#40 商人の矜持と被災民の笑顔
書簡を届けた翌日には、商工ギルド長のハンス殿が「わざわざ早馬でご連絡いただいたのです。我々商人は、情報とフットワークが武器ですので、これしきは当然です」と、自ら野営地まで出向いて俺に会いに来てくれたので、面談には俺とクリスティーナ嬢で臨んだ。
ある程度書簡にも書いておいたが、改めて今回の目的と手段を説明すると、「グスタフの話は聞き及んでおります。しかし、我々商人も、聖教会には何度も煮え湯を飲まされてきておりますが、事を構えるには相手が悪すぎます」と、及び腰の態度だった。
「事を構えるつもりはありませんよ。グスタフに避難している被災民が心配なのです。商工ギルドに、聖教会と敵対して欲しいわけではありませんし、私自身も敵対するつもりはありません。ただ、我々ではグスタフに入ることができずにいますので、代わりに情報を集めてほしいのです」
「そうですか・・・トーマス様のご依頼とあれば、やぶさかではございませんが」
「もちろん、相応の報酬は用意しますよ。そうですね。報告書の形で提出してください。私が直接目を通して内容を精査しますので、明日から2週間で有益な情報を提供してくだされば、1件につき最大で銀貨3枚用意します。その窓口を商工ギルドで受け持っていただきたいのです」
「これはまた大きく出ましたが、グスタフの被災民に、そこまでの価値があるのでしょうか?」
「問題はグスタフだけではありません。上手くいけば、この成功例が聖教会対策として、今後のグレイス領内でのモデルケースになるのです」
「今回だけではなく、今後も同じようなことが起こると見越してのことだと仰るのですか。トーマス様のお考えは分かりました。情報の精査も含めて、私共でやらせていただきます」
「え?いいのですか?そこまでしてもらわなくとも」
「ご領主が、このような汚れ仕事をなさってはなりません。私共にお任せください」
「そうですか。では、早速お願いします。洪水からすでにひと月は経過して、被災民も相当疲弊しているはずです。病流行の噂も聞きますので、よろしくお願いします」
「はい。このハンス、商人としてのプライドをかけて、この仕事をやり遂げてみせます」
「では、具体的に調べていただきたい内容をリストにしたものを用意しましたので、この内容を優先的に調べてください。もちろん、このリスト以外の情報でも有益なものにはきちんと報酬をつけます。あと、言わなくとも分かっているかと思いますが、私の名前や行政府が動いているということは、くれぐれも内密にお願いします」
「はい、心得ております」
今回の交渉で手応えがあったので、雑談の中で鋳物工房の出店計画もしれっと匂わせ、ハンス殿が退出したあと、クリスティーナ嬢に今回の商談に関する補足解説をしておいた。
「恐らく、ハンス殿は今回の依頼を最初から受けるつもりだったのでしょう。興味が無ければ自分で足を運んだりせずに、お断りの書簡で済む話ですからね。それに、商工ギルドは私を市場や商店街の視察に呼ぶほど、こちらとのパイプを作りたがっていました。そう考えると、今回は私に恩を売る絶好のチャンスでもあったわけです。その上で、リスクの提示をして、報酬を釣り上げて確定したかったのだと思います。それが商人の商談というものです」
「トーマス様は、ハンス殿の思惑をご理解した上で、交渉してらしたのですか」
「領主の跡継ぎだからとか侯爵家だからとか、そんな権威では、人は動いても心は動かせません。こういう駆け引きは、こちらの本気度を見せてやるのです。ケチケチすれば、かえって足元を見られたでしょう。それで、こちらの本気度を感じ取って応えてくれる相手なら、手を組めば良いですし、それを感じ取れないような相手なら、そこまでの人物だと切れば良いのです」
「わたくしには、そのような交渉事はできません。正しいことを正しく言うだけです」
「君は、それで良いのではないですか?もし危うい場面になったとしても、僕を含めて、周りには止めてくれる者がいますからね」
その後は、行政チームにも戦略を説明して協力を取り付け、夕刻に被災民支援部隊を率いて戻ってきたライアン隊長を訪ねて、クリスティーナ嬢が迷惑をかけたことを謝罪するついでに、しばらくはラッカ寺院とモスコ寺院に同行させてもらう了承を取り付けた。
商工ギルドが集めてくる情報を待つだけではなく、翌日からは出来る範囲で情報収集を始めた。
ラッカ寺院とモスコ寺院に避難している被災民たちへの支援活動に同行し、炊き出しや物資の支給を手伝いながら、被災民の健康状態や困窮状況、現在の不満や不安などを直接聞き取りなどしつつ、領主の息子と許嫁である俺たちの顔もしっかりと売っておいた。
なにせ、行政と軍が協力しての復興政策プロジェクトの顔だからな。アピールも重要な戦略の1つである。
支援物資の主な内容は、パンや根菜などの食料、鍋やお玉などの食器や調理器具、衣類や毛布、バケツや鍬などの生活雑貨や農器具などなど。どちらの寺院でも、避難者たちは自発的に空いた土地で畑を耕し始めたり、寺院や村の仕事を手伝ったりと、生活の再建を始めようとする姿勢が見られた。
ほとんどの被災民は農民だったが、日ごろから自然を相手に生きてきた人々であり、自然災害の脅威を目の当たりにしても、俺などと違って立ち直りが早いのだろう。
『家族全員、命は無事だったんだ。それだけでもありがたい』と言った、男性の笑顔が印象的だった。
また、ラッカ寺院やモスコ寺院の被災民から得られた情報でも、ある程度の傾向が見えてきた。
どの被災民も口を揃えて言うのが、『住むところ』と『仕事』の2つ。想像していた通りだが、簡単な話ではない。しかし、これを解決しなくては、本当の意味での復興とは言えないだろう。
いくつかの心当たりに相談するため、被災民支援部隊への同行はクリスティーナ嬢たちに任せて、各所と交渉をすることにした。
人手不足を嘆いていた鋳物工房のゴードン親方には、住み込み作業員の受け入れの相談。
コーデン叔父上には、被災民支援の予算増額要請。
行政チームにも、被災民を受け入れてくれる工房や地主への補助金と被災民の3年間納税義務免除の提案。
カリム将軍には、軍撤収後の野営地跡に、野営に使った資材で仮設住宅建築の提案。
これらは、50代中年がテレビやネットのニュースで知っていた知識からのアイデアだったが、今の俺にできることはこれが限界だった。
頭の中では他にも様々な案が浮かぶのだが、8歳の体と俺の立場では、できることが限られてしまうからな。歯がゆいが、仕方ない。
そして、しばらく上流塞き止め作戦を任せっきりだったカリム将軍からも、「ちと、若君の知恵を借りたい」と、逆に相談があった。
「塞き止め作戦が上手くいっていないのですか?」
「いや、そちらは問題ない。若君の計画がよくできていたおかげで順調に進んでおるし、想定通りの効果も見込めそうだ。問題なのは、洪水流域で塞き止めている流木や土砂の撤去なのだよ」
「なるほど。自然に塞き止められてから1ヵ月以上経過していますから、土砂が固まって頑丈になっているのですね?」
「そういうことだ。それで、対策会議を招集しようと考えていたところに若君から相談に来てくれたのでな、ワシとしてもまた知恵を借りたいと相談している次第だ」
「では、まずは現場を確認しましょうか」
「うむ。すぐにボートを用意するので、これから行くぞ」
上流塞き止め、聖教会との摩擦、被災民の住居や仕事、そして、洪水流域の土砂撤去と、次から次へと問題が押し寄せてくるが、頼られる喜びと若い体、そして中年サラリーマンとしての根性が、俺を突き動かしていた。




