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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第四章 富国強兵の宿命
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#31 産業革命の灯


 シャントットを騎士と認めた翌朝。昨日と同じメンバーで、鋳物工房の見学に来ていた。

 床に並べられた鋳型は一晩経って冷却が済んだのか、湯気はもう出ておらず、作業者たちが木槌で叩いて鋳型を壊して回っている。


「鉄ってのは面白いもんでしてね、高温に熱したあとにああやって時間をかけて冷ますと、粘り強くなるんですが、逆に水をぶっかけて急激に冷ますとカチカチに硬くなるんでさぁ。鍛冶職人が熱して叩いて鍛えたあと、水に浸けて急激に冷ますのもその為なんですが、鋳物は粘り強さが売りなんで、一晩かけてじっくり冷ますんですわ」


「そのような特徴があるのですか。鍛造製品とは違う他にも鋳物の売りはあるのですか?」


「あとは、腐食に強いことですかねぇ。どんな鉄でも水で濡らすと錆びてしまいやすが、錆びってぇのは刻の経過で表面から内部へ浸食するでさぁ。そうなると、強度も落ちてしまうんですが、鋳物はその浸食に強いんですわ。表面は錆びていても強度は大して落ちないんでさぁ」


 だから、マンホールのフタなどに適しているのか。確かに50代中年の記憶でも、雨や車両による衝撃に何十年も晒され続けても、割れてしまったという話を聞いた心当たりがない。

 やはり、鋳物には魅力を感じる。プラスティックやセラミックなど無いこの世界で、今よりももっと幅広い分野での用途が生み出せるだろう。そう考えると、人々の生活を豊かにする将来性を、鋳物には感じる。

 しかし、良いところばかりではないはず。問題点や欠点を理解して、初めて産業としての将来性を検討できると言うもの。


「では逆に、問題点や困っていることなどはありますか?」


「人手不足と後継者不足でさぁ。見ての通り、熱や煙に埃と過酷な仕事場なんでね、若いもんは耐えられなくて続かないんですわ。もっとたくさんお給金を払ってやれれば頑張ってくれるんでしょうが、鍛冶製品のような一品物と違って量産品の鋳物は高く売れないんで、儲けも少なくてね」


「そうなのですか?素人の私が見ただけでも分かるほど、長い年月をかけて蓄積された職人のノウハウが活かされた産業なのだから、もっと評価されるべきだと思うのですが」


「やっぱり、若君に見てもらって良かった。ワシはその言葉を聞きたくて、今回の視察をお願いしたんでさぁ」


 親方が今回の視察要請の真意を話すなか、作業場では破壊した鋳型から冷却されて固まった鋳物を取り出し、次々と運び出していた。表面が焼き付いて黒く変色しているが、形状から見て鍋や馬蹄など、多種多様の製品のようだ。

 過酷な労働環境に力仕事。親方が嘆く通り、この仕事を続けるにはそれ相応の報酬が無ければ、続けられるものではないだろう。勿論、俺には無理な仕事ばかりだ。

 特に後継者不足というのは、蓄積されたノウハウの消失を考えれば、無視できない問題である。地場産業の発展を考えるのなら、労働環境の改善も必要なのか。これは難題だ。


「あの、トーマス様。わたくしからも1つよろしいでしょうか」


「はい。なにか意見があるのでしたら、遠慮なくどうぞ」


 昨日は熱気に怯えて発言することは無かったクリスティーナ嬢だが、今日は怯える様子はなく、落ち着いている。ここで彼女がなにかを思いついたのなら、ぜひその意見を聞いてみたい。


「先日、視察しました市場では、鋳物製品は露天にて販売しておりました。そこでは、どこの誰が作った物なのかは宣伝することなく、ただ並べるだけでの販売でした。ですが、そのあとに見学させていただいたサラサさんのお店では、職人であるサラサさんの作ったパンであることを宣伝し、高いパンがたくさん売れていたのです。ゴードンさんの鋳物も、そのように販売しては如何ですか?もしそれが可能でしたら、わたくしは、ゴードンさんのお店に投資したく思います」


「え!?あ、いや、なるほど・・・確かにこれまでに勉強してきたことは、そういうことでしたね。私は、そこまでの発想には至らなかったです」


 俺は、軍や行政での鋳物製品買い付けや労働環境の改善を考えようとしていた。しかし、学んだばかりのことでも応用しようとするクリスティーナ嬢のその素直さと姿勢は、俺には無い資質だろう。

 

「あのぉ、どういったことですかね?鋳物のお店でも作るって話ですかね?ワシらにはそんなお金はないですぜ?」


「ああ、えっと、城下にあるパン屋のように鋳物の専門店を作りまして、職人の技を活かした製品であることを宣伝して売るという話なのですが、その出店の為の資金を我々が出すという話です。これは、鋳物産業や親方の将来性に期待しての投資で、親方にはその期待に応えて欲しいという要求でもあります」


 もし、この出店が成功すれば、軍や行政での鋳物製品買い付けも進めやすくなるだろうし、鋳物製品のブランド化は、グレイス領の地場産業としての発展にも必ず役に立つ。

 実現するには資金だけでなく、店舗探しや商工ギルドとの兼ね合い、そして運送など色々と課題はあるが、せっかくのクリスティーナ嬢のアイデアをなんとか活かしたい。出来るかどうかではなく、『必ず実現させる』という前提で動くべき。こういう時こそ、昭和生まれのサラリーマンの底力を見せてやる。


「ゴードンさん。私たちはあなたの職人としての腕と心意気を知り、尊敬と将来への期待を抱いています。そして、グレイス領にとって鋳物は、必要不可欠な産業になりうるものだと核心しています」


「へ、へい」


「トランベル王国内で『鋳物と言えば、グレイス領』と誰もが口を揃えて言えるような産業になってほしいのです。だから、諦めることなくその技術を更に磨いて、ゴードン親方の名を轟かせてやりましょう。その為には、まずはグレイス領内です」


「あ、あの、若君・・・いや、トーマス・グレイス様。ワシはしがない鋳物職人ですが、それでも30年以上踏ん張ってきた意地とプライドがありやす。ワシも腹を括りましたぜ。鋳物職人の名にかけて、トーマス様とクリスティーナ様の期待に応えられるよう、この地の産業発展にこの身を捧げると誓いますぜ」


「はい。期待しております。投資などに関しては少し時間がかかると思いますが、必ず手はずを整えますので、お待ちください」


「へい。すげぇことになっちまったな。こりゃあ、まだまだ頑張れそうでさぁ」


 ゴードン親方はそう言って、自分の頭をペチンと叩いた。

 兵士だろうと職人だろうと、誇りを持った面構えというのは頼もしくて恰好がいいな。


「もう1つ、私からお願いというか、相談があるのですが」


「へい、なんでしょう。なんでも言ってくだせぇ」


「鋳物で、細長い棒状のものは作ることができますか?太さはこれくらいなのですが」


 身振り手振りで説明しながら話した。


「ええ、できますぜ」


「では、筒状のものでも作れますか?熱や衝撃に強く、大人が持ち運びできる程度の重量であることも必要なのですが」


「うーん、熱や衝撃に強い筒状ですか。そりゃまた難題でさぁね・・・」


「あ、いや、今すぐではなくてもいいのです。ただし、5年、いや3年以内には実用化したいのです」


「ほう、それは将来性ってやつに関係する話なんですかねぇ?だったら、なんとしてでも作ってみせますぜ。この地にはワシみたいな鋳物バカの職人が何人もいますから、他の職人にも声をかけて、知恵を絞ってみやす」


「はい、ぜひお願いします」


「あ!そうだ!忘れるところだった。トーマス様とクリスティーナ様にお土産があったんでさぁ。つまらないものですが、良かったら使ってくだせぇ。ワシが作った鋳物ですわ」


 そう言って、お揃いのベルをそれぞれに。そして、皮のベルトに鋳物製のプレートを縫い付けた額用の鉢金を、俺用にプレゼントされた。

 ベルも鉢金も立体的な意匠が施されたもので、なかなかの出来栄えだろう。

 ベルを振ってみると、チリンと音が鳴る。上品な響きだ。

 そして鉢金を額に装着してみた。シロツグが羨ましそうな目で見ている。

 軍服姿に鉢金を巻いただけで、子供の俺でも戦士になれた気がする。


「ありがとうございます。大切に使います」


「ええ、ぜひ鋳物の良さを宣伝してくだせぇ」


 領主の跡継ぎに宣伝させようとは、ゴードン親方もなかなか逞しいな。

 鋳物専門店の出資に関しては、クリスティーナ嬢は王都に戻り次第、ブラン侯爵に相談すると言っている。俺も、父上に相談しようと思う。店舗探しなどに関しては、商工ギルドのハンス殿に相談するか。

 ここからは俺たちの交渉力やプレゼン力が必要になるが、大丈夫。俺の50代中年の記憶では、これこそが得意分野だ。


 こうして、鋳物工房の視察を終えた。

 今回の視察では、得るものが非常に多かったのではないだろうか。

 地場産業発展の可能性を見つけ、クリスティーナ嬢はその才能の片鱗を見せてくれた。

 そして、シャントットという有能な人材が、強力な味方になることを誓ってくれた。


 しかし、「どこまで先を見据えてらっしゃるのですか?」というシャントットの問いが、心の奥底で引っかかってもいた。



 第四章、完。





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