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第十九章──拗隠の国

拗隠(よういん)(くに)




     Ⅰ


天甦霊主(あまのそれいぬし)様…(もう)しわけございません…。我々(われわれ)の力ではこれが限界(げんかい)です…」

恵栄文(めぐみさかあや)女之(めの)(みこと)…。お前達が悪いわけではありません」

「し、しかし…天甦霊主様……智信枝栄の姉まで捕らえられては…」

智信(ちしん)枝栄(えさか)は長く人間界に(ひそ)んでいたため霊力も(にぶ)っていたはず…。本来ならばそう易々(やすやす)と捕まる霊神ではありません」

「ですが天甦霊主様…」

「とにかく今は指揮(しき)()る者がいないのです。そなたが統率(とうそつ)しておくれ」

「…承知しました天甦霊主様。できる限り食い止めます」

「そうです…(あきら)めてはなりません…。希望(きぼう)はあるのです。(みな)が待ち(のぞ)んでいる希望が…」

「天甦霊主様、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なんです?」

「遠い昔にも狡狗は白の国を攻めて来ていますね…。その時のことを聞かせて頂けませんか?天甦霊主様」

「そのことですか…。話してやってもよいが一つ約束しなさい」突然(とつぜん)命令(めいれい)口調(くちょう)に変わった。

「…はい…天甦霊主様」その返事を聞いて、天甦霊主は早口(はやくち)になって(まく)し立てた。

「いちいち私を天甦霊主様と呼ぶな!耳障(みみざわ)りでイラッとします…。智信枝栄もそなたと一緒です…仲の良い姉妹とはいえ、そんなところまで似なくてもよい」

「申しわけありません。姉上から〝平素(へいそ)(つつし)みを忘れず、目上(めうえ)の方を(おも)んじよ〟と事あるごとに聞かされていたもので…。以後気をつけます天甦霊……コホン」

「………………まぁよい」



それから天甦霊主(あまのそれいぬし)は、おとぎ話を聞かせるように(しず)かに(かた)り始めた──。

(はる)か昔から白の国は平和で静かな国でした。時折(ときおり)黒の国や他の国の連中(れんちゅう)が悪さをしに来ていましたが、それは取るに()りぬ事で、白の国はまさに天国(てんごく)でした」

「他の国とは拗隠の国のことですか?」

「それも(ふく)めてです。──人間の(よこしま)な心は一度発生すると消えてなくなることはありません。もし行き場を(うしな)った邪心(じゃしん)(ただよ)い続ければ、人間界は大変なことになってしまうでしょう。そうならないために拗隠(よういん)の国があるのです」

「では人間の邪心が流れ込む場所が拗隠の国なのですか?」

「そうです…あそこは、まさに人間の邪心の()()め…。生ゴミが腐敗(ふはい)して臭気(しゅうき)を生み出すように、邪心もまた時と共に形を変えて、狡狗という二次(にじ)発生(はっせい)を引き起こすのです」

「では狡狗とは人の邪心…」

「えぇ…。そして邪心とて元は人間の心から生じたもの…若干(じゃっかん)(せい)なる心は()じっています。拗隠の国に流れ着くと二つの心はやがて分離(ぶんり)され、同じ狡狗でも聖の心を(しゅ)とした(こと)なる(しつ)を持った(しゅ)(わず)かながら誕生するのです。ここまで話せばもう分かるでしょう?」

「はい、狛犬ですね?」

「そのとおりです。彼らは高い霊力を(ほこ)っていますが、秩序(ちつじょ)知性(ちせい)もある、穏和(おんわ)で優しい気質です。それゆえ(あらそ)い事を嫌い、長い年月(としつき)と共に、いつしか狛族(こまぞく)は狡狗の奴隷(どれい)種族(しゅぞく)となり蹂躙(じゅうりん)され続けて今に(いた)っています」恵栄文女之命は無言のまま何度か(うなず)いた。

「さて…これも遥か昔、拗隠の国のどこかに白の国へ通ずる抜け穴が突如(とつじょ)(あらわ)れました。奴らは領土(りょうど)占領(せんりょう)を理由に、次々と白の国に()()んで来たのです」

「私が知りたいのは(まさ)にそこです。どうやって先人(せんじん)(たち)は狡狗と戦ったのか…」

「戦い方はそなた達と寸分(すんぶん)とも(たが)いません…」

「自分たちの霊力を駆使(くし)して戦ったということですか?」

「そうです。抜け穴を見つけるたびに奴らは()めて来ましたが、それほど苦戦(くせん)はしませんでした」

「では今白の国を守っている四天王(してんのう)と呼ばれる霊神(れいじん)より、遥かに強い霊力を持った霊神がおられたとか…?」

「いいえ、今も昔も四天王の強さにそれほど違いはありません」

「ならば…なぜ苦戦をしなかったのですか?」

「タネを(あか)せば簡単(かんたん)なことなのです。勝ち(いくさ)になったのは、狡狗の数と力が今より遥かに(おと)っていたからです」

「…しかし、天甦霊主様は狡狗が次々と乗り込んで来たと(おっしゃ)いましたよね?」

「私が前もって狡狗族の説明(せつめい)をしたのはそのためです。狡狗は人間の邪心によって生じます。その頃の人間は今ほど邪心を持ってはいなかったのです」

「あっっっ!」

「分かったようですね。人間の世界は目まぐるしく進歩(しんぽ)しました。今の人間界は()らしぶりも(ゆた)かになっています。ですが反面(はんめん)、心は豊かさを失い、金銭(きんせん)物品(ぶっぴん)のためなら悪事も(いと)わない自己(じこ)中心的(ちゅうしんてき)人間(にんげん)増加(ぞうか)し、あらゆる犯罪(はんざい)(あと)()ちません。そうした邪心が多ければ多いほど狡狗はその数を増し、(よこしま)な心が強ければ強いほど、力を増した狡狗が発生するのです」

「人間の(ゆが)んだ心が、死した者の魂を(おびや)かしている…」恵栄文女之命は愕然(がくぜん)とした。

「残念なことですがそれが事実です…。その昔、突如(とつじょ)拗隠の国に現れた抜け穴はかなり大きなものだったのです。それでも攻め入ってくる狡狗の数は今より少なかったでしょう…。奴らは人間の邪心が具現化(ぐげんか)したモノと言えますから、その頃の人間が如何(いか)秩序(ちつじょ)を守り(おだ)やかに生きていたのかが(うかが)えます」

「はい、それならば今我々が当時よりも苦戦しているのも(うなず)けます。…人間界がこれほど(みだ)れているのですから…」

「本当に(なさ)けないことです…」

「それで…どのようにして戦は終結(しゅうけつ)したのですか?天甦霊主様」

「抜け穴が自然に(ふさ)がり戦いは終わりました。小さな抜け穴ならば自然に(ふさ)がりますが、大きな抜け穴が自然に塞がったのは不思議(ふしぎ)です」

「自然にですか…?」恵栄文女之命は、そこだけは疑問(ぎもん)に感じた。

「そう聞かされています…。今となってはそれが真実(しんじつ)なのかどうか知る(すべ)がありませんが…」

「では同じように抜け穴が塞がって戦が終わることはありませんか?天甦霊主様」

「それは私にも分かりませんが、都合(つごう)のよい考えは禁物(きんもつ)です」

「申しわけありません…天甦霊主様」

「話は以上です…。ではもう行くがよい」

「はい!天甦霊主様」

「恵栄文女之命…。元に戻っておるぞ…」

「あっ…!」




     Ⅱ


「ご主人様…どうしてお分かりになったのですか?」物置(ものおき)で虎の遺品(いひん)の入ったダンボール箱と格闘(かくとう)している錫にいしが()いかけた。

「思い返してたら一瞬(いっしゅん)(ひらめ)いたの!」

「何を思い返して閃いたのですか?」

「決め手になったのはおばあちゃんの一言。今まであちこちに置き去りにしていた大事な物が、まるで磁石(じしゃく)にでも吸い寄せられるように一つに(まと)まった感じよ!」さっきまでいしに愚痴(ぐち)っていた錫はもうどこにもいなかった。

「それで……なんなのですか?もう一つの秘宝は…?」

()よ!」

「…つ、つえ?…ご主人様…杖はもう見つかっていますが…?」錫はいしの反応(はんのう)悪戯(いたずら)っぽく楽しんでいる。

「ご主人様…意地悪(いじわる)しないで教えてくださいませ…」

「本当に杖なのよ…。でもね…ただの杖じゃないの…」錫はダンボール箱から目的の品物を探しながら(くわ)しく説明し始めた。

「考えてみたら簡単なことだったの。そして答えは、あまりにも身近に存在していたのよ…」錫はニッコリと笑った。「お母さんはおじいちゃんから夢でも現実でも杖を預かった…。せめて私もおじいちゃんから何か(もら)っていればと思ったわ…」

「はい…」いしはまだピンとこない。

「それからおばあちゃんが(はげ)ましてくれた言葉を思い返したの…。〝錫〟という名前は〝錫雅尊〟の頭文字(かしらもじ)──最初はお母さんに付けるはずだったその名前を、おじいちゃんは私に名付けた…」

「はい…それもいしは(ぞん)じております…」

「まだ分からない?私はおじいちゃんから大事な()()を貰っていたの…生まれた時からね!」

「ご主人様!」いしはパッと目を開き、錫の(まわ)りをぐるぐると走り回った。「本当です!本当ですけんご主人様!」ところがいしはピタッと足を止め、不安気(ふあんげ)(たず)ねた。

「ご主人様…名前は物ではありませんよ?どうしてダンボールの中を探すんです?」

「私の考えが間違ってなければあるはずなのよ…〝(すず)〟が…」

「もしかして金属(きんぞく)の〝錫〟をお探しですか?元素(げんそ)記号(きごう)〈Sn〉の〝錫〟を…」

「ううん…それも違うよ」その時錫の手が止まった。「あったわ!秘宝よ…これこそが秘宝!」錫は手に取った物をいしに差し出して見せた。

「それは!?──なるほど、そういうことですか!…だから()と…」

それは直径二十㌢(ほど)輪形(わがた)の中央に(しん)が突き抜けるように通っていて、その芯を中心に左右それぞれ六個ずつ、計十二個の遊環(ゆかん)が掛けてある銅製(どうせい)代物(しろもの)だった。

「疑問だったのは〝孫()娘で力みなぎる〟ではなく、なぜ〝孫()娘で力みなぎる〟なのかってことだったの…。〝や〟なら孫でも娘でもどちらでも力がみなぎるということになるけど、〝と〟となると二つが(そろ)って初めて力がみなぎるという意味でしょ?」

「はい、そのとおりです…」

「それからぁ…おじいちゃんがお母さんに預けた物は杖だから、娘=杖よね!それじゃ孫に当てはまる物…孫=Xは何か?私はXを物にばかり執着(しゅうちゃく)していて一番身近にあるものを見落としていたの。…そう私自身。私=錫…その錫という名はおじいちゃんから(さず)かったんだから孫=錫という式が成り立つでしょ?それが分かった時、すべてが一瞬で(つな)がったの。どうして〝孫()娘で力みなぎる〟でなければならなかったのか…ということがね!」いしは錫に負けないほど目をクリッとさせて聞いていた。

「ご主人様、脱帽(だつぼう)ですけん!孫と娘は(あめ)(つち)の秘宝を(しめ)していたのですね。虎様の(しる)したメモからすると、天の秘宝は遺品の中ですけん、当然()()を探したくなります。ですがご主人様は物ではなく〝錫〟という名前だと気づかれた。けれども名前は物ではない…。そこで〝孫と娘〟にそれぞれ虎様から頂いたものを当てはめると、〝錫と杖〟です。そして、この二つを掛け合わせると〈錫杖(しゃくじょう)〉となります」

「そのとおり!地の秘宝〝杖〟はもう見つかっているから、この遺品の中から錫杖の頭の部分を見つければいいと思ったのよ!そう…今私が持っている()()こそが(あめ)の秘宝よ!」そういうと錫は、(ほこ)らしげに錫杖の頭部を〝しゃくしゃく〟と鳴らしてみせた。「孫と娘=錫と杖…この二つが掛け合わされた時〝力がみなぎる〟(すなわ)ち〝秘宝の完成を見る〟ということだったのよ!」

「スゴいです…ご主人様!」

「…だけどおじいちゃんがここまで遠回(とおまわ)しにしたのは、秘宝を盗まれないようにするため…。なのに私はまんまと杖を盗まれてしまった…」

「…奴らは死にものぐるいで秘宝を探していたのです。ご主人様のせいでは…」

「ううん…私の不注意よ…。とにかく秘宝が見つかったからには、一刻も早く浩子達を助けに行かなくちゃ。戦わなくなったから霊力を(たくわ)える必要もないし…」

──「やっぱりご主人様は…」思ったとおり──秘宝が見つからなければ、後先(あとさき)考えずに力ずくで智信枝栄達を助けに行くつもりだったんだと知っていしはゾッとした。

「さぁ、行きましょう…と言ってもどうやって行くのかしら…?白龍は白の国への(とっ)急列車(きゅうれっしゃ)だし…」

「ご主人様…まず部屋に戻ってください。私がご主人様の魂を離脱(りだつ)させますけん…」


部屋に戻ると、いしは早速(さっそく)錫をベッドに寝かせた。

「天の秘宝は持っていてください。ご主人様の魂を抜き取れば、天の秘宝の物魂(ぶっこん)もついて出ますから」そう言っていしは錫の魂を足下(あしもと)から簡単に引っ張り出した。

「大したものね…」

「いいえ…。ご主人様は何度か離脱されてますけん抜けやすいのです」

「あ~…信枝と一緒ね…?」

「はい信枝殿のように…。ではご主人様、参りましょうか?」

「ま、参りましょうかって……どうやって…?」

「ご主人様…悲しいですが、いしは拗隠の国を故郷(ふるさと)に持つ狡狗ですけん…。あそこに行くのは容易(たやす)いことなのです。さぁ…わたくしの背中にお乗りくださいませ」本来の大きさに体を戻したいしは、背中に乗るよう錫を(うなが)した。錫は言われるままいしの背中に(またが)ってみた。思ったより安定(あんてい)していて(やわ)らかい毛並(けな)みが心地(ここち)()かった。「では参ります、ご主人様!」いしは嬉しそうに天に向かって()けだした。背中の主人を気遣(きづか)いながら、かなりの早さで鬼門(きもん)の方角を()け抜けて行く。いしはまた主人を背中に乗せて走れることに、(あふ)れんばかりの(よろこ)びを感じていた。一緒に()け回ったことなど、今の主人は知る(よし)もないことだが、いしにとってそれはどうでもよいことで、ただただ(なつ)かしさがこみ上げてくるのだった。

ところが錫もまた不思議な気持ちを味わっていた。遠い昔──自分が何かに(またが)って愉快(ゆかい)颯爽(さっそう)と走っていたような(なつ)かしさが、いしの背中に()られていると(あわ)(よみがえ)ってくるのだった。




     Ⅲ


「拗隠の国にはご主人様の霊力を(たくわ)える霊気がほとんどないので、長居(ながい)無用(むよう)です」

「いしは大丈夫なの?」

「狛犬はむしろ拗隠の国の方が霊力を増します。狡狗が人の邪心(じゃしん)に取り憑くのもそうですが、わたくし達狛犬が邪身玉(じゃみだま)から発する霊気を好むのも、それが邪気を()びた霊気だからですけん」

「なるほど…。じゃ、(なぐ)()みは無謀(むぼう)だったのね?」

「はい。もしご主人様が戦いを(いど)まれたらどうしようかと心配しておりましたです…」

「ごめんね…あんたには気苦労させてばかりだね…」

「いいえ。いしはご主人様と一緒であれば、艱難(かんなん)苦労(くろう)(しあわ)せです」錫を背中に感じながら、いしはこのままずっと走り続けていたかった。

けれどこの先──まさか錫が永遠(えいえん)に拗隠の国に()まる決断(けつだん)をすることとなり、いしにとって(つら)い別れが来ようとは、この時まだ知る(よし)もないことだった──。


    ○


「なんてイヤな邪気………これが拗隠の国なの?」

「はい。この先はもっと邪気が(よご)れ、狡狗もわんさか()いているはずです」

「わんさか?…私やっぱりダメだぁ~…足が(すく)んで前に進めない…」

「…ご主人様…まだいしの背中から降りていませんですけん…」

「あら…いやだぁ、いしってばぁ~!」思わず()(かく)しで、いしの頭を平手で(はた)いてしまった。「あっ!ごめんなさい…はずみで…つい…」いしはもちろん笑っているだけだ。

「気になさらんでいいですけん。それよりもご主人様、狡狗はご主人様にはあまり近づいて来ないはずですからご安心ください」

「本当に…?…どうして?」

「狡狗はご主人様のような邪気のない霊気には興味(きょうみ)(しめ)しません。しかもご主人様の霊気の強さを恐れて、なおさら近寄って来ないと思いますよ」

「でも最初の狡狗は違ったよ。〝お前を取り込んで強くなるサクセ~ン〟とか言って(おそ)って来たわ」錫は狡狗を真似(まね)て、おちゃらけながらそう言った。

「たしかにご主人様ほどの高い霊力を取り込めば強くはなります。ですが狡狗にとってのご馳走(ちそう)は、やはり(よこしま)な心ですけん」

「そう言われれば、あの狡狗…わざとパパを苦しめる姿を見せて、私から邪心を引き出させようとしていたわ」

()もありなん…狡狗がしそうなことですけん…。それに龍門殿やご主人様に聖霊された(はら)いせもあったのでしょう。ここではそういう心配はないので大丈夫ですけん」

「だといいけど…」

「とにかくご主人様は、このまま背中に乗っていてください」

「うん…そうするわ!いし…頼りになるわねぇ」そう言って、今度はいしの頭を何度も撫でてやった。それだけでいしはサラブレッドよろしく背筋(せすじ)をピンと()ばし、気取(きど)った足取りでしゃんしゃんと歩き出した。


(しばら)く進むといしの言うとおり、どす黒い嫌な霊気と共に狡狗も増え始めた。

「ほら…狡狗は増えたものの、ご主人様には感心なさそうでしょ?」

「うん…気持ち悪いのは(ぬぐ)えないけどね…グァフフ…」

「このまま知らん顔して通りましょう」錫といしはエキストラの通行人よろしくその場を通り抜けるのだった。


「ご主人様、正面に黒く(とが)った大きな岩山があるでしょう?お二人はあそこに捕らえられています」

「本当に?間違いないの?」

「はい。三輪山で遭遇(そうぐう)した奴と同じ(にお)いがだんだん強くなってきました」

「いよいよね…」

 

     ★


醜長(しゅうちょう)様醜長様…(おぞ)ましい霊気です…奴に違いありません…」

「お~!とうとう来よったか…」

「奴ら秘宝を手に入れたのですかね?」

「さあな…。だが秘宝を持ってなければ、さっさと無にしてやる」

「もし持って来ていたらどうするんで?」

「そしたら…秘宝のサンプル一号にしてやるのよ、ギシシ…」

「なるほど!さすが醜長様ですなぁ」

「お前達とは違うのよ!オレ様は目から(しり)へ抜けるほど(かしこ)いのよ…ギシシ」マヌケな会話をしているところへ、門番(もんばん)の狡狗が(あわ)てて()()んできた。

「醜長様…おかしな奴が醜長様に会わせろと勝手にこっちに来ますんで…」

「なぜ止めなかった?キサマ……ビビッたな?」

「ヒッ…お、お許しください醜長様…奴の霊力がスゴかったもんで…」

「いいや、ならん。お前を()ってやる!」

「お、お許しを…醜長様…」醜長はその声には耳を()さず、手に何かを取り出すと、それを使って門番の狡狗を小さくし、さっさと口の中に放り込んでしまった。一部(いちぶ)始終(しじゅう)を見ていた阿仁(あに)(じゃ)は恐怖で顔が引きつった。醜長の腹に門番の狡狗がすっかり(おさ)まると、その視界(しかい)に錫といしが飛び込んできた。いしは醜長の前まで来るとピタリと足を止めた。醜長は野獣(やじゅう)のような目をギラギラさせ、ニヤつきながら錫といしを交互(こうご)(にら)みつけた。

(れい)のモノをよこせ!」いきなり本題(ほんだい)に入ってきた。錫はいしの背に乗ったまま(りん)(かま)えている。

──「コワ~い…」どうやら()りないのではなく降りられないらしい。

「例のモノ?」錫はしらばっくれて狡狗の様子(ようす)(うかが)った。

「秘宝に決まってるだろう。早くよこせ」

「あ~…あれならちゃんと持ってきたわ。その前にみんなを返して!」

「ダメだな、秘宝が先だ!」

「でも先に秘宝を渡したら、私達を実験(じっけん)材料(ざいりょう)にするつもりでしょ?」

「そんなことは絶対にしないと約束してやる!」醜長は飄々(ひょうひょう)(うそ)をついた。「いいか、人質がいる限りお前は不利(ふり)なのだ。オレ様を信じるか…それともこのまま仲間を見殺しにするか…。バカな頭で考えろ」

──「ゴネてもムダね…」錫は醜長の条件(じょうけん)()むしかなかった。

「分かったわ。これがもう一つの秘宝よ…」錫は取り出した(しゃく)(じょう)頭部(とうぶ)を両手で(うやうや)しく(ささ)げ持って醜長に見せつけた。醜長が秘宝を取りに行けと(あご)で阿仁邪に指示(しじ)すると、阿仁邪は(いそ)いで錫の手から秘宝を奪おうとした。錫はそうはさせまいと身を(よじ)って秘宝を大事に(かば)った。

「せめて二人の無事を確認させて。渡すのはそれから」

「…よし分かった。約束を(やぶ)るなよ」

「そんな卑怯(ひきょう)真似(まね)しないわ。あんた達こそ約束を守りなさいよ?」

「ふん…。おい阿仁邪…(ろう)へ案内してやれ」

「分かりました。おい…お前達ついてこい」錫はいしの背に乗ったまま阿仁邪についていった。内心(ないしん)はまだ恐くて仕方ないようだ。

「あんたは信枝に取り憑いていた奴よね?」

「そうよ…あの時オレ様は手ぶらで帰ったおかげで、醜長様に大目玉(おおめだま)()らったんだ…。おまけに別の奴が女を捕まえて手柄(てがら)を立てやがるから、オレ様は肩身(かたみ)(せま)かったんだぞ」

「そんなこと私のせいじゃないわ」

「まぁ、そのことで発奮(はっぷん)したオレ様は、手下(てした)どもを使って、見事に秘宝の一つを奪ってやったがなぁ」

「…あんただったのね…杖を盗んだのは」

「ヒッヒッ!だからオレ様も汚名(おめい)挽回(ばんかい)できたんだ」

「それを言うなら汚名(おめい)返上(へんじょう)でしょ…。汚名を挽回してどうするのよ」

「グッ…。キサマ…とことん腹の立つ奴だな。キサマとは牛が合わん」

「それも牛じゃなくて馬でしょ?」

「……ググッ。晶晶白露を持っていなかったらとっとと無にしてやるのに…。だいたいどうしてお前が人間の世界に居るんだ?」

「そんなこと私の勝手(かって)余計(よけい)なお世話ですぅ~」

「いちいち(しゃく)(さわ)る奴だ。…ホレ牢へ着いたぞ」阿仁邪が足を止めた正面には、大きな岩壁(いわかべ)が立ちはだかっていた。けれども錫にはそこが牢には見えなかった。

「岩壁に空いてるその穴が自然の牢になっている。格子(こうし)()わりに絶対に霊気が()れない(うす)(まく)が穴全体を(おお)っているから、肉体のないキサマ達は自力(じりき)では抜け出せない」

 「この中に浩子とおじいちゃんが…?」

「そうだ、左側に女、右側に男を閉じ込めている」

「こんな所に…」錫は(ようや)くいしの背中から降りた。「浩子、大丈夫?……私よ…錫だよ」錫は牢獄(ろうごく)の外から智信枝栄に声をかけてみた。

「スン!?…どうして此処(ここ)へ?」智信枝栄は(あわ)てて錫に()()ったが、(まく)に〝ドン〟と突き当たり尻もちをついた。「こんな所へ来ちゃダメ…」

 「浩子…こんな(ひど)い目に()って…。(つら)かったでしょ…」

「いしに(くら)べたらこれくらい大したことないわ…」

「ひ…浩子殿…」いしは智信枝栄が(ひど)い目にあっていることを知っていた。しかし、そんなわが身をよそに狛犬の自分を(いたわ)り、なおかつ錫に心配をかけぬよう配慮(はいりょ)している智信枝栄の心根(こころね)に胸を打たれた。

「とにかく浩子もおじいちゃんも必ず助けるからね」

「あなた一人でどうやって…?」

「どんな手を使ってでも助けるから…。だからもう少しだけ辛抱(しんぼう)して」二人を解放(かいほう)する交換(こうかん)条件(じょうけん)に秘宝を差し出すなど、口が()けても言えなかった。

「秘宝を差し出すつもりでしょ?」完全にバレている。

「そ、そ…そんなことするわけないじゃない…。まだ見つかってもいないのに…」

「それならいいけど…」

──「ごめんね浩子…助ける手立(てだ)てが他に見つからないの…」錫にとって秘宝より親友(しんゆう)の命が大事だった。必ず智信枝栄を連れて帰ると(かた)く心に(ちか)ったのだった。


智信枝栄のことを気にしつつ、錫は右隣(みぎどなり)の牢も(のぞ)いた。「おじいちゃん、おじいちゃん…ねぇおじいちゃんなの?」魂の気配(けはい)は感じるが、錫の呼びかけに返答(へんとう)はない。

「浩子、この牢にいるのはおじいちゃんでしょ?」

「そのはずだけど、はっきりしないのよ…」

──「おじいちゃんなの…?必ず助けるからもう少しだけ待ってて…」形も(たも)てないその魂は、(いびつ)な丸形をしたままピクリとも動くことはなかった。



元の場所に戻ると、醜長は手ぐすね引いて錫を待っていた。「約束どおり秘宝を出せ」

──「ごめんなさいおじいちゃん……錫は秘宝を守るどころか、この手で完成させることもできませんでした。──〝自称神様〟、私は秘宝より友を…そしておじいちゃんを助けることを(えら)びます…許してください」責任を()たせなかった(くや)しさを胸に()めつつ、錫は取り出した(あめ)の秘宝を醜長に差し出したのだった。


阿仁邪が天の秘宝を引ったくるように取り上げると、醜長に(うやうや)しく手渡した。醜長は秘宝を手にするや(いな)や、イライラしながら阿仁邪を(しか)りつけた。

「気が()かん奴だな…。もう一つの秘宝をお(たから)部屋(べや)から持ってこい。ぼやぼやしてたら褒美(ほうび)をやらんぞ」それを聞いた阿仁邪は(あわ)てて(つち)の秘宝を取りに行った。その(わず)かな時間を見計(みはか)らって、いしは醜長に話しかけた。

「この(わたくし)を覚えているか?」

「ふん…いつかオレ様達が取り憑いてやった狛だと阿仁邪から聞いている。そして()()()はお前を助けたあのときの奴だろう?見覚えがある…」

「そのとおりだ。分からないのは、なぜ今お前が醜長と呼ばれているかということだ」

如何(いか)にも…あのときのオレ様は、まだ前の醜長に(つか)える身だった…。コイツの霊力で(じゃ)()(だま)封印(ふういん)され、この国に戻されたオレ様達は、文字どおり白の国を乗っ取る計画に失敗して醜長から痛い目にあった」醜長はジロリと錫を(にら)みつけた。

「はぁ?なんの話?すみませんけど私は(まった)(ぞん)じません」(さっ)しはついたが、錫はわざとすっとぼけて見せた。

「あのときオレ様が持っていた晶晶白露が(じつ)は〈白の眩燿刀(げんようとう)〉だったことを醜長に話すと、今度は〈黒の眩燿刀(げんようとう)〉を見つけろと言い出す有様(ありさま)だ…」

「それはお気の毒さま~」

「オレ様と阿仁邪は手分けして必死で探したのだ。そしてとうとう見つけ出した。阿仁邪が何処(どこ)からか見つけてきやがったんだ…スゴいだろう!?」

「私には何がスゴいのか分からないんだけど…?」

「はぁ?…キサマが教えたことだろうが?」

「ご主人様、黒の眩燿刀は相手を無にする力を持った恐ろしい短刀(たんとう)ですけん」

「ゲッ!こわっ…」

「バカな阿仁邪は黒の眩燿刀を見つけてくるなり、ご丁寧(ていねい)に醜長に手渡して褒美を(もら)おうとしやがった。(かしこ)いオレ様は、一計(いっけい)があるからと阿仁邪から黒の眩燿刀を取り上げると、(すき)を見て醜長を無にしてやったのよ…ギシシシシ」〝どうだ〟と言わんばかりに武勇伝(ぶゆうでん)気取(きど)りで熱く(かた)った醜長は、黒の眩燿刀を高々(たかだか)(かか)げて見せた。

「これがその短刀だ!これ一本でどいつもこいつもひれ()す。オレ様は醜長を無にした後、奴の息のかかった連中もすべて処分(しょぶん)してやった」

「えっ?自分の仲間(なかま)を?」

「そうだ!そしてオレ様は拗隠の国の新たな“醜長”となった。()(そこ)ねた白の国を(うば)うためにな!」

「ひどい……なんて奴なの…」。「下克(げこく)(じょう)野郎(やろう)…」

「これで秘宝も手に入れば恐い者なしだ。いよいよオレ様の時代がやって来るのだ」

「………」錫もいしも(くや)しかったが返す言葉がなかった。醜長は大きな岩に座ったまま、優越感(ゆうえつかん)(ひた)った顔で錫達を見下(みさ)げていた。


「おぉ~阿仁邪か…。ちょうど良いタイミングで戻ったな」

「醜長様これです…」その手には、()()()がしっかり握られていた。

「とうとうこの時が来たのだ…さぁ、早くよこせ!」

「醜長様…よこせと言われても、両手が(ふさ)がっておりますよ…。黒の眩燿刀を預かりますから()わりにこれを…」有頂天(うちょうてん)になっている醜長は、阿仁邪に言われるまま黒の眩燿刀を預けた。

「さぁ阿仁邪よ…早くその杖を!」

「……バカが…誰がお前なんかによこすか!」

「ナニ!?阿仁邪…何を言ってる…」これには錫もいしも驚いた。

「なになに…この展開!ちょっとぉ~…いしってば…ここにきて大逆転(だいぎゃくてん)てこと!?もしかすると阿仁邪は味方?秘宝を返してもらえる?」

「だと良いのですが…こいつらは何を考えているのか分からんですけん」()()がっている錫とは違って、いしは冷静(れいせい)だった。

「バカな醜長に教えてやる。お前達もよく聞くがいい」阿仁邪は錫といしにもチラリと視線を向けた。「お前が知っている弟分(おとうとぶん)の阿仁邪は、たった今私が取り込んでやった。窮屈(きゅうくつ)だったが私は今まで此奴(こいつ)にずっと(かく)れていたのだ…」

「キサマァ…。い、いつから隠れていた?」

「黒の眩燿刀を渡した時からだ」

「ナニ…?黒の眩燿刀はあいつが(ひろ)ってきたのではないのか?」

「だからお前達狡狗はおめでたいのだ。そんな簡単に名刀(めいとう)が落ちていると思ったのか?」

「で、では……あ、う、うぅ」醜長は動揺(どうよう)を隠せない。

「お前達が黒の眩燿刀を探しているのを知って、わざとお前に渡してやったのだ」

「わ、わざとだと…?」

「そうだとも。バカな弟分に取り憑いた私は、黒の眩燿刀を拾ったとお前に持ちかけた。すべてはこっちの()みどおり事が(はこ)んだ。お前は黒の眩燿刀を使って醜長を無にしてこの国を支配し、白の国を奪おうと計画した。そして(ようや)く秘宝も手に入った今…お前は用済(ようず)みだ」

「キ、キサマ…いったいナニモノなのだ?」

「私は矢羽(やば)走彦(しりひこ)…白の国を守る霊神だった」

「ほらほらいし…白の国の霊神だって。これは潜入(せんにゅう)捜査(そうさ)ってやつよ!」そうあってほしいという錫の強い願望(がんぼう)が、都合の良い解釈(かいしゃく)(みちび)き出す。

「白の国の霊体は、拗隠の国の霊気を取り込めない。(ゆえ)に私は長時間(とど)まれば無になるのだが…。私はそうなる前に念だけの存在となって他の狡狗に(うつ)り、気の遠くなる時間を此処(ここ)()ごしてきた…」

「お前はどうして此処(ここ)へ来る必要があった?」醜長が尋ねた。

(だま)されたのだ………天甦霊主(あまのそれいぬし)に…」

「えっ!?今天甦霊主って言った?〝自称(じしょう)神様(かみさま)〟…?」

「その昔、白の国と拗隠の国との(いくさ)(おり)、天甦霊主は自分の持つ秘宝を使って拗隠の国の抜け穴を(ふさ)ぎ、戦を終結(しゅうけつ)させてくれと(たの)んできた。塞いだ後は必ず助けに行くからと…。そして帰ってきたらお前は英雄(えいゆう)だと…。私は言われるまま、白の国を助けるべくここへ来たのだ…」

「なのに助けには来なかったのだな?」醜長が尋ねた。

「私は自分の使命(しめい)(まっと)うした。だが待てど暮らせど助けは来なかった…。考えてみたら助け出す方法などあるわけがない…。最初から(だま)すつもりで私を送り込んだのだ」

「いし…なんだか私の思ってる筋書(すじが)きと違ってる…」錫は残念そうに(ささや)いた。いしにできることは、錫の手の(こう)をペロペロと()めてやることくらいだ。

「私は(ちか)った!復讐(ふくしゅう)してやると…必ず白の国を奪ってやると…。お前達狡狗は、そのための()(ごま)にすぎなかったのだ」錫の(あわ)い期待は(くず)()った。

「チクショウめが…」土壇場(どたんば)形勢(けいせい)が変わってしまった醜長は地団駄(じたんだ)()んで(くや)しがったが、もう(あと)(まつ)りだった。

「お前のような奴が(なが)栄華(えいが)(ほこ)ることなど所詮(しょせん)無理なのだ。消えて無くなれ」

「ぐぁ~…皆のモノ、謀反(むほん)だ。阿仁邪が寝返(ねがえ)った!引っ捕らえた奴にはたんまり礼をやる。早く奴をなんとかせい」


「いし…なんだか戦国ドラマみたいになってきたよ…」。「たしかにです…」


醜長の一声(ひとこえ)で千体の狡狗がどっと(たか)ってきた。「見ろ!これがオレ様の実力だ…」

「ならば本物の実力かどうか、目の前でハッキリさせてやろう…」矢羽走彦は黒の眩燿刀をちらつかせながら集まった狡狗達に()げた。「ここにお前達が恐れていた短刀がある。今からこれは私のモノだ!…醜長を助けたい奴はそっちへ行け。私に(したが)うモノはこちらへ来るがよい」(たちま)ち狡狗は一カ所に集まった。だが醜長側にはたったの一体もいなかった。「分かったか?お前の実力などこんなもんだ…」

──「矢羽走彦…。見た目は阿仁邪でも、さっきと全然(ぜんぜん)霊力(れいりょく)が違っている…。いったい何者だろう?」

「さぁ、私がこの手で無にしてやる。ありがたく思え」矢羽走彦は素早く醜長に近づくと、黒の眩燿刀をその(ふところ)に突き刺した。だがそれよりも一瞬早く、醜長は腰を下ろしていた岩から遠くに移動(いどう)した。

「以外に早い…あの狡狗…」一発で勝負が決まったと思った錫は驚いた。矢羽走彦はそれでも(あわ)てず、醜長に視線を合わせることなく、黒の眩燿刀を素早く投げつけた。その刃先は今度こそ醜長の胸元に食い込んだ。

「バ、バカな…投げるとは…」醜長はそれだけ言い残すと、たちまち玉子大(たまごだい)(すみ)のような黒い(かたまり)と化した。

「見ましたかご主人様──あのように短刀を投げるのは危険(きけん)なのです…もし失敗したら相手に渡ってしまいますけん。奴は自分の(うで)によほど自信(じしん)があったのでしょう…。あの矢羽走彦という霊神──狡狗のような狡賢(ずるがしこ)いだけの単細胞(たんさいぼう)ではありません…」

「うん……私もそう思う…」矢羽走彦に()えた智慧(ちえ)底知(そこし)れぬ霊力を感じ取った錫も、狡狗とは違った恐怖心を(いだ)いた。

「さて…」矢羽走彦は醜長の死骸(しがい)ともいえる黒い塊を無下(むげ)蹴飛(けと)ばすと、その(かたわ)らに転がった天の秘宝を大事そうに拾い上げ、さっきまで醜長の座っていた岩にどっしりと腰を下ろした。

「秘宝を渡したんだから早く浩子とおじいちゃんを返して?」

「まあそう(あわ)てるな…。お互いこの秘宝を(めぐ)って随分(ずいぶん)苦労したのだから、じっくり(おが)もうではないか…」

「はぁ!?…あんたがなんの苦労をしたの?私達の行動をこそこそ()ぎ回ってただけじゃないの」それを聞いて矢羽走彦は落ち着いた口調(くちょう)返答(へんとう)した。

「なんの情報(じょうほう)もない私が秘宝を手にするにはどうすればいいと思う…?並外(なみはず)れた霊力を(そな)えた奴を探し出すことだけだ…」

「…それでおじいちゃんを?」

「そうだ…。奴が秘宝を持っていると確信(かくしん)していたのだが…(まった)くその気配(けはい)がない。奴は秘宝のことを知っているだけだと(さっ)した私は、次に(あらわ)れたお前に期待(きたい)した。てっきりお前が秘宝を持っているとばかり思っていたが、やはり秘宝の気が感じられない…。まさか天と地に分けて霊気を消していたとはな…」

「醜長は秘宝のことを最初から知っていたのか?」今度はいしが質問(しつもん)した。

「いいや。醜長に秘宝のことを()き付けたのは私だ。バカな狡狗は誘導(ゆうどう)してやるとそのとおりに動く…。まるで自分が指揮(しき)()っているかのようにな…」

「結局醜長もお前に(おど)らされていただけか…」

偶然(ぐうぜん)にせよ白の国への抜け穴が見つかった…。白の国まで行けば人間界にも行ける…。その人間界ではまさに秘宝の完成が間近(まぢか)だった。私にとって秘宝を手に入れて白の国に攻め入る絶好(ぜっこう)のチャンスではないか!」

「でもどうしてぎりぎりまで姿を(かく)して醜長を(だま)していたの?」

「抜け穴が存在する今、拗隠の国にも白の国の密使(みっし)がいないとは(かぎ)らない…。秘宝を探し出すまでは、このやり方が最善(さいぜん)だった…」

「いし…()()()って何?」。「スパイのようなもんですけん」。「あ~!」

「さぁ、ともに拝もうではないか…天と地が生み出した大いなる副産物(ふくさんぶつ)を!」

「人から盗んでおいていい気なモンだわ…」天の秘宝の底部分(そこぶぶん)中心(ちゅうしん)には杖を差し込む筒状(つつじょう)の穴があった。矢羽走彦はその穴に杖の根本(ねもと)をゆっくりと差し込んでいった。──────しかし、何も起こらなかった。

「お前……(だま)したのか?」口調(くちょう)(きわ)めて落ち着いていたが、その目は錫が(ふる)え上がるほどの(いか)りに()ちていた。

「だ、ダマしてなんかないわ…」

「ならばなぜ何も起きない?秘宝を見つけ出せなくて、適当(てきとう)なモノをよこしたのか?」

(ちが)うわ…これが本物(ほんもの)のはずよ!」

「…お前は約束(やくそく)(やぶ)った。じっくり無になるがいい…仲間と一緒にな…」錫は憤怒(ふんぬ)した矢羽走彦の言葉など耳に入ってこなかった。それよりも絶対の自信を持っていた(あめ)(つち)の秘宝が本物ではなかったことに大きなショックを受けていた。

──「違っていた?……えっ?……秘宝は…これじゃないの?」

「お前達、此奴(こやつ)らを()()らえろ!」その言葉に錫は反射的(はんしゃてき)(まわ)りをぐるりを見渡した。千体を()す狡狗が錫といしを(かこ)んでいる。

「いし…私が奴らを誘導するからあんたは逃げなさい」

「ご主人様、それはできませんです!」

「これは主人の命令よ…言うことを聞きなさい。命令が聞けないなら、私はあんたを永遠(えいえん)家来(けらい)だと(みと)めないわ!」

「ですがご主人様…」

「大丈夫!絶対に死んだりしないから…あっ、今は死んでるのか…きひひ」わざとおちゃらけて見せる錫の態度が、いしには逆に(つら)かった。

「分かったです。分かったですけん…ご主人様」その言葉に錫はにっこりと微笑(ほほえ)んでみせた。けれど次の瞬間(しゅんかん)真顔(まがお)に戻った。

「絶対に逃げ切りなさい…いし!」(きび)しくも優しい口調でいしに告げるのだった。


別れを()しんでいる余裕(よゆう)はなかった。錫はいしから遠ざかるように動き回りながら狡狗の追撃(ついげき)をかわした。

いしは逃げると約束したものの、たかが狛犬一匹を逃がすために我が命を(かえり)みず駆け回ってくれている主人を見て、いたたまれない気持ちになった。だがここで逃げなければ、逆に主人の深い情愛(じょうあい)無駄(むだ)にすることになる。主人を(ほお)って逃げている自分に嫌悪(けんお)しながらただただ駆け抜けていった。いしにとって数の少なくなった狡狗を(かわ)して走り抜けるのは容易(たやす)いことだ。これも主人が身を(てい)して狡狗を引きつけてくれているおかげだと思うと、いしの心は()()けそうだった。




     Ⅳ


──「いしは無事に逃げ切っただろうか…?」錫は狡狗から身をかわしながらも、そのことが頭から離れなかった。逃げても逃げても追ってくる狡狗に対して、切りがないと思っていた矢先(やさき)のことだ──。

「やめろ、お前達」矢羽走彦が一声(ひとこえ)かけた。狡狗は一斉(いっせい)に動きを止め、矢羽走彦に道を()けた。

「お前が逃げ出した理由は(さっ)しがつく…。心配せんでも、あの狛は逃げていったわ」顔色一つ変えず矢羽走彦を(にら)んでいた錫だったが、内心(ないしん)それを聞いてホッとした。「たかが狛犬一匹に目の色を変えることもあるまい…。それより忘れるなよ…お前には人質がいるということを。それ以上(あば)れるようなら今すぐ奴らを無にしてやる」

「………………分かったわよ…」

「そうだ、それがお前のためだ。ついて来い…」錫は(だま)って矢羽走彦の(あと)(したが)った。「結局(けっきょく)お前は役立たずだったな….秘宝さえ手に入れれば、私は白の国を落とせたはずだった…。しかし考えようによってはこれで良かったのかもしれん。お前が秘宝を見つけられなかったということは、こっちも(おびや)かされる心配がないということだ…」

(くや)しいけどそのとおりよ。正直(しょうじき)なところ、ここまで来たら秘宝を完成させたかったわ…」

「それは残念だったな。…さてと、ここがお前の()()()()()だ…」着いた先は智信枝栄と虎が()らえられている牢獄(ろうごく)だった。

「最後に(なさ)けをくれてやる。お前の大好きな(じい)さんと一緒に(かな)わなかった願いを()やみながら無になるがいい」矢羽走彦は錫の腕を(つか)むと、虎が捕らえられている牢へ押し込んだ。

「あっ!」錫は慌てて外に出ようとしたが、まるでアクリルの水槽(すいそう)に〝ドゴン〟とぶつかったような感覚(かんかく)で止まった。

「その膜は絶対に霊気を通さない…。()()()()()()(むな)しく()きしめながら無になっていく感覚(かんかく)を味わうがいい…」矢羽走彦は荒っぽく(あめ)(つち)の秘宝を──いや、天と地の秘宝だと信じていたモノを牢の中に放り投げた。

錫は情けない思いでその二つを拾い上げ、胸にしっかり抱きしめて肩を振るわせた。

「泣いているのか…?」形を(たも)てないほど弱った(たましい)は優しく錫に話しかけた。

「えっ!?…おじいちゃん?…おじいちゃんなの?」

「錫なのか…?」

「やっぱりおじいちゃんなのね!?」

「いいや…私は香神虎だ。お前の知っているおじいちゃんは天翔(あまかける)虎慈(とらいつくしみ)之尊(のみこと)のことだ。わしは正真(しょうしん)正銘(しょうめい)の香神虎だ」

「じゃ、私が知っているおじいちゃんはどこなの?」

「あの方は無になってしまった…私を助けるために…。それもほんの少し前のことだ…」錫は驚きはしたものの、まず話を聞きたかった。

「あのねおじいちゃん…私、何がどうなってるのか分かっていないの…」

「これからゆっくり話してやる…まぁそこへ座れ…」ブヨブヨした丸い(かた)まりになってはいるが(わず)かな霊気を感じる。その(かたわ)らに座った錫は、なんとも言いようのない安らぎを感じた。

「私が無になるのも時間の問題だ。それまでに私が知っているすべてをお前に聞かせてやらねばな…」いずれ自分も此処(ここ)で無になってゆくのだろうが、〝どうせなら秘宝の在処(ありか)を聞いてから無になりたい〟──錫はそう思った。



「私はもともとゴミソとして修行をしていた身だった。高宮ハルに恋をしつつも真面目(まじめ)に生きてきた。人にはない霊能力を持っていたこと以外は、ごく普通の人間として…」

──「やっぱりお婆さんに恋をしていたんだね…」

「それから次に自分の記憶(きおく)として残っているのは…この牢で目覚(めざ)め、以来(いらい)何年も虎慈(こじ)様に守られて暮らしていたということだけだ…」

「…お、終わり?」

「私の記憶の話はこれで終わりだ…」

「え~~~……?」

「だが…私は牢中(ろうちゅう)でたくさんの話を聞いた…。虎慈様からな…」

「良かった!本当に終わったらどうしようかと思ったわ」錫は(おど)けて(あせ)った振りをしてみせた。なぜだか虎が笑っているように思えた。

「この牢で目を覚ました時、一体(いったい)霊神(れいじん)が私を(つつ)み込んでくれていた。その霊神はこう言った…〝私のせいでお前は死んだ…(ゆる)してくれ〟とな…。そして、ここに幽閉(ゆうへい)されるまでのことをすべて(かた)ってくれたのだ…」

──「おじいちゃんの謎が明らかになる」錫は期待(きたい)に胸が(おど)った―─。


     ○


 天翔(あまかける)虎慈(とらいつくしみ)之尊(のみこと)は人間界に行く準備(じゅんび)調(ととの)えていた。

白の国で特に高い霊力を秘めた四柱(よんはしら)は〝白の四天王(してんのう)〟と呼ばれ、名実(めいじつ)ともに(すぐ)れた霊神として(あが)められていた。なかでも天翔虎慈尊は、通称(つうしょう) ()()(のみこと)あるいは虎慈(こじ)(さま)と呼ばれて(した)しまれ、その信頼(しんらい)は白の四天王の中でも()きん()(あつ)かった。

虎慈尊が特に目をかけていたのが、同じ白の四天王の中でもまだ若い錫雅尊(しゃくがのみこと)だった。誠実(せいじつ)正義感(せいぎかん)が強く心根(こころね)の優しい錫雅尊に、虎慈尊は絶対的(ぜったいてき)信頼(しんらい)()せていた。


白の国では、やがて人間界で完成(かんせい)する秘宝を見つけ出し守り抜ける霊神を選任(せんにん)していた。その役を買って出たのが錫雅尊だった。虎慈尊は過酷(かこく)な人間界に修行(しゅぎょう)()ねて行こうとする錫雅尊を心配(しんぱい)したが、錫雅尊の決心(けっしん)(かた)かった。そこで虎慈尊は、前もって人間界に入り、(のち)に生まれてくる錫雅尊を守る役目(やくめ)()()った。こうした役目を(にな)うことは、とても(まれ)なことだった。

人間界に入ると、()ず一番に憑依(ひょうい)する人間を決めなければならない。虎慈尊は早くもその標的(ひょうてき)を決めていた。香神虎という人間で、(たぐ)い稀なる霊力を身につけていることと、性格が(おだ)やかで同じ虎と名が付いているので(した)しみが()いたからだ。

そして──これは虎に憑依した後に知って驚いたことだが、虎が恋している女性高宮ハルに、他とは違う霊気を感じた。よくよく調べてみると、彼女の中に領巾(ひれ)が隠されていたのだ。それは(すなわ)ち高宮ハルに須勢理(すぜり)毘売(びめ)宿(やど)っていることを意味する。この事実を知った虎慈尊は、この領巾がいつか錫雅尊の役に立つかもしれない。この時すでにそう思っていたのだった。


虎慈尊はそれまでの虎の記憶を(のぞ)きつつ、完全に虎に()りきっていた。ただ虎慈尊には時間がなかった。

──「子供を産んでくれさえすれば誰でもいい…。一刻(いっこく)も早く結婚しなければ…」虎慈尊の結婚(けっこん)願望(がんぼう)は、我が子として錫雅尊の魂を(むか)え入れるため以外の何ものでもなかった。それが錫雅尊より早く人間界に降り立った真の目的だったからだ。けれども一番身近な高宮ハルは恋より修行。どうやら(みゃく)はなさそうだと(さっ)した虎慈尊は、一人で山を下りることにした。ハルには〝神から天啓(てんけい)()て、聖霊師として生きてゆくことになったので山を下りる〟と()げて、彼女を誘うことはしなかった。もしもその時、〝一緒に山を下りよう〟と声をかけていたら──あるいはハルは修行よりも恋を選んでいたかもしれない。そうなっていれば二人の運命はもちろん、二人を取り巻く人々の運命も変わっていただろう。たった一つの分かれ道が人生を大きく左右する。〝運命(うんめい)〟は〝運命(さだめ)〟と違い、くるくると変化(へんか)してゆく万華鏡(まんげきょう)なのだ。


虎慈尊にとって(めぐ)まれていたのは、(あかね)ミツという女性と出会えたことだ。彼女は香神虎を愛し、聖霊師としての生業(なりわい)理解(りかい)していた。何より若くて元気なミツは、錫雅尊を産んでくれるにはうってつけの女性だった。しかも結婚前にミツは妊娠(にんしん)した。結婚したが子供ができないとなれば取り返しのつかないことになる。先に目的を()たせたのだから、虎慈尊にとってこれほど安心なことはなかった。

ところがここで大誤算(だいごさん)が生じる。ミツに宿(やど)っている(たましい)が、錫雅尊ではないと白の国から報告を受けたのだ。このことに虎慈尊はすっかり意気消沈(いきしょうちん)してしまう。もし錫雅尊がこのタイミングで生まれてきていれば、ちょうど十八歳になる頃に秘宝が満年(まんねん)(むか)えることなっていた。その時が来たれば、錫雅尊に付きっきりで霊力を(やしな)わせ、秘宝を手に入れて守らせようと虎慈尊は楽しみにしていたのだった。


ミツが懐妊(かいにん)を迎える少し前、白の国でも錫雅尊は人間界に降り立つ準備を調(ととの)えていた。だがいよいよ出発の(だん)になって狡狗がどっと攻め込んできた。一時的に抜け穴が広がったのだろう。この危機(きき)放置(ほうち)したまま人間界に降りて良いものかと錫雅尊は(なや)んだ。しかし人間界では虎慈尊が自分を待っている。錫雅尊は苦渋(くじゅう)選択(せんたく)()いられた。悩みに悩んだ(すえ)、〝このまま(ほう)ってはおけない〟そう答えを出した錫雅尊は白の国に(とど)まった。

この非常(ひじょう)事態(じたい)を虎慈尊も受け入れざるを得なかった。開いた抜け穴が早めに小さくなれば、錫雅尊を第二子(だいにし)として迎えようと(あわ)い期待を(いだ)いていた。ところがそれは甘い考えだった。待てども待てども抜け穴は小さくならず、元に戻るまで数年を(よう)してしまったのだ。それでも、今から錫雅尊を迎えようとした虎慈尊だったが、悲しいかなミツが懐妊(かいにん)することはなかった。泣く泣く我が子として錫雅尊を迎えることを(あきら)めた虎慈尊は、一人娘の鈴子にすべてを(たく)すことにした。早く大人になって良い伴侶(はんりょ)を見つけ、元気な子を産んでほしいと願っていた虎慈尊にとって、鈴子が成人(せいじん)するまでの時間は気が遠くなるほど長かった。それだけに(ようや)思惑(おもわく)どおり事が運んだ時は嬉しかった。鈴子に錫雅尊の魂が宿ったのだ。

性別(せいべつ)は問題ではない。(かね)てから決めていた〝(すず)〟という名を付け、その子が十八歳になるのをひたすら待ち続けるのが虎慈尊の使命(しめい)だった。


話が後先(あとさき)になるが、虎慈尊が三輪山を訪れ、躍起(やっき)になって秘宝を探し出していたのは、ちょうど鈴子が田中(いち)(こう)(さい)していた頃だ。つまりその頃に天地(あめつち)の秘宝は満年を迎えていたことになる。

本来ならこの時点(じてん)で錫雅尊は人間として十八歳を迎えており、虎慈尊の助けを受けながら秘宝を探し出していたに違いなかった。

結果的(けっかてき)には虎慈尊が一人で秘宝を見つけ出し、その秘宝を誰にも分からぬよう(あめ)(つち)に分けて隠したのだが、最後は狡狗によって虎慈尊自身の霊気を()ぎつけられ捕らえられたのだった。

その(さい)、香神虎の魂をそのままにして、自分だけが捕まることも考えた。だが香神虎が何十年にも渡る自分の人生を知らぬまま意識を戻されて、果たして尋常(じんじょう)でいられるかどうかを考えるとあまりにも残酷(ざんこく)に思えてならなかった。

どのみち生きていても残り少ない人生だ。ならば香神虎の魂をできるところまで守ってやろうと決めた虎慈尊は、いよいよ狡狗に捕まる(おり)、香神虎の魂を自分が取り込んだのだった──。


「……これが私自身も知らなかった驚愕(きょうがく)真実(しんじつ)だ…」

「おじいちゃんは正真(しょうしん)正銘(しょうめい)の香神虎だけど、私を知らないってこと?」

「あぁ…。私の遺伝子(いでんし)が受け()がれている鈴子も錫も私の記憶にはない…」

「私が知ってるおじいちゃんはどうして無になってしまったの?」

「さっきも話したとおり、虎慈(こじ)様は私を守るために無になったのだよ…」虎の魂は時折(ときおり)ポニョポニョと動きながら錫の質問に答えた。「虎慈様は長く人間界に身を(ひそ)めていたので霊力も(にぶ)っていた。そのため狡狗と最後まで()り合うことはできないと判断(はんだん)し、ほとんど無抵抗(むていこう)のまま奴らから魂を抜かれ、ここに連れて来られた」

「突然死に見えたのはそのためだったのね…」

捕縛(ほばく)された虎慈様は秘宝を出せと何度も()められたが、(けっ)して口を()ることはしなかった。そのうち狡狗も秘宝の持ち主が本当に虎慈様なのかどうかを(うたが)い始め、他に特殊(とくしゅ)な霊力を持った人間が現れるのを待つようになったのだ」

「それで十八歳になった私の霊気を狡狗が()ぎつけたってことか…。そうとして、一つ分からない事があるの。人間界に居ると霊力は(にぶ)るの?私は逆に霊力が強くなるんだけど…?」

「そこには憑依(ひょうい)する者と、人間として生まれ変わる者との違いがある。白の国の霊神が人間に憑依し続けると年々(としどし)に霊力は弱まる…。だが生まれ変わったとなると、年齢に関係なく(きた)えれば鍛えるほど霊力は強くなるというのだ」

「私の霊力が強まっていくのは、錫雅の生まれ変わりだからなのね…」

「私が一番に疑問を抱いたのは、虎慈様が秘宝を探し出したならば、どうしてその秘宝をさっさと白の国に持ち帰らなかったのかということだった…」

「たしかにそうよね…。見つけたなら何も私に(たく)す必要なんてないもの…」

「そこには秘宝(ひほう)熟成(じゅくせい)の秘密があったのだ」

「秘宝………熟成?」

「岩から取り出したばかりの秘宝は、(じゅう)(ぶん)力を発揮(はっき)することができない。そこで産声(うぶごえ)をあげた秘宝を何年も寝かし続ける…。それは秘宝を生み出した天地の中でのみ可能だ」

「つまり人間界でしか熟成されないってこと?」

「そういうことだ。熟成させる年月に決まりはないが、最低十年…できればそれ以上は寝かしておくのが理想(りそう)らしい…」

「生まれ変わった魂の方が、秘宝を守るには(てき)してるってことね…」

「人間に生まれ変わった錫雅尊に秘宝を守らせたかった理由がそれだ」

「ふ~ん…そういうことか」

「話を本筋(ほんすじ)に戻そう…。私達はこの牢に長い時間閉じ込められた。虎慈様は私が無にならぬよう、自分の霊気をずっと私に与え続けてくださった…。だから今も私は(かろ)うじて無にならずにすんでいる。あの方が私より早く無になったのは、私を命がけで守ってくれたからなのだ…」それを聞いた錫は、目を(うる)ませて自分の未熟(みじゅく)さを()やんだ。

「ごめんなさいおじいちゃん…。私がしっかりしていれば、助けてあげられたかも知れないのに…」

「お前に(つみ)はない。自分を()めることはないぞ…」

「……うん、ありがとうおじいちゃん」

「お前は私にも〝おじいちゃん〟と呼んでくれるのかい?」

「だって、おじいちゃんは香神虎だよ。おじいちゃんがいなければ、お母さんも私も生まれてこなかったわ…」虎は初めて出会った錫に、言いようのない(いと)おしさを(おぼ)えた。そこには理屈(りくつ)()えた血を分けた関係があるのだと虎は感じていた。

「おじい様…教えてほしいのです…」錫は(かしこ)まって虎に尋ねた。

「なんだね…(あらた)まって…」

(まめ)(つち)の秘宝は何に(うつ)したの?」

「そのことか…」虎は(しばら)(ちん)(もく)した。「それだけは虎慈様も教えてはくれなかった…」

「えっ!?聞いていないの…?」錫はガックリとうなだれてしまった。「結局私は何も(わか)らないままここで無になってしまうのかぁ…」虎は〝(あきら)めるな〟と錫を(はげ)ましてやりたかった。しかしそれはあまりにも空虚(くうきょ)な言葉で、とても口には出せなかった。この牢に限っては、抜け出せる可能性などないのだ。

「秘宝を何に(うつ)したかは知らんが、せめて夢のからくりを教えてやろう」

「あっ…うん!」錫はそれでも充分(じゅうぶん)だった。

「虎慈様は念を送ってお前に夢を見させていた。そうして短歌の意味が紐解(ひもと)けるヒントを(あた)えていたようだ」

「そうだったんだ…。でも一つ謎が解けると同じ夢は見なかったの。…どうしておじいちゃんは牢中で私の状況を把握(はあく)できたのかしら?」

「虎慈様は狡狗の情報にいつも耳を(かたむ)けて、お前の動きを察していた。そして最後の夢をお前に送った後、私を包み込んだまま無になられた。…本当に少し前のことだ…」

「そうまでして秘宝のことを教えてくれていたのに…私はこの有様(ありさま)…」

「いいや…お前はよく頑張った…。願わくばお前をここから出してやりたい…」

「ありがとう、おじいちゃん…。ねぇ…この牢が絶対通さないものは霊気だけよね?」

「ああ、他のものはなんでも通す」それを確かめてから錫はニッコリ笑って叫んだ。

「聞いてたんでしょ、浩子!?」その()いかけに、少しだけ()()けて返事が返ってきた。

「ごめんなさい…。でも聞いてたんじゃなくて聞こえてきたの…」



「虎慈様が無になってしまわれたなんて…。我々(われわれ)四天王(してんのう)の中で(もっと)も強く勇敢(ゆうかん)な方だったのに…」智信枝栄は隣の牢から悲しげに(つぶや)いた。

「我々四天王!?ということは浩子が四天王の一人…。そうすると、おじいちゃんに錫雅と…あと一人いるのよね?」

「えぇ…行方(ゆくえ)不明(ふめい)の霊神がね…。スンと私は白の四天王の中でも特に若いの…といっても人間界からみれば気の遠くなるような年だけど…。そして虎慈様ともう一人〝照陽(てらしはる)龍社(たつやしろ)王尊(のきみのみこと)〟は(はる)かに年が上だった…」

「ま、また舌を()みそうな名前だね…」

「ふふふ…普段は〝龍社(たつやしろ)(のきみ)〟と呼ばれていたわ。虎慈様より年は上だったけど、その実力は〝霊力(れいりょく)知力(ちりょく)品格(ひんかく)〟どれ一つ取っても虎慈様には(かな)わなかった…」

「それが行方不明になった理由…?」

「それは分からない。私が四天王になったばかりの頃、いつの間にか忽然(こつぜん)と姿を消したの…」

「無にされたとか?」

「それは考えられない…。あれほどの霊神を無にする強い霊気を(はっ)したなら、誰かがその気を感じているはずだもの」

「そうなのかぁ…」

それから(しばら)(ちん)(もく)があった。「ねぇスン……。あなたのおじい様は間もなく無になるわ…。私達も何年かすれば無になる運命よ。けれど…けれどあなたの肉体はそう長くは持たない…。だから今のうちに大事なことを伝えておきたいの…」

「な、何?」錫はそれを聞くと、本当にすべてが終わってしまう気がして恐かった。けれどもそんな錫の思いをよそに、智信枝栄は思いの(たけ)を伝え始めた。

「錫雅様…この智信枝栄、あなた様を心から尊敬(そんけい)しておりました。お姿は見えずとも、こうしてあなた様のすぐ側で無になれるならば本望(ほんもう)でございます。そして…そして…(わたくし)が無になりましても、あなた様を愛するこの心は…この愛だけは決して消えたりはいたしません!」正直錫はこの告白(こくはく)戸惑(とまど)いを感じた。だが何十年、いや──もしかすると何百年越しかの恋を、本当は本来の錫雅尊に告白したかったに違いないと、智信枝栄の心中(しんちゅう)(さっ)するのだった。

「これでもう思い残すことはありません……(しゃく)()(うまし)(みょう)王尊(おうのみこと)様」

「そなたの思い──(たし)かに受け止めた。けれども…そのような大切な告白をこのような場所でさせてしまった私を許してほしい…」それが(おと)女心(めごころ)を痛いほど理解できる錫のせめてもの言葉だった。

「いいえ…こんなことでもなければ、あなた様に恋心を告白するなど永遠になかったでしょう…。このような機会(きかい)を与えてもらえたことを逆に感謝しています…」錫は智信枝栄に霊神としての風格(ふうかく)を感じた。




     Ⅴ


香神虎の魂は、もう返答(へんとう)することさえ(むずか)しくなっていた。無になるのも時間の問題だが、錫はそれを(だま)って見守ることしかしてやれなかった。自分も虎慈(こじの)(みこと)のように、霊気を分け与えようとしたのだが、錫の魂は人間に生まれ変わって存在しているため、霊気を分け与えることができないと智信枝栄に教えられた。

錫は(あめ)(つち)の秘宝だと思い込んでいた二つを(かか)えて、また一人涙を流した。二人の祖父(そふ)を助けられなかったのも、浩子を助けられなかったのも、すべて自分のせいだと(みずか)らの未熟(みじゅく)さを()めた。(なさ)けなく歯がゆい、(つら)(くや)しい。複雑(ふくざつ)(から)み合う感情を(おさ)える(すべ)が見つからなかった。(さら)に暗く(さび)しい牢獄(ろうごく)という化け物は、錫の精神(せいしん)暗鬱(あんうつ)の世界へと容赦(ようしゃ)なく引きずり込もうとしていた。そのまま気持ちを(ゆだ)ねれば、どれほど心が軽くなるだろうかと思った。けれど、いしの安否(あんぴ)や親への思い、自分を取り巻くすべての者達を失望(しつぼう)させる結果(けっか)となってしまったことを考えると、安易(あんい)に自分だけ楽になることが、いかに(ずる)責任逃(せきにんのが)れなのかと言い聞かせて自制(じせい)するのだった。その心の強さが芽吹(めぶ)いた時、錫は一つ(さと)ることができた。

──「絶対に逃げ出せないこの牢獄…。でもそれは誰が決めたの?自分がダメと(あきら)めたその時から本当にダメになるのよ。たとえ…たとえこの牢獄が絶対に逃げ出せない牢獄だったとしても、私が諦めない限り絶対にはならないんだ」自らの概念(がいねん)が生み出した〝諦め〟を取り払うと、忘れかけていた希望(きぼう)勇気(ゆうき)()いてきた。

──「この(せま)い牢獄で、私が今やるべきことはなんだろう…?」錫は手にしていた二つの秘宝を合わせて〝(しゃく)(じょう)〟にすると、〝ギュッ〟と()きしめた。

「私がやるべきことは…本物の秘宝を(さが)すことより他にない。そしてその手がかりは…おじいちゃんが残してくれた夢の記憶(きおく)だけ。秘宝が手に入ろうが入るまいがそんなことは関係ない…。秘宝の正体(しょうたい)をはっきりさせることが今の私の使命(しめい)!」言葉に出して自分に発破(はっぱ)をかけた錫は、どこで秘宝を取り違えたのかを今一度考え始めた──。


老いたる身 支えし足は頼りなく

孫と娘で力みなぎる


──「どう考えても孫は〝錫〟、娘は〝杖〟のはずだ。何度も見た夢がそう答えを(みちび)き出してくれた…」堂々(どうどう)(めぐ)りだったが、錫は諦めずに二つの秘宝に辿(たど)()くまでの過程(かてい)を、()(かえ)し繰り返し思い返してみた。


最初に見た夢は机の引き出しにプレゼントが隠されている夢だった。そこから写真立てを見つけたことで同じ夢は見なくなったが、()わりに(とびら)の夢が始まる。一番最後の夢でも虎は扉のことを気にしていたけれど、扉の謎が解けたのならその二つを正しく合わせろと教えてくれた。最初は本の扉から行き着いた〝領巾(ひれ)〟が秘宝だと勘違(かんちが)いしていたから、先に見つけていた〝杖〟と合わせても何も起こりはしなかった…。扉の謎を振り出しに戻して調べていると、今度は神前の扉に行き着いた。扉の中には天の秘宝の在処(ありか)(しる)したメッセージが隠してあったので、今度こそ夢に見ている扉がこの扉に違いないと確信(かくしん)した。

そして先に見つけていた〝杖〟の夢に(いた)っては、最後に見た夢以外はずっと登場し続けている。だが、それについては何の不思議もない。それまで杖は見つかっていなかったのだし、見つかった途端(とたん)、夢に見なくなったということは、〝杖〟が正しい物だったという何よりの(あかし)だ。


 ──「本当に間違(まちが)っている…?いいや…間違ってるから今ここに本物の秘宝がないんだ…」それからまた錫は何回となく思い返してみた。それでも新しい何かが見つかるわけではなかった。

「おじいちゃん…錫は絶対に諦めません。だから何が間違いなのか気づかせてください」錫は机の引き出しから見つけた虎の写真の顔を思い浮かべながら祈った。(あな)()くほど幾度(いくど)も見た錫と二人で(うつ)っている写真だ。背景(はいけい)、着ている服、顔の表情(ひょうじょう)、すべてが(まぶた)に焼き付けている。

──「おじいちゃん…何が間違っているの?…ねぇ、おじいちゃん…」

「あっっっっ!」(ひらめ)きはいつも一瞬(いっしゅん)だ────。

「最後の夢はおやつのアメ玉から始まった。その後、御扉(みとびら)から《(あめ)は遺品にある》と書かれたメモが見つかった。〝(あめ)〟は〝(あめ)の秘宝〟を意味していると()いて(すべ)てがスッキリと(おさ)まった。だから重要(じゅうよう)なのはアメ玉というキーワードであって、その続きの会話は、たわいないやり取りだと思っていたわ…。──〝()(がき)を食べさせておくれ………必ずだぞ〟──生前(せいぜん)おじいちゃんは干し柿が大好きだったから、それも(あい)まってこのやり取りにメッセージ性を感じなかった。けれども写真が…()()()()が…なんの変哲(へんてつ)もないこの夢の意味を教えてくれた…」隣の牢では一人きりの智信枝栄が、一言も口を(はさ)むことなく錫を見守り続けていた。




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