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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第四章 富国強兵の宿命
28/51

#28 パンから学ぶ商いと消費者心理


 城下の市場と商店街の視察からの帰りの馬車にて、クリスティーナ嬢の市場調査の報告を聞かせてもらった。


「今日、視察しました商店街には3軒のパンを販売するお店がありましてので、それぞれのお店を回って値段を確認しましたところ、サラサさんという方のお店のこのパンが一番安く、小銅貨1枚で販売しておりました」


 クリスティーナ嬢はそう言って、紙のような素材の袋から、拳大ほどのパンを取り出して見せてくれた。


「どうしてこのお値段で販売しているのかを尋ねましたところ、「昨日の売れ残り」であることと、「材料の小麦も古いものを使用している」ことを教えていただきました。そして、サラサさんは「材料や商品を捨てるのは勿体ないから、安くしてでも売って、少しでも損失抑えたいのです」とも教えてくださりました」


「なるほど。それなら、安く販売していたことも納得できますね」


「はい。ですが、古い小麦を使っていても、言わなければ分からないのではないかと思いまして、それも尋ねましたら、「見た目は騙せても、お客さんの舌は騙せませんよ」と教えてくださりました。新しい小麦と古い小麦では、味が変わるそうです」


「ほうほうほう、そこまで調べてきたのですか。恐らくですが、サラサさんは、商人としての信用を大事にしているのでしょうね。確かに見た目で騙せて最初は売ることができても、それを食べたお客は、「高い値段でまずいパンを買わされた」と怒り、二度とサラサさんのお店では買おうとは思わなくなりますよね」


「はい。サラサさんも、「ウチの商売は信用第一だ」と仰っていました。そして、「この商品も今日売れ残れば、明日はもっと値下げして売るか、自分の賄いにするしかない」とも仰っていました」


「質や鮮度が落ちれば、安くしても売れるとは限らないということでしょうね。では、一番高かったパンはどうでしたか?」


「実は、一番高いパンもサラサさんのお店で販売しておりまして、お値段は銅貨1枚でした」


「一番高いパンもサラサさんのお店でしたか。それで、高く売る理由は分かりましたか?」


「はい。サラサさんが教えて下さったのは、「スードリ地方で今年収穫されたばかりの小麦を仕入れて使っているのと、大きさが違うから、当然値段もその分頂いていますよ」とのことでした」


 そう言って、先ほどの袋から今度は1/2ライド(20~25センチ)ほどのパンを取り出した。50代中年の記憶にあるフランスパンとほぼ同じ形状だ。

 スードリ地方というのは、歴史学や社会学で教わった情報では、王都から南へ馬車で1週間ほどの距離にあり、小麦の生産が盛んで、トランベル王国内では有数の穀倉地帯である。

 王都から7日ならグレイス領からだと10日程度。つまり、質が良くて新鮮な小麦を使うために、わざわざ10日の距離を運んでいるということになる。いわゆる『産地直送』ってやつだ。


「なるほど。スードリ地方からグレイス領まで運んだ運搬費用と、商品の大きさが主な理由のようですね」


「はい。ですが、もう1つ教えてくださったのが、サラサさんのお店では、この一番高いパンが一番売れている商品なのだそうです」


「ほうほうほう、それは興味深いお話ですね。安いパンは売れ残って困っているのに、一番高いパンは売れ筋商品だと。その話を聞いて、その理由は分かりましたか?」


「味でしょうか?」


「それは当然あるでしょうね。あとは、購入してから日持ちすることでしょうかね。一番高いパンが大きいサイズなのに対して、安いパンが小ぶりな理由もそこにあるかと思います。サラサさんがどうして小ぶりな安いパンと、大きなサイズの高いパンとで分けているのか、分かりますか?」


「安いパンは古い小麦を使っている上に売れ残りしやすいので、買ってもすぐに食べなくては悪くなってしまいます。それなのに大きなサイズで販売しては、食べきる前に腐ってしまうので、誰も買わないのではないでしょうか。また、売れ筋の高いパンは、少しでも多く高く売るために、1つ1つを大きくしたほうが生産する手間も減らせ、高い値段で売ることも可能かと思います」


「ほぼ、パーフェクトの回答です。鮮度と歩留まりの兼ね合いでしょうね」


「それでトーマス様、わたくしの今回の学習は、トーマス様の投資に見合ったものでしたでしょうか?」


「今回の学習で、君が投資以上の学びができたと感じていますよ。特に、味の違いで客の信用につながることまで調べてきたことは、素晴らしい調査結果だと思います」


「そのお言葉を聞いて、安心いたしました。投資してくださったからには「トーマス様の期待を裏切れない」との気持ちが強く、これまでに経験したことのない心境でした」


 投資されたことでの重圧を吐露するクリスティーナ嬢だが、実際にパン屋巡りや店主とのやりとりを見ていた限りでは、むしろ、ニコニコして楽しそうだった。口ではあのようなことを言っていても、相当プレッシャーに強いタイプだと思う。

 長い付き合いでも、彼女が動揺する姿を見せることは本当に少ないからな。


 城に戻ると、購入したパンとチーズを調理場に持ち込み、以前の視察でお世話になった親方に「これでなにか作ってもらえますか?」とお願いし、安いパンと高いパンの実食比較もすることにした。

 すると、「若のご要望ってなら、張り切ってやらせてもらいますぜ!」と、親方自ら調理を始めてくれた。そして、安いパンには切れ込みを入れて葉野菜やハムやチーズなどを挟んだものを作ってくれて、高いパンは、輪切りにしてチーズを乗せて軽く炙ったものを用意してくれた。

 親方が言うには、「安いパンでも鮮度や歯ごたえが違う食材を挟んで食べれば、味は気にならないんですわ。逆に高いパンは、パンそのものの美味さを味わうために、シンプルな食べ方が一番なんです」とのことだ。やはりプロは、素材を活かした食べ方を熟知しているのだろう。


 クリスティーナ嬢だけでなく、シロツグやシャントット、クリスティーナ嬢の従者、そして親方にも試食してもらったが、安いパンのほうが好きだと言ったのはシロツグ一人だけで、あとは全員チーズを乗せた高いパンのほうが美味しいとの評価だった。

 こういうのは、幼少期からの食生活の影響もあるのだろう。高級なものよりも食べなれた味のほうが好きだというのは、よくある話だ。

 要は、消費者の好みや趣向は千差万別で、商品を売るにも正解は1つではないということだ。それこそ、同じ人でも体調や天候などで食べたいものが変わるわけだし、好きだからといって毎日同じものを食べ続ければ、飽きることもあるのだから。


 ちなみに、ホールで購入したチーズは丸々残ってしまったので、クリスティーナ嬢から「みなさんで召し上がってください」と調理場へ寄付した。

 やはり、最初から自分ひとりで食べるつもりで購入したわけでは無かったのだろう。高カロリーであのサイズのチーズを、「わたくし一人で全て食べます」などと言い出したら、さすがに俺でも止める。肥満児になったクリスティーナ嬢など、見たくないからな。






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