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#46 それぞれの思惑


 ラッカ村駐留を決定した部隊からの報告を受けたカリム将軍は、すぐに治安維持部隊を出動させて、ラッカとモスコ、そしてグスタフ周辺の警護を強化させた。

 その結果、スーの時のような聖教会側との直接的な衝突は無かったものの、グスタフの教会から出てきた多数の避難者たちを保護できたそうだ。

 翌日、俺たちは野営地へ帰還し、全容が明らかになってから、商工ギルドから得ていた情報との照合をすると、把握できている55名の被災民全ての保護が完了したことが確認できた。


 また、カリム将軍はグスタフへ斥侯班を潜入させており、聖教会側の動きも監視していたようで、ある程度の情報を把握していた。

 ちなみに、梟部隊ではなく、斥侯を旅人や商人に変装させて潜入させていたらしい。最初から教えてくれれば、こちらも相談していたのに。いや、最初に相談しなかったのはこちらも同じか。

 でも、軍に頼らず独自の情報ルートを持つことは必要なことだし、おかげで商工ギルドとの繋がりも強化できたので、結果オーライだろう。


 そして、その商工ギルドのハンス殿からの最終報告では、「グスタフに滞在していた聖教会の使徒たちは撤収し、教会には従来の神父と下男しか残っておりませんでした」とのことだった。


「つまり、聖教会はグスタフから手を引いたと?」


「はい。そう考えて間違いないかと。これも、トーマス様の手腕によるものです」


「いえ、実際に動いてくれたのは被災民たちですし、彼らを説得したのはクリスティーナ嬢なんです。私は、役に立てていませんよ」


「謙遜なさらないでください。少女を助けるために、トーマス様が聖教会の使徒と渡り合ったことは、私の耳にも届いておりますよ」


「大した話ではないですよ。とにかく、一つの山を越えられたのだから、ここは喜ぶべきですね。ハンス殿には本当に感謝しています」


「いえ、こちらこそ、未来の領主であるトーマス様のお役に立てたこと、商人の誇りです」


「ところで、別件なのですが」


「はい、なんでしょうか」


「領都に鋳物を扱う専門店を出したいと考えておりましてね」


「ほう。以前にも、そのようなお考えを口にしておられましたな」


「ええ、鋳物をグレイス領の地場産業として発展させたいと考えておりましてね、そのためには製造だけでなく、販売や物流にも協力していただきたいのですよ」


「分かりました。持ち帰り、前向きに検討させていただきます。詳しい構想などございましたら、後日、領都に帰還したあとにでも送ってください」


「よろしくお願いします」


 決して「お主もワルよのぉ」という話ではない。鋳物工房のゴードン親方と約束していた話だし、お店を出すなら素人の俺たちよりもプロに任せたほうがいいからな。せっかく懇意になれたのだから、こういう時こそ商工ギルドを頼るべきだろう。


 と、緊張感が緩んだところに、聖教会のほうから俺に接触してきた。

 俺と直接会って会談したいと、聖教会のエドバド枢機卿とやらが書簡を寄こしてきたと、領都の叔父上からの早馬が届いたのだ。

 聖教会内の階級や序列は詳しくないのだが、それなりのポジションのようだ。

 抗議が目的なのか、それとも敵対宣言なのか。いずれにしろ、お茶を飲みながら雑談に花を咲かせたいわけではないだろう。

 ちなみに、父上は「会う必要などない。聖教会など放っておけ」と言っているらしい。

 しかし、そういうわけにはいかないだろうな。

 とりあえず、「会って会談する意思はあるが、被災地復興の目途が立つまで待ってほしい」といった内容の書簡を用意して、叔父上から回答するように依頼しておいた。


 ◇


 山積していた問題が1つずつ片付き、トッテム河洪水の被災地視察に来てからひと月が経とうとしていた。

 思っていたよりも長丁場になってしまい、クリスティーナ嬢や世話係の体力面が心配になり始めていた。

 それに、ここで俺にできることも、もう無いだろうという気持ちもあり、そろそろ領都への帰還を考え始めていたところ、予告なしにカリム将軍が俺のテントを訪ねてきた。


 夕暮れ時で、世話係が作るスープの匂いが漂うなか、テントで一人、鋳物専門店の構想をまとめていると、「若君、少しいいか」と外から野太い声が聞こえてきた。


「カリム将軍ですか!?どうされたのですか???」


 慌ててテントの外へ出ると、軍服ではなく軽装のカリム将軍が1ライドほどの包みを小脇に抱えて立っていた。


「前に約束していたであろう。食事の誘いにきたのだ」


「呼んでいただければ、こちらから出向きましたのに」


「今日、視察でグスタフに行ってきたのだが、美味そうな猪肉を手に入れたのでな」


 カリム将軍はそう言って。抱えていた包みを開いて見せた。

 中には、新鮮な生肉の塊が入っていた。

 これを今から食べようということか。


「美味しそうなお肉ですね。でも、どうやって食べるおつもりですか?」


「肉っていったら、丸焼きだろう。今から焼けばいい」


「では、薪を用意させます」


「ああ、そうだな。頼む。どこか景色の良い場所へ行こうか」


「なら、心当たりがありますので、案内します」


 シャントットを呼んで、薪を運ぶように頼む。

 本来、護衛兵にこんなことを頼むべきではないが、「了解しました」と頷いた。俺の意図を理解してくれたようだ。

 そんな俺を見て、将軍は「抜け目がないな」と零した。バレているようだが、素知らぬふりで、火起こし道具と岩塩の入った小瓶を持つと、「では行きましょう」と案内する。


 移動したのは、トッテム河の氾濫流域が一望できる場所。この地に来た最初の日に水没した一帯を眺めて、自然の驚異の恐ろしさを見せつけられた場所だ。

 しかし、あの時の印象的な夕焼けは同じでも、今は水が引き始め、地面が見えつつある。完全に水が引くまでにはまだ時間がかかるだろうが、堆積土砂の撤去がほぼ完了しており、少しずつだが元の流れに戻ろうとしていた。


「なかなか良い景色だな。ここからだと、水が引き始めているのが良くわかる」


「ええ」


 壮観な景色を前に多くを語るのは野暮だと思い、言葉少なく返事をすると、作業を始める。

 俺とシャントットで薪を組んで火を起こしているあいだ、カリム将軍は石の上で包みを開いて、短刀で猪肉をさばいていた。丸焼きと言っていたが、さすがにブロックのままだと焼くのに時間がかかり過ぎるので、切り分けて焼くのだろう。厚めにスライスしたものを木の棒に巻き付けている。


 火の準備ができると、さっそく焼き始めた。

 俺と将軍でそれぞれ肉を巻き付けた木を持って炎で炙っていると、肉汁が滴り、香ばしい匂いが食欲を誘う。けど、生焼けで腹を壊したりしないか心配なので、向きを変えながら全体に火を通していると、将軍は豪快にかぶり付いた。たぶん、まだ生焼けだろう。


「美味いぞ。コーラス、お前も食え。肉を食うぐらい、護衛任務に支障はないだろう」


 シャントットを連れてきた意図が、やはりバレていたな。


「いえ、自分は・・・」


 将軍が一緒に肉を食べるよう誘うが、生真面目なシャントットが遠慮するので、俺からも「最高司令官からの命令です。一緒に肉を焼くのも任務のうちですよ」と話すと、「では、ご相伴に預かります」と言って肉を巻いた木を手に取り、一緒に肉を焼き始めた。


 俺もしっかり火が通ったのを確認すると、噛り付いた。

 豚肉に似ているが、味がしっかりとあり、歯ごたえは豚肉よりも弾力がある。

 50代中年も猪肉を食べた記憶はあるが、牡丹鍋だったな。焼いて食べるのは初めてで、多少臭みは気になるが、思っていたよりも美味い。塩を一つまみ振りかけてみると、更に食が進む。

 シャントットも、焼けたところを噛りはじめた。女性にしては豪快な食べ方をしている。身分は貴族の子女でも、軍隊生活が長いから野営での食事は慣れているのだろう。

 一切れ食べ終えた将軍は、焚火に薪をくべて、語り出した。


「昔は、よくこんなふうに戦友と火を囲んでメシを食ったものだが、最近はめっきり無くなっていたな。たまにはこういうのも良いだろう」


「私は、今回の視察にくるまでこういった食事の経験はありませんでした。ですが、身分に関係なく火を囲んで食べる食事は、コミュニケーションの貴重な場だと知りました」


 俺も食事の手を止めて、答えた。


「ふふ。若君らしい真面目な感想だな」


「すみません。面白みのない感想でしたね」


「いや、若君はそれでいい。真面目で理知的で博識で多弁で、子供とは思えぬほど思慮深い」


 一応、褒められているよな?子供らしくなくて、生意気だとは言っていないよな?






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