表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/51

#32 3つ目の視察


 3つ来ていた視察要請の中で、実は残りの1つが本命だった。

 本当なら、真っ先に行きたかったのだが、安全面や食事や宿泊などの問題があり、そして、行政や軍部などの都合もあって、俺たちの希望だけで簡単に訪れることができない領域だった。


 それは、トッテム河の洪水による被災地。

 トッテム河というのは領都から見て東に位置し、この春先に大雨に見舞われ、アムル山脈の雪解け水と大雨が重なったことで河が氾濫し、流域にある2つの村を飲み込んだそうだ。

 50代中年の記憶にも、洪水の記憶や知識はたくさんあった。自身が体験したものではなく、テレビやネットのニュースで見聞きしたものばかりだが、洪水そのものの危険だけでなく、その後の復興や被災者たちの生活困窮も大きな問題だという認識は持っていた。

 恐らく今回の視察要請は、そういった現実を見てほしいという被災地の切実な思いからだろう。


 コーデン叔父上には、「なんとしてでも、被災地の視察に行かせてほしい」と伝えてあった。

 しかし叔父上からは、「城下や鋳物工房の見学とはわけが違うのだぞ?気持ちは分かるが、お前が行くからには相応の準備が必要だ。もう少し検討してみるが、期待はするな」と言われていた。


 そんななか、朗報が舞い込んだ。

 なんと、カリム将軍自ら一個大隊を引き連れ、被災地の復興援助をするから、俺の護衛も引き受けてくれると申し出てきたのだ。

 もちろん、それは偶然ではなく、シャントットの報告では、カリム将軍に直接接触して俺からの密会の打診を伝えた時には、すでに鋳物工房での俺のやり取りの報告を受けていたらしく、俺に対して好意的な態度だったそうだ。恐らく、細長い筒状の開発依頼の真意に気付いたのだろう。

 その上で、「確か若君は、トッテム河洪水の被災地視察に行きたがっているそうだな。なら、その時に面会の機会を作ってしまおう」と、被災地復興活動の派兵を自ら率いることを即決したそうだ。


 話がうますぎて警戒するべきだが、手詰まりで困っていたのも事実。

 そして、直接カリム将軍と交渉したシャントットは、「私が知る限りでは、カリム将軍は裏表のない人物です。だからこそ、騎士道に拘らずに火縄の強さを認め、実用化へ向けて着手したと言えます。トーマス様が警戒されるのは当然ですが、もしなにか事が起きるようなら、その時のために私の命があるのです」と、今回の件に賛成していた。彼女の観察眼と分析した結論なら、間違いはないだろう。

 更に、カリム将軍の申し出を受けたコーデン叔父上も前向きに話を進めてくれて、行政府からも選抜した災害対応のチームを同行させて、軍と行政が協力して災害復興に着手することになり、その為の第一陣が俺の視察という位置づけになった。


 ここまでお膳立てしてもらえたのなら、警戒心を強めている場合ではないだろう。そもそも、被災地視察は俺が言い出したことだ。断るほうのがよっぽど怪しい。カリム将軍もコーデン叔父上も、そしてシャントットも、俺の意思を尊重してくれているからこそ、整ったお膳立てなのだ。


 視察の計画が進むなか、クリスティーナ嬢には、「君を危険な目にはあわせられない。今回だけは私一人で行ってきます」と伝えた。

 しかし彼女は、「その危険な被災地で、多くの領民が苦しんでいるのではないのですか?それを知らずして、トーマス様の婚約者としてのお役目を果たすことはできません。わたくしも、ぜひお供させてくださいませ」と頑なだった。

 俺だけでなく、彼女の世話係と従者、更にコーデン叔父上に父上までも諭してみたが、クリスティーナ嬢の主張は正論だったし、貴族として必要不可欠な責任感の話でもあったので、誰一人説得しきれずにいた。彼女とは長い付き合いだが、ここまで頑固者だったと初めて知った。


 仕方がないので、クリスティーナ嬢と彼女の世話係や従者を集めて話をした。


「今回の視察は、私たち自身が被災者の立場に立って、被災地の現実を見ることになります。それは、貴族だからとか侯爵家の子息子女だからという論理は通用しなくなるということです。食べ物だって着る物だって、普段の豪勢なものは持ち込めません。そんなものを被災地に持ち込んだら、「私たちが苦しんでいるのに、お貴族様は良いご身分だ」と彼らの神経を逆なでしてしまうでしょう。クリスティーナ嬢は、そのことを理解できていますか?」


「はい。わたくしは、服も食べ物もこだわるつもりはございません。食べ物が無ければ我慢します。馬車が無ければ、自分の足で歩きます。軍部や行政府の方々にご迷惑をおかけしません。ただ、トーマス様のおそばから離れず、同じものを見届けたいのです」


 4~5歳のころは、用意された答えを言うばかりの優等生だったのに、こんなにも強い自己主張をする子になってしまったのは、俺の教育のせいでもあるのだろう。

 その俺が、彼女の意思を押さえつけるような真似をしてはいかんよな。


「あなたのお気持ちは、よく分かりました。それでは世話係と従者さん。あなた方のお立場としては、彼女の今の言葉を認めることはできないかと思います。ですが、彼女の意思を尊重してくれませんか?ブラン家にて咎を受けることになるようなら、すべて私の独断で強行したことにしてください。あなた方に迷惑がかからないよう、私が全ての責任を負います」


「そのようなこと、トーマス様に・・・」


 世話係は困惑の表情を浮かべている。そりゃそうだよな。こんなこと言われても、「はい、分かりました」とすんなり受け入れるわけがないよな。


「あの、よろしいでしょうか」


 従者の一人が手を挙げて発言した。

 名前は、クリフトだったか。


「はい、どうぞ、クリフトさん」


「我々は、何があろうともクリスティーナお嬢様の身を守ることが役目です。当然、お嬢様を危険な目に合わせるわけには参りません。ですが、我々には貴族であるお嬢様やトーマス様の意思や行動を決めるような権限もございません。今回の視察がグレイス侯爵家の決定であるならば、ここにいる以上は、我々はその決定に従い、お嬢様の身の安全を守る役目に務めるしかございません」


「えっと、つまり、賛成はできないけど、決定には従うということですか?」


「はい」


「ありがとうございます。それだけでも充分です。クリスティーナ嬢のことは、私の身に変えてでも守ります。なので、どうかご協力お願いします」


 そこからは、前向きな話し合いが行われた。

 服に関しては異例だが、軽装で行くことになった。侯爵令嬢であるクリスティーナ嬢の普段の服装は、庶民では手が出ない高価なドレスだ。いくら「これが普段着です」と言っても通用しないだろう。それは、乗馬用のドレスでも同じ。庶民から見たら高価なドレスであるのは一緒。そもそも、被災地では動きづらいドレスは危険なだけで、マイナス面だらけだ。

 それで、最初は俺と一緒のグレイス領軍の軍服という話もでたが、さすがに今はまだ婚姻前でブラン家の令嬢なのに、他家の領軍の制服を着せては政治問題になってしまうので、ズボンとシャツをメインにした軽装となった。

 ぶっちゃけると、女性用のそれらを用意する時間が無かったので、俺の服だ。俺がずっと軍服で過ごしているので、持ってきたのに着ていない服がいくつもあり、その中から派手ではない物を選んでウチと彼女の世話係が二人がかりでサイズを直して、クリスティーナ嬢に着てもらうことになった。

 あとは、馬車もこれまで使っていた貴族用の専用車両ではなく、行政府の役人用のものに乗り、紋章旗も掲げずに移動。そして、世話係も従者も同行し、宿泊は軍の用意してくれる野営地と決まった。


 ここまでなんとか準備は整った。

 しかし、ここからが本番である。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ