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#41 立ち込める悪臭と疑念


 流木と土砂が自然堆積した現場周辺は、腐ったドブのような悪臭が立ち込めていた。

 水が流れず滞留しているために、魚の死骸や微生物などが腐敗しているのだろうか。

 マスク代わりのスカーフで鼻と口を塞いでいたが、全く役に立たないほど強烈な悪臭。城の厩舎など比べものにならない。農家育ちのシロツグでさえ、表情を歪めてしまうほどきつそうだ。


「すごい臭いですね」


「ああ。この悪臭も作業を難航させている要因の1つだ」


 とっととここから撤収したかったので、さっさと調査を始める。

 塞き止めている土砂の壁は、そのほとんどが水没しており、その水もドロで濁っているために、全体像が把握できない。それでも、どうやってこのように絡まったのだ?と不思議なほど複雑に絡み合った多数の流木や、そこに絡まる草やゴミ、そして堆積した土砂の存在は確認できた。

 はっきり言って、水没しているこれらを人力で撤去するのは無理だろう。完全に水が干上がれば可能かもしれないが、現状は水がこれ以上増えないように対策しただけで、ここに溜まっている水の撤去はできていない。そもそも、この土砂の堆積を撤去する目的は、ここに溜まった水を流すためだからな。


「これでは、人力での撤去は無理でしょうね」


「現状、お手上げ状態でな。なにか良いアイデアを出してほしいのだ」


 パワーシャベルやブルドーザーなどの重機が無いと、無理だよなぁ。

 ダイナマイトでもあれば吹き飛ばすことも可能だが、火縄銃の実用化すらできていないこの世界には、そんなものは無いだろうしな。


「うーん・・・ん?火縄銃?」


「ん?火縄銃がどうした?」


 ダイナマイトは無くても、それに近い現象はすでに起きているじゃないか。


「将軍、火縄銃の実用化に向けて研究を進めていますよね?」


「ああ、そうだが。それを今この場で話すのか?ワシとしては、被災地復興の目途が立ってから、落ち着いた場所で今後の相談をしたかったのだが」


 将軍は、俺からの会談要請を受けるために災害復興の派兵をしたわけだが、さすがにこれだけ問題が山積みの状態では、お互いにこれまで会談どころではなかった。

 しかし、俺が言いたいのは会談にて話し合う内容ではなく、この土砂の撤去のアイデアだ。


「いえいえ、そうではなくてですね。この土砂を撤去するアイデアが思いついたのです」


「ほう。そのアイデアを聞かせてくれ」


「火縄銃の実用テストで、暴発事故が頻繁に起きていると聞きました」


「うむ、そうだな。性能面で一番の課題となっておる」


「恐らくですが、暴発の原因は、弾が上手く飛ばずに詰まってしまい、閉じ込められた火薬が爆発することで起きているのではないかと思います」


「そうだろうな」


「それを意図的に起こして、その爆発の力を使ってあの土砂を吹き飛ばしてやるのです。火縄銃のように筒状の物に火薬を詰めて、しっかり封をした状態で点火すれば、火縄銃の暴発のような爆発が起こせるのではないでしょうか?」


「うむ、言いたいことは分かった。爆発の規模やそのための火薬量の調整、爆破する際の作業やその危険性など多くの問題がありそうだが、アイデアとしては検討する価値がありそうだな」


 カリム将軍の反応に、これでなんとか俺の役目は果たせたかと気が緩んだ瞬間、鋭い眼光を向けてきた。


「しかしだな、若君は、なぜ、火縄銃のことをそこまで詳しいのだ?」


 しまった。

 確かに、研究段階の兵器を8歳の子供が詳しいのは不自然すぎる。50代中年の知識を出しすぎたか。


「まぁ良い。その辺りも含めて、後日じっくり話し合おうではないか」


「あ、はい」


 冷や汗ものだが、変に動揺して見せるのは悪手だろう。

 ビジネスの交渉で、この程度の窮地など何度でも経験した記憶がある。

 とにかくここはポーカーフェイスでやり過ごし、どうするかはあとで考えればいい。


 現場から野営地に戻ると、カリム将軍は俺のアイデアを書簡にまとめ、早速領都の軍本部で火縄銃の実用実験を進めている技術部門へ指示を出した。実際に開発担当者たちに可能性の検討をさせるそうだ。

 そして、カリム将軍からは「ここでの目途がついたら、領都へ撤退する前に一度、食事でもしながらゆっくり話しましょうや」と言われたが、ポーカーフェイスのまま「ぜひ、お願いします」とだけ答えて、自分のテントへ戻った。


 近代日本の50代中年の記憶と思考については誰にも明かすつもりはないが、火縄銃の実用化に関しては、ある程度の知識やアイデアを提供したいとは考えていた。

 だからこそ、鋳物工房でゴードン親方に筒状のものを依頼したのだし、カリム将軍と会談して、技術提供や情報の共有、そして、軍備増強と産業発展のための協力関係を結びたかった。

 ただ、今回は迂闊だった。せめて、実用実験の現場を見てから出すべき知識だった。

 こういう場合、苦しい言い訳をすれば、かえって怪しまれるだろう。


 それにしても、カリム将軍は俺のこと、8歳の子供として見てないよな。

 完全に、一人のビジネスパートナーとして扱ってくれている。

 だからこそ、知恵を借りたいと頼るのだろうし、怪しい動きがあれば、すかさず牽制してくる。隙が無い分、信頼もできる。やはり、こういう人材は味方にするべきだろう。


 問題なのは、疑惑の目で見られている今の状況から、どうやって懐柔するかだな。

 まぁ、色々考えたところで、1つしか無いだろう。それでダメなら、せめて敵対しないように注意するしかないな。


 テントに戻ると、モスコ寺院の被災民支援部隊に同行していたクリスティーナ嬢やシャントットたちが帰ってきたところだった。

「お疲れさまでした」と労い、世話係が用意してくれた夕食を食べながら、本日の報告を聞き、いくつか質問や意見交換をしたあと、俺からも、今日の出来事を話した。

 ちなみに、この野営地に来てからはこうやって報告や相談をする目的で、クリスティーナ嬢だけでなく、護衛のシロツグやシャントット、クリスティーナ嬢の世話係や従者も、身分は関係なく一緒に食事をとるようにしていた。


「土砂の撤去は、それほど難しいのですか」


「ええ。とにかく臭いが酷いのと、土砂が頑丈でして」


「撤去ができましても、魚などの生物が戻るのに、何年もかかるかもしれませんね」


「そうですね。生活の水として使えるようになるのも、相当な時間がかかるでしょうね」


「あの、トーマス様」


「はい、なんでしょうか」


 不安げな表情で俺に問いかけてきたのは、今日一日ずっと俺に付き添っていたシロツグ。


「カリム将軍のことですが、大丈夫なのでしょうか?」


 シロツグがカリム将軍の名前を出すと、クリスティーナ嬢とシャントットも食事の手を止めて、俺に注目してきた。


「大丈夫とは?」


「今日の将軍は、トーマス様を見る目がとても怖かったですよ。あのような鋭い眼光で睨まれて、よく平然としてられましたね。自分なら、震えあがってしまいます」


「怖がる必要はないでしょう。同じグレイス領を守る同士であり、今は共に災害復興に協力する仲間なのですからね」


 志は同じはず。

 それさえ忘れなければ、手を結ぶことはできるはず。

 利害が一致すれば、なおのことだ。






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