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#33 被災地へ向けての行軍


 シャントットの話では、軍部は斥侯部隊を先行で派遣しており、本隊の作戦内容の検討を始めているそうだ。要は、本隊が到着する前に洪水の原因や実被害、被災者の避難現状等を調べ、優先順位や復興のために必要な実作業などを計画して、本隊到着後に速やかに動けるように準備を進めているのだろう。

 戦争時の偵察と戦術立案が、ここでは調査と復興計画立案ってわけだ。

 行ってみないとなにができるか分からない俺たちと違って、大部隊を動かす以上は、効率的に無駄なく活動することが大切であって、領軍の災害復興ノウハウは、そのプロセスが構築されているということだ。


 近代日本ですら、それが分かってない連中はたくさんいるからな。俺たちも、自己満足の善意押し付けにならないように気を付けなくてはいけない。

 偽善のつもりは一切ない。しかし、受け取る側がどう解釈するかだ。それも、非常にナーバスになっている被災者たちが。


 出兵式は、軍本部庁舎前で執り行われた。

 この日も軍服だったが、俺は馬車には乗らず、単騎での騎乗だ。

 額には、鋳物職人のゴードン親方からプレゼントされた鉢金も巻いている。

 今回の復興政策は、軍と行政が協力する一大プロジェクトでもある。その顔として、領主の息子である俺のお出ましということだ。

 偽善ではないとは言ったが、こうやって俺が広告塔になることで、少しでも軍の士気が上がり、多くの援助や支援者が集まるのなら、客寄せパンダくらいお安いものだ。

 本当は、見栄え的にはクリスティーナ嬢のほうが良いとは思ったんだけどな。彼女を前に出しすぎると、今度は「若君は口先ばかりで婚約者に働かせ、なにをしているのだ?」となってしまいかねないので、仕方なし。


 出兵式では、父上とドロリス軍団長からの訓示が続き、古来のしきたりに習って出陣のラッパを合図に出発。壇上の父上とは馬上から軍礼式の敬礼を交わしす。

 そして、城下の大通りでは、多くの市民たちが見送ってくれた。

 ここではネットもテレビも電話もないので、情報伝達は口頭での噂や手紙となる。それでもトッテム河の洪水被害は領都の市民まで広く伝わっていたから、市民らもこうして災害派兵を見送ってくれているのだろう。


 目的地である被災地まで、領都から丸1日程度。

 ただし、今回は直接洪水エリアに入るのではなく、手前の安全地域にて野営地を設営するので、今日の夕方には到着する距離になる。具体的には、復興作業の計画に沿って大隊を3つに分けて野営地を設営し、それぞれが復旧作業や救助、治安維持などに動くそうだ。

 そして俺は、カリム将軍が居る本部に組み込まれているという状況。


 市民からの声援に応えることなく、視線は真っすぐ前を向いて、表情を引き締めた。

 隣には、カリム将軍も馬上の人。今回の指揮官はカリム将軍だが、領主の息子とではどちらが上とか上官とか厄介な扱いなので、一緒に並ぶのが一番平和で気を使わない。

 しかし、災害復興以外にも腹積もりがあるのをお互いが理解しているので、油断はできない。

 そんな緊張の中、市民の声援に見送られて、領都の門をくぐると、「ふぅ」と一つため息を吐いた。やはり、慣れない騎乗と市民の声援は、緊張してしまう。


「若君、なかなかご立派でしたぞ。兵たちも皆、若君とご一緒できることを喜んでいる」


「いえ、こちらこそ護衛の件、ありがとうございます。お礼が遅くなり、申し訳ありません。おかげで助かりました」


 轡を並べて並走しながら、カリム将軍と言葉を交わす。

 腹の探り合いとまではいかないが、社交辞令的なやりとりだ。

 カリム将軍とは、婚約披露パーティーと軍部視察にて顔を合わせていたが、挨拶を交わした程度。不安もあるが、人となりは見極めたい。なんと言っても、グレイス領軍や地場産業発展に影響を及ぼす可能性のある人物だからな。いわゆる、キーマンってやつだ。


「8歳の若君が、被災民のために立ち上がろうとしてるんだ。ここでワシら大人が指を咥えて見ているわけにはいきませんよ」フッ


「私に、そんな大層な志などありませんよ。周りの助けがなければ何もできない、ただの子供です」


「謙遜しなさんな。才ある者がそんなことを言ってしまったら、凡人は生きづらくなる」


 そう言って、馬上から俺を真っすぐに見つめてきた。

 笑顔なのに、その眼光は鋭い。


「そうですか。心に留めておきます」


 やはり、隙がない。笑顔で話しているのに、圧を感じる。

 ビジネスの商談でも、こういうタイプを何人も見てきたが、合意できれば心強いが、敵に回すと厄介なタイプだ。


「早速だが、今夜、復興支援会議があるので、若君にも出席してもらいたい。ワシらに何ができるのか、一緒に考えましょうや」


「はい。ぜひ出席させてください」


 40代後半だろうか。軍上層部の中でも、生粋の叩き上げだと聞いている。調理場や鋳物工房の親方たちと一緒で、この人も職人気質なのかもしれないな。

 俺は、そういう人は嫌いではないし、世代的にも話が合うかもしれないな。お酒でも酌み交わしながら、語り合ってみたいものだ。

 ただし、相手は俺のことを8歳の子供としか見ないだろうから、無理だが。


 領都を出てから3刻ほど行軍したところで休憩となり、補給部隊の中継基地の設営が始まった。今後は、この基地に物資が運び込まれ、ここから被災地で活動する本隊へ運搬されるそうだ。


 王都では5歳の時から乗馬の訓練を受けていたので、騎乗自体は問題ないのだが、長時間というのが初めての経験で慣れていないために、お尻が痛い。

 しかし、以前、父上からも『誠実さと真摯な姿勢』を見せろとも言われているし、子供の自分が無理を通して来ているわけで、兵士たちの前でだらしない姿は見せられないので、休憩中も座ることなく、歩き回って設営作業を見学したり、休憩中の兵士たちに声をかけて回る。

 頼もしいことに、どの兵士も日頃から行軍訓練を積んでいるからなのか、疲れを見せずに笑顔で話してくれる。


 そして、クリスティーナ嬢も俺と同じことを考えていたようで、自発的に歩き回って兵士たちに声をかけていた。

 幼少期より、侯爵令嬢としての気品だけでなく、優れた頭脳と大人顔負けの気遣いが出来るのを知ってはいたが、グレイス領に来てからは、貴族としての気概や意志の強さも備わったように見える。

 やはり、ただの箱入りのお嬢様に収まるべきではない人材だ。きっとこの先、グレイス家にとって宝となる人だろう。

 





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