#47 戦友の誓い
カリム将軍は、バチ、バチ、と焚火が小さく爆ぜるのを眺めながら、話を続けた。
「婚約披露の夜会でのスピーチには心底驚かされた。「これが8歳の子供の言葉か?」と何度も耳を疑ったものだ。挙句、軍部視察に来たときに、昼食会をキャンセルして『食堂で一般兵と一緒に食べる』と言い出した時は、『もうこれは、子供として見てはいけない』と理解させられた。案の定、たった一日で兵たちの心を掴んじまったからな」
そんなこともあったな。まだふた月ほどしか経っていないのに、懐かしい。
あのときは、俺のジョークにシャントットが我慢できずに笑っていたっけ。なかなか貴重なものを見せてもらった。
「鋳物工房視察に随伴した護衛小隊からの報告を受けた時に、努力や経験ではどう頑張っても追いつけない才能があることを核心した。あの時の護衛小隊には、火縄の開発に携わっている者を数名入れていたのだがな、親方の話を誰一人理解できなかったそうだ。しかし報告では、若君だけが理解できている様子で『親方と楽しそうに会話して盛り上がって、そんな若君に親方は涙を流して喜んでいた』と、技術研究員共がショックを受けていたぞ」
「まぁ、事前に多少は勉強していたものですから」
「火縄のこともか?」
核心がきたな。
しかし、カリム将軍はいつもの鋭い眼光ではなく、なんとも言えない寂しい眼差しで焚火を見つめていた。
「火縄銃に関しての知識は、シャントットから聞いた噂程度のものしかありません。あとは、自分なりの考察と想像です。非常に興味があったので、つい夢中になってしまい、誤解を招いてしまったようで」
チラリとシャントットへ視線を送ると目があい、黙って頷いていた。
もし、カリム将軍がシャントットに確認しても、話を合わせてくれるだろう。
「では、鋳物工房で依頼したという筒状の物はなんだ?そのやり取りを報告してくれた技術研究員は、『火縄のことだと推察する』と申しておったぞ?暴発原因の理解といい、火縄の構造を知らないと、出てこない発想ではないのか?」
やはり、いくら言い繕っても無理があるか。
仕方ない。
「そうですね。火縄銃の構造、そしてその威力も知っております。ですが、その情報元は言えません。それ以上の追及は、ご勘弁ください」
子供といえど、領主の跡継ぎが「追及するな」と言えば、それ以上の追及は不敬にあたる。使いたくなかった最終手段だ。
「そうか。やはりそうくるか」
「すみません。私にも引けないラインがあります」
「ワシには、若君が分からんのだよ。底の見えない得体の知れなさに恐怖すら感じるのに、河の上流調査で自ら裸になって冷たい河に潜り熱心に調査する姿には、この氾濫流域をなんとかしたいという強い熱意を感じた。グスタフの聖教会のことも、対策会議では静観と決めたのに、若君は独自に情報を集めて動き、武力を使わず、あっという間に聖教会の連中を追い払った。逃げてきた被災民を保護するために自ら馬を走らせ捜索し、危険を顧みずに使徒と対峙して少女を助けた話は、今やこの野営地では知らぬ者はおらぬ。あの場にいた兵どもは、『血を流すことを恐れずに前にでるのが領主の責務』だと語った若君を、英雄だと口を揃えて言っておる」
「それは全て、ただの結果です。合理的に考えているだけで、私は英雄などではありません」
「それは、自身で決めることではない。民衆や兵士が決めることだ」
「私は英雄になりたいなどと、一度も考えたことはありません。私などよりも、被災民を助けるために頑張っていらっしゃる将軍やこの野営地の兵の皆さんこそ、私から見れば英雄です」
「今さら綺麗ごとはよしましょうや。たったふた月だが、若君を見ていて、グレイス領の君主となる器を持つ人物であることは核心した。しかし、ワシや兵士たちの命を預けてよいのか、迷っておる。若君は優秀すぎる。優秀すぎるが故に、なにか良からぬ野心を抱いているのではないかと考えてしまうのだ」
「私が野心?それは心外ですね。ここにいるシャントットにも以前同じようなことを聞かれましたが、グレイス領の安寧を守ることが私の最大目標です。そのためには、なにが必要か、なにをするべきか、そればかり考えています。野心を抱くようなヒマなどありません」
「では、どうして、軍人のワシとの密会を望んだのだ?火縄がなぜ必要なのだ?」
焚火を見つめながら語るその横顔は、険しさと寂しさを感じる。
俺も50代中年で元管理職の記憶があるから、その悩ましさは理解できる。
「それは、富国強兵のためです。王国内外の脅威や敵からグレイス領を守るためには、今以上に軍備の増強が必要です。今回のようにアブルダリル聖教会との摩擦など実際に起きていますので、これは急務だと考えております。だからこそ、軍備を増強するためには、兵器の開発とお金が必要です。領内の産業を発展させて税収を増やし、軍備を増強することが、この地の安寧には必要なことなのです。その上で、私はカリム将軍こそがこの富国強兵策のキーマンになる方だと核心していました。協力してほしいとお願いしたかったのです」
一切の躊躇も淀みもなく、正直に話した。
俺が最初にカリム将軍と会談したいと要望した時から考えていたことだ。
そして、ここからが俺にとっての本番だろう。
カリム将軍を口説き落として味方に付けなければ、俺の富国強兵策は遅れと制約に阻まれてしまう。
「カリム将軍。あなたの軍人としての実直さと洞察力、騎士道や既存概念に捕らわれない幅広い視野が、富国強兵策に必要です。私を手伝ってくださいませんか?共に力を尽くし、この地を豊かにして強固な平和を築きませんか?」
俺には、クリスティーナ嬢のような言葉1つで人を動かせるようなカリスマ性はない。俺に出来るのは、熱意をもって訴えること。50代中年の記憶でもそうだった。
「若君は、あの日のスピーチで言っていたように、本当にこの地にその身を捧げると言うのだな?」
「はい。あの日の誓いに、嘘偽りは一切ありません」
「そうか・・・若君は、俺に『戦友』になってくれと言うのか」
「そうですね。こうして焚火を囲い、同じ猪肉を食べたのです。あとは同じ志さえあれば、私もシャントットも、将軍の戦友です」
「8歳の子供が50近くのロートルをそのように言うとは、やはり若君は面白い。いいだろう。ワシも誓おう。先は短いが、軍人としての残りの人生をこの地に捧げる。若君が言う富国強兵策とやらに、ワシも乗るぞ」
将軍は顔を上げて、まっすぐ俺を見つめながら応えてくれた。
その眼差しには厳しさや諦めの色はなく、柔らかさがある。
「本当ですか!ありがとうございます!」
「ああ、ワシにできることなら、なんでもやろう。遠慮なく、使ってくれ」
「はい!遠慮なく、相談させていただきます!」
よし!口説き落とせた!
心の中でガッツポーズだ。
「ふふ。それにしても、若君はワシのことを全く怖がらないな。部下共はすぐに怖がって縮こまる奴ばかりだというのに。だからこそ、若君と共に復興支援に奔走していたこのひと月が、楽しかったのだろうな」
「楽しかったのですか?」
「ああ、そうだ。被災地で楽しいなどと言うと不謹慎かもしれぬが、ふんぞり返って報告を聞くだけの司令官と違って、次から次へと起きる問題に当たるのが楽しかったな。遣り甲斐があったと言うべきか。8歳の子供があれほど必死に駆けずり回っていたのだ。ワシだけでなく皆が若君から刺激を受けたからこそ、自分たちに出来ることを必死に考え、ここまでこれたのだ。いま振り返ると、きっと若君は、ワシらの道標なのだろう。それこそが、君主としての器なのかもしれぬな」
「道標ですか」
クリスティーナ嬢にも同じことを言われたな。
俺にはまだ、自分が道標になれているのか自信はないが、カリム将軍を懐柔できた今、これで本当にこの被災地でするべきことが全て終わった。
数日のうちに、領都に帰還しよう。
いつの間に辺りは暗くなり、パチ、パチと小さく爆ぜる焚火に照らされた3人の影が揺れていた。
第五章、完。




