#22 魔法と銃
食堂で一般兵たちと雑談に興じていると、午後1の刻を告げる鐘が鳴るのが聞こえ、参謀部からの使いが来て「次の予定の刻になりましたので、移動してください」と指示あり、話し相手になってくれた兵士たちにお礼を告げて、食堂を後にした。
次は魔導士部隊の訓練場を見学させてもらうことになっていた。
魔法に関しては、近代日本の50代中年の記憶にはおとぎ話程度しかなく、家庭教師から教わった知識しか無かったので、今回の軍部視察で楽しみにしていた1つだった。
この世界での魔法は、血統による特殊な能力という扱いだった。
なんでも、500年ほど前までは魔法というものは存在しておらず、南の小国ルルーシアにて、始祖となる一人の魔法適正を持つ人物が現れたことが始まりだったそうな。
そして、その始祖の血を受け継ぐ者にだけ魔法適正が現れるそうで、シャントットもその血を引いているということになる。
ただし、血を引いていても必ず魔法適正があるわけではなく、またシャントットが言うには、その能力にも個人差が大きくあり、大量の水や炎を生み出せる才能を持つ人もいれば、コップ1杯の水を作るのが精いっぱいという人もいる。ちなみに、シャントットが使える魔法は、数秒ほどマッチ棒ていどの炎を作り出せるそうだが、それをやると頭痛が酷くなるので、滅多なことではやらないそうだ。実際に見せてもらいたかったが、頭痛と聞いてはお願いできなかった。
それでも、トランベル王国では魔法適正を持つ人材は希少で、国立の魔法研究館にて研究しているそうだが、始祖が誕生したルルーシア国のような魔法適正を持つ人口が多い国に比べれば、魔法研究に関しては後進国であった。
そして、優秀な魔法適正を持つ人材は魔導士と呼ばれ、軍では魔導士部隊と呼ばれるエリート集団として扱われていた。
しかし、魔導士部隊の訓練を見て感じたのは、期待外れのひと言だった。
誤解を恐れずに本音を言えば、「なぜこれを兵力として扱うのか、理解できない」だ。炎を噴射する魔法は、たしかに相手を焼いたり威嚇することができるだろう。それでも数秒間だけだ。おまけに、たった数秒噴射するために、その倍以上の詠唱をしているし、噴射が止まるとシャントットの頭痛と同じように脳に負担がかかるらしく、まともに戦闘が継続できない。これなら、力押しでなんとでも対処できるのではないだろうか。
水を噴射する魔法なんて、ただの水鉄砲だ。威嚇にすらならない。前線に立つよりも、補給部隊で水の供給でもしているほうのが役に立つのではないだろうか。
とはいえ、そんな失望を表情や態度にだすわけにはいかないので、「凄いですね!初めて見ました!」と、8歳児らしく感激する演技を頑張ったのだが。
魔導士兵たちにお礼と激励の言葉を伝えると、早々に次の予定である歩兵の訓練場へ向かうことにした。
シロツグの先導で歩いていると、パンッ!と爆ぜるような乾いた音が聞こえてきた。
音のした方向には、近代日本の弓道場のような演習場がある。
「あそこではなにをしているのですか?」
「あれは、火縄の実用訓練をしていますね」
「火縄?火縄銃のことですか?」
「その通り火縄銃のことですが、どうしてトーマス様が火縄銃をご存じなのですか?」
「あ、えっと・・・」
しまった。またシャントットに疑惑を持たれてしまった。
この世界では銃はまだ兵器としては実用実験段階ということは、貴族とはいえ、子供が知っているのは不自然だったか。
「父上から聞いたことがありまして、そのときに興味を持ったので覚えていました」
「そういうことでしたか。火縄に関しましては、カリム将軍の肝入りでして、新たな兵器として採用するために開発と実用実験を進めているのです。ですが、なかなか難しいようですね。火薬を使って鉄の玉を打ち出すのですが、玉込めの手間がかかるのと火薬が非常に希少であること。あと、事故が多くて、軍上層部でもカリム将軍以外は冷ややかな反応だそうです」
「なるほど。新兵器の開発にも、一筋縄ではいかないということですね」
「それに、「騎士道に反する邪道だ」という声も多いですね」
「邪道ですか。魔法や弓は良くても火縄銃は受け入れられないとは、人間とは理屈で割り切れないものだということですね」
「はい。トーマス様が仰っていた通り、理屈ではないのでしょう」
50代中年の記憶にある近代の戦争において、銃が新兵器として実用化して以降の歴史を知っているから、魔法よりも銃のほうがポテンシャルが高いと考えてしまうが、ここであからさまに火縄銃に興味を示すのは、不自然で危険か。
それにしても、シャントットは要点をまとめての説明が上手いだけでなく、軍内部の事情にも精通しているのだな。護衛としての戦闘能力だけでなく、ツアーガイドとしての能力も買われて要人警護に選ばれているのだろう。
◇
午後の予定を全てこなし、再び軍本部庁舎前にて馬車に乗り、軍上層部に見送られて本日の軍部視察を終えた。
その馬車のなかで、父上から領主としての現実を突きつけられた。
「トーマスもクリスティーナ嬢も積極的に色々と学んだようだな。いまの軍部を見て、どう感じた?」
「みなさん、グレイス領軍の兵士であることに誇りと義務を強く抱いている印象でした。日々の厳しい訓練で、体だけでなく心も強く鍛えられていると思います」
「まだ成人したばかりのお若い方が多く、領軍が庶民にとっては職業としての受け皿であると学びました。また、女性兵が男性兵に混ざり、男性兵にも負けない体力と強さを持っていることに、大変驚きました」
「ふむ。二人とも、子供らしい素直な目で良く見ているな。しかし、よく覚えておいてほしい。戦争が起きれば、私たち領主は彼らに「国のために死んでくれ」と言わねばならないのだ」
「はい・・・」
「はい・・・」
そうだ。この世界では、死は間近にある。
いまは平和な時代だが、戦争が起きる様々な要因が多い世界だ。
そして、兵士たちは皆、それを分かった上で入隊している。
シャントットもシロツグも家庭の事情はあるが、死ぬ覚悟があるからこそ、入隊の道を選べるのだ。
「しかし、それを言う領主が愚鈍だと、兵士たちはどう感じる?」
「このような者に言われて死ぬなど、嫌だ。と感じるかと」
「そうだ。だから私たちは、兵士たちに「死んでくれ」と言えるほど、誠実さと真摯な姿勢を見せる必要がある。そのことを忘れるな」
「はい。肝に銘じます」
「はい。忘れることが無きよう、精進いたします」




