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#38 朝日とスープ


 目を覚ますと、自分のテントでちゃんと毛布を被って寝ていた。

 昨夜は参謀部のテントで上流塞き止め作戦の指令書を作成していたはずだが、テントに戻った記憶が全くない・・・。

 って、指令書は!?まずい、寝落ちした!

 やっちまった・・・。


「トーマス様、シャントットです。起きてらっしゃいますか?」


 体を起こし、焦りと不安で眠気がふっとんだ頭を抱えていると、テントの外から声が聞こえた。


「はい、いま起きたところですが、私はいつここへ戻って」


 答えながら外へ出ると朝日が眩しく、思わず片目を閉じて空を見上げた。

 俺の焦りとは裏腹に晴れ渡った青空で、澄んだ空気が気持ちいい。


「シロツグの話では、昨晩、指令書作成完了と同時に倒れるように寝てしまわれたそうで、シロツグが抱えて戻りまして、おやすみして頂いた次第です」


 記憶と思考は50代中年でも、体は8歳児だからな。疲労と睡魔には勝てなかったか。

 指令書作成業務にはシロツグが付き添ってくれていたが、最初からそれを心配してくれていたのだろう。あとでお礼を言わねば。


「では、指令書は無事に完成しているのですね?」


「はい。先ほど、カリム将軍の伝令が参りまして、『トーマス様は本日は休息をとるように』とのことです。今朝から復旧部隊は動き出しておりますので、ご安心ください」


「そうか、よかったぁ」


「シロツグから、上流調査チームでのこと伺いました。大変お疲れになっていたのに指令書作成までなされているのですから、将軍の仰る通り、本日はお休みになられたほうがよろしいかと」


「うーん、クリスティーナ嬢は、もう起きていましたか?」


「はい。クリスティーナ様はすでに起床されて、世話係と一緒に朝食の準備をされております」


「え!?朝食の準備を!?大丈夫なのですか?」


「はい。世話係も止めたのですが、『お疲れになってらっしゃるトーマス様に、温かいスープを召し上がっていただくのです』と仰られて、結局、お二人で調理をされております」


 侯爵令嬢に調理させるなんて、こりゃまた、王都に戻ったら、ブラン家からクレームが入るだろうな。しかし、いまさら慌てても仕方ないか。


「トーマス様と同じく、クリスティーナ様も異常です。あそこまでの気品と気概を持ったご令嬢は、成人した貴族でもそうはおりません。それで、昨日のことをご報告したいのですが、いまからよろしいでしょうか」


「あ、そうでしたね。被災民支援部隊でのこと、詳しく聞かせてください」


 シャントットの報告では、被災民支援部隊はラッカ寺院、モスコ寺院、宿場町グスタフの3つに分かれて行動しており、クリスティーナ嬢たち一行はグスタフ支援の部隊に同行していた。

 午前6の刻には野営地を出立し、グスタフには8の刻に到着予定だった。しかし、町が見えた辺りで聖教会の使いがやってきて、「領軍の支援は無用。引き返されよ」との通達があり、そこで足止めとなった。


 部隊の行軍が止まった時点では状況が分からなかったクリスティーナ嬢は、直接ライアン隊長の元へ行き問いただしたが、俺と同じように、最初はなぜ聖教会が居ると問題なのかが理解できていなかったそうだ。

 この歳まで俺とほぼ同じ貴族教育を受けてきているから、アブルダリル聖教会とのしがらみなどは知らなくて当然だ。


 そこでライアン隊長やシャントットが事情を説明して、ようやく理解できたが、今度は「でしたら、わたくしが町中へ行って参ります」と言い出したと。

 その場にいた全員で必死に止めたが、「わたくしは軽装ですので、大丈夫です」や「トーマス様が頑張ってらっしゃるのですから、婚約者としてこの程度は当然です」と言ってきかず、最終的には、ライアン隊長に「もしクリスティーナ様になにかあれば、我々は死罪となります。我らの命に免じて、ここはどうか堪えてください」と説得されて、渋々引き下がったそうだ。

 あとは昨夜の報告にあったように、支援活動がなにもできないまま、お昼過ぎにライアン隊長の判断で撤収したということだった。


 想像以上に、迷惑かけてしまったようだ。

 これは、ライアン隊長にも謝罪が必要だろう。

 そして、クリスティーナ嬢の頑固虫にも、なにか言っておいたほうがよさそうだ。


「クリスティーナ嬢を止めてくれて、助かりました。ライアン隊長にも、私のほうから謝罪とお礼を伝えておきます」


「いえ、情報収集の役目を果たせず、申し訳ございませんでした」


「それは仕方がないことです。朝食をとりながら、その辺りも含めて今後のことを相談しましょうか。作戦会議です」


 朝食には、クリスティーナ嬢、従者と世話係、護衛のシャントットとシロツグの全員を集めて、一緒に食事をすることにした。

 クリスティーナ嬢が作ったというスープは、鶏肉と葉野菜の薄味だが鶏の出汁が効いた、朝から胃に優しい味付けだった。


「クリスティーナ嬢が調理したスープ、美味しいですね。今日も一日、がんばろうって気持ちになれます」


「ありがとうございます。喜んでいただけて、なによりです」


「それにしても、お料理できたのですね。驚きました」


「いえ、お料理は、初めてです。世話係に教えていただきながら、挑戦しました」


「そうだったのですか。初めてでこれは、素晴らしいです」


 俺とクリスティーナ嬢が会話をしながらスプーンを口に運ぶなか、他のメンバーたちは黙々と食事を続ける。さすがに、主君や護衛対象の貴族が作った食事に、感想などを口にするのは憚られるのか。

 と、静かな食事だったが、ボチボチ、作戦会議を始めることにする。


「復興作業に関しては、今朝から復旧部隊が動き始めたそうです。これでこの流域の水が引いてくれれば良いのですが、作業に関しては軍に任せるしかありませんので、我々としては当面することはないでしょう」


「それで、今後はどうされるおつもりでしょうか?」


「グスタフに避難した被災民の状況を知りたいですね。聖教会の支援が充分であれば、任せるしかないでしょうが、充分でないのなら、任せるわけにはいきません。領民の生活を守るのは、我々の責務です」


「はい。わたくしも、同じように考えておりました」


「ですが、町に入れない今の状況では、どうすることもできませんよ?」


「そこなのですよね。正面から入ろうとするから、相手も警戒するのでは?すでに聖教会が救済活動を始めていることを知らなかったとはいえ、領軍の部隊がぞろぞろと向かってくれば、相手もすぐに気付いて警戒してしまいます。もう、そうなってしまえば、いくら敵意は無いとアピールしたところで、話は通じないでしょう」


「そうでしょうね。クリスティーナ様のお気持ちは分かりますが、昨日のあの状況では、あのまま強引に街へ入れば、なにが起きてもおかしくありませんでした」


「ですが、避難民のことを思えば、あのまま大人しく引き下がるなど。わたくしたちは、なにも悪いことはしておりません。堂々とするべきではございませんか?」


「クリスティーナ嬢の言い分は正しいです。ですが、相手が同じように受け取るとは限りません。我々にとっての正義が、相手には悪意に映ることもあるのです。逆もまた然り。相手にとって正義でも、我々には害意に感じることもあります」


「そうですか・・・軽率な行動をしてしまい、申し訳ございませんでした」


「いえ、従者さんたちやシャントット、それにライアン隊長どのがいてくれて良かったです。私も君も、周りに恵まれています。今はそのことに感謝しましょう」


「はい。皆さん、ありがとうございました」


「それで本題なのですが、今後の方針を考えましたので、食事を続けながら聞いてください」


 ここからが、50代中年の本領発揮だ。






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