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#45 風雲急


 二人に手を差し伸べて立ち上がらせると、二人の名前と姉の名前を確認してから馬車まで連れて、クリスティーナ嬢に事の次第を説明した上で、馬車に乗せる許可をもらった。

 ただし、さすがに身元がはっきりしない者を侯爵令嬢と一緒に乗せるわけにはいかないので、御者席でガマンしてもらう。


 すぐさま、馬車を護衛してラッカに戻るようにシャントットと従者へ指示し、俺とシロツグで姉の捜索を開始することに。

 しかし、護衛任務のシロツグと二手に分かれて別行動をとるわけにはいかないし、もうすぐ暗くなるというのに二人で一緒に探し回るのも無謀なので、まずはグスタフ郊外で待機している部隊に合流するために、馬を走らせた。


 待機部隊に合流すると、すぐに隊長に事情を説明して、捜索部隊を出してもらうことに。

 この日の待機部隊は2個小隊いたので、1個小隊を残して捜索開始。各自、笛を持たされ、発見次第その笛で知らせるように説明を受けると、俺とシロツグもグスタフ周辺を中心に、野原や丘、林に川沿いと馬を走らせた。


 次第に暗くなり始め焦りが沸いてくるなか、かすかに聞こえる笛の音。


「トーマス様!今、笛の音が!」


「はい!私たちもすぐ向かいましょう!」


 休まず走り続ける馬に、「もう少しだから頑張れ!」と励ましながら急行すると、街道の脇で領軍の軍服5~6名と水色の布を被った2名が対峙していた。


「その少女を解放しろ!」


「貴様ら!女神ミルの加護を、愚弄するか!」


 すでに一触即発の状態だ。

 このままではまずい。


 騎乗のまま両者のあいだに割り込み、馬上から使徒に向って口上を述べた。


「領主グレイス侯爵の嫡男!トーマス・グレイスである!ラッカへ向かう途中で妹たちとはぐれた姉を探している!その少女を検めさせよ!」


「グ、グレイスだと!?」


 使徒の疑問を封じるように、胡蝶蘭が刺繍された家紋を懐から取り出して見せる。

 使徒が一人と成人前の少女が一人。二人とも水色の布を被っていて、少女は使徒に腕を掴まれていた。


「本物!?なぜこんなところに!」


「このまま連れ去るというのなら、人さらいと見なし、逮捕する」


 俺が本物のグレイス家の者だと信じたのを確認すると、馬上から視線を外さず見下ろしつつ、これ以上興奮させないように口調に気を付けながら冷静に言い渡す。


「たすけてください!わたしを妹たちのところへ帰してください!」


「だ、黙れ!」


「君の名前は?」


「スーです!カロー村のスーです!妹の名前はクーとカイです!」


「私たちが探していた少女で間違いありませんね。速やかに開放してください。いくらアブルダリル聖教会の信者と言えど、子供を連れ去る行為は人さらいです。これ以上の抵抗は無駄ですよ」


「うぐぐ」


「さぁ!早く解放しなさい!」


「くそっ!」


 抵抗は無理だと諦めたのか、使徒は悔しそうな表情で少女を解放した。

 兵士たちがすぐに少女を守るように囲むと、使徒は「女神ミルの天罰あれ!」と叫んで、走り去った。


「ふぅ、刃傷沙汰にならずに済んで、よかったぁ」


 馬から降りると、思わず溜息を吐いた。

 やはり、こういうのは慣れないので緊張してしまう。


「若君が来てくださって、助かりました」


「いえいえ、よく見つけてくださいました。無事に保護できてなによりです」


「トーマス様!無茶をしすぎです!もし相手が武器などを持っていたらどうするのですか!」


 発見してくれた兵士たちと会話をしていると、珍しくシロツグが大声で怒り出した。

 シロツグが言うように、相手が武器など所持していた可能性を考えると、俺の行動は無謀だった。しかし、俺にも言い分はある。


「領民を守るためなら、血を流すことを恐れず前に立つのが領主としての責務なのです」


「しかし!トーマス様はまだ8歳の子供なのですよ!?我々大人に任せるべきです!」


「年齢は関係ありません。生まれた時から責任を背負う。それが貴族というものです」


 実際に、俺はそう教育されてきた。

 あの場面で躊躇していれば、貴族としての責任を放棄したことになる。

 まぁ、時代劇の水戸のご老公や暴れん坊の将軍様のような正義感に少しばかり酔っていたのは、否めないが。


 いや、今は俺のことよりも、姉のほうだ。


「妹さんたち二人は無事に保護して、今はラッカ寺院にいますので安心してください」


「あ、あの、助けてくれて、ありがとございます」


「妹さんたちと約束しましたので、無事に保護できて良かったです」


「お貴族様だなんてしらなくて、私、失礼なクチきいてしまって」


「いえ、それは気にせずに。あの場で勇気を出して名乗ったあなたは立派でした」


 姉が落ちつくのを待って、グスタフ郊外で待機していた小隊と合流し、ラッカへ移動することにしたが、すでに辺りは暗くなっていたので、松明を焚いての移動となった。


 ラッカ寺院へ到着すると、クリスティーナ嬢は妹たちを着替えさせて食事を与え、二人の話し相手になって、落ち着かせてくれていた。

 そして、姉と無事に対面すると、3人は抱き合って無事を喜び合い、そんな姿を見てほっこりしていると、シロツグから報告を受けたシャントットにまでお説教をされた。

 しかし、クリスティーナ嬢だけは「トーマス様のご判断は、なに一つ間違っておりません。貴族として、当然のことをしたまでです」と味方になってくれた。

 護衛任務の二人の立場や気持ちも分かるが、俺もクリスティーナ嬢も本当にそういう教育を叩き込まれてきたわけで、侯爵家であり建国功臣十家門であるグレイス家やブラン家では、それが当たり前の階級的価値観なんだよな。


 と、色々ありつつも、ラッカ村の住人や被災民たちが、俺たちや兵士たちの分の夕食を用意してくれたので、お言葉に甘えていただくことに。

 暗い中で本隊の野営地まで移動するのは危険であるのと、先ほどの使徒とのやり取りでラッカ村の名前を出してしまったこともあり、聖教会側がなんらかのアクションを起こしてくる可能性もあったため、今夜はラッカ寺院で泊まることになった。

 そして、ここまで一緒に移動してきた待機部隊も、今夜はそのまま俺たちの護衛をすることになり、本隊の野営地には伝令を走らせて、事の顛末と今夜はラッカに駐留することを報告しておいた。


 夕食のあと、月のない夜空を見上げながら、一人で頭の中を整理していた。

 グスタフに避難していた被災民をラッカやモスコの寺院へ移住させる作戦は、工作員になってくれた被災民たちのおかげで、想定以上に上手くいっていた。

 しかし今回、その影響で、聖教会側に焦りを生んでしまったことが分かった。

 今まで「祈りを捧げないと教会から追い出す」と言っていたのに、本人たちの意思でこちらへ移住しようとしたスーたち三姉妹を、聖教会側は連れ戻そうとしていた。これは、今まで「どうせ被災民たちには行く宛がない」と高を括っていたところに、大量移住者が発覚したことでの焦りによる、強行姿勢への方針転換があったのだろう。

 多少の警戒や焦りを生むことは想定していたが、子供相手に人さらい紛いのことまでしてくるとは、想定外だった。


 そして、もう一つ気になったのが、布教のターゲットが子供である可能性。

 グスタフの教会で保護していたのが、女性や子供ばかりだったのも気になっていた。

 信者を即戦力や労働力として考えれば、普通は成人男性をターゲットにするだろう。

 しかし、熱狂的な信者を作り上げようとするならば、子供のころから洗脳同然で教育するほうが、成人を信者にするより確実だ。それこそ、俺やクリスティーナ嬢が受けてきた貴族教育のように。

 アブルダリル聖教会は歴史が長く、また、その影響は国家に留まらず大陸全土で、トランベル王国とは、歴史も規模も比べ物にならないほど強大だ。それだけの組織なら、信者育成プログラムなどあってもおかしくないだろう。


 その強大な組織と事を構えるつもりは無いが、堂々と名乗ってしまった以上、相手がそうは受け取らない可能性が高い。

 まだまだ、軍備も産業も後進のグレイス領では、相手にするには強大すぎる。

 やはり、この地の安寧を守るには、抑止力としての富国強兵は絶対に必要だ。

 俺は、このトーマスの生涯をかけてやり遂げなくてはならない。


 鋳物工房視察の夜に、シャントットに問われた『どこまで先を見据えてらっしゃるのですか?』の答えが自分でも分からず、ずっと考えていたが、きっとコレが答えだ。






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