#30 真夜中のアコレード
鋳物工房視察の初日の夜。親方のゴードンに招待されて夕食を頂いたあと、野営地に戻りテントで一人になって考えていた。
鋳物の技術や特製は少し理解できた。これは今後伸ばしていくべき技術であり、グレイス領としても強みとなる産業になりうる。
ただし、行政としてできることは限られているだろう。現時点で思いつくのは、軍部の武器や物資などで鋳物製品を増やしたり、城や行政関連の施設の建築に鋳物の資材を増やすなどして、需要を増やすことと品質への信頼を定着させる補助くらいか。
しかし、それらですら、子供の俺では無理だ。そのような権限も影響力もない。
やはり、一度カリム将軍に会うべきか。
明日は早朝から鋳型をバラす工程だと言っていたな。今夜は早く寝るか。
寝るために、蝋燭の火を消そうとすると、テントの外で足音が聞こえたので、動きを止めた。
「トーマス様、夜分遅くに申し訳ございません。シャントットです」
「どうしました?なにかトラブルでもありましたか?」
「いえ、少し、ご相談したいことがございまして」
「わかりました。まだ起きていましたので、中へどうぞ」
夜分で既に寝ている者もいるような時刻だが、シャントットは軍服姿のまま訪ねてきた。その表情はなにやら思い詰めているのかシリアスで、こちらも構えてしまう。
普通に考えれば、このような時刻に女性が男性の寝室に訪ねることは常識的に問題だろう。しかし、彼女は専属護衛であるので、任務上では許される権限がある。そして俺は、彼女のことを軍人としてだけでなく、有能な人材として認めているので、相談と言われれば、夜分だろうと咎めることなどしないし、話を聞いてみたいという思いも強い。
「深刻な顔をして、どうしました?なにかお困りでしたら、遠慮なく話してください」
「単刀直入にお聞きします。トーマス様は、どこまで先を見据えてらっしゃるのですか?」
「え?どこまで先を、とは?」
「はい。あなたの見聞と知識、そして理解力と洞察力は異常です。私も貴族のはしくれ。この歳になるまでに、多くの貴族や才能ある人を見てきましたが、あなたのような才能を見たことがありません。それも、私よりも10以上も年下の。そのあなたの行動を間近で見てきて、核心しました。『このお方の行動は全て先を見据えたもので、いまはその土台作りをしているのだ』と。それは、いくら領主の嫡子で高度な教育を受けてきたとしても、とても8歳の才覚ではありません」
やはり、いくら俺が誤魔化そうとしても、通用しない人もいるということか。
そりゃ、視点も考え方もサラリーマン歴30年の元管理職だからな。それが8歳の姿をしていれば、異常だと思われて当然か。
ここにきて、俺も腹を括るべきかもしれないな。
「それを聞いて、あなたはどうするつもりなのですか?」
「このお方なら、私は人生を賭ける価値があるのではないかと考えております。下級貴族の次女で軍に入るしかなかった私に、新たな可能性と道を示してくださるのではないかと」
「そんな大層な人間ではありませんよ。前にも言いましたが、私はただの合理主義者です。確かに先々のことを考えていますが、それも合理的に考えた結果です。クリスティーナ嬢に貴族教育から逸脱した教育をしているのも、彼女の優秀な頭脳を活かすためです。調理場や鋳物工房を視察するのも、領主の跡継ぎとして必要だと考えたからです。なにか革命を起こそうなどと大それたことは考えてはいません。ただ、いまよりも住みやすい世の中に少しずつでも変えられたらと、足掻いているだけです」
「そのような発想こそが、あなたの本質であり異常性なのです。この社会では、みな与えられた役目に収まることで満足しています。満足するしかないのです。ですが、あなたは全く満足していない。それも、侯爵家の長男という不自由のない身分の8歳の子供が、足掻いているのです。私はこれを、異常だと言わざるを得ません」
これは、なにを言ってももう手遅れだろう。今更誤魔化すのは不可能だ。
だからといって、どうすれば良いのか分からない。
説得も誤魔化しも無理。現役兵士相手に8歳児が口封じなんて、もっと無理。困ったな。
いや、ここまで見抜かれているのなら、相手がどうしたいか次第か。
「では、シャントットはどうすれば満足なのですか?」
俺が問いかけると、シャントットは声を整えるように喉を鳴らし、俺の視線から逃げることなく、見つめ返してきた。
「私の忠誠を受け取ってください。私を、トーマス・グレイス様の騎士として認めてくだされば、その瞬間から私はあなたの盾となり剣となり、人生の全てをあなたの王道に捧げます」
「王道なんて目指していませんよ。ですが、私と一緒に足掻きたいと言うその思いを、私は尊重したい。このような私で良ければ、騎士としての剣を与えます」
「あ、ああ・・・」
俺の言葉を聞いて感嘆の声を漏らし、両目からボロボロと涙を流し始めた。
前のめりで少し重いところが気になるが、なるようにしかならないか。
そして、腰の剣を抜くと、跪いて剣を両手で俺に捧げてきた。
剣を受け取ると両手で持ち上げ、「シャントット・コーラス。あなたをトーマス・グレイスの騎士として、認めます」と静かに伝え、剣先の平らな部分でシャントットの肩に軽く触れた。
「シャントット・コーラスは、トーマス・グレイス様を生涯の主君と認め、変わらぬ忠誠をお誓いします」
「・・・はい」
騎士叙任式に倣ってやってみたが、なんだか芝居じみているのは否めない。
やはり、近代日本の感覚で言えば、浮世離れした感じが強いからなのか。
でも、シャントットが忠誠を誓うほどの味方になってくれるのなら、間違いなく今後は動きやすくなる。子供の立場では難しいことでも、シャントットなら可能なことも多いだろう。それこそ、カリム将軍と秘密裏に会う橋渡しだって彼女ならできるかもしれないし、なによりも、俺が王都に戻ったあとも軍部内にホットラインを置けるのは心強い。
立ち上がって俺から受け取った剣を鞘に納めたシャントットは、晴れ晴れとした表情だ。
人の気も知らないで、と言うのは流石に不謹慎か。
「それにしても、なぜ、このタイミングだったのですか?」
「城ですと人の目もございましたので、城を離れて、且つ夜間しかないと思いまして」
「確かに、人目に付く場で出来るような話ではないですね。でも、多少出来が良い跡継ぎだからと言って、生涯の忠誠を誓おうと決意するまでの切っ掛けなど、あったのですか?」
「軍部視察の際に、魔導士部隊の修練を見た時です。あの時、トーマス様は口では子供らしくはしゃいで見せていましたが、本当は失望されていたのではないですか?」
むむ、あの時の演技もバレていたのか。
「なぜ、そう思うのです?」
「私は幼少期よりあのような失望の目を何度も見てきました。私が魔法適正があることを話すと、みな期待や羨望の目をするのです。ですが、実際に魔法を見せるとその目が失望に変わるのです」
確かに、期待が簡単に失望に変わってしまうことは、俺自身もよく知っている。
「しかし、私の微妙な魔法能力と違って、我が領軍の魔導士部隊は能力的に王国最高峰なのです。それなのに失望の目をされていたので、『王国最高峰でもトーマス様は満足されないのか』と感じていたのですが、その直後に火縄の存在を知った瞬間、その目が再び期待の眼差しに変わったのを見逃しませんでした。なのに今度は興味のないフリをされていたので、『この方は、火縄に将来性を見出しており、先を見据えて計算した上で、その場での行動や態度を見せているのだ』と理解しました」
全部、バレてるやないかい。
シャントットが反グレイス勢力や敵対派閥にでも回ったら、俺はとんでもなく危険な状況に陥っていたのかもしれないな。そんな勢力があるのかは知らないが。
「もうここまでバレてしまっているのなら隠しても無駄なので、1つシャントットにお願いがあります」
「はい。なんなりと申しつけください」
「私がグレイス領に滞在期間中に、カリム将軍と秘密裏に会う機会を作ってほしいのです。できますか?」
「やはり、火縄の関することですか?」
「火縄銃もですが、領軍とこの地の将来についてです」
「了解しました。今回の護衛小隊はカリム将軍の息のかかった者たちですので、なんとか探ってみます」
「よろしくお願いします」
「ハッ!」
「シーッ!夜分に男性のテントで女性の声が聞こえたら、いらぬ誤解を招きますよ」
「あ、はい・・・」




