#21 歩み寄ることで得られるもの
一般の正規兵の食堂は、軍部庁舎とは別棟の兵舎内にある。
シロツグが前触れで先行するというので、「席だけ確保して、私たちが来ることは伝えないでください」とお願いした。あえて今回は予告なしにしたのは、「休憩時間に一緒に昼食を食べましょう」というだけで、業務や任務を邪魔するわけではない。それに、兵士が大勢詰めているここほど安全な場所もないわけで、変に肩肘張るよりも自然体でフラッと来ましたって感じのが、生の現場を見ることができるだろうとの考えだった。
しかし、兵舎へ向かう途中では、行き交う兵士たちは俺とクリスティーナ嬢の姿を確認すると道を開け、どの人も足を止めて敬礼する。
そんなつもりじゃなかったんだけどな。休憩中なんだから堅苦しくしなくても良いのだけど、やはり、規律の厳しい軍ではそうもいかないのだろうか。
食堂に到着すると大勢の兵士でごった返していたが、受け取りカウンターに行列ができていたので、50代中年の記憶にある社員食堂と同じ要領で、トレイを持って最後尾に並んだ。
「どうして、侯爵家の跡継ぎが食堂のルールを知っているのだ?」と疑問に思ったのか、シャントットはまたドン引き気味のようだったが、気にしない。
でも、流石にクリスティーナ嬢を並ばせるのはまずいと思い、「クリスティーナ嬢の分は私が持って行きますので、シロツグが確保した席でお待ちください」と伝えると、「いえ、わたくしもトーマス様とご一緒させていただきます」と言い張り、俺を真似してトレイを持って並ぶと、再びシャントットをドン引きさせていた。
シャントットにもいい加減慣れて欲しいものだ。
「シャントットと従者さんも食事をするんですから、一緒に並びましょう」
「あ、いえ、それはまずいです」
やはり、護衛の任務中に護衛対象と一緒に食事はできないのだろう。だが、この食堂内で一般兵たちと一緒に食事をするのが目的なのに、護衛は食事せずに立っていられては、他の兵士たちも気を使って生の声が聞きづらくなるので困る。
「他の兵士さんたちはみんな食事をしているのに、あなたたちだけ食事せずに立っていたら、不自然ですよ」
「しかし・・・」
「クリスティーナ嬢からもなにか言ってやってください」
「ここでは、貴族も従者も兵もございません。皆さま、任務をはなれて休息されていらっしゃるのです。わたくしたちもここでの作法に倣いましょう。あとでなにか問題があるようでしたら、トーマス様が必ず取り計らってくださいます」
流石はクリスティーナ嬢。俺の意図を理解して、俺が望むことを的確に言ってくれる。
「ハッ!では、そうさせていただきます!」
「畏まりました」
そして、このやり取りを見ていた多くの兵士たちがざわついていたので、さも「自分も一般兵ですよ」という顔で、列の前の人に「今日のメニューはなんでしたか?」と訊ねた。
「え!?あ、その、豆の煮物と焼いた羊肉だったかな・・・です」
いきなり話しかけられてびっくりした様子だったが、答えてくれた。
「そうですか。美味しそうですね。毎日の食事で量は足りていますか?」
「あ、はい!美味くて充分足りてます!」
「それなら、お仕事も頑張れますね」
「ハイッ!自分は、グレイス領を守る兵士になれたことが、誇りであります!」
「あ、そんなに畏まらないでくださいね」
他の兵士にも同じように話しかけていると列が進んで自分の番になったので、給仕係から受け取り「いただきます」と伝えると、「あいよ~って、と、トーマス様!?」と、いまさら驚かれた。
クリスティーナ嬢も無事に受け取ったのを確認して、シロツグが確保してくれていた席に向かい、「シロツグも一緒に食べましょう。待っていますので食事を受け取ってきてください」と伝えると、「了解しました!急いでもらってきます!」と走っていった。シャントットと違って、彼はこういうところは素直だと思う。
シャントットや従者も無事に食事を持って座ったので、シロツグが戻ってくるまでのあいだ、近くで食事中の兵士にも話しかけて、日頃の任務で苦労していることや辛かったこと、遣り甲斐を感じることなどを聞いてみた。
こちらが子供らしく素直な感じで何人もの兵士に話しかけ続けていると、そのうちにどの兵士も慣れてきたのか、それともこちらの意図を理解したのか、畏まらずに色々と話してくれるようになっていた。
シロツグが食事を持って戻ってきたので、「ではいただきましょうか」と5人で揃って食事を始めた。
「パンが硬いですね。普段からこんなに硬いのですか?」
「ここまで硬く焼けば日持ちするのですよ。任務中の食糧は日持ちする物を携帯するのですが、それで兵舎での食事も硬いパンなのです」
50代中年でも、こんなに硬いパンは食べた記憶がない。精々フランスパンくらいだろうか。
「なるほど。初めて食べましたが、子供の歯では食べるだけでも大変ですね」
「あ!すぐに柔らかいものと交換させましょうか!?」
「いえ、頑張って食べてみます。歯が丈夫になりそうですからね。クリスティーナ嬢は交換してもらいましょうか?」
「いえ、わたくしも頑張って食べます。お気遣いありがとうございます」
「あ、でしたら、こうやって煮物の汁に浸してから食べると、少し柔らかくなりますよ」
「ほうほう、やってみます」
シロツグが教えてくれたのを真似して、豆の煮物にパンを浸してからかぶりついた。
もし、グレイス邸でこのような食べ方をしていたら、間違いなく「そんなはしたない食べ方などしてはいけません!」と世話係から怒られただろう。
「あ、これなら食べられそうです。味も染みて美味しいですね」
俺が感想を述べると、クリスティーナ嬢もパンを豆の煮物に浸してから口に運び、口元を手で隠して咀嚼したあと、目を見開いて俺に向かって何度も頷いていた。これならクリスティーナ嬢でも食べられそうだ。
すると、周りいた何人もの兵士たちから「おぉ・・・」と声が漏れるのが聞こえた。
ふふふ、どうやらパーフェクト侯爵令嬢のギャップに、兵士たちも驚いているようだな。
食事を終えると速やかに食器を片付け、兵士たちへの聞き取りを再開した。
クリスティーナ嬢のほうも、「入隊されてから何年目になりますか?」や「お怪我をされることはございませんか?」と、一人ずつ丁寧に質問していた。
そんな俺たちに対して、どの兵士も嫌がることなく答えてくれた。相手が子供だからとぞんざいな対応はせずに、ニコニコと明るく答えてくれるのには嬉しかった。
気付けば俺たちの周囲には兵士たちが集まり、どの兵士も「俺にも質問してくれ」と言わんばかりに目を輝かせていた。
すると、一人の兵士が俺に話しかけてきた。
「トーマス様は、今日はなぜ軍服なんですか!」
食堂に来てからは俺のほうから話しかけてばかりだったので、兵士から話しかけられたのは初めてだ。
「恰好良くて憧れだったので、着てみたかったのです」
「おぉー!」
俺の答えを聞いた兵士たちは、盛り上がっている。
「だったら、将来、軍に入隊されるのですか!」
「軍への入隊もいいですね。でも、私がそのようなことを言い出したら、コーデン叔父上に「お前はまたなにを言い出しているのだ?」と叱られてしまうでしょうね」
「ブッ」
「そりゃそうだ!」
「コーデン様なら怒るだろうな!」
「いい兵士になれると思ったんだけどなぁ」
俺のジョークに兵士たちがさらに大盛り上がりするなか、シャントットが我慢できずにブッと噴き出したのを、俺は見逃さなかった。




