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第十八章──行方

行方(ゆくえ)

  



     Ⅰ


(こう)()は白の国の住人(じゅうにん)(かた)(ぱし)から取り()いていた。しかも一体(いったい)(たましい)数体(すうたい)の狡狗が取り憑き霊気を()いつくす卑劣(ひれつ)手段(しゅだん)だ。そうやって徐々(じょじょ)に白の国を侵略(しんりゃく)するつもりでいるらしい。

「うろついてる狡狗だけでもすごい数ね…」錫はブルッと身震(みぶる)いした。

「スン…奴らこっちに気づいたわよ…。一斉(いっせい)に襲って来るから気をつけて…」智信枝栄がそう言い終わる前に、狡狗がどんどん(むら)がって来た。

「いやぁぁぁ~~……来ないで来ないでぇ~~」錫は(あわ)てて智信枝栄の背中(せなか)(かく)れたが、たちまちぐるりと(かこ)まれてしまい、後ろから丸見えの状態だ。

「うぅ~~…コワいのですぅ~…」完全に尻込(しりご)みしている。

「しっかりして!ほら…狡狗の方がビビッてる」錫達の霊力が欲しいものの、その力があまりにも強すぎて、狡狗はそれ以上近づけないでいた。

「行くわよスン…」智信枝栄は()(ひら)に霊気を()めると、狡狗目がけてその霊気を(はな)った。十体ほどの狡狗が一度に()き飛ばされて、ドロドロとした(かたまり)になった。

 「ひゃ~…浩子やるぅ~!」感心している錫をよそに、智信枝栄はもう次の霊気を溜め込んでいた。

 「スンも晶晶白露を使って早く加勢(かせい)して」

「わ、分かった」錫がぎごちなく晶晶白露を振り上げようとした時いしが(さけ)んだ。

「ご主人様、(てき)の数に(まど)わされんでください。日頃(ひごろ)鍛錬(たんれん)を思い出して(たたか)ってください」

「うん…いし、ありがとう!」精神(せいしん)統一(とういつ)させた錫は、晶晶白露を逆手(さかて)に持つと、狡狗の(ふところ)まで素早(すばや)()()いを()め、次々と()りつけた。

錫はリスのような俊敏(しゅんびん)さに自分でも驚いた。(やいば)にうたれた狡狗は(じゃ)()(だま)となって転がっていく。ざっと千体(せんたい)(たお)して(ようや)(あた)りに狡狗がいなくなったのも(つか)()、智信枝栄は錫に容赦(ようしゃ)なく言った。

「スン、もう(ひと)頑張(がんば)りするのよ。さぁ、集鬼鈴(しゅうきりん)一振(ひとふ)りして!」

「ほ、本気で言ってる?…狡狗が(むら)がってくるよ?」錫は(はん)()きだ。

「白の国の一大事なの…(たみ)(たち)を助けるのよ。さぁ早く!」

「う、うん…」智信枝栄に押されて、錫は集鬼鈴を出現(しゅつげん)させると左手に握って大きく一振りした。

シュウィ─ン…ウィ─ン…ゥィ───。錫の霊力が強くなったせいだろうか──集鬼鈴の音色(ねいろ)は以前より(はる)かに美しく(ひび)いた。その余韻(よいん)を楽しむ間もなく、それまで白の国の民達に取り憑いていた狡狗が一斉(いっせい)に飛び出して向かってきた。

「うわぁ~!さっきより()()()()だよぉ~」

「頼んだわよ、スン」智信枝栄は錫を気づかいながらも霊気を溜め込んだ。必死で民を守ろうとする智信枝栄の姿を見て、錫も()(けっ)して狡狗の(むれ)に切り込んでいった。晶晶白露の(やいば)に狡狗は次々と邪身玉に封印(ふういん)されていく。しかし中には、晶晶白露を簡単に(かわ)してしまう厄介(やっかい)な狡狗もいた。

「ジジジ…オレさまはこいつらとは違うぞ」一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないその狡狗は、不敵(ふてき)()みを()かべ、いつの間に取り出したのか、青白く不気味に光る(むち)を手にしていた。

「キサマにこの鞭を見舞(みま)ってやろうジジジ」狡狗の振り上げた鞭は(うな)りを上げて錫に襲いかかった。錫が(なな)め後ろに高く体を躱すと、鞭は(むな)しく(くう)を切った。

「このワイヤーアクション、やっぱり最高!」錫は宙に浮いたまま喜んでいる。

「キサマがその気ならアイツを狙ってやる」狡狗は標的(ひょうてき)を智信枝栄に変えた。

「浩子、(あぶ)ないっ!」大声で叫んだが、智信枝栄は攻撃の手を(ゆる)めない。背後にいる狡狗は容赦(ようしゃ)なく鞭を振り上げた。

「浩子ぉ──!」錫はもう一度大声で叫んだ。それでも智信枝栄は体を(かわ)そうとしない。万事休(ばんじきゅう)す──錫がそう思った瞬間(しゅんかん)、智信枝栄は溜め込んでいた霊気を鞭に投げつけた。(たが)いにぶつかり合った霊気は相殺(そうさい)され、鞭は智信枝栄に当たる寸前(すんぜん)消滅(しょうめつ)した。

「すっごーい!浩子ってば振り向きもしないで………カッコイイ~!」

感心(かんしん)していないで早く狡狗を退治(たいじ)して!」

「そうだった…」宙に浮いていた錫は、すかさず晶晶白露を握り直すと、狡狗に向かって急降下(きゅうこうか)し、そのまま突き刺そうとした。だがこれもヒラリと躱された。それから何度か(こころ)みたが、どうしても(やいば)を突き刺せない。けれども錫はあることに気づいた。

──「おや…?こいつ必ず左に体を躱してる…。左手に短刀を持ってる私には不利(ふり)なんだ…──よしっ!」

錫はあえて狡狗の正面に立つと、両手を()んだ形で晶晶白露の刃を下に向けて握り、右手と左手のどちらが主導権(しゅどうけん)なのかを分からなくした。その状態のまま頭上(ずじょう)(たか)く晶晶白露を振り上げると、狡狗に間合いを詰めていった。錫の目論見(もくろみ)どおり狡狗が体を左に躱すと、錫は()かさずを右手で晶晶白露を握り、勢いよく振り下ろした。一旦(いったん)(くう)を切った晶晶白露だったが、錫が体を右に移動しつつ、そのまま右手を真横に()ばすと、今度は狡狗の胸元(むなもと)確実(かくじつ)()らえた。

「キサマ…」苦しむ狡狗を(まばゆ)い光が容赦(ようしゃ)なく(つつ)み込む。ところがあと一歩(いっぽ)──邪身玉と()寸前(すんぜん)で狡狗は光を(はじ)き飛ばした。

「力不足か…」錫は霊力の未熟(みじゅく)さを(みと)めざるを得なかった。

「ジジジ…この勝負はお(あず)けだ…狶狶(きき)様の名を(おぼ)えておくがいい…」狡狗が逃げるように立ち去った後、錫は自分の失態(しったい)を智信枝栄に()びた。

「スンが(あやま)ることないわ。それより私はこのまま奥に進んで、もう(ひと)(あば)れしてくるから、スンは一足先(ひとあしさき)に帰ってちょうだい」

「えっ!?…私も行くよ」

「スンはこれ以上は駄目(だめ)よ…。その()わりいしをお(とも)にさせてもらっていいかしら?」いしは錫の目を見て無言のまま(うなず)いた。

「決まりね!心配しないで…この国では私も存分(ぞんぶん)に力を発揮(はっき)できるから」

「うん…そうだね。いし、浩子を頼んだわよ」錫は(うし)(がみ)を引かれる思いで一人(ひとり)帰路(きろ)()いたのだった──。




     Ⅱ


 部屋に戻った錫は、すぐさま死んだように眠っている自分の肉体に霊体(れいたい)を重ねた。

「あぁ~…体が重い…」ポツリと(つぶや)いた。

遠い遠い()()から帰ったばかりだが、のんびりしてはいられない。浩子達が帰って来るまでに、短歌と夢とをヒントに、もう一つの秘宝を探し出したいところだ。

鈴子からもらった杖を手に〝あんたのお友達は何処(どこ)にいるんだろうね…〟と(つぶや)きながら、非力(ひりき)な自分を歯がゆく感じている錫だった。


「錫…まだ寝てるのかい?」ドア越しに声をかけたのはミツだった。

「うん…ちょっと待って…」今の今まで寝ていたそぶりで錫はドアを開けた。

「おはよう。あんた元気なのかい?」

「おはようおばあちゃん。元気だよ…どうして?」

夜中(よなか)にも来たんだよ。だけどいっこうに返事はないし、鍵が掛かっているから入れないし…体調(たいちょう)が悪いのかと思って心配してたんだよ…」

「そ、そう…疲れて熟睡(じゅくすい)してたんだな…きっと…」錫は鍵を掛けておいて正解(せいかい)だったと胸を撫で下ろした。「それで…どうして夜中に?」錫はミツの(うで)(つか)んで、部屋に(さそ)いながら尋ねた。

「実はね、うちの人は亡くなる前に鈴子に杖を渡しているんだよ…」

「……………?それで終わり?」

「終わりだよ…あれれ…あんまり(うれ)しい情報じゃなかったかね…?」

「おばあちゃん──これ…」錫は杖をミツの目の前に差し出した。

「おや…これはどうしたことだろうね?」

「ゆうべお母さんから(もら)ったの…」

「おやまぁ、思い出すのが少し遅かったようだね、ふっふっふ…」

「ねぇ、おばあちゃん…」

「なんだねぇ…いつも明るい錫がそんなにしょぼくれてさ」

「私は何もかも(まわ)りの人達に(たよ)ってばかり…。それに自分で探し出した物なんて一つもない…。集鬼鈴は気障りお婆さんの言われるままにしていたら出てきた道具。いしだってお婆さんなしでは出会えなかった…。晶晶白露が自由に出せるようになったのもお婆さんに教えてもらった修行の成果(せいか)領巾(ひれ)だって須勢理毘売様から貰った物だし、この杖だって…」

「頼れる人が周りにいるのはありがたいことじゃないか?素直(すなお)に喜びなさい」

「でも…」

「あんたが一生懸命(いっしょうけんめい)だから、みんなも力を()してくれるんだよ…。教えてもらうことは悪いことかい?みんなが(ささ)えてくれるのが、そんなに(なさ)けないことかい?」

「そ、そうは思わないけど…」

「大事なことは、そのことを忘れないことじゃないかね?あんたは修行も()ねてこの世に生まれて来たと〝自称(じしょう)神様(かみさま)〟が教えてくれたんだろ?多くの人達に育てられて錫が成長した時、その人達に…いいや、もっともっとたくさんの人達にご恩返しをすることが錫の役目(やくめ)──〝自称神様〟のいう修行とはそういうことじゃないのかね?」

「…いいんだよね?みんなに支えてもらって…教えてもらって…それでいいんだよね?」

「いいんだよ、それでいいんだ!──虎さんは娘の鈴子に付けるはずだった名前をやめて、わざわざあんたに与えたんだよ。それは錫雅尊(しゃくがのみこと)を意味する名前──錫が錫雅尊の生まれ変わりだからなんだろ?錫…もっと胸を張りなさい!」

「ありがとうおばあちゃん…大好きだよ!」ミツは錫にとって歩むべき方向性を(しめ)してくれる指針(ししん)でもあった。

「私も錫が大好きさ」ミツが優しく体を抱きしめてやると、錫はうっすらと涙を浮かべた。そうして安心した錫は、ミツの(ふところ)で深い眠りに落ちていった。


     ○


「錫…おいしいか?」

「うん!アメちゃんだいすき!おじいちゃんにもあげる」

「いらんよ。おじいちゃんの好きなおやつは()(がき)だ…ははは」

「え~…?へんなの…」

「ははは…後で食べさせておくれ…(かなら)ずだぞ」そう言って虎は錫の頭を優しく()でた。

「そんなの売ってないもん…」

「売ってなくても、ちゃ~んと干してあるんだよ」錫は虎のおやつのことより飴玉(あめだま)に夢中だ。

「ところで錫…扉の中のプレゼントをなかなか渡してやれないな…」

「もう貰ったよ!」今まで(おさな)かったはずの錫は、いきなり十八歳に成長していた。

「本当か?…もしそうなら二つを正しく合わせることだ…」

「二つを正しく…?──おじいちゃん答えが(わか)ったわ」

「錫…元気でな…」

「おじいちゃん…おじいちゃん、どこに行くの…待って…」初めて虎は杖をつくことなく、錫に背を向けて()っていった。


     ○

   

──「また夢を…」汗で背中が湿(しめ)っている。ミツの姿もなく、どうやら何時間も眠っていたようだ。

「疲れてたのかな…?でも答えが解ったわ」急いでキッチンに行き、冷蔵庫から()えた炭酸(たんさん)ソーダを取り出して目が血走(ちばし)るまで(のど)に流し込んだ。頭と体が〝シャキッ〟とすると、また部屋に戻って杖を(ゆか)の上に置いた。

「とうとう秘宝が完成する!」錫は精神を集中させて領巾(ひれ)を取り出すと、大きく深呼吸して(はや)る気持ちを(おさ)えた。

「ここからが問題…。おじいちゃんは〝二つを正しく合わせろ〟と言った…。その二つとは〝杖〟と〝領巾(ひれ)〟の他にない。一つは質量(しつりょう)のある杖…もう一つは物体のない領巾。この二つを同じ条件で合わせることが…すなわち()()()()()()()()()()()()…。それには物体である杖から()()()()()()()()()()()()()…」初めての(こころ)みだったが、錫は苦心(くしん)することなく杖の中身を取り出し、質量のない杖を作り出した。言わば杖の(たましい)だ。

「やったぁ~、錫ちゃん天才!」一人で大喜びしているがまだ終わりではない。いよいよ杖と領巾とを合わせる(だん)になって、急に体が震え出した。「ドッカーンもビリビリもないよね…?コワイなぁ…」けれどこのまま放っておくわけにもいかない。「よし!香神錫…イッちゃいますぅ~!」(おび)えているわりには軽いかけ声で杖と領巾とを合わせてみた──。


「…………あれ?へんだなぁ…」変化がない。振ったり叩いたりと、いろいろ(ため)してみたが、少しの霊気さえ感じられなかった。さっきまでの元気はどこへやら。またしても錫は自信(じしん)喪失(そうしつ)だ。バンザイして手をぶらぶらさせていたが、何を思ったのか〝すっく〟と立ち上がり部屋から飛び出して行った。

「こうなったら〝(こま)った時の神頼(かみだの)み〟」錫は神前(しんぜん)広間(ひろま)へと向かった。龍門は(がい)出中(しゅつちゅう)のようだ。これ(さいわ)いと神前に座り込むと声を出して願い始めた。

「〝自称神様〟…お久しぶりです。香神錫です…あっ、いえ…錫雅です」神頼みというより挨拶(あいさつ)をしているようだ。

「あのぉ~…見つけろと言われている秘宝が見つかりません…。何かヒントがありませんか?どうかご利益(りやく)をください。ねっ、このとおり!」錫は両手を(こす)りつけて願ってみた。まるで禁止(きんし)されている外泊(がいはく)を許してもらおうと、親を必死(ひっし)説得(せっとく)しているように見える。

それからずいぶん願ってみたが〝自称神様〟から返事などない。仕方(しかた)なく錫はトボトボと部屋に戻りベッドにへたり込んだ。その瞬間、何かに思い当たって再びドタドタと広間に戻って行った。

「どうして気づかなかったんだろう」自分の注意力の散漫(さんまん)さを情けなく思いながらも、今度こそ間違いないと大きな期待を(いだ)いた。


「絶対これだ!間違いない…」錫は神前の正面に(しつら)えてある御扉(みとびら)の前に立った。「大晦日(おおみそか)に掃除した時も(まった)く気づかなかった。こんなに目立(めだ)っているのに…。そう…これは〝自称神様〟のご利益に違いない。〝自称神様~〟ありがとう!」錫が大声でお礼を言ったその時だ。

「聞こえますか…?」

「えっ、誰!?〝自称神様〟…?」

「聞こえますか?ご主人様…わたくしです…」

「…いし…いしね?どこ?どこにいるの?」

「今ご主人様のところへ戻っている途中です。もうすぐ着きますけん」

「そうなのぉ?いし、もう一つの秘宝の在処(ありか)が分かったから早く戻って」

「はい…戻りましたです!」

「はやっっっ!」いしはもう錫の足下(あしもと)にちょこんと座っていた。狡狗と戦っていたせいで、(きず)()い霊気が弱まっている。

「あんた大丈夫?……それに浩子…浩子は?」

「ご…ご主人様…それが……………」

「どうしたの?」いつもと違ういしの態度に錫の顔色が変わった。




     Ⅲ


「オレ様の言ったとおりだろう?どんなに勇猛(ゆうもう)でも多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)では勝ち目がないのだ…ギシシ」大きな黒岩(くろいわ)のイスにどっかりと座って狡狗はニヤついた。

「さすが醜長(しゅうちょう)様…。で、()()()をどうします?」

「もう一つの(ろう)に入れておけ。使いっ(ぱし)りの(こま)()()()を連れて来るまではな…」

「へい!しかし一人で戦おうなんて…こいつもバカですね?ヒヒ…」

「身のほど知らずとはこいつのことだ…」特殊(とくしゅ)な霊気を(まと)った(なわ)(しば)られた智信枝栄は、無言のまま狡狗を(にら)みつけた。

「こいつめ…なんて(にく)たらしい目だ──おい、(むち)をよこせ…」ガバッと立ち上がると、(わき)に立っていた小柄(こがら)な狡狗に命令した。

「醜長様、こいつはもうくたばりかけてますぜ…これ以上(たた)いたら無になります。そうなったら都合(つごう)が悪くないですか?」

「……ちっ……助かったな?」醜長は仕方なく、また腰を下ろした。

「さっさと無にしなさい。どうせ他人の魂など、なんとも思っていないのでしょう?」朦朧(もうろう)とした意識の中で、智信枝栄は自分の信念を(つらぬ)いた。

「オレさまは寛大(かんだい)だからもう(しばら)く生かしておいてやる。何しろお前は宝物をおびき寄せる(えさ)だからなぁ」醜長は不敵(ふてき)()みを()かべた。そのねちっこい(しゃべ)り方と、下から上へ()めるような視線(しせん)に智信枝栄はゾッとした。

「お友達が来るまで(ろう)でおねんねしてろ。(となり)の牢には先客(せんきゃく)もおるわ。だがこの牢では余計(よけい)なことは考えないことだ…ギシシシ」


智信枝栄が牢の前まで連れて来ささると、小間(こま)使(づか)いの狡狗は言った。

「これはただの岩穴じゃねえ。格子(こうし)()わりの(うす)(まく)は内側からの霊気を一切(いっさい)通さない(すぐ)れものだ…ニニニ」狡狗はそれだけ伝えると智信枝栄の背中を強く押した。いきなり押された智信枝栄は、岩穴の奥へと転がった。膜は岩全体を(おお)っているらしいが、どれほどの(すぐ)れものなのかは分からない。(ため)しに外に出てみようとしたが、まるでアクリルガラスに〝バシン〟とぶつかったような感覚で、どうすることもできなかった。

「ダメか…」智信枝栄はじたばたせずに座り込んだ。すると(となり)の牢から気配(けはい)を感じた。

──「霊気は通さないけど、念は通じる…」そう気づいた智信枝栄は、早くも隣の牢の先客に念を送っていた。

「私は智信枝栄…あなたは?」返答(へんとう)はない。もう少し強い念を送ってみることにした。「あなたは虎慈(こじ)様ですよね…?」すると(かす)かに反応があった。

「ち…ぃ…が…」

──「聞こえた…。はっきりは聞き取れなかったけど〝ちがう〟って聞こえたような…」それから何度か念を送ってみたが、隣の牢から返事が返ってくることはなかった。




     Ⅳ


白の国から戻ったいしは、錫に智信枝栄のことを説明した。

「ご主人様と別れてから、智信枝栄(ちしんえさか)殿は一人で奥へと向かわれました。狡狗は次々と白の国に送りこまれるので(あと)()ちません。さすがに智信枝栄殿の霊力が(おとろ)えたところに、厄介(やっかい)な狡狗が二体同時に現れて鞭を食らってしまわれました。わたしくもなんとか食い止めようとしたのですが、力が(およ)ばず助けることができませんでした。何度も鞭に打たれ抵抗できなくなった智信枝栄殿は奴らに()らえられ、そのまま拗隠(よういん)の国に…。ご主人様…いしは役立たずで情けない狛犬ですけん…」

「あんただってひどく(きず)ついているじゃない…。自分を責めちゃダメだよ…」錫に(なぐさ)められたいしだが、今度ばかりは、なかなか立ち直ることができそうになかった。

「そして…狡狗が智信枝栄殿を連れ去る時〝こいつを助けたければ、もう一人の仲間に宝物を持って来るよう伝えろ〟そうわたくしに言い残したのです…」

「もう一人の仲間──つまり私だね…」

「こんなことを伝えるために…わたくしはのこのこ戻って来たのです…」自分が許せないいしは、頭を()れたまま上げようとはしなかった。

「………………。行くわよ…いし……拗隠(よういん)の国へ!」

「ご主人様…それでは奴らの思う(つぼ)ですけん」

「浩子をこのまま放っておけるわけないでしょ!?」

「そ、それはそうですが…しかし」

「それに、あそこにはおじいちゃんだって捕らえられているの…」

「ご主人様…」(いさ)(あし)なのは分かっている。正義感の強さは錫雅尊そのものだといしは思えてならなかった。「分かりました。ご主人様…参りましょう…」主人の身を(あん)じて躊躇(ちゅうちょ)していたいしだったが、自分が忠誠(ちゅうせい)(ちか)った主人を信じて最後まで()いてゆくのもまた忠誠心だと思った。それに今拗隠の国に行くことがどれほど無謀(むぼう)なことかを伝えたところで、それを聞き入れるような主人ではないことも、いしはよく分かっていた。


「けど出発前に一つだけしておくことがある…。いし…とうとう見つけたの──やっぱりあったのよ…他にも扉が…ほら、ここにね!」今までのシリアスな雰囲気(ふんいき)何処(どこ)へやら──錫は(とく)意気(いげ)神前(しんぜん)御扉(みとびら)(ゆび)さした。

「さすがご主人様。いしは信じておりましたですけん」(おど)けた調子(ちょうし)の錫を見て、確信(かくしん)があるのだろうといしは見て取った。

「ちょうど今はパパが居ないの…。そっと開けてみるわね…」錫は御扉に近づくと、引っ掛けてあった(かぎ)金具(かなぐ)をくるりと回して(はず)し、向かって右側の扉に両手をかけた。

「い、いくわよ…」小さい頃、母親の使っていた口紅(くちべに)を使ってみたくて、化粧(けしょう)(だい)の引き出しをドキドキしながら開けた感覚によく似ていた。

恐々(こわごわ)とゆっくり扉を引くと、木と木が()れ合って〝ギギギギギー〟と、広間全体に()()()()()が響き渡る。これが神事(しんじ)ならば神々(こうごう)しくありがたいところだが、今の錫にとっては迷惑(めいわく)な音でしかなかった。

片方(かたほう)の扉を完全に開けきると、もう片方の扉も同じようにゆっくりと開いていった。そうやって二つの扉は両方とも外側を向く形で完全に開かれた。すぐさま中を(のぞ)けると思っていた錫だったが、手前には御簾(みす)がかかっていて、そう易々(やすやす)とは(おが)ませてもらえない。それが一段と錫の鼓動(こどう)を高鳴らせるのだった。錫は御簾を両手でくるくると向こう側に巻き上げ、上部の左右に付いている〝しの字〟の形をした二つの(つり)金具(かなぐ)に、巻き上げた御簾が落ちないよう引っ掛けた。

「いし…中を覗いてみるよ…」扉は錫の頭とほぼ同じ高さにある。錫はそのまま頭を突っ込んで、薄暗い扉の中を覗き込んでみた。「もう一つ小さな(やしろ)がある。これにも扉があるわ…」

「ご主人様…開けてみるのですか?」

「もちろん!こうなったらなんだってやるわよ」躊躇(ちゅうちょ)せず社の小さな扉を開けてみると、中には長方形の紙が(おさ)まっていた。手に取ってみると半紙(はんし)を折りたたんだものだった。

「これはご神体(しんたい)というやつでしょうかね…?」

「うん…。開けても(ばち)なんか当たらないよね…?」そう言いつつ、もう半分以上開けている。「…あっ!いしこれ見て!」包みの中にはメモ用紙が一枚入っていた。



錫へ

(あめ)遺品(いひん)にある 

     虎



──「おじいちゃんのメモだ…。夢にも飴…このメモにも飴──遺品から探すものは飴…?浩子は二つに分けた秘宝をどんな物にでも移せると言ってたけど──まさか飴がもう一つの秘宝?…あめ…あめ………いし行くよ!」錫は急にメモ用紙をポケットに突っ込むと、その場を元どおりにしてドタバタと出て行った。




     Ⅴ


屋根(やね)(うら)物置(ものおき)にはダンボールが山のように積んであった。

「錫ちゃん(ひらめ)いちゃった!あの夢はやっぱりメッセージだったのよ。〝(あめ)〟は〝(あめ)〟に()けているに違いない。そうすると、先に手に入れた杖が〝(つち)〟だったということよ」

「なるほど──〝(あめ)は遺品にある〟ですね。つまり秘宝は、おじい様の遺品が入ったこのダンボールの中に…」

「そうね…ってちょっと待ってよ。遺品ったって相当の数だよ。この中からどうやってお目当てのモノを見つけるの?」

「ご主人様、差し出がましいですが方法は二つあります」

「許す!いし、端的(たんてき)()べよ!」錫は左の人差し指をピンと立てて、わざと(えら)そうな物言いをした。

「はい、では…。一つはご主人様が夢と短歌の謎を完全に()き明かすことです。もう一つは遺品の一つ一つに杖を引っ付けてみることです…」

「じゃ、答えは簡単──後者だね」笑って即答(そくとう)した。

「わかりました。いしはご主人様の言われるままに…」確かに錫の(えら)んだ答えは正解だといしは思った。けれどもはっきり〝私もそれがいいです〟と答えるのは、まるで〝錫では謎を解くのが困難(こんなん)だ〟と言っているようで気が(とが)めた。もちろんいしにそんな気持ちは毛頭(もうとう)なかったが、錫の自尊心(じそんしん)を傷つけまいとするいしの紳士的(しんしてき)対応(たいおう)だった。けれど錫もそんな(こま)やかないしの思いに気づいていて(いと)おしいと感じていた。

「そうと決まったら部屋から杖を持ってこないと…」()()き回したダンボールをそのままに、錫といしは部屋へと急いだ。


錫といしが一歩部屋に入るなり、二人は同時にあることに気づいた。

「いし…おかしな気配がしない?」。「やはりご主人様も…?」

「これってまさか…」。「そのまさかですよ…ご主人様…」

「狡狗…?」。「はい、間違いありませんですけん」

「でも姿が見えない…」。「もう立ち去った後でしょう…」

「…奴は何をしに(あらわ)れたんだろう…?」錫は何かを考えていたが、突然部屋の真ん中に置いてあった杖を手に取ると顔面が蒼白(そうはく)になり、その場でへなへなとへたり込んでしまった。

「ご主人様…ど、どうなさったのです…?」あまりの錫の消沈(しょうちん)ぶりにいしの方が戸惑(とまど)った。

「いし……わ、私…取り返しのつかない(あやま)ちを…」

「ご主人様…だ、大丈夫ですか?」いしは(わけ)が分からずオロオロするばかりだ。

(ぬす)まれたのよ…」

「えっ!?」錫のただならぬ態度に、何が盗まれたのかは(さっ)しがついた。

「私は天然で単純な女なのよ…。注意力も散漫(さんまん)だし、ドジでマヌケよ…」

「ご、ご主人様…そんなに自分を責めてはなりませんですけん…」

「だって…〝自称神様〟に秘宝を守るのが私の使命(しめい)だって言われていたのよ。なのに…こんなに簡単に盗まれるなんて…」錫はほとほと自分が(なさ)けなかった。「…見ていし…この杖を…。死んでしまっているわ…。さっき杖の中身を抜き出して、領巾(ひれ)と引っ付け合わせてみたの…。でもそれが失敗だったと分かった私は、杖の中身をほったらかしてそのまま部屋を出て行ったのよ…」

「ご主人様が中身と(おっしゃ)っておられるのは物魂(ぶっこん)と呼ばれるものです。人の魂と同じで、物に宿(やど)っている魂なのです。狡狗はご主人様が居なくなったのを見計(みはか)らって、杖の魂をかっさらって行ったのでしょう」

「どうすればいいんだろう…。ねぇいし…どうすれば?」

選択肢(せんたくし)は無くなりました。一刻(いっこく)も早く遺品の中から〝(あめ)〟の秘宝を見つけ出して拗隠の国に行き、智信枝栄殿とおじい様を解放(かいほう)してもらうのです」

「そ、それって秘宝を渡すってこと…?」

「仕方がありません…人質(ひとじち)交換(こうかん)なのですから…」

(てき)に秘宝が渡れば、白の国が(ほろ)びるかもしれないんだよ?」

()(はら)()えられません。あの方達を見殺しにはできんですけん…」

「あ~…私はやっぱりバカよ。秘宝を見つけたとしても敵に渡さないといけないなんて…」

「ご主人様…」いしは落ち込む錫を見ていられない。

「いし…悪いけど(しばら)く一人にしてくれる?今から〝天〟の秘宝を見つけ出して、明日必ず浩子とおじいちゃんを助けに行くよ!」錫の強がりは、いしの心を突き刺すばかりだ。

──「ご主人様のご心痛(しんつう)……いしは気の毒でならんですけん…」いしは何もできない自分を歯がゆく感じつつ、錫の前から姿を消した。



錫は部屋のカーテンを閉めて(あか)りを消した。雑念(ざつねん)が入らないように両耳にやわらかい(みみ)(せん)を詰めると、床に座って目を閉じた。

そうして精神を落ち着かせると一から整理し始めた──。


老いたる身 支えし足は頼りなく

孫と娘で力みなぎる


──「お母さんも私も、おじいちゃんの杖代わりになっていた。そういう意味では〝孫と娘で力みなぎる〟というのは納得(なっとく)できる。そして夢では、おじいちゃんはお母さんに杖を預け、現実でもおじいちゃんは亡くなる前にお母さんに杖を預けていた。杖の話はなぞなぞでも登場することから考えると、まず秘宝の一つが杖なのは間違いはない。でもそこからが問題…。この短歌からもう一つの秘宝をどうやって見つけ出せっていうの…?」眉間(みけん)に深いシワをよせて、〝天〟の秘宝を見つける取っかかりがないかを考えたが早くも(つまづ)いていた。。

──「そうだ…どうして孫()娘なんだろう?孫()娘じゃダメなんだろうか…?そう言えば杖が見つかったと浩子に話をした時、たしかあの子はこう言ってたわ『娘()孫が(ささ)えてくれて力がみなぎる…(すなわ)ち二人が杖代わりってことだね』と…。私もその時はさらっと聞き流したけど、あれは浩子の解釈(かいしゃく)だ。実は〝と〟と〝や〟の違いには深い意味があるのかもしれない。…つまり〝孫()娘〟なら、どちらか一方でも(かま)わない解釈(かいしゃく)になる。だけど〝孫()娘〟なら、両方(りょうほう)(そろ)って初めて力がみなぎるということだ。つまり〝()()〟は〝何かと何か〟──(すなわ)ち〝(あめ)(つち)〟を意味してるんじゃないのかなぁ?」

「ふぅ~…」息を()いて肩の力を抜くと、錫は(ふたた)び頭を回転させ始めた。

──「ややこしいのはこっから…。今まで意識(いしき)してなかったけど、〝と〟に焦点(しょうてん)を合わせてみると、〝孫〟〝娘〟がはっきり()()りになる。〝孫と娘〟は(ひと)(くく)りじゃなくて別々だと考えたらいいんだ。まず一つ目のキーワードは〝娘〟。…夢でも現実でも、おじいちゃんは〝娘〟であるお母さんに杖を預けたことから考えて〝娘〟=〝杖〟と当てはめていい。そしてもう一つのキーワードは〝孫〟…これは私だ。私は夢でも現実でもおじいちゃんから預かった物はない…。そうなると〝孫〟に当てはまる答えは今のところ〝X〟ということだ…」

「スゴ~い!私ってば学者みたいなこと考えてる!」自分に感心している錫だ。

──「そこで〝X〟を()めるもう一つのヒントは夢の中の〝扉〟…。はじめはてっきり本の扉から探し当てた領巾(ひれ)が秘宝だと思ったけど、杖と領巾を合わせても秘宝は完成しなかった。一旦(いったん)振り出しには戻ったものの、ご神前で〝自称神様〟に願ったおかげで、夢が(しめ)す本当の扉は神前の御扉(みとびら)だと気づいた。調べてみるとその扉の中から〝飴は遺品にある〟と書かれたおじいちゃん直筆(じきひつ)のメモが見つかったことで、神前の御扉こそが夢の示す扉だという裏付(うらづ)けにもなった。これでもう一つの秘宝は、おじいちゃんの遺品の中にあるとハッキリしたわけよね…。そこで最初に見つかった地の秘宝である〝杖〟を、遺品の一つ一つに引っ付けてみて霊気がよみがえれば、それが(あめ)の秘宝〝X〟だということになる──はずだった。でも私の不注意のせいで大事な杖を盗まれ、計画は()()()()になってしまった…。もしこのやり方が秘宝〝X〟を探し当てる唯一(ゆいいつ)の方法だったとしたら万事休(ばんじきゅう)すということになる──だけど…」錫は大きく吸った息をゆっくりと吐き出して精神を(ととの)えた。

「…だけどおじいちゃんのことだ。必ずそれぞれの秘宝を独自(どくじ)で見つけ出せるヒントを残してくれているはず。そもそも杖に遺品を一つ一つを引っ付けて見つけ出そうとするやり方がインチキ(くさ)いもん…」ならばどうやって数多くの遺品の中から、たった一つの秘宝〝X〟を見つけ出せるのか?錫は今一度夢のことを考えてみた。

「夢で私は飴玉(あめだま)をなめていた…。御扉から〝(あめ)は遺品にある〟と書かれた紙切れが見つかったことで、飴が夢に出てきた辻褄(つじつま)は合う。わざわざ〝(あめ)〟を〝(あめ)〟としたのは邪悪なモノに(さと)られないためのカムフラージュ…それは分かる。そして()(がき)のやりとり──おじいちゃんは飴玉なんか食べなかったし、干し柿や()(いも)は大好きだったからなんの不思議もない…」繰り返し繰り返し考えてみたが、虎の数多くの遺品から、秘宝を見つけ出すには(いた)らなかった。

「…ダメだぁ~!」錫は()を上げてベッドにドスンと寝そべった。

 


もう白々(しらじら)と夜が明けかけている──。

「いしぃ!?……あれ?…遠くに行ってるのかなぁ?」錫は集鬼鈴(しゅうきりん)を取り出し軽く一振りした。心地よい鈴の音が辺りに(ひび)き渡ると、いしがすぐさま戻ってきた。

「お呼びですね、ご主人様!」いしは大きな尻尾をちぎれんばかりに振って嬉しそうだ。「ですが…ご主人様があまり歓迎(かんげい)したくない奴らも集まって来ましたです…」

「へっ!?」錫が少し霊力を高めると、部屋にわんさか見たくないモノが集まっていた。「ぐぇ~!いしぃ~…なんとかしてよぉ~」

「お(まか)せください!」いしが自分の霊力を一気に高めて円を(えが)きながら走り回ると、たちまち霊達は退散(たいさん)した。

「ありがとういし。あ~あぁ……やっぱり(へこ)むわ…所詮(しょせん)これが私…」

「ご主人様、もっと自信を持ってくださいませ」

「だって…今だにいしを(たよ)って霊を追い払ってもらっている始末(しまつ)…。一晩(ひとばん)()ないで考えた秘宝の在処(ありか)も探し当てることができないで完全に袋小路(ふくろこうじ)…。これが私なのよ…」

「ご主人様、そんなに自分を責めないでください…」

「本当のことよ…。おばあちゃんは〝胸を張りなさい〟って私を(はげ)ましてくれた。おじいちゃんが私に〝錫〟と名付けたのは私が錫雅尊の生まれ変わりだからだって…。確かにそうかもしれない…。でもやっぱり私は錫雅尊じゃない…。いしが知ってる錫雅尊はこんな情けないやつじゃないでしょ…?」

「…………………」いしはどう返答すればよいか分からなかった。

「ほら…いしだってやっぱりそう思ってる。おじいちゃんは私に過大(かだい)期待(きたい)をしすぎたのよ。私はダメ錫よ…」いしは錫を(なぐさ)めてやりたかったが、良い言葉が見つからず右往(うおう)左往(さおう)するばかりだ。

「くぁ──っ!……全部吐き出したらスッキリしちゃったぁ!」さっきとは打って変わってあっけらかんとした物言いだ。表情もやけに清々(すがすが)しい。

「そ、それは良かったです…ご主人様…」いしとしては錫が元気になってくれて(よろこ)ばしいことこの上ない。だが〝この気持ちの切り替えは、男には分からない女性(じょせい)特有(とくゆう)の心理だ〟と内心(ないしん)思った。


「秘宝は見つけられなかったけど、私は予定どおり浩子とおじいちゃんを助けに行くよ。だけどその前に少しだけ寝る…霊気を(たくわ)えておいて出発したいから」そう言ってベッドに寝そべった錫は、祖父と二人で写っている写真を(しばら)く見ていたが、そのまま静かに目を閉じた。

錫雅尊は正義感に(あふ)れていて、多少無謀(むぼう)なことでも正義のためならそれを遂行(すいこう)する性格だった。もちろん偶然(ぐうぜん)なのだが、錫もそういう性格を持ち合わせていて、いしは嬉しい半面(はんめん)、気が気ではなかった。

──「秘宝を手みやげにせずして、ご主人様はどうやって人質(ひとじち)解放(かいほう)してもらうつもりだろう?まさか闇雲(やみくも)()()んでいくような無謀(むぼう)な事を考えておられるのでは…?」(たと)えそうだったとして、今の錫に拗隠の国に行くなと止めても、絶対(ぜったい)に聞き入れてはくれないことをいしはよく分かっていた。とにかく今はジタバタしても仕方ないと思ったいしは、錫の足下(あしもと)でくるりと丸くなって寝そべり、主人の目覚めを待つことにした。

それから五分と()たないうちに錫は何を思ったのか、いきなり〝がばっ〟とベッドから()()きると、ぽとりぽとりと歩いてドアノブに手をかけ、首だけ振り向くと、満面(まんめん)()みを浮かべていしに()げた。

「おいでいし──秘宝を見つけたわ!」



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[一言] 錫が! 秘宝を見つけたって!
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