありません。あくまで私にとって重要なのは、このグレイス領です」
「はい、存じております。いまのトーマス様を見ていますと、それ以外には興味が無いのだろうことは理解できます」
「それと、もう一つ重要な目標といいますか、課題があります。それは、性差別の撤廃です。少なくともこのグレイス領では、男女の差別や偏見を今よりも減らしたいのです。結婚市場の問題だけでなく、職業選択の制限、組織内での地位向上など、女性の活躍の場をもっと増やすべきだと考えています」
「普段からトーマス様は、身分だけでなく女性に対しても全く差別的な態度を見せませんでしたので、変わったお方だと思ってましたが、そのようなことまで考えていたのですか」
性差別や偏見に関する話に、最も反応を示したのはシロツグだった。
クリスティーナ嬢やシャントットは、俺がこれまでさんざん頼ってきたので、改めて言われても驚かないのだろう。
「そうですね。私には、性別よりもその人が持つ能力や性格などに重点を置いて評価するクセがあります。女性だろうと優秀な人材を活かすべきだと考えていますし、男性にも女性にはない優位な能力があるとも考えています。たとえば、シャントットは幅広い知識だけではなく、女性らしい几帳面な性格と優れた情報処理能力を持っています。対してシロツグは、固定観念に囚われない柔軟な考えと火中に飛び込める度胸や強い責任感、あと立派な体格や運動能力など男性として優れたものをもっていると評価しています」
俺の評価を聞いた二人は、背筋を伸ばした。
子供と言えど、領主の跡継ぎや上級貴族に評価される機会というのは少ない。それも、社交辞令や気休めではなく、根拠のある具体的な評価であれば、本人たちにとっては嬉しいものだと思う。
「クリスティーナ嬢に至っては、グレイス家の宝になりうる人だと考えています。彼女なしではグレイス家の繁栄はないと確信して、そのための土台を作るのが私の役目だと考えているのです」
「クリスティーナ様を、女王にでもなさるおつもりですか?」
「いえいえ、そんな野心などありませんよ。女性の地位向上の旗頭と言うべきでしょうか」
「トーマス様のお傍が、わたくしの立つ場所です。わたくしたちにとっての旗頭は、トーマス様ですよ?」
「だとしてもです。いくら有能な女性が個々で活躍や主張をしても、今の差別社会の荒波には太刀打ちできません。個ではなく集合体になるべきです。そのための旗頭は男ではなく、女性の君が担うべきです」
「承知しました。わたくしにそのような大役が務まるのか不安もありますが、トーマス様が目指す世界を作るために、精一杯頑張りたいと思います」
意気込みを語ってくれたクリスティーナ嬢は、普段と変わらず気品溢れる澄ました微笑みを浮かべている。
「それで早速なのですが、シャントットに託したい物があります。火縄銃に関する知識とアイデアを整理して書簡にしました。1つ1つ分けて封をしてありますので、タイミングを見計らって開封して活かしてほしいのです。そのためには、火縄銃の開発状況や成果などを把握する必要がありますので、その辺りに重点をおいて活動をしてほしいのです」
「了解しました。そこに書かれた内容に関しては、トーマス様のお名前を出してはいけないのですね?」
「そういうことです。すべてシャントットの知識やアイデアとして出してほしいのです。そのための工夫はお任せするので、注意して取り扱ってください。また、火急の問題などが発生した場合は、カリム将軍に相談してください。取り計らってくださるはずです」
「あの、そんなことをしたら、せっかくのトーマス様の功績が、全部シャントットのものになってしまうのでは?」
ここで疑問を口にしたのは、またしてもシロツグだ。
恐らく、他の二人は俺の意図を理解しているので口にはしないのだろう。
「私は、火縄銃の実用化が進むことや女性の地位向上の目的のためなら、私個人の功績は要りません。本当の目標や目的はなんなのか、小事に囚われ大事を見失ってはいけないというのが私の信条です」
「なるほど・・・自分はまだまだ小さい事に囚われる未熟者でしたね」
「以前、シャントットに『どこまで先を見据えているか?』と聞かれましたが、これが私の答えです。納得できましたか?」
「はい。トーマス様が描く未来図が、私にも見えました」
「私たちはまだまだ若輩者ですので、いくら画期的な知識やアイデアを持っていても、実現するには限界があります。なので、何十年もかかるでしょうが、焦ることなくここにいるみんなで協力して、平和で住みやすいグレイス領を目指しましょう」
「お任せください」
「任せてくださいよ!」
「どこまでも、お供いたします」
こうしてグレイス領での役目とするべきことを終えて、翌日の昼には、来た時と同じように多くの家臣や領民に見送られ、王都へ向けて出発した。




