#50 四者会談
王都に戻る日まで、1つ1つこなしていくしかない。
カリム将軍と正式に会談して、軍需品の供給先開拓の提案(という表向きで、実際には鋳物品の採用という結論ありき)と鋳物工房への視察の日程調整。ハンス殿と会談して、鋳物専門店の出店に関する具体的な計画の共有と、初期予算の配分に関する相談。そして、クリスティーナ嬢を正式にオーナーにすることの報告。
ただし、領主の跡継ぎという身では頻繁に自分で出向いて会いに行くわけにはいかず、呼びつける形になってしまうのが心苦しかったが、二人とも不満を漏らすことなく、こちらの事情を理解してくれていたので助かった。
また、これらの会談にはクリスティーナ嬢とシャントットも同席させていたが、今回の計画の中に女性の人材を組み込むことに対して、反対されることはなかった。
ただ、内心では不安や不満はあったかもしれないが、文句を言うには二人とも有能すぎるというのもあったかもしれない。
そして、ついに四者会談の日。
サリサリ河近くにあるゴードン親方の鋳物工房を再び訪れた。
メンバーは、軍部からはカリム将軍と技術士官数名。この中には、前回の鋳物工房視察時の護衛メンバーや、火縄二式の開発責任者だった者もいる。
商工ギルドからは、ギルド長のハンス殿や役員数名に、出店後の店主候補も連れてきていた。鋳物を売るためには、鋳物の製造工程や特性などを知らなければ上手に売れないという商いの基本的な考え方に基づいての判断なのだろう。
鋳物工房からは、ゴードン親方だけでなく、他の工房の親方衆も複数名。
発起人たる俺のサイドからは、俺とクリスティーナ嬢、シャントットとシロツグも。シロツグに関しては、あくまで護衛としてだが、この二か月以上苦楽を共にしてきた仲間なのに、今回のプロジェクトだけ仲間外れにするのは申し訳ないとの配慮だった。
各陣営が集まり、ゴードン親方の出迎えを受けると、早速現場見学から始める。
前回もそうだが、ゴードン親方はまずは現場を見せて鋳物工房の技術や大変さなどを知ってもらってからでないと、話が始められない人。要は、社交辞令やお世辞なんてものは不要で、中身のある話にしか応えてくれない。
俺としては、親方のそういうところに信頼を寄せて、多額の投資をする決意に至った面が大きい。だからこそ、今回連れてきたカリム将軍やハンス殿にも、ゴードン親方のそういう姿勢はきっと通用すると考え、ここへ連れてきた。
実際の話、王国内の階級制度から考えれば、本来なら城や軍部に集まるのが通例だろう。しかし、この四者の中では鋳物工房の親方が一番身分は低いにもかかわらず、鋳物工房に集まることに誰一人不満を言わず、部下やスタッフを連れて来てくれた。これは、今回のメンバーが階級社会の固定観念に囚われていないことが分かる。それだけでも、このプロジェクトは先進的だと言えるだろう。
という話をクリスティーナ嬢やシャントットたちに熱弁したら、「それは、トーマス様がそのような姿勢を見せていらっしゃるから、どなたも不満を漏らせないのでは?」と指摘され、「身分や性別などの差別や偏見などを受けてきた人には、そういう見方になるのが普通か」と、自分が恵まれた地位にいるからこそのポジティブ思考に引っ張られているのを自覚した。
熱が入りすぎて、ここまで順調に進んでいることで都合よく考えてしまうバイアスがかかっていたのかもしれない。軍部には軍部の論理があり、商人には商人の損得勘定があり、鋳物工房も職人の哲学がある。さらには、性別格差などはもっと根深い問題だろう。皆が俺の話を聞いてくれるからと、誰もが心の底から賛同しているとは限らないのは当然のこと。
だが、だからこそ、このプロジェクトの意味は大きい。
今回の会談の目的は、顔合わせと目標の共有だが、長期的な視野で鋳物産業をグレイス領の地場産業として発展させることの必要性だけではなく、官・軍・民が協力することの意義を理解してもらうことが、俺にとっての重要課題だと改めて理解した。
工房内の現場視察では、燃え盛る炎や真っ赤に溶けた鉄を見て「おぉ」と声を漏らす軍部や商工ギルドの面々に手応えを感じつつ、俺も学んだ範囲でゴードン親方と一緒にメンバーに解説をして、アピールに勤しむ。
しかし、順調に見えたのはここまでだった。
現場視察のあとは、屋外に場所を移して立食パーティー形式での歓談となった。
ゴードン親方の家では手狭でこの人数を収容できず、この集落の中心にある広場で住人達が総出で準備を整えてくれたものだ。
カリム将軍の音頭で乾杯すると、各々食事と歓談を始める。
俺も各陣営を回って挨拶と会話を続けるが、軍部、商工ギルド、鋳物工房の親方たちは、それぞれが固まって雑談をするだけで、交流を始めようとしない。様子見しているのか牽制しあっているのか、やはり俺が思っていたほど乗り気ではなかったのだろうか。それとも、階級社会の固定観念が想像以上に根深いのか。
まずは、軍部の技術士官たちを誘導してみる。
「軍需品や火縄銃に必要なのは強度や耐久性だと考えて鋳物を提案したのですが、実際にどう感じましたか?周辺の鋳物工房からも親方衆が集まってくれましたので、もっと詳しく話を聞いてみては如何ですか?」
「話よりも実際にサンプルを納めてもらって、それで検証して判断したいと考えております」
「サンプルを用意するにしても、強度やサイズの機能面やコストなど具体的なオーダーが無ければ、求めるものとは違う物になりかねません。もっとコミュニケーションを取って、要望を伝えなくては」
「ですが、彼らの話は抽象的すぎて・・・」
「だからこそ、もっと話を」
「今日のところが顔合わせで充分なのでは?」
それでは遅いのだ。そうやってなぁなぁで流せば、時間の経過と共に熱意やモチベはどんどん下がり、なにか問題が起きれば簡単に瓦解してしまう。今ここで目標意識を統一させて、走りださなければ意味がない。
次に、商工ギルドの面々にも声をかける。
「販売だけでなく、材料や燃料の調達先の開拓にも商工ギルドに頑張って頂きたいのですが、どこまでコストを抑えられるかが大きなカギになると考えています。そのためにも、工房が求める質や量をしっかり理解した上で買い付けるべきですので、もっと親方衆とお話をされては」
「そのようなことを仰られても、鋳物専門外の我々には材料の質のことなど言われても分かりません。特に彼らの言葉は抽象的ですし、二言目には「理屈はわからない」と言われてしまうので」
「だからこそ、粘り強く話を聞かなくては」
「材料など必要な物の買い付けに関しては、責任を果たします。しかし、質の事を言われましても、結果的に高くなろうと、注文したからには買い取ってもらう他ありませんから」
それでは、材料調達を商人に委託する意味がない。量さえあればいいってものじゃないんだ。地場産業として考えるのなら、低コストで高品質を実現しなくては話にならない。
当然、鋳物工房の親方衆にも声をかけていく。
「皆さんの持つ技術と経験をもっと売り込むべきです。そのためにも積極的に話をしてください」
「いや、ワシら職人は話すのは下手じゃからなぁ。見るのは勝手に見てくれてかまわんし、それで理解できん相手なら、ワシらが口で言っても分からんじゃろ」
「そうかもしれませんが、話をしなければ、彼らがなにを知りたがっているのか、なにが理解できていないのか、分からないではありませんか」
「でもなぁ、学がない職人のワシらが話をしても、軍人や商人は苦い顔をするんだよなぁ」
俺もそれを感じていたから、もっとコミュニケーションを取って、お互いの壁を取り去りたいのに、俺の思いは理解されないのか。
この場で一番上位階級である貴族の俺ばかりが気を使って、空回りしている様は皮肉なものだ。
いや、悠長に自嘲している場合ではない。俺は数日後には王都に戻り、このプロジェクトを彼らに任せなくてはいけない。なのに、このような状況のままでは、プロジェクトの頓挫が目に見えている。
階級的価値観が根強いこの社会では、時期尚早なのか。
今回は本当に顔合わせだけに留めて、計画の見直しが必要か。
いや、それはダメだ。すでに父上に計画と展望を説明しているし、なによりも、ここで諦めてはプロジェクトの意義が薄れてしまう。
そんな焦りのなか、それまで静観していたクリスティーナ嬢が、「皆様ご歓談のところ、少しよろしいでしょうか」と声を挙げた。
突然のことに驚くが、彼女は注目されても物怖じせずに、ゆっくりと話し始めた。
「皆様にとって大切なのは、面子ですか?利益ですか?誇りですか?」
落ち着いた穏やかな口調だが、出席者の一人一人を射貫くような真っすぐな眼差しだ。
この表情を一度見たことがあった。トッテム河洪水の視察初日で、自信喪失した俺を叱責した時と同じだ。
「そのどれも大切なものでしょうが、それでしたら、このプロジェクトに参加されなくても叶うものではありませんか?今一度、このプロジェクトに参加される意味をお考えください。我らは、産業を発展させることで、このグレイス領の繁栄と平和を作り上げる志を持っています。それに共感できないのなら、この場にいるべきではございません」
とても7歳の子供とは思えない厳しい言葉に、その場に居た誰もが沈黙した。




