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ダンジョンリノベーション 〜無能と蔑まれ追放された最強保全士、奈落の底で極上の家を造り、魔物たちと快適スローライフを始める〜  作者: 早野 茂
第3章:錆びついた勇者と輝く廃材

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第34話:決裂:向けられた刃とセレスの危機

カチリ。


リアンの指が魔石端末のパネルを叩いたその小さな音が、この純白の部屋における「ルール」が完全に反転した合図だった。


まず空気が死んだ。

設定された一定の流量を保ち部屋を春の陽だまりのように満たしていた完璧な温風が嘘のようにピタリと停止した。

無音だった空間に突如として不快な風切り音が混じる。

天井の奥で重厚な排気ダクトのシリンダーが逆回転を始める低い駆動音が響き新たに作動したのは強力な強制排出システムだった。

部屋の隅に設置された換気口が暴力的な吸引力を生み出し、室内の暖気と瘴気を中和していたハーブの香りを一気に吸い出し始める。

ズゴゴォォォという低い音が壁の奥から響き空間の気圧が急激に下がるのが耳の鼓膜への圧迫感として伝わってきた。


プシュウゥゥゥ、と気圧が抜けるような密閉解除音が鳴り、固く閉ざされていたはずの防音扉のわずかな隙間から迷宮の底に澱む致死レベルの冷気と内臓を腐らせるような酸っぱい瘴気が、ヒュルルルという不気味な音とともに逆流してきた。

同時に網膜に優しい乳白色の壁を照らしていたオレンジ色の魔石灯が、カチッ、カチッと無機質な音を立てて警告を意味するような鋭く冷たい青白い光へと切り替わった。

壁に落ちるゼクスたちの影がまるで死人のように不気味に長く伸びる。


「ひっ……!」


アラクネの最高級試験糸で編まれた純白のシーツにすがりついていたエルナの喉から引きつった悲鳴が漏れた。

保温材の熱供給が完全に断たれた床から氷の刃のような冷気が急速に這い上がり彼女の素肌を容赦なく刺す。

彼女はガタガタと激しく歯の根を鳴らし奪われた温もりを少しでも引き留めようと無意識のうちに爪が剥がれるほどの力でシーツを掻きむしった。

ビリッ、と薄い絹を裂くような音が鳴り、爪の間から滲んだ血が純白の布地を汚すが、熱源を失った布はもはやただの冷たい繊維の塊に過ぎず、彼女を温めることはない。

ガレスもまた胃袋に収まったキノコのポタージュの熱が体表から急速に奪われていく感覚に襲われていた。

冷え切った有毒な空気が肺に流れ込むたびに胃を激しく痙攣させ、えずきながら青紫に染まった両腕で己の身をきつく抱きしめ床の保温材の上で胎児のように丸まった。

ほんの数十秒前まで彼らは極上のインフラの恩恵に浸りきっていた。

しかし、その生命線を絶たれた彼らの肉体はただの「死にかけの遭難者」へと強制的に引き戻されていた。


ゼクスは錆びた聖剣を構えたまま青白い光のなかで顔を歪ませた。

足裏から凍てつく冷気がひしゃげたブーツを這い上がり彼の足の筋肉を強引に硬直させようとする。

その冷たさが彼に突きつけたのは、彼の手の中には何の決定権もなくただ見えないシステムに生殺与奪を完全に握られているという残酷な物理的現実だった。

ゼクスは足の震えを隠すように冷え切った床材を重いブーツで激しく踏み鳴らした。

ひしゃげた鋼鉄の鎧が彼の動きに合わせてガシャリと情けない音を立てる。


「ふざけるな!魔物風情と仲良くしやがって!ここは勇者であるこの俺が直轄すべき場所だ!」


静謐を切り裂く怒号。

ゼクスは血走った目をひん剥き唾を飛ばしながら吠え、自らの恐怖を大きな音でかき消そうとした。

ゼクスはリアンの喉元へ向けて踏み込もうと膝に力を込めた。

だが青白い光の中に立つリアンは、刃を向けられても一歩も退かない。

表情一つ変えず瞬きすらしない。

その瞳はただ手元の魔石端末で実行されている排除プロトコルの数値を淡々と追っているだけだ。

彼を取り巻く空気は一切の感情を持たない絶対零度の静寂そのものだった。

その絶対的な管理者としての佇まいがゼクスの生存本能に強烈な警告を鳴らした。

この男に直接刃を向けても見えない防壁か何かに阻まれ届かない。

本能的な恐怖が彼の足を床に縫い付ける。


ゼクスの濁った瞳が部屋の奥へと滑った。

リアンの斜め後ろ。

壁際で静かに控えている純白の服を着た銀髪の少女、セレス。

先ほど壁のパネルに触れて防音扉を開け空調を操作した女だ。

ゼクスは突然その少女へ向けて聖剣の切っ先を翻した。


「うおおおおおっ!」


ゼクスは冷え切った床材を重いブーツで激しく蹴りつけ狂った獣のように突進した。

油差しを怠り泥と砂を関節部に深く噛んだ鋼鉄の鎧が動くたびにギガァッ、ガシャァッ!と鼓膜を引っ掻くような耳障りな摩擦音を立てる。

踏み込むたびに彼のブーツから黒い泥の飛沫が周囲の白い壁に撒き散らされた。

刃こぼれし、黒いヒビが走り、赤錆にまみれたなまくらな聖剣が、青白い光のなかで醜い弧を描き無防備なセレスの細い首筋へと真っ直ぐに振り上げられた。


「キャアアアッ!」

エルナが床に這いつくばったまま惨めな悲鳴を上げる。

だが標的とされたセレスは、怯えもせず身をすくめることすらしなかった。

彼女はただ静かな瞳で迫り来る錆びた刃を見つめ、一切の動揺を見せずにリアンの斜め後ろに立ち続けていた。

彼女が身に纏う純白の服は微かな風にすら揺れていない。

リアンが構築したこの空間の絶対的な安全性を彼女は微塵も疑っていなかったのだ。


その刹那。

リアンの指が魔石端末の上でピタリと止まった。

ゆっくりと顔が上がり突進してくるゼクスの物理的な軌道を捉える。


リアンの瞬きが完全に止まった。

一定のリズムを刻んでいた彼の呼吸がスッと途切れる。

青白い魔石灯の光を反射する黒い瞳孔が、カメラのレンズを絞るようにチリッと無機質に収縮し眼前の事象をただの物理的データとして捕捉した。


「遭難者」の表示が消えた。

彼の網膜に映るゼクスは、もはや人間としての輪郭を失っている。

完璧に制御された無菌室に土足で踏み入り、泥と不純物を撒き散らし、重要な構成要素セレスを物理的に破損させようとする、直ちに焼却すべき『環境負荷(害虫)』としてのデータだけがリアンの視界を冷たく満たした。


「……対象の分類を変更」


リアンの唇からシステムのログを読み上げるような氷のように平坦な声がこぼれ落ちた。


「不法侵入者から、環境への『致命的脅威(害虫)』へ。排除プロトコルを最終段階へ移行する」


リアンは魔石端末のパネルを、親指で一度だけ深く押し込んだ。

カチリ。

それはゼクスという存在との真の意味での完全な決別を確定させる、冷たく乾いた音だった。


錆びついた刃がセレスに届く直前。

突進するゼクスの目に映ったのは、もはや自分を恐れる裏方の職人などではなく、この迷宮の底という絶対的な空間のルールを司る微塵の感情も持たない冷徹な管理者の姿だった。

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― 新着の感想 ―
えっ〜〜、エレナとガレスも排除しちゃうの? かわいそう、だけど、ゼクスと同調してたから、同罪か〜 しかも、害虫扱いとは、 リアン、怒ると怖いね〜〜〜(ヒェ〜〜〜)
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