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ダンジョンリノベーション 〜無能と蔑まれ追放された最強保全士、奈落の底で極上の家を造り、魔物たちと快適スローライフを始める〜  作者: 早野 茂
第3章:錆びついた勇者と輝く廃材

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第33話:最後のチャンス:リアンが提示した「ルール」

完璧に制御された清浄な空気が設定された一定の流量を保ちながら絶え間なくゲストルームの空間を循環している。

微かなハーブの香りが迷宮の奥底に本来あるべき瘴気と泥の悪臭を静かに中和し床に敷き詰められた微かな弾力を持つ保温材からは計算し尽くされた一定の熱が放たれていた。


「退出の時間が近い。……話がある。そこの二人も起こせ」


リアンの声は平坦だった。

ただ、システムのアラートを読み上げるような、無機質な響きだけが目に優しい乳白色の壁に囲まれた純白の部屋に落ちた。

その声に反応しアラクネの最高級の試験糸で編まれたソファベッドの上で死体のように身動き一つせず眠りこけていたエルナとガレスがビクッと体を跳ねさせた。


「……ん、あ……」


エルナがうわ言のように呟きながら重い目蓋をゆっくりと開ける。

しかし彼女の指は無意識のうちに極上のシーツをきつく握り込み真っ黒な泥の染みを広げながら起き上がることを本能的に拒絶していた。

ガレスもまた青紫から本来の血色を取り戻した顔をしかめアラクネの糸の弾力に身を委ねた胎児のように丸まった背をほどけず、引きつった喉だけをヒュッと鳴らした。

だが入り口に立つリアンの冷徹な視線が彼らに「これ以上の惰眠は許されない」という事実を物理的な圧力として突きつけていた。

二人は泥だらけの関節を軋ませながら、のろのろと引力に逆らうように上体を起こした。


部屋の入り口から数歩入った場所でリアンは静かに立っている。

上質な銀布の作業着を身にまとい腰には武器一つ帯びていない。

彼の右手には魔力投影式の簡易図面盤が握られ画面の数値を淡々とスクロールさせているだけだ。


(……今だ。この距離なら、確実に喉笛を突ける)


ソファベッドの端に腰掛けたゼクスは両手で錆びついた聖剣の柄を力強く握りしめ暗闇の中で濁った瞳をギラつかせた。

ゼクスの脳内では先ほどからずっと乗っ取りの工程が渦を巻いている。

まずは丸腰のリアンを人質に取り奥の部屋にいるであろうあの銀髪の女からシステムを制御する魔石パネルの権限を奪う。

出入口の防音扉のロックを掌握し空調と水の供給ラインを物理的に抑えればこの完璧な拠点はすべて勇者である自分のものになる。

ゼクスは膝に力を込め、ひしゃげた安物の鋼鉄の鎧が鼓膜を引っ掻くような金属音を立てないように慎重に立ち上がろうとした。


「王国との保全契約は前提条件を満たさなくなった時点で完全に終了している。……現状、君たちはこの施設において、いかなる身分も持たないただの『迷い人』だ」


リアンが手元の魔石端末に視線を落としたまま淡々と告げた。

その言葉の響きにゼクスは息を呑み、腰を浮かせたままピタリと動きを止めた。

リアンの口調は施設の管理者としての業務連絡だった。


ゼクスは直感的に悟った。

リアンが無防備に見えるのは隙があるからではない。

この空間のすべて――空気の流量から室温、扉の開閉に至るまで――を完全に掌握しているという、絶対的な上位者としての余裕なのだ。

もしここで自分が剣を抜けば――。

立ち上がりかけたゼクスの膝が途中で固まった。

この完璧に管理された部屋の空気が刃より先に自分を止める。

足裏だけが冷たく凍りつきゼクスはギリッと奥歯を噛み鳴らして、ひしゃげた鎧を軋ませながら再びドスンとソファベッドに腰を下ろした。


「……だが、ここで君たちを外へ追い出せば防寒具も結界もない状態では、瘴気と魔獣によって一時間以内に死に至るだろう。それは計算上明らかだ」

リアンは端末から目を上げ、初めてゼクスたちを真っ直ぐに見据えた。

「ここは僕と、ここの住民たちの家だ。君たちを無条件で保護するための施設ではない。……だが条件を満たせば滞在は許可される」


「条件……だと?」

ゼクスの喉の奥から砂を噛んだような乾いた声が漏れた。

エルナとガレスが藁にもすがるような目でリアンを見つめる。

彼らにとって、あの地獄のような泥濘に戻ることなど、もはや絶対に考えられなかった。


「ルールは三つだ」

リアンは指を一本立てた。

「一つ。所持しているすべての武器を放棄すること。この施設内に武装は必要ない」

二本目の指が立つ。

「二つ。ここの住民……魔獣たちを尊重し、いかなる危害も加えないこと。彼らはこのダンジョンの生態系を維持する重要な構成員だ」

そして、三本目の指。

「三つ。施設の維持管理のため、各々の適性に応じた労働に従事すること。ガレスは魔力炉へのマナ供給、エルナはスライムによる廃棄物処理の補助、ゼクスは資材の運搬だ。……これらのルールに同意し労働の対価としてであれば最低限の居住区画と、安全な水、そして食料を提供しよう」


静寂。

完璧に制御された空調の微かな稼働音だけが部屋に響いた。


条件は提示された。


「……は、はい!私、やります!」


真っ先に沈黙を破ったのはエルナだった。

彼女は純白のシーツから転がり落ちるようにして、床の保温材に額が擦れるほど深く頭を下げた。

その爪の間からは血が滲み、床に黒い跡を残すが、彼女は気にも留めない。

「ゴミの処理でもなんでもやります!だから、外には、あの泥の中には戻さないで……!」

「私、私もです……!魔力なら、いくらでも供給します。だから、どうか……!」

ガレスもまた泥にまみれた膝を折り、震える両手を合わせて必死に懇願の姿勢をとる。


だが。

「ふ、ふざけるな……」


ゼクスだけは違った。

彼は下を向いたまま錆びついた聖剣の柄を握る手をブルブルと震わせていた。

赤錆が彼のガントレットに深く食い込み、ギシギシと不快な金属音を立てる。


「俺に……剣を捨てろだと?魔獣を尊重し、裏方の仕事の手伝いをしろだと……?」

ゼクスがゆっくりと顔を上げた。

その瞳は血走り自尊心を傷つけられたことによるどす黒い怒りによって完全に狂気を帯びていた。

「俺は、神に選ばれた勇者だぞ!この世界の頂点に立つ、特別な人間だ!それを……かつて俺の荷物持ちだった底辺職の貴様が、俺を使役しようというのか!」


ゼクスの怒号が静謐な部屋に反響する。

ゼクスの呼吸が不規則に乱れた。


「俺が働くのではない!お前が、俺のために働くんだ!この完璧な拠点は、勇者であるこの俺にこそふさわしい!」

ゼクスは立ち上がり、サァッ、と耳障りな音を立てて錆びついた聖剣を鞘から引き抜いた。

刃こぼれし黒いヒビの走った赤錆だらけのなまくらな刃が、オレンジ色の魔石灯の柔らかな光を不気味に鈍く反射する。

「ルールだと?そんなものは俺が決める!貴様はただ、俺の足元でひれ伏してインフラを維持していればいいんだ!」


狂乱するゼクスの刃先がリアンの喉元に向けられる。

エルナとガレスが「ひっ」と短い悲鳴を上げて床で身を縮めた。


だが。

刃を突きつけられたリアンは一歩も下がらなかった。

表情一つ変えず瞬きすらしない。

ただのエラーを検知したシステムのように極めて冷淡な視線でゼクスの錆びた剣先を見つめていた。


「……拒絶、と受け取る」


リアンが手元の魔石端末に静かに指を滑らせた。


「交渉は不成立だ。条件の合意が得られない場合、ただちに不法侵入者として強制退出のプロトコルに移行する」


カチリ。

リアンの指が端末のパネルを叩く。


強制退出プロトコルが起動する。

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― 新着の感想 ―
不法侵入者として強制退出のプロトコルに移行するって、どんなことするのかなぁ? まあ、強制排除するために、動くのは…
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