#39 次の一手の模索
「今回のアブルダリル聖教会との摩擦を、もっと単純に考えましょう」
「単純に、ですか?」
「はい。思想の違いや被災者の囲い込み、宿場町の占有による勢力争いなどが絡んでいるため、我々も軍も感情的になりがちです。先ほどクリスティーナ嬢が仰った、『なにも悪いことはしておりません。堂々とするべきではございませんか?』というのは、まさにプライドや正義感という感情から出てきた言葉だと思います。私だって、本心では完全に同意ですが、そこにこだわってしまっては、物事の本質を見逃したり、成すべき方向を見誤ったりしかねません」
「では、どうすればよろしいのでしょうか」
「商人の商いに置き換えて、考えましょうか」
「商い、ですか?」
俺の提案に、クリスティーナ嬢やシロツグ、従者に世話係は『意味が分からない』という表情をしているが、シャントットだけは平然とした表情だ。俺の騎士になると誓った以上は、主君である俺が何を言おうと、受け入れるというスタンスなのだろうか。
「ええ。我々は商人で、聖教会は商売敵。そして被災民は消費者・お客さんとして見るのです。要は、どちらの商品・サービスが優れているかをアピールして、質で勝負するのです。当然、負けるつもりはありませんが、もし相手が勝ったとしても、それで被災民が質の良い支援を受けられる結果になるのなら、それでいいじゃないですか」
「あの、及ばずながら意見を申し上げたいのですが」
挙手して発言許可を求めたのは、シャントットだ。
どうやら、先ほどの表情はポーカーフェイスで、内心ではドン引き体質のままだったか。
「はい、遠慮なくどうぞ」
「もし、被災民がアブルダリル聖教会へ流れて、この地に基盤を作られては、今後の政局に影響を及ぼしかねません。本当に、そのような方策で大丈夫なのでしょうか」
「そもそも、静観しているだけの現状では、相手の優位性が保たれ助長していくだけでしょう。だからと言って、正面から衝突しては、血の歴史を再び呼び覚ます切っ掛けとなりかねませんし、タブーを破れば、こちらの陣営の中にもそれに拒否反応を示す人も多く出てくるでしょう。だから、聖教会相手に仕掛けるのではなく、被災者に向けてアピールするのです。『行政府の支援のほうが、もっといいぞ』と思わせるのです。禁教などの押さえつけではなく、領民たちの口や態度で『聖教会など必要ありません』と示すのです。要は、洪水被災地というマーケットをこちらが独占できれば、聖教会側はこの地での信者獲得という魅力を失い、布教をするのを諦めるでしょう」
「そういうことでしたか。お考えは理解できました」
どうやら、納得はしてくれたようだ。
「他にも質問や疑問がある方は、遠慮なくどうぞ」
「トーマス様の方針は理解できました。しかし、そのようにうまく事が運びますでしょうか?」
次に挙手して疑問を呈したのは、シロツグ。
シロツグらしい、素直な疑問だ。
「それがこの話の本筋です。方向性は今話した通りですが、最も重要なのは、それを成し遂げるための作戦です。まず大事なのは、相手のサービス内容を知ることです。先日、クリスティーナ嬢に学んでもらいました、市場調査をするのです。グスタフに避難した被災民たちは、聖教会からどのような保護や援助を受けているかを知り、行政側はそれ以上のものを用意するのです」
「ですが、わたくしが町へ入ろうとすれば、皆さんがお止めになりますし、町に入らなければ、それは分かりません」
不満交じりに俺の案を否定するのは、クリスティーナ嬢だ。
従順なようで、実は頑固虫の彼女らしい。イエスマンにならずに主体性を持つことは、とても良いことだ。
「なぜ、軍もクリスティーナ嬢も、正面から町へ入ろうとするのです?聖教会側が警戒しているのだから、もっと考えませんと。被災民や庶民に扮して街中へ紛れ込み、情報を集めるのです。そして、聖教会のサービス内容だけでなく、被災民がいま何を欲しているのか。何に困っているのか。それらも調べて、被災民のニーズに応えられるサービスを用意するのです」
「事前に避難者の情報収集を指示されていたのも、そのようなお考えがあったのですね。その情報収集をわたくしたちでやろうというのですか?」
「ええ、そのつもりです。現場で被災民の顔を見て生の声を聴かなくては、その苦しみや悲しみは本当の意味での理解は難しいでしょう。だから、私が潜入して市場調査をしてきます」
「それはいけません!クリスティーナ様のことでもトーマス様ご自身が仰っていたではありませんか!」
「やり方の問題ですよ。軽装とはいえ、気品あふれるクリスティーナ嬢では、誰が見てもすぐに『高貴な貴族令嬢』と見抜いてしまいます。ですが、私ならその辺りは大丈夫」
「いえ、トーマス様も充分『高貴な若君』でございます」
すかさずそうツッコミを入れたのは、シャントットだ。
「では、こうしてはどうですか?」
そう言って、足元の土を両手で握って頭にかけると、髪になじませるように両手で揉みクシャにし、それを3回繰り返してから顔にも土を塗りたくった。
俺の奇行にクリスティーナ嬢もシャントットも言葉を失い、シロツグに関しては手足が震えて、クリスティーナ嬢の世話係は持っていた食器を落としてしまった。
「これで、被災民や農民に見えませんか?いや、言葉遣いも気を付けたほうがいいですね。おいら、家も牛も流されちまって、もうどうしたらいいだべさ。三日間、水しか口にしてねぇだ。なんでもええから恵んでくだせぇ」
「いやいやいやいや!なにをお考えになっているのですか!」
「え?これでもダメ?臭いもリアルに再現しなくてはダメだということか」
「そういう問題ではありませんよ!」
結局、俺みずから潜入する作戦は、シャントットとシロツグの猛反対により、却下された。
50代中年の本領を発揮するどころか、怒られてしまった。
でもおかげで、クリスティーナ嬢の気持ちが少しわかった。
シロツグとシャントットの目が怖いので、食事を終えると大人しく頭と顔を洗い、今日は一日休息することにした。
とは言っても、することはないので釣りでもすることに。
3ライドほどの細い木の棒を拾ってきて、用意してもらった紐を括り付け、餌は鶏肉にした。本当に釣りたいわけではなく、暇つぶしのカモフラージュをして、ゆっくり考え事をしたかっただけなので、針は無しだ。
そして、紐を垂らした水面を1刻も眺めていると、思考がクリアーになってくる。
今後の戦略としては、確実性は未知数だが、方向性は悪くないはずだ。
昨夜の対策会議の様子から、現在のグレイス領では、軍も行政も聖教会への対応マニュアル的なものが無いのだろう。ここで上手くいけば、聖教会対策としてのモデルとなり、今後領内全域で活かせる。だからこそ、成功させたいし、そのために必要な情報を少しでも多く集めたい。
問題は、俺の立場では俺自身の行動に制約が掛かっていることだ。
では、誰かにお願いするか。軍部にスパイや諜報活動に特化した部隊でもあればよいのだけど。
いや待てよ?
そういえば、斥侯部隊や参謀部はあっても、諜報部門は無いのか?
もしかして、表に出さないだけで存在するのか?
「二人に、つかぬことを聞きたいのですが」
俺が大人しく休むか見張っているのか、暇つぶしの釣りのあいだも警護の任務をしているシャントットとシロツグに聞いてみることにした。
「はい、なんでしょうか」
「グレイス領軍には、スパイや諜報活動を担う部隊はあるのですか?」
「それに相当する梟部隊の噂はありますけど、自分は実際に見たことはないですね」
「梟は実在する部隊ですよ。ただし、指揮系統や構成メンバーなどは非公開で、軍部内でも実体を把握できている人は、ほとんどいないかと。今回の部隊の中で詳しく知っているとしたら、カリム将軍くらいではないでしょうか」
梟と呼ぶのは、スパイを意味する隠語なのだろうか。
シロツグは噂程度の認識で、シャントットは存在自体の確信を持っているが、詳細なことまでは把握できていないのか。
「なるほど。やっぱりあったのですね。でも、そのような性質の部隊なら、私がカリム将軍に相談しても、簡単には了承などしてくれないでしょうね」
「先ほどの、グスタフ潜入作戦でございますか?」
「ええ、そうです。私自身がダメなら、潜入や諜報のプロに頼めないかと思いましてね」
「商人などを買収しては、いかがでしょうか?」
「あ、領都に出入りしている交易商人か」
商人を買収して潜入させる案を出したのは、シャントット。
こういう腹黒いことを考えるのも、向いているのかもしれない。
「はい。変装などよりも確実です。そして、商人は権威や言葉よりもお金を信用しますので、情報をお金で買うのです。」
「確かにその通りですね。商工ギルドに相談してみましょうか」
「はい。その価値はあるかと考えます」
釣れない竿を引き上げると、テントに戻ることにした。
すぐに、グレイス家の印を押した書簡を用意し、その日のうちに商工ギルド長のハンス殿へ届くように、早馬を出した。




