第36話:廃棄処分:ゴミ捨て場への強制送還
地下迷宮の深層に築かれた管理区画のゲストルーム。
数分前まで快適に制御されていた居住環境は消失し、強制排出システムが作動、開放されたダクトから氷のような冷気と酸っぱい瘴気が吹き込んでいた。
オレンジ色から切り替わった青白い警告灯が一定のリズムで明滅して室内に冷え切った濃い影を落とす。
壁面にわずかに浮いていた結露が一瞬で凍りつくほどの冷気だ。
床の冷たさに背を押し付けたゼクスの前でリアンの右手の親指と中指が擦れ、パチンという短い乾いた音が鳴った。
「メンテナンス不能。……廃棄処分とする」
平坦な声が、凍りついた空気に落ちた。
直後、背後の乳白色の壁面が音もなく左右にスライドする。
開いた空間から硬い爪が床材を削る音が響いた。
防音室で待機していたワーウルフの重い四足が部屋に踏み込む。
そのすぐ後ろから暗灰色の岩石で構成されたゴーレムの巨体が重低音の摩擦音を立てて前へ出た。
ワーウルフはゼクスの正面に回り込みその分厚い肉球を持つ前脚でゼクスの胸甲を上から重く踏みつけた。
ひしゃげた安物の鋼鉄の板がギシッと鳴って内側へ折れ曲がり、ゼクスの肺から残っていた空気が一気に押し出される。
同時刻ゴーレムの太い石の腕が左右に伸び、部屋の隅で丸まっていたエルナとガレスの首の付け根をそれぞれ正確に掴み上げた。
二人の足が床から浮き泥だらけの足先が虚しく空を切る。
天井の暗がりから粘着質を持った白い線が何本も射出された。
機織り部屋から供給されたアラクネの強靭な糸だ。
それらはワーウルフの足の下にいるゼクスの両腕、胴体、両脚に重なり合って絡みつき、急激に収縮した。
ひしゃげた装甲の隙間に幾重にも巻かれた糸が深く食い込み、骨格の可動域が完全に固定される。
ゼクスの右手は鍔の先で千切れた聖剣の腐った革の柄を握りしめた状態のまま胸の前にきつく縛り付けられた。
糸が締まるたびに金属鎧がギリギィッと嫌な音を立てる。
宙に吊り上げられたエルナとガレスの身体にも白い糸が巻き付き、手足を胴体に密着させた円筒状の塊へと変えていく。
泥と瘴気にまみれた彼らの法衣やローブは、糸の物理的な圧力によってさらに体表へ密着し、水分が絞り出されて床に黒い滴を落とした。
かつて王都で誇っていた美しさの欠片も残っていなかった。
三人の気管が圧迫され、ヒューッ、ヒューッというかすれた呼吸音だけが室内に漏れ出た。
リアンは手元の魔石端末に視線を落とし、親指でパネルを数回叩いて廃棄ルートへの切り替えプロトコルを実行する。
ゼクスたちのすぐ横の床面が六角形に分割され下部へスライドして沈み込んだ。
直径三メートルの黒い縦穴が現れ、その底面で複雑な幾何学模様の魔法陣が青白い魔力光を放ち始める。
王家が救命のために用意する緊急転移陣とは異なるダンジョンの管理者が不要物を排除するための「ダストシュート」の機能だ。
陣の中央から激しい上昇気流が吹き上げゼクスの乱れた髪を乱暴に煽った。
気流に乗って地下深くの埃の匂いが舞い上がる。
リアンは端末から顔を上げ足元で固定されたゼクスを見下ろした。
瞬きはない。
規則正しい呼吸の乱れもない。
「二度と敷居をまたぐな」
平坦な声が気流の音に混じる。
ワーウルフが前脚をどかし横に立ったゴーレムの石の腕が、ゼクス、エルナ、ガレスの身体を、青白い光を放つ穴の真上へ無造作に押しだした。
重力の向きが強制的に書き換えられる。
空間の転送プロセスが物理的な不可逆の負荷となって彼らの細胞を激しく叩き、強烈な魔力の風が三人の身体を陣の底へと引きずり込んだ。
網膜の裏で光が激しく明滅し気圧の急変が鼓膜を内側へ圧迫して視界が白く飛ぶ。
内臓が浮き上がるような強烈な浮遊感の中、三半規管が方向感覚を完全に喪失し、彼らの意識は魔力の渦の中へと溶けていった。
三人の姿が光の中に完全に消え去ると床の六角形のパネルがスライドして無音で元通りに閉じた。
リアンは手元の魔石端末の画面に視線を落とし、点滅する『廃棄完了』のシステムログを淡々と確認する。
彼は親指でパネルを一度だけ叩き居住区画の環境制御を再び通常の快適な設定へと戻した。
私怨も感傷もない、ただの工務店的な退場処理の完了だった。
数秒後、風の音が不意に途切れる。
青白い光が消え視界にどんぐり色の薄暗い空が広がった。
ゼクスの背中が水分を多量に含んだ柔らかい斜面に激突した。
グシッ、という鈍い水音と水分の多い有機物が押し潰れる音が重なる。
少し遅れてエルナとガレスの身体もすぐ横の空間から吐き出されるように落下し、ドスッという重い音を立てて斜面を数メートル転がり落ちて停止した。
遠くに王都の巨大な石積みの外壁がそびえ立っているのが見える。
そこはかつて彼らが凱旋し称賛を浴びていた場所だ。
しかし今、彼らが空から叩きつけられたのは人間たちが暮らす街から排出された生活汚物や腐葉土、消費期限の切れた食物の残骸が何十メートルもの高さに積み重なった王都郊外の巨大な廃棄物の斜面だった。
アラクネの糸の収縮は解けず、ゼクスたちの身体は拘束されたままだ。
黒く変色した果実の皮、動物の砕けた骨片、そして発酵して熱を持った泥の中に、ゼクスの顔の左半分が深く沈み込んでいる。
鼻腔をメタンガスの強い刺激臭が容赦なく刺し、浅い呼吸で空気を肺に吸い込むたびに喉の奥が焼け焦げるように痛む。
ゼクスの背中の下で腐敗した廃棄物の層が自重によってじわじわと沈み込み彼の身体をさらに汚泥の奥深くへと引きずり込んでいく。
生ぬるい不快な液体の感触がひしゃげた安物の鋼鉄の鎧の隙間から皮膚へと直接伝わってきた。
頭上にはどんぐり色の薄暗い空が広がっている。
ゼクスの右手の指は鍔の先で千切れた聖剣の腐った革の柄を固く握りしめたまま黒い泥の底へと完全に沈み込んでいた。
かつては国宝と讃えられミクロン単位のメンテナンスで維持されていたその柄は今やただの腐敗した有機物として周囲の泥と区別がつかなくなっている。
彼の耳元で無数の羽虫が飛び回る羽音だけが絶え間なく響き続けている。
彼の喉の奥から、ヒューッ、ヒューッというかすれた呼吸音が漏れた。
彼らは廃棄物と同列に扱われ生ゴミと共に野ざらしにされた。
その帰結だけが静かにそこにあった。
ダストシュートからの強制退出!
勇者としてではなく、システム上の「ゴミ」として処理される姿は、本作最大のカタルシスとして描きました。
リアンにとっては復讐ですらなく、単なる業務上の廃棄処理に過ぎないのが一番残酷かもしれません。
スカッとした方はぜひ評価をお願いします!




