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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第四章 富国強兵の宿命
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#29 鋳物工房の熱気


 城下の市場や商店街の視察で学んだことは、商売やお金の運用に関する基礎だった。応用的な部分やもっと深い部分に関しては実務レベルでの経験が必要になるし、俺はなにもクリスティーナ嬢を商人にしたいわけではないので、ここまでの学習で充分だろうと考えていた。


 そして、次に学ぶべきことは、生産者の現場。

 3つ来ていた現場視察の要請には鋳物工房からのものがあったので、城下視察の3日後に視察に行くことにした。


 鋳物というのは鉄を加工して鉄製品を作る技術だが、近代日本での工業や技術の発展が市民生活や軍備に与える影響を知っていたため、非常に重要な分野だと考えていた。

 しかし、俺の50代中年の知識では、『叩いて鍛える鍛冶とは違う加工方法』という程度のことしか分からなかった。なので、今回の視察は俺自身も勉強する意気込みだ。


 目的の鋳物工房は、領都から西に馬車で1日の距離にあるサリサリ河近辺にあり、日程は一泊二日で、今回は専属護衛以外にも、俺とクリスティーナ嬢それぞれの世話係も同行し、軍部から1個小隊が護衛に付いてくれた。

 ただし、シャントットの話では、火縄銃推進派のカリム将軍の意向もあるらしく、要は、火縄銃の開発に鋳造技術を視野に入れており、護衛任務を名目に、工房の鋳造技術視察に便乗したいのだろう。

 そのような思惑に気付いたからといって特に反対する気は無かったし、むしろ技術発展には大いに賛成で、兵器として火縄銃の実用化を早く実現してほしいと願っているくらいだ。


 朝早く領都を出発し、その日の夕方には目的地のサリサリ河に到着。そこには、いくつもの鋳物工房が密集しており、どうやらこの辺り一帯は近代日本でいう工業団地のようだった。


 工房の傍に野営の設営を済ませると、早速クリスティーナ嬢と護衛に軍部の小隊長を伴って、工房の親方に挨拶に行った。


「ちょうどいいタイミングで来なさったな!今から出湯するところだから、挨拶はあとにして観ていってくだせい!」


「お、それは良かったです。では、早速見学させてもらいましょうか」


 城の調理場の親方とはまた違ったタイプの職人のようだが、形式的な挨拶などより現場を見せてもらうほうが、こちらとしても望むところだ。


 案内された工房内では、高台に設置された直径2ライドx高さ3ライドほどの大きな鍋を、下から大量の薪を燃やして熱しており、中から煙と赤い光が漏れていた。どうやら鉄を熱して溶かしているのだろう。工房内は熱気に包まれ、離れていても肌が焼けるように熱い。

 この熱気と迫力には、流石のシャントットでも後ずさりして、クリスティーナ嬢は俺の背後に隠れて及び腰だ。逆に俺とシロツグは興奮気味で、シロツグなんて「おおおお」と変な声が漏れていた。炎を見ると興奮してしまうのは、男子の本能なのかもしれない。


「あの鍋は、石でできているのですか?」


「お、よく解かりやしたね。高温で燃やし続けるんで、熱に強いアルム山脈の岩を削って作った鍋なんですわ」


「なるほど。実際にどれほどの刻を熱して鉄を溶かすのですか?」


「今日は2刻程度ですぁね。大物を鋳造するときだと3刻以上の時もあるんでさぁ。そのあいだずっと火の番をして、薪をくべ続けるんですわ」


「そんなに長い刻を」


 質問をしながら見学していると、高台の横にもう1つの石鍋が運ばれ、ハンドルを操作して鉄を熱していた石鍋を傾け、横の石鍋に解けた鉄を移し始めた。

 すると、今度はバチバチと白い炎と真っ赤な鉄の雫が飛散し、モクモクと煙が立ち上る。あの白い光は、ストロボを焚いたときの光に似ている。


「あれは、どうして白く光るのですか?」


「鍋の底にマグネシウムを仕込んで、溶湯と混ざると発光するって仕掛けですわ」


「ほう、マグネシウム?」


 なぜマグネシウムを混ぜるのか理由までは分からないが、化学反応による発光なのは間違いないようだ。

 溶けた鉄を全て移し終え、しばらくして発光が収まると、今度はその石鍋をゆっくり移動させて、何人もの作業者が慌ただしく作業を始めた。

 どうやら、解けた鉄を型に流し込む作業が始まるらしい。二人の作業者がそれぞれ長い柄の柄杓を持ち、石鍋から解けた鉄をすくうと、床に並べられた型に手早く注ぎはじめた。


「注湯する作業は、ああやって静かに早く注ぐのが大事なんですわ」


「職人の腕の見せどころってわけですね?」


「お!よく分かってるな!さすが、噂に名高い若君!あの鋳型は砂でできてるんで、ゆっくり注がないと鋳型が崩れて砂を巻き込んじまうでさぁ」


「なるほど。それで、静かに早くなのですか」


 床に並べてあった鋳型全てに注ぎ終わると、作業者たちが石鍋を屋外に運んだり、焚き続けていた炎の始末を始めた。

 鋳型からは湯気が立ち上り、触れると大火傷しそうなほど熱を帯びているのが見た目だけで分かるが、一晩放置して熱を冷ますそうだ。


「お邪魔して早々、貴重な作業現場を見せていただき、ありがとうございます。非常に勉強になりました」


「いえいえ!こちらこそ、遠くから視察に来てくださって、ありがとうございやす!ワシはこの工房の経営をしているゴードンっていいやす!」


「トーマス・グレイスです。こちらがクリスティーナ・ブラン侯爵令嬢で、この二人は護衛のシャントットとシロツグです。あとは軍部からの視察です」


 挨拶のあとは隣接する親方の自宅に場所を移し、この地方の鋳物業や工房の運営などについての説明を受けた。


「ここら一帯は良質の砂が取れるんで、鋳物工房には適した土地なんでさぁ。鋳造にとって砂ってのは鋳型の質と効率を左右するんで、王国内だけじゃなく他国でも川沿いに鋳物業が根付いて発展してるんですわ」


「鋳物にとって砂が大事だというのは初めて知りました。冷えて固まったあとに取り出しやすいように、砂で型を作るのですか?」


「その通り!鋳造の工程を簡単に説明しやすと、木で模型を作って、それを砂型にいくつも転写して、そこに溶けた鉄を流し込んで、あとは冷やして固める。その1つ1つの工程には長い年月をかけて職人が積み上げてきた技術が詰まってるってことなんですわ」


「マグネシウムを混ぜていたのもそうなのですか?」


「ああ、あれはですね、ワシも理屈は説明できねぇんですが、マグネシウムを入れると完成した物の強度が上がるんですわ。ただ、鍋の上から入れると溶湯全体に行き渡らないんで混ぜる必要があるんですが、混ぜてるあいだにマグネシウムの効果が消えちまうんでさぁ。それで先に底に仕込んでおくと撹拌作業なしでも全体に混ざるし、発光が収まると同時に注湯が始められるって寸法ですわ」


「静かに早くっていうのも、マグネシウムの効果が消える前に注ぐ必要があるからということなのですね」


 しかし、マグネシウムの効果に関しては俺の50代中年の持つ化学知識でも、理屈までは分からないな。あの発光する化学反応が強度の出来栄えに影響しているということだろうか。


「鋳物にとって一番の売りってのがですね、壊れにくくて丈夫なのと音の響きがいいことなんでさぁ。だから、教会の鐘とかは全部鋳物なんですわ」


「言われてみれば、教会の鐘は鋳物ばかりですね」


 近代日本でも、鋳物と言えばお寺の鐘やマンホールのフタなどをイメージするが、確かに、何十年も耐える耐久力が求められるものが多いな。


「例えば、鍛冶で製造した剣とかありやすけど、あれは叩いて鍛えて硬くなってますが、折れやすいんですわ。でも鋳物は、折れたり割れたりしにくいんでさぁ。粘りとか弾力があるってイメージですかね」


「あー、なんとなくイメージが沸きました。鍛冶製品はカチカチなので、曲げようとするとパキッと折れてしまうけど、鋳物だとしなるイメージですか?」


「そうそう。実際にぐにゃぐにゃ曲がるわけではありやせんが、衝撃に耐える粘りがあるんでさぁ」


 ゴードン親方の解説は初めて知る話ばかりで非常に勉強になり、鋳造技術や特性の理解を深めることができた。

 しかし、気付けば俺以外のメンバーは、誰一人、会話の内容が理解できていないようだった。

 俺の持つ近代日本の50代中年の記憶には、仕事柄携わった製造業の知識や大卒並の化学の学力があるから、専門外でも話を聞けばある程度は理解できる。しかし、この世界のこの時代は工業や技術が未発達な分、社会的にも認知が低く、専門的な話を聞いても理解するのは難しいということか。

 俺の知る限り、トランベル王国には化学に相当する学術はないからな。化学反応という言葉だって、言語が日本語の俺の脳内の言葉であって、トランベル語には存在しない。

 もし、それをこの世界の言語で説明しようとしたら、分子の説明から始めて、数百ページもの論文が必要になるだろう。

 そう考えると、職人が理屈は分かっていないが経験則でやっている技術を、一般人が理解するのは無理だというのも仕方ないのか。






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