#20 王国の盾
グレイス家は、約200年前に初代国王となるアララート・トランベルが国内統一を目指して挙兵した際に、配下として各地を転戦して多数の功績を残し、建国に貢献したことで爵位を賜ったのが始まり。日本の歴史でも有名な、徳川二十八神将や賤ヶ岳の七本槍、武田二十四将などと同じで、トランベル建国功臣十家門に数えられる名家だ。
領地が首都圏に隣接しているのも、外敵から王都を守り、王都で有事が起きた際にすぐに軍を派兵する役割を担っているからで、要は王家からの信頼が厚く、「グレイスは王国の盾」とまで自称するほどの歴史とアイデンティティを持つ。
また、家紋の白い胡蝶蘭は王国統一時代から使われているもので、初代トランベル王の姫君から胡蝶蘭を賜ったことが由来だそうな。
当然、これらの歴史はグレイス家の子息子女には必須科目で、俺も幼少期から家庭教師に叩き込まれた。ちなみに、クリスティーナ嬢も俺と一緒に学習するようになってから、家庭教師に「グレイス家の許嫁ですので」と言われて、叩き込まれていた。
また、クリスティーナ嬢のブラン家も、グレイス家と轡を並べる建国功臣十家門の一角だが、先祖は文官だったらしい。
話が少し横道に逸れてしまったが、つまりグレイス領は、いつの時代でも軍備増強を求められている。だから、シャントットのような女性の志願兵も受け入れているのだろう。
そしてそれは同時に、領軍を維持するための税収が必要であり、税収を確保するための産業や商業も発展させる必要があると言える。近代日本の隣国のように、将軍様の独裁政治でミサイルばかり打ち上げ、その陰で国民は飢えていたなんて、グレイス家の跡取りとしては笑えない話だ。
こういった事情もあり、父上は武人ではなく領地運営の行政官と中央政界での政治家が主な仕事で、俺も恐らくその道を辿ることになる。ただし、これはあくまで平時の話であって、戦争や内乱が起きれば、当主自ら軍を率いることになる。これは貴族としての役目であって、日本の江戸時代の大名とほぼ同じだろう。
つまり、俺も将来、軍を率いて戦争に出兵することがあるかもしれない。
そういう意味でも、当主の跡継ぎとして軍部に顔を売っておくことは重要だ。いざ戦争になっても、軍団長や将軍が言うことを聞いてくれないのでは話にならない。
一応、婚約披露パーティーでも挨拶を受けているので、ドロリス軍団長をはじめとした軍上層部の顔と名前は憶えているが、そんな社交辞令的なものではなく、現場を知り、そして信頼関係の構築が必須。領主がお飾りだったために、軍部のクーデターなど起きたら目も当てられない。
だから、当主や跡継ぎが軍部に対して積極的に顔を売ってコミュニケーションを取りにいくことは非常に重要で、今日の視察はそのための第一歩だと言えよう。
そんな意気込みでこの日も軍服姿だったが、俺を見ても父上はなにも言わなかった。なにも言わないということは、軍服姿での視察を認めたということだ。
軍本部の庁舎は城の北側に隣接しており、城からは馬車で向かう。父上、俺、クリスティーナ嬢の3人を乗せた馬車が軍本部庁舎前に到着すると、そこには、グレイス領軍の象徴でもある胡蝶蘭を描いた軍旗がいくつも掲げられ、ドロリス軍団長や3人の将軍、各部門の上長と整列した1個大隊に出迎えられた。ちなみに、父上の護衛の従者や俺の専属護衛のシロツグとシャントット、クリスティーナ嬢の護衛であるブラン家の従者は、馬車の護衛として、それぞれが馬に騎乗して付き添っていた。
まずは護衛の従者たちが馬から降りて馬車の周りを囲む様に配置が終わると、馬車から父上が降り、次に俺が降りてクリスティーナ嬢を補助して降ろす。すると、「グレイス侯爵閣下に、敬礼!」という掛け声が聞こえ、出迎え全ての兵士が一斉に敬礼する。よく訓練されており、一糸乱れぬその姿は壮観だ。
父上も敬礼で返礼したのを真似て俺も敬礼すると、クリスティーナ嬢まで敬礼した。ちなみにこの敬礼は、グレイス領軍独自のものではなく、トランベル王国全土で共通のものだ。
父上とドロリス軍団長が挨拶を交わして握手すると、次に俺も挨拶をして握手し、クリスティーナ嬢も同じく挨拶と握手を交わす。ここは貴族的な礼ではなく、軍部の儀礼に沿ったものだろう。各将軍とも同じように挨拶を終えると、用意されていたステージに父上が登壇し、整列している兵士へ向けて訓示が始まった。
「我が勇敢な兵士たちよ、出迎えご苦労。グレイス領軍の強さと規律を体現する一糸乱れぬその姿に、心強く思う。グレイスの誇りであり、君たちこそが王国の盾であると胸に刻み、―――」
長くなりそうな話が始まり、また俺にも挨拶するよう指名されるのではないかと構えていたが、今回は指名されることなく終わった。流石に同じネタは使えないし、どうしたものかと考えていたので、助かった。
午前中は、参謀部でここ数年の領内で発生した出動事案や災害などの報告説明を受けた。俺が産まれてからのこの8年間、他国との戦争も国内での内乱は無かったし、領内での暴動やテロなども無いが、災害などによる軍への出動要請は年に2~3回はあるようだ。王都で生活している子供の身ではほとんど情報が入ってこなかったが、災害対策が遅れているこの時代では、天変地異による被災は日常的なのだろう。
特に気になったのは、洪水による被害の多さ。重機など無く治水工事も全て人力になるし、治水技術も発達していないのだろう。50代中年の記憶では専門分野ではないが、何か活かせる知識があれば良いのだが。それに、例え専門知識があったとしても、まだ子供の身では活かすこともできない。
お昼には、軍幹部との食事会が予定されていた。
しかし、午後からは父上とは別行動の現場視察の予定だったので思い立ち、事前にクリスティーナ嬢と相談した上で「食堂で一般兵と一緒に食事をしてきても良いでしょうか」と父上に申し出ると、「ふむ。折角の機会だ。行ってきなさい」と許可を貰えた。
お昼を知らせる10の刻の鐘が聞こえ参謀部での予定が終わると、クリスティーナ嬢と従者、シロツグとシャントットを伴って、さっそく一般兵用の食堂へ向かうことにした。




