#44 様々な人たちの成果
ラッカ寺院やモスコ寺院に避難していた被災民たちが動き出すと、その結果はすぐに表れた。
なんと、被災民たちを送り込んだその日のうちに、グスタフの避難キャンプにいた被災民のほとんどが町を出てきて、待機させていた軍に保護されたのだ。
なんでも、工作員となった被災民たちは噂を流すだけでなく、総がかりで「ラッカに行けば、もっと美味い飯が食えるぞ」「こんなところで寝てたら、死んじまうだ」「目を覚ませ。村へ帰ろう」と、説得して回ってくれたらしい。
まだ、教会の聖堂で寝泊まりしている被災民たちが残っているので全てではないが、この調子なら、彼らも近いうちにグスタフを出てくるかもしれない。
また、心配していた健康状態だが、すぐに医師や薬師が適切に処置してくれたおかげで、どの被災民も回復が見込めるとのことだった。幸いなことに、疫病などは確認されておらず、体調不良者が多く出ていたのは、恐らく食事内容や劣悪な環境、そして将来への不安による極度のストレスが原因だったのではないかと思われる。
ただし、それらの見立ては、この世界の医学レベルにはない知識や発想になりかねないので、具体的なことは心に留め、「しっかり食べて、温かくして休んでください」と伝えるだけに留めた。
◇
と、グスタフの被災民保護に駆けずり回っていると、カリム将軍から「例の試作品ができたので、テストに立ち会ってほしい」との連絡が入った。火縄銃の暴発事故からヒントを得た、ダイナマイトの試作ができたのだろう。
軍部の技術開発部門は、カリム将軍から指示を受けて10日程度で試作品を作ったということのようだ。上流の塞き止めには時間的な限界があるため、急がせたのだろう。
今回は、護衛にシャントットを連れて、指定の日刻にカリム将軍を訪ねた。
根が素直なシロツグだと、将軍に対してなにか態度に出してしまい、かえって警戒されてしまうかもしれないからな。こういう時はシャントットのほうが向いているだろう。
対策会議に使われているテントを訪ねると、今回の開発責任者である技術士官を紹介され、これからすぐにテストを始めるとのことで、挨拶もそこそこに移動する。
カリム将軍の態度は特に変わりはなく普段通りだったので、今日はあの件には触れないのだろうと判断して、俺も普通に振舞うように心がけた。
連れていかれたのは、先日も訪れた土砂が堆積した現場で、どうやら、試作品で実際に土砂を爆破できるかいきなり試すつもりのようだ。
堆積土砂の周辺では数名の兵士が作業をしており、俺たちは安全のために、現場から少し離れた岸からの見学になる。カリム将軍は、望遠鏡を持参していた。
「これまでの開発中の実験では火薬の量と密閉性が課題でして、何パターンか試作テストを重ねた中で最も爆破力が高かった物を使用します。ただ、実際に全ての土砂を撤去するには何本も必要だと想定しておりますが、今回のテストでは、1本でどの程度の土砂を破壊できるかを確認するのが目的でもあります」
テストの準備が終わるまでのあいだ、技術士官が解説をしてくれた。
「どのように点火するのですか?」
「火縄のものをそのまま使うことも考えたのですが、途中で火が消えてしまうことが何度もありまして、燃えやすいように粉末状の火薬を混ぜた麻縄に油を染みこませた物を使用しています。これですと、多少の水でも消えません」
「なるほど、ここの土砂は水を多く含んでいますから、水対策は必要ですね」
そうこうしているうちに準備が終わったのか、作業していた兵士の一人が赤い旗を振り合図をすると、作業をしていた他の兵士たちもボートに乗って全員引き上げてきた。
そして、別の一人の兵士が川岸に立ち、現場方向に手をかざしてなにやら唱え始めると、かざした手の先に炎が発生した。導火線代わりの縄への点火は、魔法を使うようだ。
近くで点火すると爆発に巻き込まれて危険だし、導火線を長くすると途中で消えてしまう可能性があるので、遠距離から点火するのが目的なのだろう。
炎が徐々に大きくなり、堆積土砂に向かって動き出す。以前、軍部の視察で見た魔導士部隊の炎使いは火炎放射器のような炎だったが、この魔導士は違うタイプのようだ。
炎の塊が堆積した土砂の中央付近にぶつかると、炎は消滅した。
ここからだと導火線の縄に点火できたのか見えないな、と思った瞬間、ボンッ!と爆ぜた。
「うお!?」
「おお・・・」
音と空気の振動に思わず声を漏らすと、カリム将軍も声が漏れていた。
しかし、『思っていたよりも大きな音だったな』と呑気なことを考えていたら、ヘドロの雨が降ってきて、周囲に悪臭が立ち込める。
「くっさ!」
「おおお!?なんてことだ!?」
「実験成功です!堆積土砂も吹き飛ばせる威力が実証できました!」
技術士官は、悪臭を放つヘドロが顔に降りかかろうと、嬉しそうだ。
ここからでも、堆積していた土砂の一部がぽっかりと空いて、そこから泥水が流出を始めているのが確認できた。
「お、おう・・・よし!量産を進めろ!三日以内にあの堆積土砂を全部吹き飛ばす!すぐに取り掛かれ!」
「ハッ! あ、あの、この兵器の名前を、どうしましょうか」
「うむ。そうだな・・・『火縄二式』でどうだ?」
「大変、すばらしいです!」
「うむ。では、火縄二式の量産と、堆積土砂吹き飛ばし作戦を進めろ!」
「ハッ!」
カリム将軍も技術士官も、なんだか楽しそうだ。
武器にかっこいい名前を付けたがるのは、どこの世界でも同じなのだろうな。
しかし、このやり取りを黙って見ていたシャントットの目は冷めていた。女子には理解できない感覚なのだろうな。これなら、シロツグを連れてくるべきだったか。
◇
さらに二日後。
新たにグスタフから移住してきた被災民たちの健康状態などが心配だったので、様子を見にラッカ寺院へ出向くと、グスタフの教会に残っている被災民たちの情報を聞くことができた。
「聖堂で寝泊まりしてる連中は、毎日女神ミル様に謝罪と感謝のお祈りをしてるんです。それをしないと、聖堂から追い出されちまうんですよ。オラたちみたいな野宿が嫌だから、言われた通りにお祈りばしてるんでさ」
「聖堂には女性や子供が多いと聞きましたし、追い詰められた環境の中で、寝床1つ守るのも必死になるのでしょう。ラッカやモスコの状況を知らなければ、そうなってしまうのも仕方がないのでしょうね。でも、女神に謝罪って、洪水は神罰などではないのですけどね」
「聖教会の神父も使徒も、雨が降れば「女神ミルのお恵みだぁ」って言うくせに、大雨だと「神罰だぁ」って、どっちなんだって話だべ」
「確かに、言っていることは矛盾していますよね。ところで残っている避難者たちは、聖堂や町を自由に出入りはできるのですか?監禁されているわけではないのですよね?」
「自由にしてるだよ。でも、することなんてねーから。寝てるかお祈りしてるだけだべ。それに比べてここは、畑も作れるし、お手伝いの仕事もあるし、トーマス様やくりすちーな様に軍の兵隊さんたちも話し相手になってくれるから、張り合いがあるべさ。くよくよしてねえで、頑張るべって」
「そう思ってもらえたのなら、ここまで頑張ってきた甲斐があります。グスタフに残っている被災民にも、それが伝われば良いのですけどね」
その日は、暗くなる前に野営地に戻ろうと、午後3の刻にはラッカを引き上げることにした。
俺やシャントットはクリスティーナ嬢の馬車を挟むように横に並び、シロツグが先頭、従者は後詰めで、馬車の速度に合わせて各自馬に乗り街道を進んでいた。
すると、ラッカを出てまだ間もない位置で、水色の布を被った二人組が道に飛び出してきて、緊張が走る。
「止まれ!何者だ!」
シロツグが叫ぶように問いただすと、二人組の泣き出す声が聞こえてきた。
どうやら子供のようだ。
馬車もすぐに止まり、シャントットと従者に馬車の警護を任せて、騎乗したまま前方へ駆け寄ると、俺やクリスティーナ嬢と同世代の姉と、3~4歳ほどに見える妹の姉妹が抱き合うようにして泣いていた。
「だずげでください」
馬から降りて手綱をシロツグに預けると、二人に近づき、怖がらせないように膝をついて、ゆっくりと声をかけた。
「どこから来たのですか?どうしてこのようなところに、いたのですか?」
「教会から逃げてぎだんです。でも姉ちゃんとはぐれぢゃって」
「トーマス様。この子供たちが着ている布は、聖教会のものです。信者は、水の女神の象徴である水色の布を着るのです」
そういうことか。
教会とは、グスタフの教会のことだろう。
「お姉さんもいたのですね?どこではぐれたのですか?」
「わがんねぇ。使徒のこわいひとだちがおっかけてくっから」
聖教会に追われて、なんとかここまで逃げてきたというのか。
避難キャンプの被災民がごっそりこちらに移住したから、これ以上の移住者が出ないように聖教会側も焦り出したか。
これは、まずいぞ。
「わかりました。君たちを保護します。お姉さんは私たちが必ず探してきますので、安心してください」




